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Worldend Odyssey  作者: 奈良 早香子
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第五章 アガートの王城

第五章 アガートの王城



 アガートの王城へ向かう馬車の中で、リエラは目を閉じて無言を通した。

 馬車にはハックとカーラが同乗していたが、リエラと同様にずっと無言だった。

 カーラはリエラの殺気に充てられて自ら話しかける余裕はなかったようだったし、ハックもリエラと雑談ができるほど肝が据わっているわけでもなかった。

 リエラは馬車の中から魔法で周囲を探索してみたが、ディーンを見つけることはできなかった。

 ディーンには魔力がないために魔力の気配がないので魔法で探し出すことは難しかったし、相当な早馬で王都に向かっているため馬車がよく揺れるので、広範囲を探索するための魔法に集中することが難しかった。探索魔法が使えないことはないのだが、砂浜から一粒の砂を探し出すような作業なので、どうしても集中力が必要になる。

 ひとまず、隣の部屋に置きっぱなしになっていたディーンの荷物は自分のものと一緒に馬車に持ち込んだ。

 また、宿で寝る直前に連れ出されたということもあって眠気もあり、熟睡には程遠いものではあったが、ある程度の睡眠を取りたいとも考えていた。

 結果、半日あまりの馬車の旅の中で言葉が交わされることは1度もなかった。


 ◆


 左半身が石の床に叩きつけられる衝撃で、ディーンは意識を取り戻した。

「おい、もっと丁寧に扱え。目を覚ましたらどうする。」

 朦朧とする意識の中、男の声が聞こえてきた。

「あと2日くらいは意識が戻らないって話だから、平気だろ。もともと3日くらい効く薬らしいし、明日にはまた追加するってさ。」

[そうか、俺はあのとき薬で……]

 次第に頭が明瞭になっていく中で、ディーンは自分の身に起きたことを思い出した。

 怒りに身を任せてしまった結果、単純な不意打ち攻撃に引っかかってしまった。あまりの不甲斐なさに、自分が情けなくなる思いがした。

「だとしても気を付けてくれよ。神の巫女を捕らえたとかで上は大騒ぎだし、すぐに開戦の準備だとかで見張りは減らされて俺だけなんだからな。」

「まあ、ここの地下牢は相当頑丈にできているし、いくら白き異端者だからって鉄扉の破壊は出来ないだろ。武器だって取り上げている。」

「お前は楽観的でいいよな。まあ、そっちも忙しいだろうからもう行けよ。見張りはちゃんとやっておく。」

「そうか。じゃあよろしくな。」

 そう言い残すと、話していたうちの1人が立ち去る音が周囲に響き、その次に重苦しい鍵をかける音がディーンの耳に届いた。

 ディーンが薄く目を開けると、部屋を取り囲んだ石の壁と、分厚そうな扉、そして扉の覗き窓から漏れる光が見えた。鉄格子の牢ではないようで、これなら多少動いても見張りからは見えにくい。

 両手を縛られた上で腕と胸の周辺は縄でグルグル巻きにされて、足首も同様にきつく縛られていた。

 武器は当然のように取り上げられていて荷物も見当たらないことから、タルムの街に置きっ放しなのだろうと考えられた。旅費も関所の通行証も全て宿に置いてきてしまったことになる。

 現状を確認する中で、ディーンはここはおそらくアガートの王城なのだろうな、と感じた。

 見張りの兵士の会話から、多少は前後するだろうが意識を失ってからおおよそ1日が経過していると思われる。タルムの街からアガートの王都まで馬を使えば1日もかからないし、タルムの街から1日程度の距離でこれほど立派な牢が用意できるのはもう王城しか考えられなかった。

 また、捕らえられたディーンは殺されはしないものの薬でずっと動けないようにしておくつもりらしいので、リエラの人質として利用されているのだろう、と推測できた。つまり、ディーン自身がリエラにとっての人質として有効だったということになる。

 ディーンを旅の同行者として選んだのはリエラ自身だと初対面の時に聞かされた。白き異端者ならば、魔法以外の部分で隙を失くせるから、と。

[本当にそれだけなのか?]

 旅立ってから40日以上が経過して、ディーンは初めてその疑問に行きついた。

 リエラの力があれば、ディーンを無視して旅を続けることも可能なはずだった。確かに護衛として敵を殺したことは何度もあった。だが、ディーンでなければならない場面はなかった。リエラならそれがわかっていたはずだ。それでもなおリエラはディーンが旅に必要だった。必要な理由があるはずだった。

 けれど、考えてみても、一朝一夕で答えは出なかった。

 ただ、1つだけわかるのは、それが恋愛感情由来ではないだろう、ということだった。

 リエラは初対面の時からディーンに対して好意的だった。リエラのディーンに対する態度は、教皇やシスター長に向けるものとは明らかに違っていた。しかし、ルルがディーンに向けていたような態度とも、ルルと出会う前に言い寄ってきた女たちともまた違う。ルルと恋人同士になる前、傭兵団の中で孤立していたディーンをどうにかしようとしていた時のルルの態度が1番近しいかもしれない。恋愛感情抜きで手を差し伸べなければならないと考える単純な善意。もしくは、守ってあげないといけないという母性。それともまた違う何か。

