表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Worldend Odyssey  作者: 奈良 早香子
7/8

第七章 ロム戦場跡

第七章 ロム戦場跡



「ディーンは神の巫女とはどんな存在だと考えていますか?」

 ロム戦場跡へと向かう道でリエラが最初に口にしたのは、ディーンへの問いかけだった。

 ロム戦場跡は1年前の大戦でアガートとモルスが戦い、リエラが焼き払った最前線の跡地で、元々平坦な開けた土地であり、かつてはロム平原と呼ばれていたが、終戦時には草1本生えぬ死の土地と化した。

 元々肥沃な土地であったため、その場所を自国のものとしたいアガートとモルスが争ったのが第1次アガート・モルス大戦で、それが300年の間に5回ほど繰り返されたが、結果として両国が欲した土地は焼け野原となった。現在は教会領として教会が管理しているが、戦後処理などもあって手つかずと言っていい状態で放置されたままでいる。

 かつて自分が焼き払った場所がなぜ旅の終着点なのか、ディーンにはまだわからなかった。

「俺が知っているのは一般的に知られていることだけだ。神の代行者として、教皇様が聞き届けた神の言葉である神託を実行する役割を担っている、と。ただ、神の巫女が代替わりをするときに一定期間不在になるときがある。教会が神の巫女の不在時に戦争が起こることを危惧して、神の巫女に関するすべては秘匿されている。おおよそこの程度のことしか知らない。」

「やはり、その程度なのですね。教皇から聞かされてはいましたけれど。きっとアガートもモルスもそれ以上のことは知らないのでしょう。だからこそ殺せるはずのない私を殺そうとアガートもモルスも動いてしまった。私は世界を知らな過ぎました。」

 ロム戦場跡へ向かう2人の足取りは重かった。

 日はもう落ちており、いつもならどこかの宿に入る時間帯だったが、中途半端な時間にアガートの王都を発ったため、泊まれそうな宿にはたどり着けそうもなかった。このまま夜通し歩き続けることになりそうだったが、それについてリエラは何も触れなかった。

 魔法で明かりを灯し、夜の街道を2人静かに進んでいく。

「神の巫女という存在を真に理解しているのはリエラ以外では教皇様くらいなのか?」

「私と教皇とシスター長、あとはアガートとモルスの王のみが知っているとされています。もっとも、アガートとモルスの王は自国の利益を優先して何度も戦争を起こしましたから、神の巫女の不在期間がいつなのかということを教会が伝えなくなって久しいので、1年前に今が神の巫女の不在期間だと見誤って戦争を始めてしまいましたけれど。」

 そういえば、アガートの王城でリエラと再会した後に現れた3人はそれぞれの王について言及していた、とディーンは思い出した。モルス王の親書をアガート王に渡すために、モルスから来たと言っていた者があの場にいた、と。それがアデール将軍だということにディーンは思い至ってはいなかったが、位の高い者が身に付ける軍服を着ていたので、おそらくモルスの将軍レベルの者だろうとは推測していた。

「神の巫女はそもそも普通の人と同じように成長しません。普通の人と同じなら、乳児の状態から魔法が使えるようになるまでに少なくとも10年はかかってしまいます。それほど長く不在期間を設けられないと神は判断し、この世界に存在する者に神の巫女としての力と自我を与えることにしました。要は神の巫女の器ですね。

 神の巫女の器となる肉体には条件が2つあります。1つは、肉体年齢が幼すぎず老いすぎてもいないおおよそ10代の後半から20代前半であること。もう1つは、肉体に魔力を宿していない女子であること。つまりは、白き異端者の若い女子であることです。」

 言われてディーンは生まれた村で出会った白き異端者の女の子・アレイルのことを思い出した。野盗の襲撃で行方不明になって以来行方は知れないが、生きていたらリエラくらいの年齢だと以前リエラに話したことも。

 まさか、という思いがディーンの中に芽生える。

「この世界に生まれるほとんどの人が何かしらの魔力を持つのに、極稀に魔力を持たない者が生まれるという事実を神が利用したのか、それともそういう人が生まれるよう神が調整しているのかは知りません。でも、白き異端者が迷信のせいで生贄のように扱われていることもあるとディーンから聞いて、おそらく前者なのだろうと思いました。偶然を利用しているせいでしょうか、神の巫女の器になり得る者がこの世界に存在しない期間が神の巫女の不在期間です。私の場合、器となるこの肉体が見つかるまで1年くらいはかかったそうですから、アガートは私が目覚めたことを知らず、未だ神の巫女の不在期間だと思い込んで1年前に戦争を起こしたのでしょう。」

