表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Worldend Odyssey  作者: 奈良 早香子
2/8

第二章 リトーの滝

第二章 リトーの滝



 早朝に教会を発った後、ディーンは出発前の約束通り自分のペースで最初の目的地であるリトーの滝に向けて歩き始めた。

 リエラが本当に自分のペースについて来られるのか、ディーンは未だ疑っていたところがあったのだが、リエラは息も切らせずちゃんとディーンのペースについてきた。魔法で常に体力の回復も行っているのか、一見して汗もかいていないようだった。

「本当について来られるんだな。」

「もちろんです。出来ないことなら出来ないと言いますから。」

 ひたすら街道を歩き、背後の教会が街道沿いの樹木の隙間からも見えなくなった頃。2人は初めて会話を交わした。

 ディーンが任務で移動するときは部下の騎士たちと雑談をすることも少なかったし、何よりリエラをどう扱っていいものか、まだディーンは掴みかねていたから、どうしても口数は少なくなってしまう。

「リエラの出来ないことというのは?教皇様は、リエラなら何でもできるような口ぶりだったが。」

 歩くペースを変えずにディーンは言葉を続けた。

 リエラの息遣いは全く疲れを感じさせるものではなく、ゆったりとした散歩でもしているような雰囲気すらあった。

「魔法でも出来ないことはたくさんありますよ。ご存じかとは思いますが、代表的なものが転送ですね。魔法はそれぞれの属性の力を強める機能のことですから、移動速度を高めるとか体を軽くすることはできても、瞬時にどこかへ移動することはできません。だからこうして歩いていくしかないのです。

 あとは……例えば、料理とか。する機会もなければやろうと思ったこともないので。」

「なるほど、それは確かに。」

 ここでディーンは少し苦笑した。リエラに対しての緊張が幾分解けたように感じられた。

 リエラのディーンに対する好意的な態度は旅が始まってからも変わることはなく、声が弾んでいるのが誰の目からも明らかなくらいだった。

「ディーンは5年前に教会の騎士団に入団したというのは知っていますが、なぜ教会の騎士団に入ったのですか?白き異端者ならもっと高く雇ってくれる場所もありそうですけれど。」

 きっかけがあったからか、リエラはそのまま会話を続けた。

「教会に来る前は傭兵をしていた。アガートでもモルスでも、白き異端者ならそれだけで高い報酬が得られたからな、誘われればどこへでも行っていた。ただ、そういう地に足のつかない生活に嫌気がさして、中立な立場で騎士になってみようと思った。そんなところか。」

「では、教会領出身というわけではないのですか?」

「出身はモルスだ。割と辺境に生まれて、その辺りは土地があまり肥沃ではなかったから、選べる職業が傭兵くらいしかなかった。まあ、この世界の白き異端者は大抵傭兵か軍属になるというから、どこで生まれていても一度は傭兵になっていたとは思っている。」

「選べるようで選べないものなのですね。教会の司教やシスターたちも代々教会に務める家系だからに教会に入ったという人が多いようですし。騎士団も基本的には教会領出身の騎士団員を輩出する家系から入る人が多いと聞きますから、ディーンは少し例外的なのですね。」

「騎士団は毎年教会領以外の者の採用枠があるから、俺はそれで入った。まあ、白き異端者というだけでかなり有利になるから、最初は周りからの妬みもあった。実力で認められるまで1年はかかった。」

 教会領はあくまで中立であるということを示すため、教会の騎士団員はアガートやモルス出身の者でも採用試験が受けられる。しかし、採用人数は毎年10人にも満たず、倍率は数十倍になるのが通例だった。

 採用されるには身元の調査なども必要になるが、ディーンの場合は白き異端者ということで特例的にほぼ無試験で採用されていた。

 それだけ妬みを買いやすい立場だったにも関わらず1年後に騎士団の中で認められる存在になったということは、逆説的に言えばディーンの実力が誰しも認めざるを得ないほど高かったということを示している。

「それはそうと……1つ聞いてもいいか?」

「答えられることであれば、どうぞ。」

 自分の過去を掘り下げられるの気恥ずかしさを感じたディーンは、話題を少し反らした。

 リエラはそれについて特に咎めることなく応じた。具体的な内容のわからない質問であっても、それに答えようとする姿勢はあるようだ、とディーンはリエラのことをそう解釈した。

「身に付けているアクセサリーが随分多いように見えるが、それは魔法関連か?」

 神の巫女や神託についてまだ聞ける段階ではないとディーンは考えていたので、それ以外で気になったことを純粋に尋ねた。

 リエラはざっと見ただけでも、ネックレス、髪留め、イヤリング、指輪、ブレスレット、アンクレット、それらを何重にもして身に付けていた。歩く度にシャラシャラ音が鳴るくらいで、その音で誰かに何かリエラの素性を勘繰られてしまうのではないかとディーンが感じるくらいだった。

「教皇様が多くの指輪を身に付けられていたのは知っているが、騎士団の中でアクセサリーを身に付ける者がいないから気になってな。シスター長でもせいぜいネックレス1本くらいだろ?」