 旅の中でリエラはディーンに数々の質問をぶつけてきたが、世間知らずの神の巫女が外の世界を知ろうとしているからだと思って、何を聞かれたのかそこまで正確には思い出せない。手掛かりになるような質問は必ずあったはずなのだが。

[とりあえず、本人に直接訊いてみるべきことかもしれないな。リエラについて考えるのはここまでだ。]

 ディーンはきつく縛られている手首に力を入れてみた。ギチギチと縄が軋む音がする。白き異端者であっても、力を込めて千切れるほど弱いものではないようだった。

 どうしたものかと考え始めたとき、そういえばリエラの壊れたブレスレットをポケットに入れたままだったことを思い出した。牢に入れられたときに身体検査はされたようだったが、ポケットの中のハンカチは見逃されたらしい。

 永続魔法がかけたられたアクセサリーなどに白き異端者が長く触れると暴発が起こる、とリエラは言っていた。

 暴発というのはどの程度のものなのか、どのくらい触れていればいいのか、あのときのリエラの慌てぶりから考えて、いきなり試すのは危険とも思われた。ただ、魔法を維持しようとする力と打ち消そうとする力の反発で、ともリエラは言っていた。魔法由来の力なら、暴発してもディーンに影響はないはずだった。けれど、暴発の規模が大きすぎれば牢ごと崩壊させてしまう危険性もある。

[それでも、やるしかないな。]

 あとは、機会を待つだけだった。


 ◆


 カーラとハックがリエラをアガートの王城に連れてきてから丸1日が経過した。

 2人の上司であるロゴット将軍から手放しで功績を称えられ、ディーンを拘束するために必要だった指輪の代金は経費として認められ、その他報奨金などの特別手当を約束されたが、心のどこかにある不安が2人から消えることはなかった。

 リエラは王城の貴賓室に案内され、そのまま大人しくしている。

 ディーンは地下牢で1番頑丈な独房に捕らえており、未だハックが使った毒の影響で目を覚ましていない。

 ロゴット将軍をはじめ、軍の上層部は教会領へ攻め込む準備を始めていた。

 教会領の戦力はそのほとんどを神の巫女に依存している。教会領の治安維持などのために騎士団を有してはいるが、数はそこまで多くなく、総勢1万程度。それに比べてアガートは10万以上の兵力を持っている。神の巫女がいない教会領を落とすことはさほど難しくはないはずだった。

 アガートはそこから更にモルスを攻め、世界を支配する計画を立てていた。モルスはノクトの洞窟の一件で戦力は落ちており、教会領側からアガートに攻め込まれるとは考えていない。奇襲が確実に成功する。

 王城内は開戦準備のため、慌ただしく人が行き交っていた。

 その人々を横目に見ながら、カーラとハックはつかの間の休息を取っていた。再び戦争が始まれば何らかの任務を命じられるだろうが、リエラとディーンの拘束についてはもう引継ぎを終えたので、それまでは特にするべきことはなかった。

 作戦が無事成功したなら祝杯をあげようと2人は約束していたが、何か見落としているような不安にかられて、とても酒を口にする気にはなりなかった。

 そんな2人のもとに、モルスからアデール将軍が単身王城に来ているという知らせがもたらされた。

 ディーンとリエラはモルスから一旦教会領に入ってからアガートを目指したが、アデール将軍はモルス領ロム戦場跡を経て直接アガートに入り、王に宛てた親書を持っているということだった。神の巫女に関する重要な事実を伝えたい、と。

 モルスの人間がアガートに入ることは現在の世界情勢において不可能に近い。

 1年前の大戦の記憶がまだ新しいということもあり、通行証が発行されることはまずありえない。現時点でまともな外交は出来ない。

 しかし、アデール将軍がアガート城に入ったということは、モルス王が通行証を発行したということを意味している。

 であるならば、アデール将軍が持つ情報が世界の均衡を崩すものである可能性を示唆している。

 けれど、アガートの上層部は神の巫女を捕らえたことに浮足立ち、アデール将軍がアガート城にいる重要性と緊急性を見落としていた。これから滅びる国の将軍にすぎない、と。モルスという国の命乞いをするために来たのではないか、と。

 アデール将軍の顔は世界に広く知られている。軍の上層部ならば知らない者はいない。アデール将軍本人だという確認がなされ、モルス王からの親書を提示されたにも関わらず、アデール将軍の相手はカーラとハックが務めることになった。本来なら2人の上司であるロゴット将軍、もしくは宰相やアガート王が対応すべきところなのだが、手が空いていることと神の巫女と直接会って話をしたのが2人であるということから、その仕事を割り振られた。

 開戦準備で慌ただしくしていることをアデール将軍に悟られぬよう、カーラとハックは小さい会議室でアデール将軍と対面した。モルスの国使を迎えるにしては杜撰すぎる対応だったが、アデール将軍がそれについて何かを申し出ることはなかった。