「まるで……他人事みたいに言うんだな。覚えていないのか?」

「私が覚えているのは、この肉体にリエラとして自我を持った瞬間からです。目を覚ました後、矢継ぎ早に教皇が教えてくれましたよ。私は神の巫女として目覚めたばかりで、この肉体を探すのに1年以上かかってしまって申し訳ないとか何とか。

 以前、ディーンに年齢を尋ねられた時、少し困ったのですよ。肉体年齢は19歳なのですけれど、私が神の巫女として目覚めたのは1年と少し前です。戦争が始まる直前くらいでした。私が私として生きた期間は1年くらいしかないのに、何と言えばいいのかと思ってしまって。さすがに1歳だとは言えなくて、肉体年齢にしましたけれど。」

 ディーンは5年前に教会の騎士団に入った。つまりは、ディーンが騎士団に所属している間に神の巫女の代替わりが行われていた。しかし、ディーンはそのことに全く気が付かなかった。それに、そういった噂が立ったこともなかった。

 もしかしたら、神の巫女の不在期間中に器となる白き異端者の情報を求め、ディーンに別の白き異端者の情報を聞きに来た誰かがいたかもしれない。しかし、他の白き異端者を知らないか、という質問は頻繁ではないもののたまに聞かれていたもので、誰に何と答えたかディーンは記憶していなかった。ディーンはその質問を受ける度に生きている白き異端者は知らないと答えていたが、もしかしたら不意にアレイルのことを思い出して話したことがあったかもしれない。ひょっとするとそれが重要な手掛かりになっていた可能性も否定できなかった。

「なぜ神の巫女の器が白き異端者の女子でならなければならないのかというと、魔法を使う原理が私と普通の人とでは違うからです。普通、魔法は体内の魔力を大気中に存在する魔力元素と反応させて現象を起こします。でも、私は大気中の魔力元素そのものを操って現象を起こしています。普通の人は自身の体に宿る属性しか操作できないのに、私が全ての属性の魔法を使えるのはそういう理由です。つまり、私には魔力がありません。私の肉体は元々白き異端者ですから、そこはディーンと同じです。神の巫女となる時に、魔力元素を操る力を与えられて髪も黒くなるのだそうです。そして、その力を得るのと同時に神の巫女は生殖能力を失います。どうやっても子供を産めない体になる。だから私はもう人ではないのだと思います。人ではないものに作り替えられた。」

 そう言われても、ディーンには実感が持てなかった。

 隣を歩くリエラは人の姿をして人の言葉を話している。子供を産めない女性もこの世界には存在する。

 けれど、リエラはそういう女性ともまた自分は違うのだと言っているようだった。そして、それが人の上位存在なのではなく、人と切り離された化物でもあるかのような、憎しみを持っているような言い方だった。

「いつしかディーンが話してくれましたよね。昔、生き別れた白き異端者の女の子がいた、と。私にその子の面影がある、と。私の肉体は案外その子のものだったのかもしれません。私の意識が芽生えるのと同時に、肉体の持ち主の意識は消え去ります。記憶を継承することもないので、真実はわかりませんけれど。無意識の中で対話できる、みたいな物語の世界のようなことがあればいいのに、とは何度も思いましたけれど。」

 リエラはそれに続けて、意識が芽生えるのと同時に、言語などの一定の知識は既に頭の中にあったと語った。それが神によって与えられたものなのか、元の肉体が持ち得た知識を引用しているのかはかわらない、とも。

「私が神の巫女として目覚めて3日もしないときでした。アガートとモルスの戦争を平定せよ、と神託が降りたのは。私は神託に従い、戦争を平定しました。けれど、戦争を平定して教会に帰ってみると、新たな神託が降りていました。私の寿命はあと2年もないと。」

「寿命が……わかるのか?」

「ええ、そういうものなのだそうです。神の巫女は死ぬ3年くらい前に神託が降りて寿命が伝えられます。その3年間で次の神の巫女候補である白き異端者の肉体を探させるためなのだと思います。けれど、目覚めてすぐに死の神託が降りたことは教会始まって以来の異例なのだそうです。」