「ああ、これですか。魔力を調整するためのもので、教会にいるときはずっと身に付けていたものなのでそのままにしてしまいました。重さを感じないようにしているので、あまり気にならないのです。音も出ないようにしているのですけれど、白き異端者のディーンには聞こえてしまうのですね。」

「じゃあ、俺以外の人には聞こえないのか?」

「ええ、そのように偽装しています。私たちの会話もすれ違う人たちには聞こえないようにしています。ただ、ディーンの姿は偽装できないので、そこで少し注目を集めてしまうようですけれど。」

 出発してからそれなりの時間が経過し、リトーの滝へ向かう街道にも人の姿が目立ち始めた。すれ違う人々の注目を多少なりとも集めてしまっているのはリエラのアクセサリーのせいだとディーンは考えていたが、どうやら違っていたらしい。長く教会の騎士団の中にいて単独任務に就いたことがここ2、3年はなかったから、自分が注目を集める髪色をしているということをディーンは忘れていた。

 ただ、ディーンに注目が集まることでリエラの影が薄まるなら、現状はこのままでいいのかもしれない。

「アクセサリーを身に付けているとシスターたちが安心するみたいだったのでそのままにしていましたが、外しましょうか?」

「いや、偽装できているならそのままでいい。魔法が効かない体質だと何に魔法がかかっていて何にかかっていないのかも区別がつかないんだ。教えてもらえてよかった。」

「白き異端者のことは私も資料で知るくらいだったので、その辺りのことはわかりませんでした。こういうことはまだまだありそうですね。」

「それはまあ、お互い様だろうな。」

 言いながら2人は少し目を合わせて笑い合った。

 2人の間の距離が少し縮まったようにディーンには感じられた。


 ◆


 旅の初日の宿に到着したのは、その日の夕方だった。

 教会が運営する宿は騎士団の遠征時にもよく使う場所で、宿泊経験のある場所をディーンは選んだ。教会が運営している宿なら安全性も高い。宿泊費用も上限はないようなものだから、1番いい部屋をリエラが、その隣をディーンが使うことにした。これは今後どの宿に泊まっても同じことになるだろう。

 2人は昼頃に1度街道沿いの食堂で休憩を取った以外はほぼ歩き通しだったが、リエラは疲れた素振りを全く見せなかった。

 完全にディーンの歩くペースで進めたということもあり、当初の予定よりも1つ先の宿場町まで2人はやって来ていた。今のペースでいけば、4日後にはリトーの滝まで辿り着けそうだった。

 食事に関して、大衆食堂の料理がリエラの口に合わないのではないかとディーンは多少なりとも心配していたが、リエラは特に不満を口にすることもなく、女性として一般的な量を食べていた。教会でのリエラの食事はシスターたちと同じ質素なもので、特にこだわりも好き嫌いもない、とのことだった。

 道中、リエラは数々の質問をディーンにぶつけた。

 特に白き異端者からは魔法がどのように見えるのか、魔法をどのように感じるのか、ということがリエラは気になるようだった。

 例えば、炎の魔法があったとして、実体化した炎であっても白き異端者は見ることができない。ただし、その炎で何かが燃やされたとしたら、その炎は見ることができる。効果についても同様で、炎の魔法を白き異端者に直接ぶつけてもダメージは与えられないが、炎の魔法で燃えた矢を射られれば熱も感じるし当たればダメージを負う。つまり、間接的であれば白き異端者にも魔法は有効になる。

 戦場に出ればこれらの情報は弱点にもなり得ることだが、リエラには知らせておくべきだと判断して、ディーンは白き異端者としての特徴を包み隠さず話した。

 リエラが教会を出たことは既にアガートやモルスにも伝わっているのかもしれなかったが、現時点ではまだ周りに動きはないように思われた。

 こうして旅の初日は静かに過ぎていった。


 ◆


 異変があったのは翌日の昼前だった。

 リトーの滝へ向かう街道を順調に歩いている最中、街道から人が消えたタイミングでディーンとリエラは3人の男たちに背後から襲撃された。

 しかし、数えきれないほどの戦いを経験してきたディーンからしてみれば、気配の消し方も襲撃の仕方もお粗末すぎた3人の襲撃は、寄ってきた虫を払うのと同じことでしかなかった。振り向きざま確実に相手の命を断てるよう首筋を狙って剣を振ると、襲撃者たちはその剣を避けることもなくその場に崩れ落ちた。

「一撃くらいは避けるかと思ったが……随分適当なのを送り込んできたみたいだな。」

 剣に付いた血を振り払って鞘に納めながらディーンは呟き、そっと横目でリエラの反応をうかがった。

 リエラは特に表情を崩すこともなく、ただその場に転がった死体を眺めていた。驚いて固まっているというよりも、道に転がっている石を眺めているようだとディーンは感じた。

「これはこのままでいいのですか?」

 ディーンの予想通り、リエラは人が死んだことよりも、それをどうするのかという方に関心を示した。

「手首に傭兵の認識票がある。こいつらは傭兵だ。依頼を受けた傭兵がどこでどう死のうが自業自得というのが傭兵の鉄則でもある。気付いた所属の傭兵団が片付けるだろう。」

 傭兵は国が運営する大きなものから私設の小さなものまで大小様々存在しており、所属する傭兵は傭兵団に依頼された仕事をこなして報酬を得る。依頼料も報酬もピンキリで傭兵団毎に独自のルールを持っているが、世界中の傭兵に共通しているのは、左右どちらかの手首に個人情報の刻まれた認識票を身に付けなければならない、ということだった。