 一見するとアデール将軍はやつれた様子だった。目の前にいるアデール将軍はモルスの軍服を着ているが、1年前の大戦では鎧をまとって前線に立つ姿をカーラとハックは見たことがあった。しかし、今は鎧のことを差し引いたとしても、戦場の姿よりも一回り小さく見えた。年齢は40代半ばくらいのはずだったが、やや老け込んで50代と言っても差し支えない雰囲気もあった。ただ、眼光の鋭さは維持されているように感じられた。

 ノクトの洞窟での事件は今から約10日前に起きた。

 モルスの王城からロム戦場跡を経由してアガートの王城まで、馬を使って最短距離で直接向かったとしても10日前後かかる。

 アデール将軍はノクトの洞窟から一旦モルスの王城に帰っているはずだから、賞味7日でアガートの王城に辿り着いたことになる。馬の交換を駆使したとしても、驚異的な早さだった。

 それだけのことをすれば、やつれるのも無理はないことだろう、と会議室にアデール将軍を迎えた2人は考えた。

「本来なら我々の上司のロゴットが出てくるところなのですが、生憎手が離せません。アデール将軍ともあろう方をこのような場所にお通しするのもご無礼だと承知しておりますが、城内が今立て込んでおりますので……お許しください。」

「それについてはこちらにも無礼があります。本来、モルス人がアガートに入るには教会を含めて国同士で日程調整をしてからでなければなりません。それを省いたうえ、王の親書と国璽の力で強引なことをしてしまった私を王城に入れていただいただけでも申し訳ないくらいです。」

 ハックの言葉に対するアデール将軍の態度は酷く恐縮したものだった。

 地位が上がるほど礼儀は重んじなければならないものでもあるので、それを欠いたことに罪悪感があるようだった。

「神の巫女と白き異端者のことは、多少なりとも知っています。我々でも理解できることはあると思います。それで……モルス王からの神の巫女について親書があるとか?」

「それは、こちらに。」

 会議室の机越しに差し出された封筒には、モルスの封蝋が施してあった。ただ、宛名は書かれておらず、王に宛てた親書というよりも、モルス王が確かに書いたものであるという証明だけされている文書という風にも見えるものだった。

「これは我々が見てしまってもよろしいものですか?」

「構いません。内容は私も知っているものです。ただ、その内容が意図する部分はあなた方が読んでもわからないでしょう。我が王がおっしゃるには、この意味が分かるのは両国の王と教皇のみだと。私にもわからなかった。ただ、この内容が王にさえ伝わればよい、と手紙はアガートの王城にいる者であれば誰に読んでもらっても構わない、ともおっしゃっていた。一刻も早くアガート王の耳に入れてほしい、と。」

 親書を開封して読んでもいいと言われたことに、ハックは少し驚かされた。まず間違いなく、アガート王に未開封のまま渡すように言われるものと思っていた。

 ハックが封蝋を砕いて親書を開封すると、中には便箋が1枚だけ入っていた。

『神託は既に降りている。』

 手紙の本文はそれだけで、後はモルス王の署名こ国璽があるだけだった。

 カーラも手紙を覗き込んだが、手紙の意図することは何もわからなかった。

「神託というのは、教皇だけが聞くことができるという神の言葉ですよね。どんな内容の神託ですか?」

 アデール将軍の言葉通り、手紙の内容が意図するものがわからなかったハックは、素直にそう尋ねた。

「わかりません。元々この言葉は私が神の巫女からノクトの洞窟で直接聞かされたものです。この言葉を王に伝えれば、神の巫女の暗殺計画自体がなくなるはずだと。実際、我が王にご報告申し上げた直後、神の巫女の暗殺計画は中止になりました。現在、モルスは神の巫女から完全に手を引いています。」

「ノクトの洞窟というと……あなたの部下が全滅させられたという……」

 神の巫女がノクトの洞窟で待ち伏せをしていた数十人の眼球だけ集めてアデール将軍に持ち帰らせた、という話を思い出してカーラは思わずつぶやいた。

「そこまで知っているなら、私が部下たちの眼球を持ち帰ったことも知っているでしょう?気が狂いそうになりましたよ。ですが、私が王に伝えなければ世界は神の巫女に滅ぼされるかもしれない、と耐えました。神の巫女は、このまま暗殺計画が続くようなら国ごと焼き払うとも言っていました。やろうと思えばできるのでしょう。」

「神の巫女の力が絶大と言っても、まさかそこまで……」

 カーラもハックも、1年前の大戦でリエラが使った魔法が神の巫女として使える最大の魔法だと思い込んでいた。アクセサリーで魔力が抑えられていたとして、最大規模はその倍程度だろう、と。しかし、国ごと焼き払うというのであれば、1000倍でも足りないかもしれない。確認されている最大の魔法が大戦で使われただけで、実際はもっと巨大な魔法が使えるのだとしたら。否定したいが、否定できる確証が何もない。