「理由に心当たりは?」

「考えればキリがないのですけれど……例えば、操れる魔法元素には最大値が設定されていて、それを超えるとと寿命が訪れるとか。魔法元素を操る度に肉体にダメージが蓄積して寿命が縮むとか。魔法を使えば使うほど寿命が早く訪れるという可能性。他には、戦争を止めるためとはいえ、人を殺し過ぎたという可能性。私の何かしらの行動が神の巫女としてふさわしくないと神が判断した可能性。そもそもそんな判断基準などなく、神の気まぐれということもあり得るかもしれません。肉体年齢が80歳くらいになるまで生きた神の巫女もいたそうですけれど……その人と私にどんな違いがあったのか、はっきりしたことはなにもわからないのです。

 でも、理由なんてどうでもいいのです。理由なんてないのかもしれませんし。私が神託によって提示された日時の前に何らかの理由で死ぬことがあっても、神託の日以降に生き延びることは絶対にありえない。それは決して覆らないのですから。」

 それは既に覚悟を決めた者の声だった。

 死ぬ日が既に分かっているからこそ、その日までに必ず目的を達しようとする覚悟。

 ディーンがリエラの立場に置かれたとして、果たして同じ覚悟を持てるかどうか、ディーンにはわからないほどの。

「1年前に大戦を終わらせて、教会に戻ってくるまでの間にフロウの意志を継ごうと決めたのに、私を待っていたのは寿命が残り少ないという事実でした。教会の中での私に自由はありません。ディーンに会いたいと願い、無理を通したとしてどれほど時間がかかるのか、見当もつきませんでした。ですので、私が死ぬまでにしなければならないこと、やりたいことをまとめてしまおうと思ったのです。」

「それが、俺と旅に出ること?」

「それもありますが、もう1つ、神の巫女には神から課せられた使命があるのです。寿命が来るその日までに、この世界を存続させるのか滅ぼすのか、決めなければならないのです。」

 いきなり大きな話が出てきて、ディーンは口にするべき言葉を見失った。

 神の巫女の存在意義は、戦争が起きたときにその強大な力をもって平定することだけではなかったのか、と。けれど、神の巫女が神の代行者ということであるならば、リエラの言うような世界の運命を決めるという使命があったとしても不思議ではない、とも同時に思えた。

「神の巫女として唯一許されている自由が、世界の終末を決めるかどうかだなんて、冗談みたいですけれど。

 寿命が訪れたとき、神の巫女が世界を存続させると決めているならば、ある日を境に目を覚まさなくなるだけ。終わらせると決めたのならば、世界中の魔力元素を操って大災害を起こします。そして、大災害の渦の中心で命が尽き果てます。神の巫女とはそういう存在であると、目覚めた時にはもう自覚していました。」

「じゃあ、400年前の大災害というのは……」

 ディーンはやっとそれだけの言葉を絞り出すことができた。

 リエラの言葉に自分の思考を追いつかせることだけで精いっぱいだった。

「そうです。世界の終末を願った神の巫女が引き起こしたものです。そうやって、世界は神の巫女の意志で数百年に1度文明を失うようにできています。おかしいとは思いませんか?人間の歴史が400年程度の記録しか残っていないなんて。本来なら数千年、数万年の単位で人類の歴史は刻まれているはずなのです。人にはそれだけの技術があります。でも、それを大災害が消し去ってしまうようになっているのです。大災害が起きれば、その記録は残ります。けれど消えたそれ以前の記録を人の記憶だけで保持することは困難ですし、被害が落ち着いた後で新たに探ろうとしても難しい。結果、大災害以前の記録はそのほとんどが失われてしまいます。」

「神がそう仕組んでいるということなのか?」

「私が知っているのは、神の巫女が人類の歴史を消し去る力を与えられている、ということだけです。そうやって歴史をリセットすることで人類が神にも及ぶ力を手に入れないように、人の数が増え過ぎないように、そういう抑止力として存在するのではないか、と私は推測しています。」

