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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その悪役令嬢、脳筋につき

 王国の貴族の子供が通う学園の卒業パーティーが開かれている今日、わたくしことロベリア・デルア・カノールは、窮地に立たされていた。


「ロベリア! お前のレイラ・ビンス嬢への陰湿な所業の数々、知らぬとは言わせ……」

「え、知りませんけど」

「話は最後まで聞け! まったく、お前はいつもいつも……」


 この国の王太子でありわたくしの婚約者であるアルフレッド様から、なぜか小言を食らうはめになってしまった。それも、こんな衆目を集める場で。


 アルフレッド様は、やけに張り切ってわたくしを糾弾する。曰く、アルフレッド様の隣に立つレイラ・ビンス男爵令嬢に、陰口やらなんやらといった軽い嫌がらせから、教科書やドレスなどの器物破損、頬をはたくなどの暴力、果ては刺客を雇い彼女の命を脅かした、などの罪状がわたくしにはあるらしい。


 そんなこと、まったくもって知らない……とまでは言い切れないわね。だってわたくし、レイラ嬢の悪口は言った覚えがあるもの。だけど、それはレイラ嬢が悪いのよ。わたくしの婚約者に人目もはばからず色目を使うのだから。


 だけどおかしいわね。わたくし、陰口を言いふらすなんて陰湿なことはしていないわ。本人の目の前で「貴女、なんてはしたない。年中発情期なのかしら?」と言ってやった記憶はあるけれど。

 あと、器物破損については不可抗力よ。レイラ嬢がダンスの練習中にあまりにポンコツな動きをして倒れそうになったから、うっかりドレスを掴んでしまってそれで破れてしまったのよね。教科書については……あちらが先にわたくしのものを破損させたから、お返しに真っ二つに破いて差し上げたのよ。

 それと、あんな華奢なご令嬢の頬をはたくなんてとんでもないわ。わたくしが平手をしたら、レイラ嬢の頭なんて簡単に弾け飛んでしまうわよ。

 あとはそうね、刺客を雇ってレイラ嬢の命を脅かすなんて、それこそあり得ないわ。だって、そんなことをするより、わたくしが直接手を下した方が早くて確実だもの。あんな細っこいご令嬢の体に風穴を開けるくらい造作もないことよ。


「うーん、聞けば聞くほどおかしいことばかりで困りますわ、殿下」

「なっ、貴様! 私は知っているのだぞ! お前は私とこの美しいレイラ嬢の関係に嫉妬し、悪逆の限りを尽くしていたことを!」

「あら殿下、ご自身の浮気をお認めになるのですね」

「揚げ足を取るな!」


 それは揚げ足とはいいませんよ、アルフレッド様。墓穴というのです。


 それよりも聞き捨てなりませんね。誰が誰に嫉妬して嫌がらせを行ったですって?


「殿下、お言葉ですが、わたくしが殿下とレイラ嬢の関係に苦言を呈すことはあれど嫉妬をするなんて、天地がひっくり返ってもあり得ませんわ。だって、わたくしの好みの男性は……」


 さあ、この勘違い王子にはっきり言ってやるわよ。


「殿下のような優男ではなくて、わたくしよりも強くて逞しい殿方ですもの」



  ***



 わたくしには、人には言っていない秘密がある。それは、前世の記憶を持っているということだ。


 わたくしの前世は、世界でもっとも凶暴で凶悪な戦闘民族だった。

 民族の数は少ないけれど、それでも他の人間たちとは比べものにならないくらいに強靱な肉体と高い戦闘能力を有しており、民族全体で傭兵家業をして暮らしているくらいには暴れん坊だったの。


 そんな戦闘民族生まれのわたくしは、千年に一度と言われるほどの強さを持って生まれてきた。それはそれは周囲から神童と持て囃されたわ。わたくし、実際に誰よりも強かったし。

 母の腹を食い破って生まれただなんて話もあって、初めて聞いた時は「そんなあからさまな嘘をついて」なんて思ってたわ。だけどどうやら本当だったらしく、わたくしが大きくなってから当時の衝撃映像を見せられたのよね。