 それを察したかのように、アデール将軍は言葉を続ける。

「我々がノクトの洞窟で神の巫女を襲ったとき、ノクトの洞窟全体に魔法阻害結界を仕掛けていました。我が国に強い魔力を持つ者が多いというのは周知の事実ですが、その中でも選りすぐりの魔力の強い者を総動員して、数日かけて結界を張りました。あの日のノクトの洞窟の中で魔法が使えるはずはなかったのです。我々は神の巫女の魔法さえ封じれば殺せると踏んでいました。ですが、神の巫女は洞窟の中で苦もなく魔法を使っていました。部下たちを次々と……まるで風船を割るかのように破裂させて、器用に眼球だけ残して……」

 言いながらその時の光景を思い出したのか、アデール将軍の顔が青ざめていくのがカーラとハックにも手に取るようにわかった。しかしながら、カーラはノクトの洞窟内で起こった凄惨な事実よりも、別のことが気になった。

「魔法阻害結界が仕掛けてあったのに、魔法を使った?」

「そう質問するということは、魔法阻害結界を使っていたことは知らなかったのですね。神の巫女は魔法阻害結界は意味がないとも言っていました。そもそも魔法を使う原理が違うから意味がない、と。事実、神の巫女はあの結界の中で眼球だけ残して体を爆発させるという強力で繊細な魔法を使いました。他にも、私は死なない程度に首を絞められて気絶させられました。嘘ではありません。」

 それはカーラにも身に覚えのある魔法だった。

 あの時の息苦しさを思い出し、思わずのどに手を当てる。

「いや、でも……神の巫女が身に付けているアクセサリーは魔力を抑制するものであるはずです。アクセサリーで効果があるなら、そのアクセサリーにかけてある大元の魔法である魔法阻害結界が効かないはずは……」

 教会領の宿でのやり取りを2人は思い出す。リエラは数えきれないほどのアクセサリーを身に付けていた。たまたま奪い取ったブレスレットには、魔力を抑制する永続魔法が確かにかけられていた。

「身に付けているアクセサリーはただの飾りでしかないそうです。教会にいるときから身に付けていて、そのままにしていただけだと。」

「でも、原理が違うというのは……」

「それが意味するところは私にもわかりません。そもそも魔法とは大気中に存在する魔法元素を体内に取り込み、練り上げて放出し、様々な現象を起こすものです。取り込める魔法元素の量、放出できる量と質を総合して魔力の強さは決まります。魔法阻害結界は、取り込んだ魔法元素を人の体から放出させないようにしています。それが意味をなさないというのであれば、神の巫女は体から魔力を放出しているわけではない、ということです。そもそも神の巫女の使う魔法には溜めや詠唱がありません。一般的に魔力の高い者ほど溜も詠唱もないものですが……根本原理が違うから溜めや詠唱がないのかもしれません。わかるのは、ここまででした。」

 魔法が使える原理については幼少期に学校で教えてもらうことが多いが、知らなくても感覚的に使える人も多くいる。例えば速く走るように、より高く飛び上がるように、魔法についても身近にありすぎて根本から原理を考えることはあまりない。

 原理が違う魔法が存在することなど、カーラもハックも今まで考えたこともなかった。

「神の巫女が全属性魔法を使えるのは、体内に全ての属性魔力が宿っているからだと我々は思い込んでいました。ですが、原理が違うからこそ全属性魔法が使えるのかもしれません。とにかく、神の巫女にこれ以上手を出してはいけません。この親書の内容を出来るだけ早くアガート王に伝えて下さい。神の巫女の逆鱗に触れるようなことをすれば、冗談ではなく国ごと焼き払われます。我々は焦り過ぎました。神の巫女の力を過小評価していました。アガートとモルスの領土争いに神の巫女を巻き込むべきではなかったのです。」

 アデール将軍が言いたいことはわかった。しかし、現実問題としてアガートはリエラを拘束してしまっている。これが逆鱗に触れていないはずはない。

 リエラは今のところ貴賓室に監禁されているが、軍の上層部は貴賓室に強い魔法阻害結界をかけているからリエラが身動きできないと思い込んでいる。魔法さえ使えなければ地下牢に閉じ込めているディーンを探し出すことも出来ない、と。つい今しがたまで、カーラもハックもそう思っていた。

 軍の上層部は開戦の準備と同時に、リエラを自殺に追い込む方法を考えている。ディーンを人質として、リエラ自ら毒を口にして貰うのが1番手っ取り早い。ただ、本当に毒が効くのか、ディーンはリエラが命と引き換えにしてまで助けたい存在なのかがはっきりしないため、二の足を踏んでいる状態だった。

 あと数日もすれば方針が決まるだろうが、それは全てリエラを継続して監禁できてこそだ。

 けれど、アデール将軍の話が本当で魔法阻害結界が意味をなさないのなら、リエラはいつでも逃げ出せることになる。リエラが大人しくしているのは、まだディーンの無事を確認できないから、ということでしかない。

「アガートは未だ神の巫女を追っていると聞いていますが、神の巫女は今アガートのどの辺りにいるのですか?私はここ数日ずっと馬に乗っていて神の巫女の現在地を知りません。」