 傭兵が命の危険にさらされるような仕事に就くのは日常茶飯事で、実際に命を落とした時は所属の傭兵団が遺体を回収し、埋葬する。一般の人々が傭兵団よりも先に死体を見つけたときは、認識票を見て所属の傭兵団に連絡して遺体を回収してもらう。

 街道沿いに傭兵の遺体が転がっていることまで日常茶飯事というわけではないが、珍しいということでもなかった。

「それはそうと、驚かないんだな。」

「ええ、まあ。教会の中でも頻繁ではないですけれど、襲われて返り討ちにしたことがあるので。教会の中で私に会える人がごく限られていたのはご存知だと思いますが、時間をかけてその中に間者を潜り込ませてくるのです。それこそ数年がかりで。私を殺したいというよりも神の巫女を殺したいので、前任の神の巫女のときから仕えていた人が間者だった、ということもあるようです。見慣れているというわけではありませんが、驚きもしません。外に出ればこういうこともあると思っていましたし。」

「ということは、宿を出た辺りから見張られていたことも気付いていた?」

「それは、もちろん。見張るならもっと気配を隠すものだと思っていたのですが……ディーンが先程言ったように、私たちを襲うにしては力不足にも程があるような見張り方だったので、ちょっと放っておいてみました。襲われたときに私も魔法を使おうとしましたけれど、その前にディーンが動いてしまって……いえ、言い方がおかしいですね、動かれたので結果何もしないみたいになってしまいましたけれど。」

 ディーンはリエラが自分と同程度の推測をしていたことに内心驚いていた。

 リエラは単純に戦闘力が高いというだけでなく、警戒力もあって索敵も出来るらしい。

 教皇が言っていた、

『旅の道中で君がリエラを守らなければならない場面は出て来ないだろう。』

 というのは、誇張でも何でもない事実なのかもしれない。

「白き異端者の戦いを見る機会は今までなかったのですけれど、反応の速さはさすがですね。」

「この程度なら褒められるほどのものでもない。騎士団員なら誰でもこれくらい動ける。おおかた最初の様子見みたいなものだろうな。アガートでもモルスでも、適当に雇った傭兵に襲わせてどういう対応を取るか見たかっただけだろう。教皇様の話だと、数日は隠せるということだったが……思っていたよりも早かった。」

「これからはこういうことも増えますよね?」

「確実にな。まあ、俺もあと2、3日は情報が漏れないと思ってできるだけ距離を稼ぐような歩き方をしてしまったからな、人通りがなくなる時間帯を作ってしまったのは失敗だった。街道に人の姿が多ければそう易々とは襲ってこないだろうから、これからはそこに気を付けよう。」

「わかりました。あの、今見張っている人たちは殺してしまってもいいですか?」

 まるで虫でも殺すように言い放ったリエラに、ディーンは少し面食らった。

 リエラが人の死に動揺しないことは今の一連の襲撃からわかっていたことだったが、こうもあっさり人を殺すと言い放つとまでは思っていなかった。ただ、先程リエラが少し言い間違えた言葉のことを思い返すと、ディーンにやらせるくらいなら自分の手で、と思っているのかもしれなかった。

「それが可能なら。俺だとどうしても接近戦でしか相手に出来ない。確実に俺たちを見張っていると確信できるなら……今なら2人か。」

「いえ、5人ですよ。目視で確認しているのが2人で、他の3人は魔法でもっと遠くから見ています。私は偽装魔法で目視以外では見えないはずなので、ディーンを見ているのでしょう。」

「なるほど、俺には魔法は効かないが、遠くから見ることならできるわけか。今までそうやって監視されたことがなかったからな、気付けなかった。」

「それでは、少しだけ時間をいただきますね。」

 そう言ってリエラは何かに集中したように軽く瞳を閉じたが、ものの数秒で再び瞳を開いた。するとその瞬間、ディーンが感じていた自らを監視しているだろう気配が消えていた。

「今ので?」

「ええ。でも、1人は逃げられました。おそらく逃げた人が首謀者と言いますか……今回の襲撃を仕切っていたのだと思います。その人だけ対魔法用の防御をしていました。他はおそらく捨て駒です。」