「それで、リエラは世界をどうするのか、決めているのか?」

 それはとてつもなく言いにくい質問だった。

 けれど、今ならリエラならば答えてくれるとディーンは判断し、質問を口にした。

「まだわかりません。だから、それを決めるために、旅に出たのです。」

「それが、今までの旅だった、と。」

「そうです。死の神託が降りた時、私はもう神託以外の何者にも従わない、と決めました。神託は破ることができません。そういう風に私は条件付けられています。けれど、神託以外の教会の掟には逆らうことができると気付きました。アガートとモルスの兵たち数千人を殺して戦争を平定せよと神託が降り、教皇からは護衛の騎士たちも同時に殺せと伝えられました。つまり、護衛の騎士を殺すことは神託に含まれていなかった。教会として、護衛の騎士が私の魔法を見て万が一にも魔法を使う原理が違うことに気付かれては困るからそう命令したようでした。原理を知ったところで対処法はないはずなのですけれど、危うい芽は潰しておくということなのでしょう。移動中も極力魔法を使うなと言われていましたし。そして、それに従った結果、私に残されていたのは、2年に満たない時間と神の巫女としての魔法を使う力、そしてフロウとの思い出だけでした。

 だから私は、私に残された2年間で、フロウが世界で最も美しいと言っていた景色を、フロウが憧れていたというディーンという騎士と共にこの目で見て、それを残したいと思えば世界を残し、必要ないと思えば世界を消そうと決めました。だから、ディーン。あなたが必要だったのです。あなたがいなければ、この旅は成立しない。」

 2年という時間は長いようで短い。

 その期間でディーンに会ってフロウが語ったようなものであるのかを確かめ、各国の観光地を巡り、世界を命運を決める。それらを1つずつこなしていくには、確かに時間が足りない。

 だからこそ、1つにまとめてリエラはそれらを強引に遂行しようとしたのだ。

「リエラの残りの寿命は、教会を出た時点で残り100日くらいだったということか。だから、必ずそれまでに戻ってくるように、と……」

 ディーンは教会を出発する前に告げられた旅の条件を思い出していた。

 必ず毎日報告書を送ること、100日以内に帰還すること、リエラに変化を感じたら必ず報告すること。

 それらは酷く遠回しに、リエラがこの世界をどうするのか決断したか否かを察するためだったのだ。

 ディーンはタルムの関所で宿についてすぐ報告書を送っていたが、アガートの王城に捕らえられて以降は送ることができていない。今すぐに報告書を送ったとしても、空白が1日できてしまう。そのことで教皇が何かを察するということはあるのかもしれなかった。

「正確には、残り65日です。本当はもっと早く旅に出たかったのですけれど、説得に時間がかかりました。本来許可が出るはずがありませんものね、教会内部の人間にさえ秘匿されている神の巫女が旅に出るなど。それで、最終的には強硬手段を取りました。旅に出る許可が出るまで、毎日1人ずつ教会のシスターを殺していきました。結局20人くらいは殺したのではないでしょうか。元々人を殺すことについて何も感じていませんでしたし、今度は私自身の目的のために人を殺すという覚悟みたいなものがありましたから、フロウを殺した時のような罪悪感はありませんでした。最終的に、次はシスター長を殺します、と言ったら折れてくれました。

 それに、いくらシスターを殺そうと、際限なく魔法を使おうと、新たな神託は降りませんでした。もう死ぬから好きにさせろということなのかどうかはわかりませんけれど、私としてもなりふり構っていられなかったので。可能な限り早く旅に出たかったのですけれど、結果として1年くらいかかってしまいました。」

 言われてディーンは初対面だったシスター長と教皇のどこか怯えた顔を思い出した。裏でそれだけのことが起こっているのなら、怯えもする。

 ディーン自身、シスターが20人ほど殺されていたことについて、思い当たる節はなかった。

 そもそも騎士団員とシスターや修道士たちとは教会内でも生活する場所が違う。教会内ですれ違うことはあっても、密に連絡を取り合うこともなければ、会話をすることすらほとんどない。

 教会本部で生活するシスターはおおよそ500人。その中で20人減ったところで気付けないだろう、とディーンには思えた。

「それで、世界を見てどうだったんだ?」

「どの場所もそれぞれ美しさがありました。400年前の大災害で生まれたというリトーの滝、遥か昔から存在するノクトの洞窟の地底湖、私が壊してしまった国を見下ろすゴーダの丘。神の巫女が作った景色、神の巫女の力が介在しない景色、神の巫女が破壊した景色。まるでこれまでの旅を象徴するかのようでした。