 言われてハックはどう答えたものか迷った。既に王城に捕らえて監禁していると敵国の将軍に伝えてしまっていいものか。

 ただ、アデール将軍がモルス王の親書を届けてくれたのは善意だ。たとえ敵国であっても、アガートが焦土と化し、世界が混乱するのはモルスにとっても歓迎すべきことではない。けれど、その隙をついて支配しようと考えてもおかしくはない。神の巫女の伝言をアガートにも伝えるべきかどうか、国としての方針を決めるだけで何日もかかりそうなものを、これだけ早くアデール将軍が届けてくれたということは、そういうことなのだ。

「実は、神の巫女は」

 そうハックが言いかけたとき、突然ドンという大きな地響きが会議室の中に広がった。

 一瞬地震が起こったのかとハックは身構えたが、地震にしては揺れが大きく継続時間が短い。会議室は1階にあるから、揺れの発生源は地下ということになる。

「もしかしたら地下牢が」

 地響きの発生源が何なのかということに気付いたカーラがそれをハックに伝えようとした次の瞬間、今度は天井から爆発音が聞こえてきた。

「まさか貴賓室も」

 あまりの事態にハックは思わず言葉を零してしまい、慌てて口を手で塞いだ。

 地響きは最初の1回だけで収まったが、天井からの爆発音は数秒毎に響いてくる。それはまるで何かの合図を送り続けているようだった。

「何が起こっている!?」

 アデール将軍の言葉に、カーラとハックは我に返った。アデール将軍と駆け引きをしている場合ではなくなったことは、もう明白だった。

「実は神の巫女とその同行者だった白き異端者をこの王城内で拘束しています。ですが、2人を監禁していた場所からそれぞれ爆発が起きました。脱出を図っているものと思われます。」

「「なっ……!!」」

 思わずアデール将軍とカーラの絶句が重なった。

 アデール将軍は予想しうる最悪の事態が起こっていたことに、カーラは国家機密レベルのことをハックが話してしまったことに、それぞれ驚いていた。

 しかし、カーラはハックを責めるようなことはしなかった。このままでは王城そのものが崩壊する危険性が出てきた。アデール将軍は自らの危険を顧みず、単身敵国に危機を知らせに来てくれた。今ここで起ころうとしている国家の危機を知らせないわけにはいかない、と思い直した。

「我々は神の巫女を監禁している貴賓室に向かいます。おそらく、神の巫女は定期的に爆発を起こして白き異端者に自分の居場所を知らせています。2人は必ず合流しようとします。2人が合流したら……どこまで破壊されるのか想像もできません。我々はもう神の巫女の逆鱗に触れてしまった。今更無理かもしれませんが、アガートは神の巫女から手を引くと伝えに行きます。今から王に親書の内容を伝える時間はありません。ですが、モルス王が親書にある言葉で神の巫女から手を引くことを決めたのなら、アガート王も手を引くはずです。

 アデール将軍も一緒に来ていただけますか?神の巫女と再び対面することになってしまいますが、アデール将軍がいた方が神の巫女を説得できる可能性が高くなります。」

「わかった。国は違えど、人類の危機を放ってはおけない。行こう。」

 3人は同時に椅子から立ち上がり、貴賓室を目指して走り出した。


 ◆


 ディーンは定期的に起こる爆発の起点を目指してアガート王城内を走っていた。

 地下牢の見張りは一定時間を置いて定期的にのぞき窓からディーンの姿を確認していることが分かったから、見張りが確認作業をした少し後に、リエラの壊れたブレスレットを素手で握りしめた。

 バチバチと強い静電気が走るような感覚があった後、地下牢は大きな爆発音に包まれた。

 ディーンが想像していたものよりも爆発は大きいものだったが、ディーン自身にけがはなかった。やはり起こった爆発は魔法由来のものだった。

 起こった爆発によってディーンを拘束していた縄に傷が入り、ディーンが力を込めると縄はあっさり千切れた。ディーンは服も一緒に吹き飛んでしまうかと思っていたのだが、ディーンの身に付けている旅装束は教会が用意した魔法に対する耐性がそれなりにあるものだったようで、汚れてはいたがまだ服としての機能は失っていなかった。

 爆発の勢いで地下牢の扉は吹き飛んでおり、ディーンは苦労することなく地下牢を出ることができた。

 やはり王城の地下牢は頑丈に作られているようで、地下牢の扉は壊れたが、壁が崩れるようなことはなかった。

 地下牢の外では見張りの兵士が壁にもたれかかって気絶していた。ディーンを見張るために扉の近くで待機していたようで、爆風に巻き込まれたらしかった。

 ディーンは気絶している兵士から剣を奪い取ると、素早く物陰に身を潜めた。

 ディーンが身を隠してすぐ、爆発音を聞きつけた兵士が2人、地下牢にやってきた。

 ディーンを捕らえていた牢が破られていることを確認した兵士が慌てて地上へ戻ろうとしたので、ディーンは兵士たちの背後に回り、1人は剣の柄で殴って気絶させ、もう1人は腕で首を締めあげた。