「実力を測るためだろうな。俺たちが1日や2日の外出ではないことをわかっていて、最初から全力で来るつもりがないらしい。舐められたものだな。」

「別にいいではありませんか。あえて深追いしませんでしたから、私たちの情報を伝えてくれるのではないでしょうか。それで多少なりともけん制になったと思います。」

「まあ……そうとも言えるか。ひとまず、人の集まる場所を目指そう。」

「はい。」

 ディーンとリエラは3体の死体をその場に残し、再びリトーの滝を目指して歩き始めた。

 リエラのことを理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ、と考えながら。


 ◆


「……がっ……あ……」

 急に首を絞められたような感覚に襲われ、カーラはその場に倒れ込んだ。

 予め対魔法用の防御壁を展開していたためいきなり命を奪われることはなかったが、神の巫女による攻撃はその防御壁を易々と突き破ってきた。

「まずい、これでは。」

 カーラが倒れ込む様子を少し離れた場所で見ていたハックは慌てて倒れ込むカーラを抱きかかえ、すぐにその場を離脱した。

 カーラを抱えて木を避けながら森の中を走り、魔法による追跡がないことを確認してからハックはカーラを地面に降ろし、すぐさま回復魔法をかけた。

「大丈夫か?」

 ハックが声をかけると、カーラは声を発しはしないもののわずかに頷いてハックに無事を知らせた。

「カーラでこれなら、他の連中は全滅だな。」

 そう呟きながら、ハックはなおもカーラに回復魔法をかけ続ける。カーラの顔色は次第に良くなっていくが、これほど回復魔法をかけても全快しないことは珍しいことだった。

「ありがとう、もう大丈夫。」

 やっと言葉を絞り出すことのできたカーラは、肩までの濃い緑の髪をかき上げながら呼吸を整えた。

 カーラとハックはアガート軍に属する特殊部隊の隊員だった。

 神の巫女が教会を出て白き異端者と共に旅に出たという情報を得て、まずは2人の実力を測るためにそこそこ腕の立つ傭兵を雇って戦いを仕掛けさせ、それをいくつもの地点から観測していた。

 さすがにいきなり神の巫女を殺せるなどとは考えていなかったが、まさか観測地点を特定されて反対に攻撃を仕掛けられるとまでは思ってもいなかった。

 カーラは風の魔力の持ち主で、生まれつきの魔力も強い。風の魔法は索敵に向いているためカーラが今回の任務に抜擢され、カーラの魔法と相性のいい水の魔力を持つハックがそのパートナーとして選ばれた。

 カーラが白き異端者を観測している間、少し離れた場所からハックがカーラに防御魔法をかけ続けるという少しやりすぎくらいの警戒をしていたのだが、今回の結果から考えると、それすら甘かったことがわかった。

「神の巫女が使ってきたのは風の魔法だった。あたしが風の魔法使いで、風の魔法が効きにくいのもわかった上であえて風の魔法で攻撃してきた。自分が格上だって主張しているみたい。」

 絞められた首元を触りながら、カーラはそう呟いた。

 髪の色の濃さが象徴するように、カーラの魔力は風の魔法使いの中でも上位に入る。だからこそ神の巫女を抹殺する任務の一番槍を命じられた。それがこの体たらくとは、とカーラには悔しさがこみ上げてきていた。

「神の巫女の名は伊達じゃないってことだな。実力を測るにはもっと大規模にやらないと無理ってことだ。殺された奴らもそれなりに腕のいい傭兵だったけど、その程度じゃ意味がないのはわかった。ひとまずカーラは助かったんだ、無闇に手を出したら返り討ちにあうっていう情報を持ってひとまず帰ろう。街道の死体処理は僕が手配しておく。」

 言いながらハックはカーラを立ち上がらせるため、手を差し出した。

 ハックの髪色は濃い青で、やはり生まれ持った魔力が強いことを示していた。アガート軍の特殊部隊の中でも指折りの実力者である2人がまるで子供扱いだったと報告することは屈辱的ではあったが、嘘を報告するわけにもいかない。おそらく、作戦は最初から練り直しになるだろう、とハックは考えていた。

「他の観測者たちの死体処理もお願いできる?あたしは報告のために早く本部に行きたい。」

 ハックの手を取って立ち上がったカーラは女性としては長身で、一般的に男性としても長身なハックとさほど身長差はなかった。

「わかった、後始末は任せてくれ。」

 ハックが言い終わると同時に、カーラは森の中へと消えていった。


 ◆


 ディーンとリエラがリトーの滝に辿り着いたのは、街道で襲撃されてから5日後のことだった。

 人気のない時間帯を歩くことを避けた結果、1日の移動距離が減ったため当初の予定よりも1日遅れだった。 街道で最初に襲われて以降、同じように直接襲い掛かってくる傭兵は1組だけいた。実力も方法も似たようなものだったので、最初に襲ってきた方がアガートの者だったなら2回目はモルスの者、もしくはその逆だろうというのがディーンが出した結論だった。さすがにアガートとモルスが協力して襲い掛かってくることはないだろうと思われた。

 ただ、直接襲い掛かってきたのが現時点では2組だったが、リエラが言うには遠隔から魔法で攻撃してきたのはその5倍ほどいたという。その都度可能な限り殺しておいた、とリエラはやはり虫でも殺したかのように、表情を変えずに言い放った。