 でも、まだ決めかねています。残すべきなのか、どうなのか。」

 リエラの中での気持ちは揺れ動いているようだった。

 旅をすると決めた時の強い意志はリエラの言葉尻からはっきりと伝わってきたが、世界の運命については酷くぼやけたような言い方だった。

「逆に、世界を滅ぼす理由はリエラの中にあるのか?」

「明確にはありません。この世界について言うならば、私の中にあるのは、神に対する恨みのようなものだけです。私の思考はおそらく神よりも人に近いのです。人の思考で神の力をもって世界の運命を決めるということに意味があるのでしょうけれど、私はただ神に見放されただけのように感じています。その点だけを考えるのならば、神の作った世界など滅びてしまえばいいと思います。それに、世界がこのまま存続するなら、私は存在期間が最も短かった神の巫女として記録に残るだけ。生きた証がありません。ならばいっそ、世界を滅ぼしてしまおうかと、リトーの滝のような神の巫女が作った場所を、私だけの場所を残すのもいいかな、と。そんなことも考えてしまいます。

 けれど、世界が滅ぶには400年という期間はまだ短いはずです。400年前の大災害の前にどれだけ人の歴史があったのかはもう知る術がありません。でも、現在の世界人口は大災害前の人口の半分にも達していないのですから、少なくともあと100年か200年くらいは人の歴史が続くはずなのです。それを私の手で止めていいのかどうか、判断がつきません。

 ディーンならどうしますか?」

 そういう質問が出るだろう、とディーンはリエラの話の途中で予測していた。しかし、予測ができたからといって答えられるとは限らない。ディーンは何を言えばいいのか、言葉が続けられなかった。

 無言のままのディーンに対して、少し苦笑してリエラは言葉を続ける。

「誰でもそうなりますよね。私だってそうです。どうやって世界の運命を決めればいいのか、その判断は神の巫女に任されています。前回の大災害以降、神の巫女は私を含めて27人いました。それぞれの神の巫女がどれほど生きたのか、不在期間がどれほどあったのか、そういう記録は教会に残っています。けれど、どういう理由で世界の存続させたのかはわかりません。結局決められなくて死んだ神の巫女もいたでしょうし、強い意志をもって世界の存続を願った神の巫女もいたでしょう。私がディーンに尋ねたように、他の誰かの意志をもって世界を存続された神の巫女もいたかもしれません。400年前にリトーの滝を作った神の巫女は何をもって世界を滅ぼそうとしたのかがわかれば、ヒントくらいにはなるかもしれませんけれど。

 旅を始めたばかりの頃は、ここまで旅を続ければ決断は出来ていると思っていましたけれど、そう上手くはいかないものですね。」

 そのまましばらく2人は無言で歩いた。

 そして、これまでの旅を振り返り、あらゆることを考えた結果をディーンはゆっくりと口にする。

「7年前にルルが死んだという知らせを受けた時、俺は世界を恨んだ。それこそ、このまま世界が滅んでほしいと思うくらいに。ルルがいない世界に生きていても仕方ない、くらいには考えた。だが、ルルの遺体を確認できなかったこと、受けていた依頼が残っていたこと、いろんな言い訳を付けて自ら命を絶つようなことをしないまま、俺は教会の騎士団に逃げ込んだ。中途半端にして逃げていたから、今更ツケを払わされたりもした。ただ、逃げている間にいいこともあった。騎士長になって部下を持って慕われる日々は悪くなかった。たまたま逃げ込んだ教会の騎士団という場所だったが、俺の居場所だと思えている。

 まあ……何が言いたいのかっていうと、見方を変えてみたらどうだ?俺には時間があったから、俺と同じことはリエラには言えない。でも、これまでの旅はリエラにとってフロウのことに区切りをつけるための旅でもあったわけだろ?今のリエラは世界の運命をどうするかにとらわれ過ぎているように見える。フロウの言っていたことはリエラの中で正しいと思えたのか、共感できたのか、原点に帰って決断すればいい。

 俺は……今だったら、この世界が続いてほしいと思っている。騎士団でやり残したこともあるし、いずれは騎士連隊長や騎士団長を目指したい。だが、俺の意見に左右される必要はない。人の考えは変わる。また世界を恨むようなことが起こるかもしれない。同じ思いを永遠に持ち続けることは難しい。」