「神の巫女はどこに捕らえられている?」

「……し……知らない……もっと、上の人間でないと……」

「だろうな。」

 最初から期待はしていなかったので、ディーンはそのまま兵士を締め落とした。

 王城というのはとにかく広い。ディーンがいた教会の本部も相当広かったが、アガートは教会領の5倍の人口を有しているので、規模もそれくらいの差があってもおかしくはなかった。

[とりあえず上に向かうとして、1つ1つ部屋を見て回るのは骨が折れるな。]

 リエラが地下牢に捕らえられていないということは、見張りの兵士の様子から推察できた。

 だとすれば、すぐには逃げられないような王城の奥の方にある部屋に魔法阻害結界をかけて閉じ込めておくのが定石だろうな、とディーンは推測した。

 爆発の混乱が残っている今のうちに移動しよう、とディーンが決断したその時、遠くで爆発音が響いた。方向的には斜め上の方、王城の地上階のどこかで爆発が起こったと思われた。そして、数秒後にまた同じ方向から爆発音が聞こえてきた。

[なるほど、そこへ向かえということか。]

 ディーンは爆発音がする方に向けて、走り出した。


 ◆


 アガート城の中は混乱に包まれていた。

 地下で爆発音がしたと思ったら、今度は貴賓室からも爆発音が響いてきた。しかも数秒毎に何度も。

 開戦準備で慌ただしかった王城で爆発が起きたことで、指揮系統は乱れた。

 比較的地下牢の近くにいた兵士たちが地下牢に向かってみると、地下に下りる階段には何人もの死体とも気絶しているとも区別がつかない兵士が倒れていて、肝心の地下牢はもぬけの殻だった。

 貴賓室の近くで見張りをしていた兵士たちは、リエラの起こした爆発に巻き込まれて死んだ者もいれば、リエラを取り押さえようとして死んだ者、一旦リエラを落ち着かせようと説得を試みて死んだ者、様々な理由で出来上がった死体の山が築かれていた。

「リエラ!!ようやく見つけた、ここだったか。」

「ああ、ディーン。少し久しぶりですね。待っていましたよ。」

 言葉だけ聞けば、それは久しぶりに再会した恋人たちのようだったが、再会した場所は凄惨な光景に包まれていた。

 リエラのいた貴賓室のドアの前には死体の山があり、貴賓室自体も既に天井がなくなっていた。元々窓のない部屋だったが、今は吹き飛ばされた天井から太陽の光が降り注いでいる。貴賓室は最上階にあったわけではなかったので、上の階ごとリエラが吹き飛ばしたことになる。

「俺のせいで、すまなかった。」

「もう気にしていません。ディーンが人質になってしまったと知ったときはさすがにどうしようかと思いましたけれど、こうして自力で抜け出して私の下へ来てくれたのですから、貸し借りは無しです。それに、まだ旅の日程は遅れていませんから。さすがに予定を過ぎたら何かをしようとは考えていましたけれど、ディーンはその前に来てくれました。それだけで十分です。」

 そう言ってリエラは瓦礫の中で笑ってみせた。周囲の光景など、まるで目に入っていないかのように。

「そう言われると立つ瀬がないな。他にも謝りたいことは山ほどあるんだが、今はここを脱出しよう。城からの脱出ルートはおおよそ把握してきた。行けるか?」

「ええ。でも、その前にちょっと知った顔ぶれがこちらに来ているようなので、その人たちと話してもいいですか?」

「ん?リエラがそう言うなら、構わないが……」

 ディーンはリエラの手を引いて今すぐにでも城の外へ向けて走り出すつもりだったが、リエラに言われて一旦臨戦態勢を解いた。

「そこにいるのはわかっていますよ。すぐには殺しませんから、出てきてください。」

 リエラが既に扉が破壊されている入り口に向けて少し大きめの声で呼びかけると、そこから3人の男女が両手を上に挙げた状態で姿を現した。それはカーラとハックとアデール将軍の3人で、リエラは全員を見知っていたので、なぜここに来たのかはおおよそ理解できた。しかし、ディーンはカーラについては教会領の宿でリエラのブレスレットを拾った女だと気付いたが、他の2人については、1人はモルスの軍服を着ているという意外性でアデール将軍だとはすぐには気付けず、もう1人は全く知らない顔なので、なぜこの3人の組み合わせが出来上がったのかが理解できなかった。

 1つだけわかったことは、どうやらディーンがリエラの元に辿り着いたのとほぼ同時にこの3人もこの場所に辿り着いていた、ということだけだった。

 ここに辿り着くまでにディーンは何十人もの兵士を斬りつけてきたが、それはあくまで自分を殺そうと斬りかかってきた者たちであって、ただ後ろを走っている3人については殺気がなかったので放置していた。いざとなれば3人くらい相手にできる自信がディーンにはあった。

 3人が姿を現した瞬間にディーンは再び戦闘態勢をとったが、3人には既に戦意がないようで、ディーンは3人がここまで来たことの意図を測りかねた。どうやら、リエラとディーンを引き止めるつもりでここに来たわけではないようだった。