「俺が聞くのもおかしいが、人を殺すことにためらいはないのか?」

 魔法で襲ってきた誰かを殺しておいた、とリエラが何度目かの報告をしてきたとき、それまで聞くに聞けなかった質問をディーンはリエラにぶつけた。

「特に感じたことはありません。ディーンの剣のように使ったことに手応えがあるものだとまた違うのかもしれませんが、魔法だとそういうものがないので。ディーンはあるのですか?」

「こちらに敵意を向けてくる者に対してはない。ただ、騎士団の部下や無関係な一般市民を巻き込みたくないとは思う。」

「普通ならきっとそうなのでしょうね。」

 まるで誰も区別することなく殺せると言っているようなリエラの言葉に、ディーンは続く言葉を見つけられなかった。

「ディーンは恋人がいますか?」

「えっ!?」

「お付き合いをされている方です。いますか?」

 ディーンが沈黙したことに気を遣ったのか、リエラはディーンが思いもしない質問をぶつけてきた。

「いや……いないが。」

「いたことは?」

「いなかったわけじゃないが……突然どうした?」

 ディーンは初めてリエラの前で動揺を見せた。

 昔からディーンが白き異端者だということで珍しがって近付いてくる人は老若男女問わなかったので、人生経験上そのあしらい方もディーンは心得ていたが、今のリエラのようにずけずけ聞いてくる人もまたいなかったので、一瞬心が乱れた。

「そういう人がいたら、ためらいが出るのかな、と。」

 言われてディーンはようやくリエラの質問の意図を悟った。

 それによって、ディーンは少し心を落ち着けることができたため、平常心に戻ってリエラの質問に答える。

「人による、としか言えないな。恋人でなくても大切な仲間だとか友人が出来たら人が殺せなくなった傭兵仲間はいた。まあ、結局そいつは死んだが。」

「守る者がいれば強くなると言いますけれど、全てそうとは言い切れないということですか。」

「やはりそれも人による。俺の場合で言えば、大切な誰かがいるからといって、その大切な人本人以外を殺すことについて変わりはなかった。人をためらいなく殺せるスイッチが頭の中にあって、そのスイッチが入ってさえいれば殺せる。ためらいは出ない。前線に出る騎士団員や、長年傭兵をやっている人間ほどそういう切り替えは上手い。」

「そうですか……参考になりました。では、行きましょうか。」

 そう言いながら歩きだしたリエラの後を追いながら、リエラは人を殺せるスイッチが常に入ったままなのではないか、とディーンは考えていた。

 リエラの見た目は10代後半の普通の少女なのに、中にとんでもない魔物を飼っているような、そんな薄気味悪さもあった。今はディーンを味方だと認識しているからちゃんとコミュニケーションも取れるが、ひとたび敵に回ったらそれまでにどんな積み重ねがあったとしてもこちらが何を言ったとしても笑顔で殺しに来るような、そんな雰囲気があった。

 それがただの杞憂であればいいと考えながら、ディーンはリトーの滝へと歩みを進めた。


 ◆


【リトーの滝入り口】

 そう書かれた看板の前に差し掛かったとき、先に進んでいたリエラは看板の前で歩みを止めた。

 看板から先の道が二股に分かれており、一見するとどちらに進んでいいかわからないからのようだった。

「リトーの滝を下から見るか上から見るかで道が分かれている。好きな方を選ぶといい。」

「どちらの方がきれいですか?」

「感じ方にもよるだろうが……一般的には下から見上げる方が有名だ。上から見下ろす方は滝に吸い込まれるように感じるから、それが怖いと思う人も多いらしい。両方見たいというならそれでも構わないが。」

「では、先に上から見てみます。」

「行きたいと言っていた割に、その場所のことは調べていないのか。」

「ええ。第一印象を大切にしたかったので、あえて調べませんでした。先入観はあまり持ちたくありませんでしたし。」

 リエラはディーンが騎士団に入って5年になるということを知っていたから、予備知識はそれなりに入れていると思っていたので、リエラの答えはディーンにとって意外だった。他に行きたいと言っている3ヶ所についてもきっと同様なのだろう。

 ディーンはリエラと違って旅先の基礎知識を頭に入れており、リトーの滝に来たのはこれが2回目なので、観光案内人とまではいかないが、それなりに解説は出来る自信はあった。まさかそれを披露することになるとは思ってもいなかったが。

 何人かの観光客とすれ違いながら山道を登り、少し開けた場所にある展望台に辿り着くと、ちょうど昼時というとこもあってか、観光客は数人ほどしかいなかった。

「これが、リトーの滝……」

 展望台の端にある柵に手をかけながら、リエラは眼前に広がる大瀑布を見下ろした。

 リトーの滝は視界の端から端まで、その果てがわからないほどに広がる大瀑布のことを示している。

 膨大な水量を誇り、落差も人の背丈の数十倍はあるので、展望台からは滝壺が水煙に隠れて見えない。

「滝だというので、もっと細長いものを想像していました。」

「普通はそうだろうな。これだけの大瀑布は世界でもこの場所しかない。400年前の大災害のときに地層がずれてこうなったらしい。教会領の中でも1番の観光資源だ。今日は天気もいい。少し待てば虹がかかる。」