 ディーンの言葉に応えるリエラの言葉はなかった。

 ロム戦場跡に辿り着くまで、2人の間でこれ以上言葉が交わされることはなかった。

 夜は既に明けかけていた。


 ◆


 1年前、ロム戦場跡はロム平原と呼ばれていた。

 現在は教会領だが、1年前はモルス領だった。アガート領だったこともあり、戦争が起こる度に所有者を転々としてきた場所でもあった。

 ロム平原は1年前の大戦で神の巫女の魔法によって焼き払われ、死体の山と草木の1本も生えぬ死の大地と化し、戦後処理で教会領として扱われることが決まるのと同時に、ロム戦場跡という名前に変わった。

 それから1年。

 朝日に照らし出されるロム戦場跡に足を踏み入れたリエラとディーンは、一面に広がる緑の草原を目にしていた。時を経て、ロム戦場跡は死の大地から草原へと姿を変えていた。元々肥沃な土地だったということもあり、命は復活していた。

「これは、リエラが作った景色だ。」

 視界の端から端まで広がる草原を一陣の風が通り抜ける。

 消えたはずの生命が蘇った姿が、そこにあった。

「リエラが出来ることは破壊ばかりじゃない。経験が足りないのに力だけはあってそれを持て余していたのは、かつての俺と同じだ。でも、世界に対しても人に対しても、そう悲観的になるものじゃない。同じ世界に生きて意思疎通ができるなら歩み寄ることはできる。……ルルの受け売りだけどな。傭兵として駆け出しで孤独だった俺は、その言葉で少し救われた。リエラは人というより、世界に歩み寄ってみたらどうだ?壊すべきか存続すべきか、それだけの物差しで見ているように、俺は感じる。」

「その言葉を、もっと早く聞けていたなら……いえ、こんな旅の終わりではなく、旅立つときに全ての事情を話していたなら……」

 言いながらリエラの頬には涙が伝っていた。それは、リエラ自身が生まれて初めて流した涙だった。

「結論は出たのか?」

 ディーンは横に立つリエラに視線を向けたが、リエラは小さく首を横に振っていた。

 涙を拭おうとはしていなかった。

「ディーンに言われたこと、ここに来るまでの間で考えました。神のことは今でも憎いです。でも、神が創った世界だから世界が憎いというのは違うと思いました。フロウがリトーの滝やノクトの洞窟のことを語るときはとても楽しそうでした。私もあの景色を見て心が動かされました。これからも、あの景色を見て同じように心を動かされる人は多くいるでしょう。私がそれを奪ってはいけないと思います。

 ただ……せめて、神には一矢報いたい。これが今の私の本心です。」

「わかった。これから俺はリエラに1つの提案をする。だが、その前に確認しておきたい。教会に戻るつもりはあるか?」

 リエラは先程と同様に小さく首を横に振った。旅立ったときからそうだった。リエラは、教会に帰った後について何も話していなかった。最初から戻るつもりなどなかったのだ。

「では、提案する。この場所を誰も立ち入れないように封印することはできるか?リエラのアクセサリーにかけられている魔法のように、この場所に対して永続魔法をかけることは可能なのか?」

「やってできないことはありませんけれど……アクセサリーにかける永続魔法は金属という触媒があることで魔法を維持することができます。場所に魔法をかけるなら、形ある何か……例えば宝石とか金属とか、そういう魔力が通りやすいものを中央に埋めなければなりません。でも、どうしてここを封印するのです?」

 リエラはディーンの提案の真意を測りかねていた。

 永続魔法のかかったアクセサリーは今でも数多く身に付けている。自ら魔法をかけて作り上げたアクサリーもいくつかある。けれど、それを場所に対して行った経験は、リエラにはなかった。

「この場所こそが戦争の中心だからだ。今は教会領として管理されているが、機会さえあればアガートもモルスもこの場所を手に入れようと考えている。だから、根本的にこの場所に立ち入れなくすることができれば、少なくとも戦争の原因を1つなくせる。」

「それはとても魅力的ですけれど、私が身に付けているアクセサリーを全て使ったとしても、触媒としては足りません。この見渡す限りの平原を封じるなら、もっと力のあるものでないと……」