「これからする私の質問に、正直に答えてください。私が望む答えではなかった場合、城の破壊を継続します。いいですね?」

 言われて3人は黙ってうなずいた。

 リエラの破壊行動を止めるために、力ずくではなく説得するために来たのか、とディーンは感じ取った。

「私を捕らえてから城内がかなり慌ただしかったようですが、これから何をしようとしていたのですか?魔法で城の内の様子を見ることはできますが、声までは拾えないものでわからないのです。」

 言われてカーラとハックはお互い目配せをした。真実を告げるべきかどうか迷ったためだった。ここには敵国であるモルスの将軍とこれから攻め込もうとしている教会の騎士長がいる。軍の情報を最も漏らしてはならない相手だった。

 数秒の沈黙後、リエラとディーンから向かって左斜め上の天井付近が爆発した。

 強烈な爆発音に思わずリエラ以外の4人が手で耳を塞いだ。

 ただ、天井が爆発したことで降ってくるはずの瓦礫は四散してしまったかのようにその場に表れることはなく、煙もまた発生しなかった。これはリエラがかき消したものだとリエラ以外の4人は考えた。

「沈黙もまた禁止します。わからないならわからないと言ってください。ただし、嘘なら見破れます。嘘だとわかれば今と同じことをします。これが最後の警告です。」

 4人の耳鳴りが収まった頃、リエラは口を開いた。

 リエラが天井を爆発させたとき、その方向を見てもいなかったことに4人は気付いていた。

 普通、魔法を使う時は神経を集中させるために使用する方向に向けて手を突き出したりする。魔法学校では安定して魔法を出せるように詠唱を習ったりもするし、大きな魔法になればなるほど溜めもあるし集中力も必要になる。

 しかし、リエラはそういう動作を全くしなかった。リエラが旅の中で使ってきた魔法の中でも今使った魔法はかなり大規模なものであるにも関わらず、予備動作が皆無だった。

 神の巫女の底知れない強さがそこに存在していた。

「この城の中で、何が行われようとしていたのですか?」

「開戦の準備だ。」

 答えたのはハックだった。

 このまま答えなければ、リエラは更に城を破壊する。貴賓室よりも上階には国の幹部たちが多く務めている。どれだけ避難が進んでいるかもわからない状態でこれ以上城を破壊されたら、最悪の場合幹部が全滅ということもあり得る。そうなれば、国としての機能が失われてしまう。

 答えるしか選択肢はなかった。

「1年前のように、モルスに攻め込むつもりですか?」

「いや、教会領だ。ロム戦場跡だけでなく、教会領全てをアガートに併合するつもりだった。」

 ハックのその答えに、アデール将軍は思わず息を呑んだ。ここに来るまでのアガート城の中の道中で、武器や物資が大量に集められている様子は目に入っていた。神の巫女を捕らえたことでロム戦場跡を占拠するつもりなのだろうと推測していたが、それは間違いだった。

 もしもモルスで神の巫女を殺せていたなら、モルスはロム戦場跡を再びモルスの領土とすることだけを考えていた。しかし、アガートはモルスが神の巫女の暗殺に失敗し、兵力が落ちたことも見据えて、もっと強引に事を運ぼうとしていた。

「なるほど。教会の戦力は私にほとんど依存していますからね。私を抑えてしまえば、確かに教会領は簡単に落ちます。では、次の質問です。私を最終的にどうするつもりでした?」

「王や宰相、軍幹部の間で話し合いが行われているが、結論は出ていない。僕たちにその内容は知らされていない。ただ、僕とここにいるカーラとで神の巫女の暗殺計画の指揮を執っていたから、結論が出ていたのに知らされなかったということはないはずだ。」

 ハックが正直に答えると、リエラは特に何も行動を起こさなかった。とりあえず嘘をつかなければ破壊行動は起きないことは証明された。

「では、あなたの推測を聞きましょうか。どういう結論を出すと思っていましたか?」

「上層部はそこにいるディーンが人質としてどこまで有効なのかをまずは見極めようとしていた。その上で、強い毒を飲んでもらうとか、何らかの形で自殺するよう促そうとしていたと思う。それができないのなら、長時間意識を失うような薬を使うとか。この貴賓室には魔法阻害結界が張られていたから、人質云々関係なく、すぐにでも剣で殺すことも可能ではないかという意見も出たかと考えられる。開戦の準備が出来次第、今言ったどれかの方法が取られていたと思う。

 神の巫女に対して魔法阻害結界が意味をなさないというのは、僕も知らなかった。それはこのアガート王城にいる全ての人もそうだったはずだ。」

 思わぬところで名前を出されたディーンだったが、やはりリエラに対する人質として自分が使われたのか、ということに自尊心が傷つけられていた。リエラはもう気にしていないと言っていたが、まだそれを払拭するだけの働きはしていないのではないか、とも感じていた。

「そうですか。直接殺せないのなら自殺してもらおうと考えていたことには少し驚きました。私の命を絶つために、いろいろと考えるものですね。でも、それで魔法阻害結界の張られた豪華な部屋に閉じ込められていた理由はわかりました。