「これが……の言っていた景色……あっ」

 滝の轟音にかき消されながら呟くようにそう言ったリエラは、視界の端に虹を見つけていた。他の観光客たちも虹を指さしながら感嘆の声をあげているのがディーンの耳にも届く。

「まるで、神の国に向かう橋のようですね。」

『あの虹を渡ったら本当に神の国にでも行けそうな気がする。』

 リエラの言葉を聞いて、ディーンの頭の中で不意に過去の光景とその時に聞いた言葉が蘇った。

 5年以上前、まだ傭兵をしていた頃にディーンが初めてリトーの滝を訪れたとき、同じようにリトーの滝を見下ろしながら一緒にいたルルはそうディーンに語りかけた。

[リエラが過去に恋人がいたことはあるかと聞いてきたせいか。]

 ディーンはリエラにわからないよう少しだけ苦笑して、頭の中に浮かんだ言葉をかき消した。

「そう思う人は結構いるらしい。実際リトーの滝にかかる虹は、神界への橋、とも呼ばれている。」

「なるほど……」

 そう呟くと、リエラはしばらくリトーの滝を無言で見つめ続けた。

 ディーンも特に話しかけるようなこともせず、リエラが動くのを待った。

 リエラが何を考えてリトーの滝を見ているのか、それはディーンにはわからなかったが、少なくともその表情は、普段の張り付いた笑顔とは違う何かだった。

「わかりました。では、次は下から見てみます。」

 見学者が何人か入替るくらいたっぷりと時間をかけてリトーの滝を見続けたリエラは、いつもの笑顔に戻ってディーンにそう告げた。

 教会を旅立ってから7日。

 未だリエラが何を考えて、何を思って世界的に有名な観光地を巡ろうとしているのかはわからない。

 ただ、リエラにも人間らしい感情があるということはわかった気がした。

 ディーンがそう思いたい、ということはあったかもしれないが。


 ◆


 リトーの滝を下から見上げる展望台に移動し、一通り観光を終えたディーンとリエラは、リトーの滝近くに宿を取った。

 夕食など一通りのことを終えたディーンが部屋で1人きりになると、頭には自然とルルのことが浮かんでいた。

 ルルはかつてディーンの恋人だった。

 傭兵としてまだ駆け出しだった10年前、18歳のときにディーンはルルと出会った。

 白き異端者であるという理由で同じ任務でも報酬が高いディーンに対して周囲のやっかみは大きく、一時孤立したような状態になったこともあったが、それをとりなしたのがルルだった。

 ルルはディーンよりも1歳年上で、9割以上を男性が占める傭兵の中で若い女性ということもあって、目立つ存在だった。誰にでも分け隔てなく話しかけ、皆から好かれていた。

 最初は傭兵仲間との仲をつないでくれた同僚で、仕事で何度か同じチームになって親しくなり、出会ってから3年でディーンが告白して恋人になった。将来を誓い合い、婚約の証として指輪を送ったが、サイズのことを考えずに買ってしまったため、ルルの指には大きすぎて笑われたりもした。ルルはその指輪のサイズ直しをせずにチェーンを通して常に首にかけて、ことある毎にディーンをからかったりした。

 そして、それから1年もしないうちに死に別れた。死に目にも会えなかった。

 落ち着いたら結婚届を出そうと話していた矢先の、任務中の事故だった。

 ルルは洞窟探査の仕事で洞窟の崩落に巻き込まれ、死体は見つからなかった。正確には、判別がつかなかった。ディーンの元にはルルが身に付けていた傭兵の認識票だけが返ってきた。

 傭兵をしていれば珍しいことでもなかった。

 同じように事故で恋人を失った傭兵をディーンは慰めたことがあったし、ルルが死んだときは逆に慰めてもらった。

 それからしばらくディーンは傭兵を続けたが、任務の度にどうしてもルルのことが頭を過ぎって精彩を欠くことも増えたため、教会の騎士団を志願した。それが5年前だった。

 リエラに語った志願理由は騎士団採用試験の面接時に語ったもので表面的なものでしかなく、本来の理由はこちらだった。

 傭兵への依頼内容は多種多様だが、教会の騎士団は教会領の守備と教会関係者の護衛が主な仕事で、傭兵であればあまり触れることのない仕事だったということもあり、気持ちの切り替えが可能だった。

 ルルとリトーの滝を訪れたのは恋人になる前のことで、たまたまリトーの滝近くで仕事を終えたとき、息抜き程度のつもりで来ただけだった。

 しかし、その圧倒的な存在感の大瀑布に、ルルとディーンは度肝を抜かれた。

 それこそリトーの滝を訪れる前のリエラのように、有名な観光地ということくらいしか知らずに来たので、その落差もあった。

 風の強い日で、大瀑布の水煙が展望台にまで届いて、ルルの薄い赤色の髪が光と水に反射して花が咲いたように見えた。

 そのときにルルは滝にかかった虹を見てリエラと同じようなことを口にした。

 ルルとリエラの見た目は似ても似つかない。

 髪の色はもちろん、ディーンよりも頭一つ小さいくらい小柄なリエラに比べてルルはディーンよりも少し背が低いくらいだったし、弱い魔力を補うために鍛えていたので、体つきも筋肉質だった。