 そう言いながら、リエラは何かに気付いたように目を見開いた。

「私自身が触媒になれ、と。そういうことですか?」

 ディーンはゆっくり頷くと、言葉を続ける。

「リエラが生きた証が欲しいと言われてからここに来るまでの間、ずっと考えていた。ロム戦場跡の現状は知っていたから、この景色がリエラの生きた証になれば、と最初は考えた。だが、この場所が再び戦場になる可能性は大いにある。そうであれば、誰も立ち入れなくすることはできないのか、と考えた。この場所をリエラが永遠に守り続けることが、生きた証にはならないか?戦争の原因がなくなれば、神の巫女が戦場に出ることもなくなる。神が課す神託が1つ消えるのなら、それが神に一矢報いることにはならないか?」

 リエラは目を見開いたまま、しばらく無言になった。

 そして、ゆっくりと口角が上がっていく。

「……いいですね、それ。フフ……アハハ…‥アーッハハ!!」

 そう言いながらリエラは高らかに笑った。いつもの張り付いた笑顔でもなく、フロウを懐かしんだときの笑顔でもなく、未来への希望を知ったような、そんな笑顔だった。

 その笑い声は草原に広く響き渡り、まるでその声が草を揺らしているかのように錯覚させた。

「あー、これだけ笑ったのは生まれて初めてです。まさか、心の底から笑い声が出る日が来るなんて、思いもしませんでした。」

 ひとしきり笑い終わると、リエラは目の端にたまった涙を軽く指でふき取った。

「これから、私が持てる全ての力を使って、魔力を持つ者をはじく結界を作ります。私に残された寿命が尽きるまで、魔法を使います。だからこれが私の最期の言葉です。私が死んだらやってほしいことを今から伝えます。いいですか?」

「俺が出来ることなら、可能な限り実行しよう。」

「ありがとうございます。今から作る結界は魔力を持つ者を拒む結界です。ですから、ディーンには通用しません。なので、私が死んだら、私を、この場所に埋めてください。穴は掘っておきますから。そして、出来ればお墓を建ててほしいです。本来、神の巫女が死んだらその遺体は教会にある秘密の墓地に葬られるそうですけれど、私は結界の核としてここに残りますから。それで、たまにお墓参りに来てください。」

「わかった。それくらいのことなら。」

「信用、してますから。」

 言い終わると、リエラは結界の中心地となりそうな草原の中央へとゆっくり歩みを進めた。ディーンはそれを後ろから見守る。旅の終わりになって初めて、ディーンはリエラの後姿を見た。まとめられた黒髪が日に映える。

「最期に、1つだけ聞かせてくれないか。」

 ディーンから辛うじて声が届くくらいの距離で止まったリエラに、ディーンは言葉をかけた。

 リエラが結界を張る前に、どうしても確認しておきたいことがあった。

「俺は、フロウが言っていた通りの人間だったか?」

 リエラはディーンの言葉にゆっくりと振り返った。顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。フロウのことを語っていた時に見せた、あの笑顔だった。その笑顔がアレイルのものと重なる。

「フロウが語っていた以上でも以下でもありましたよ。ディーンは少なくとも、万能の超人ではありませんでした。でも、一緒に旅ができてよかったです。旅の友としては最高の相手でした。ありがとうございました。」

 言い終えたリエラは、ゆっくりと腰を下ろし地面に手をついた。そして、次の瞬間ディーンの視界から消えた。リエラが魔法で掘った穴に入ったからだとディーンは気付いたが、そのまま駆け寄るかどうか、少しためらった後に全力で走った。

 辿り着いた穴の中には、白髪の少女が静かに横たわっていた。満足そうな笑みを浮かべて。

 穴はすり鉢状に掘られていたので、中に入っても脱出することは可能だと判断し、ディーンは深く広い穴に滑り降りた。

 ディーンはそっとリエラの首筋に触れたが、脈は既になかった。

 ディーンに魔法を感じ取る力はないから実感が持てないが、リエラが既に事切れているということは、結界が既に張られたということなのだろう。

「ずいぶん、あっさりした最期だったな。これが、旅の終わりか……だが、約束は守る。」

 ディーンは穴から一旦外に出ると、穴の近くにうずたかく積まれている土を、ゆっくりと穴の中に落としていく作業に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