 では、次の質問です。今度はノクトの洞窟にいたあなたに答えてもらいます。私の伝言、ちゃんと王に伝えましたか?」

 リエラは質問をアデール将軍に向けた。

 その声は氷のように冷たく、アデール将軍の胸を突き刺す。

「もちろんだ。モルスは完全に神の巫女から手を引いている。アガートも手を引くべきだと伝えるために、モルス王からの親書を持参した。……間に合わなかったが。」

「私がノクトの洞窟に入ったのは10日前です。もっと早くできたのでは?」

「ノクトの洞窟からモルスの王都まで馬を使っても3日かかった。他の暗殺部隊に手を引くよう指示を出したり、荷物を……その……腐らせないように維持できる魔力を持つ軍の関係者を用意するのにも時間がかかってしまった。だが、王と面会して親書を書いていただいてからここまで最速で動いた。」

 それは、アデール将軍だからこそできたことだった。

 もし他の誰かがノクトの洞窟でリエラに会っていたとして、モルス王にリエラの伝言を伝えることはできても、アガートまでそれを持ってくることは出来なかっただろう。

「ああ、なるほど。嘘はつかれていないようなので、そうだったのでしょうね。何せほとんど教会本部から出たことがなかったので、時間や距離の感覚が掴みにくくて。

 では、正直に答えて下さったので、あなたたちは殺さないでおきます。でも、神託もなしに私を一定期間拘束した罰は受けていただきます。この、アガートという国に。みなさん、耳と目を塞いでください。」

 冷たく言い放ったリエラの言葉が終わるか終わらないか、その瞬間。

 足首から上の全ての壁と天井が轟音と共に吹き飛んでいた。

 リエラを中心として、その場にいる4人を避けるようにして、瓦礫は全て外側に向かって飛んで行った。

 この爆発により、王城の近くにある民家にも被害が出ていることは確実だった。

 また、おそらく王を含めてアガートの幹部はほぼ全滅してしまったことも。

「瓦礫はそこまで遠くに飛ばないものですね……適度に壊すことなんてやったことがないから、感覚が掴めない……もう少し壊しても」

「もういいだろ、リエラ。」

 リエラの近くにいたこと、リエラの警告のすぐ後に警告通りの行動をしたこと、その2つの事実によって誰よりも早く視力を回復させたディーンは、更なる破壊を行おうとしてリエラの腕をつかんでそれを止めさせた。ディーンがリエラに直接触れたのは、初めて会ったときに握手をして以来のことだった。

「旅の邪魔をされたことの報復ならもう十分だ。アガートはしばらくまともに機能しない。それに、リエラが拘束されてしまったのは俺のせいでもある。これ以上アガートに背負わせる必要はない。」

 言われてリエラは少しハッとしたような表情を見せた。

 破壊衝動に呑まれそうになったのを引き戻したのか、やりすぎだと自覚したのか、それともまた別の理由があったのかはわからなかったが、ディーンの言葉でリエラが止まったのは確かだった。

「幸い、旅の行程に遅れはない。行こう。ゴーダの丘はすぐ近くだ。」

「……そうですね。私の目的はアガートを滅ぼすことではなく、今はゴーダの丘に行くことですもの。すみません、怒りに少し囚われすぎました。旅立った時は、ほどよく敵に襲われて撃退していくのも旅の醍醐味だと思っていたのが、今の今になって自分に返って来たようです。自業自得だったところもありそうです。」

 リエラのその言葉は、神の巫女が教会を出て旅に出るという情報をリエラ本人が漏らしていたことを示していた。教皇やシスター長が口を閉ざしていたとしても、リエラがわざと情報を漏らしたのであればもう防ぎようはない。身の回りの世話をするシスターの誰かに旅の話をして、それが広く伝わってしまったのだろう。あくまで旅に出ることに浮かれているふりをして話をすれば、わざと漏らしたなどとは思われない。

 旅立った翌日には敵が現れ、目的地も明確に伝わっていたのはそういうことだったのか、とディーンは気付かされた。

「ゴーダの丘、連れて行ってください。」

 リエラは一旦掴まれたディーンの手を振りほどくと、部屋の隅に置かれた2人分の荷物を手に取ってディーンの下へ引き返してきた。

 これだけ大規模に城を破壊しておきながら旅の荷物を確保しておく繊細さに、ディーンは少なからず驚かされた。

「行きましょう。」

「ああ。」

 2人の会話が他の3人にどれだけ聞こえてしまったかはわからない。

 ディーンよりも数拍遅れて目と耳を塞いだ3人は、未だ身動きが取れずにいる。

 リエラはディーンの手を取り、そのまま床が続く限り城の端に向けて歩き始めた。

 ディーンは少しだけ振り向いてその場に残された3人に目をやった。生きてはいるようだったが、回復には時間がかかりそうだった。これから3人には様々な困難が訪れるだろう。それを思うと、少しだけ心が痛んだ。3人がリエラを殺そうとしたことに対する罰として、部下の全滅や王城の半壊は十分すぎるほどだった。

 真下に城に庭園が見える位置まで移動したディーンとリエラは、そのまま同時に飛び降りた。

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