Q.沼に落とされて死んだ私は果たして私なのだろうか
コンプリートBOX買ったら推しは一個確定。だけどメンバーは十二人。
十四個入りでそのうち二個とも推しが被る確率はかなり低いから、やっぱりBOXは四つ予約して交換に出すのを考えないと。
悲しいけど私の推しは高レートではないから、一番人気と低レートを抱き合わせて交換を出したらすぐに決まるだろうな。
前回のグッズ交換のDM取引は失敗したから、今度は慎重に募集しないと。
サイトの窓をいくつも開き、電卓アプリで諭吉が飛んでいく数字を何度も叩く。
ホログラム加工された缶バッチのサンプル画像を保存し、推しをハートで囲ってから定型文を添えてSNSに投稿する。
【交換】トキメキ☆メリケンサック ホログラフィック缶バッチ 4BOX予約済
求 爆烈釘バット
譲 爆烈釘バッド以外のメンバー
※五月雨鼻フックは鉄骨三角椅子と抱き合わせ可能な方のみとなります。
少し前まで呪文めいた文章を書くのさえ、三十分以上かかっていた。今では目を瞑ってでもフリック呪文を発動できるほどに、手慣れてしまったものだ。
無事に投稿されたポストを見届け、条件に見合う相手が食いつくのを待つ。
まさか私がアイドルにハマるとは。未開封の段ボールの山に囲まれながら、唯一開けた鑑賞用アクスタの推しを見つめながら口角を上げた。
同じグッズ、同じ絵柄。何個も持っていて意味があるのか。正論の声が届かないほどに、私はトキメキ☆メリケンサックに夢中だ。
これ以上沼に落ちた死体を蹴り上げてやるなと、死んだ私が足を掴んでくることもある。けれどもう『私』は生まれ変わった私を止めることはできない。
雷に打たれて死んで、沼からまた私が生まれた。
価値観も金銭感覚も全てが変わってしまった私は、果たして二十何年間生きてきた『私』だとはっきり頷けるのだろうか。
「あ、リプついた」
定型文の挨拶にいそいそと文字を打ちこんでいく。交渉完了の意味を込めて、いいねを押す。
沼の奥底で沈む私がまた腐り朽ちていった。