 ずっと思い出さないようにしていたが、同じ場所で似た言葉を聞いて、記憶がつながってしまった。

 もし死に目に会えていたら、ちゃんと自分の目で死を確認できていたら、ここまで引きずらなかったかもしれない。死んだと思われていた傭兵が実は生きていた、という事例が珍しくはあってもなくはないということもあり、ルルがまだどこかで生きているのではないかと考えられなくはなかったせいもある。ただ、それならなぜ5年以上もディーンと連絡を取らないのかとも言えるわけだが。

「今は、任務に集中しないとな……」

 ルルの名前を口にすると気持ちが5年前に戻ってしまいそうで、ディーンはルルの記憶を再び心の奥に閉じ込めた。


 ◆


「あの、これ落としましたよ。」

 翌朝、宿を出ようとしたディーンとリエラは、2人と同じ宿の宿泊客と思しき女性に声をかけられた。

 女性が差し出したのは、鎖の切れたブレスレットだった。

 一見すると鎖の短いネックレスのような形状で、少し力を込めれば簡単に千切れてしまうように見えた。

「リエラのものか?」

 ディーンに言われてリエラは自分の手首にあるブレスレットの本数を数え始めた。ディーンがざっと見ただけでも片手で5、6本はあるから、1本くらいなくなっても気付かないこともあり得る、と考えられた。

「ああ、1本足りないので私のものだと思います。ありがとうございます。」

 言いながらリエラは女性からブレスレットを受け取るために手を伸ばしたが、それよりも先にディーンが女性の手からブレスレットを掴み取った。ブレスレットを掴んだ瞬間、バチンと静電気のようなものがディーンの指先に走る。

「ん?これは」

「それを離してください。魔法が暴発します!」

 リエラは言いながらディーンの手からブレスレットを叩き落とした。ブレスレットが床に落ちて小さな音を立てる。

 ディーンはその様子を少し呆気にとられながら眺めていた。

「私の身に付けているアクセサリーはちょっと特別製なんです。白き異端者のディーンが触れると魔法を打ち消そうとする力と維持しようとする力が反発しあって暴発してしまいます。」

「ああ……それはすまなかった。魔法がかけてあるアクセサリーは俺が触ったら無効化されるものしか知らなかった。リエラの手から離れて別の誰かが触れたものをリエラに直接渡せないと……」

 言いながらディーンはブレスレットを拾ったという女性がただの善意で渡してきたなら失礼極まりないことを言ってしまったと思い、女性に謝ろうかと辺りを見回したが、すでにそこに女性の姿はなかった。

「……何かの罠だったようだな。」

 ディーンはひとつ溜息をついて、床に落ちたブレスレットを見つめた。

 話しかけてきたのは深い緑色の髪をした20代半ばの長身の女性だった。

 旅装束を身に付けており、連れがいるような雰囲気はなかった。

 まだ記憶が鮮明なうちに、ディーンは話しかけてきた女性の容姿を脳に刻み込む。どこかで再会するようなことがあれば、すぐにでも思い出せるように。

「そうですね……基本的に私の身に付けているアクセサリーは壊れないはずなので、その時点で気付くべきでした。」

 言いながらリエラはその場に座り込み、床に落ちたブレスレットに触れないようにそれを観察した。

「ブレスレットに元からかかっているものとは別の魔法がかけられていた形跡があります。その魔法はディーンがうち消してしまったようですが、おそらく追跡系の魔法ではないか、と。部屋を出るときには確実に身に付けていたので、ここに来るまでの間に鎖を切られて別の魔法をかけて渡してきたとなると……」

「1人の仕業ではないだろうな。」

 ディーンが覚えている限りでも、宿泊客は20人以上いた。しかし、その中に緑色の髪の女性がいたかどうかは確かではなかった。宿屋の朝はどうしても入り口付近が混み合うから、そもそも宿泊客ですらなく、何人か上手く混雑に紛れ込んできたのかもしれなかった。

「まさか本当に追跡できるとも思っていないだろうから、目的は……挑発か警告か……こちらの動きを把握していると伝えて、こちらが警戒して精神的な摩耗を狙っている、という辺りか。責めるつもりはないが、気が付かなかったのか?」

「明らかに相手が殺意を持っていたり、私の体を傷つけようとしたのなら自動で魔法が発動するのですが、ブレスレットだけを魔法を使わず物理的に切られただけとなると、ちょっと……今朝すれ違った誰かなのでしょうけれど……誰かまでは特定できそうにありません。逃げたあの人も、追跡できないように対応していて後が追えません」

「まあ、気付けなかったという点では俺も悪かった。宿の中で少し油断があった。」

 ルルのことで多少なりとも動揺が残っていたか、とディーンは改めて気を引き締めた。

「このブレスレットは今後なくても大丈夫か?」

「それは大丈夫です。」

 そう答えながらも、リエラは床に落ちたブレスレットを拾い、そのまま立ち上がった。

 リエラの手の中で壊れたブレスレットは静かに輝いている。

「ただ、これをここに置いていくわけにもいかないか。さっきは俺が直接触れたから暴発しそうになったみたいだが、直接触れなければ……例えば布越しに触るのであれば暴発しないということはあるのか?」

「ええ、直接触れさえしなければ反応はしません。」

「わかった。まあ……ここに残しておくわけにもいかないかならな。」

 言いながらディーンはハンカチを取り出し、リエラの手からハンカチ越しにブレスレットを掴むと、それをそのまま服のポケットにねじ込んだ。

 一旦敵の手に渡ったものを既に効果が消えているからといって、リエラに持たせることはしたくなかった。

 2人はその足で宿屋を後にした。


 ◆


「あたしたちは、もしかしたら大きな思い違いをしているのかもしれない。」

 ブレスレットを渡す振りをしてリエラに近付いたカーラは、ディーンとリエラが気を反らした隙に宿屋から抜け出してハックと合流していた。

 リエラのブレスレットは、宿屋でハックがリエラとすれ違いざまに切断してカーラに渡し、カーラが魔法をかけた。

 かけた魔法はリエラが推測した通り追跡用のものだったが、そもそもそれがそのまま活用されるとは考えておらず、ブレスレットに別の魔法がかけられているとあえて気付かせることで、カーラが逃げる隙を作るためのものだった。

「思い違いって、どんな?」

「神の巫女が身に付けているアクセサリーは魔力を強化したり身を守るためのものだと思ってた。そもそも魔法がかけてあるアクセサリーは高価だから、あんなに盛大にジャラジャラ付けられるものじゃない。だから、教会の力で高価なアクセサリーを集めて、元からある力をさらに強化して、1年前の大戦の惨状を生み出したような魔法が生まれると思っていた。」

「それがアガートやモルスの共通認識だろ?」

 何を今更、という口調でハックは聞き返す。

「うん、そう。でもあの腕輪、あれには魔力を抑える魔法がかけられていた。」

 言われてハックは一瞬眉をひそめた。

 ハック自身も魔力は強い部類に入るが、自身の魔力を強化するアクセサリーは身に付けたことがあっても、その逆のアクセサリーがあるということすら知らなかった。

「そういうものがあるのか?ああいうアクセサリーは普通魔力強化や防御用だろう。」

「数は少ないんだけど……強い魔力を持って生まれて、力の制御に慣れていない人のためにそういうのがあるんだ。あたしが子供の頃そうだったから、魔法の制御の仕方を覚えるまではああいうブレスレットとかネックレスで魔力を抑えていた。そうじゃなかったら、あたしも多分知らなかった。」

 それはこの世界では誰もがうらやむ悩みだった。

 本来、人が持って生まれた魔力を抑えるようなことはしない。

 強い魔力を持っていた方が職業選択の幅も広くなるし、どんな職業でも給与面などで優遇されやすい。だからこそ人々はより大きな魔力を持ちたがるし、大きな魔法を使えるよう訓練する。そして、アクセサリーなどで可能な限り魔力の底上げをしようとする。

 それを抑えるという発想は、ほとんどの人の中にはない。

「魔法がかけられているアクセサリーは、そのほとんどが時間と共に効果が消えていく。でもあの腕輪にかけられていたのは永続魔法だった。魔力を抑える永続魔法がかかったアクセサリーなんて、今まで見たこともなかった。」

「そうなると、神の巫女が身に付けているアクセサリーは全部……」

「全部が全部そうとは限らないと思う。防御的なものが含まれている可能性はある。でも、いくつものアクセサリーで魔力を抑えてあの力なら、もう迂闊に手が出せない。」

 カーラとハックが確認できた分だけでも、神の巫女が身に付けていたアクセサリーは20を超える。どのアクセサリーにどれだけの魔法がかけられているのかは実際手にしてみないとわからないが、カーラ程の魔力があっても、神の巫女が身に付けているほどのアクセサリーをカーラが身に付けたら、魔法が一切出せなくなる程度には効果がありそうだった。

「1年前の大戦で使った力が抑えられていた力だった可能性もあるってことか。」

「さすがにそうとは思いたくないけど……この前の襲撃も藪蛇だったし、今回も今回で上の連中が挑発してこいなんて特に意味もないような命令を出した結果がこれ。少なくとも教会領やモルスだとこっちの動きも制限されるから、アガートに引っ張り込んでからでないといろいろ難しいんじゃないかな。」

「教会に潜り込んでいる間者からの情報だと、この後モルスのノクトの洞窟に向かって、その次にゴーダに行くって話だから、ゴーダで勝負をかけるか。途中で教会に戻るってことはないらしいしな。」

「進言はしてみるけど……どうだろう。監視しているだけなら向こうも手出しはしてこないみたいだから、アガートに入るまで監視は続けろってことにはなると思う。」

「モルスの奴らが神の巫女を殺したら殺したで構わないが、その情報は早く上層部に届けないといけないからな、まあそうなるだろうな。」

「しばらくは、様子見か。」

 2人はそこで話を切り上げ、街の中へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