 普段から人間の体をちぎっては投げちぎっては投げしていたわたくしだったけれど、あれはなかなかにトラウマになったわ。まさか生まれた瞬間から自分の母親を激しく殺しかけていたなんて、そんなこと思わないでしょう。


 そんな世界最強の名を欲しいままにしていたわたくしだったけれど、最終的には全世界の人々から恐れられてしまって、仲間たち諸共討伐されてしまったわ。わたくしもそう易々と殺されるつもりはなかったのだけれど、一発で地形を変えてしまうくらいの超強力な兵器を十発以上も打ち込まれては、さすがに生き残ることができなかったの。


 命を散らすその時に脳裏を過ったのは、一度でいいから甘酸っぱい恋というものをしてみたかった、ということだったわ。

 戦闘民族の女は、本能的に強い次代を望むからか、自分よりも強い男に惹かれる傾向にあったの。でもわたくしったら世界最強だったから、自分よりも強い男なんて世界中を探してもどこにもいなかったのよね。そのせいでわたくしは初恋も知らぬまま一生を終えてしまったわ。


 残念な気持ちを抱いたまま死んでしまったわたくしだけれど、なんの因果か前世の身体能力を有したままこの世界に転生をした。しかもこの世界、前世よりも科学技術は進んでいないけれど、代わりに魔法とかいうものが存在しているの。

 それを知ったわたくしは心躍ったわ。だって、この世界だったら、もしかしたらわたくしよりも強い殿方がいるかもしれないと思ったから。


 だけど、現実はそう上手くはいかないものだったわ。

 魔力という不思議な力が存在している世界だからか、高い身体能力を有する人の割合は前世よりも多いとは思うわ。だけどそれでも、わたくしよりも強い殿方と出会ったことはないの。

 しかも侯爵家の令嬢として生まれて、更には王太子の婚約者になってしまったから、わたくしがときめくような殿方と出会って恋に落ちるなんていうことは、それこそ望み薄だったわ。


 はぁ、一度でいいから、わたくしよりも強い殿方と恋をしてみたいわねぇ。



  ***



 そんなふうに、前世から今までの身の上をぼんやり考えている間に、なんだかんだあって、婚約破棄をされた後わたくしは投獄されてしまった。


 うーん、おかしいわね。アルフレッド様が並べた罪状については……まあ、一部本当のことではあったけれど、それでも投獄されるほどの重罪は犯していないわ。せいぜいが自宅謹慎くらいが妥当よ。

 この仕打ちに対しての不満点は多いけれど、今はそれどころじゃないわね。お父様とお母様はご無事かしら? わたくしが投獄されてしまったから、まさか家門の取り潰しなんていうこともあるかもしれない。

 むしろ、そちらが本命かもしれないわ。我がカノール侯爵家は由緒正しい大貴族で、王党派筆頭だ。最近は貴族派が台頭してきたから、王党派の我がカノール侯爵家を陥れようと画策していても不思議ではないわね。


 そういうこともあって、お父様は王党派貴族をまとめて国のために身を粉にして働いていたのだけど……実は、アルフレッド様のあまりのポンのコツ具合に頭を抱えていて、この国の未来は暗いとかいう言葉をこぼしていたことを知っている。

 わたくしが王妃となることで王家との繋がりを強化して、お父様やわたくしがポンコツのアルフレッド様の手綱を握ることにしていたのだけれど、それももう無理な話だろう。


 それならいっそのこと、壁をぶち破って脱獄でもしようかしら? ああでも、そんなことをしたらお父様とお母様はどうなってしまうのでしょう? 屋敷の使用人達は? カノール侯爵領の領民は?

 わたくし一人が罰を受けるのなら我慢のしようもあるけれど、今回の騒動に貴族派も絡んでいるかもしれないから、あまり安易に考えない方がいいかもしれないわ。良くて修道院に入る、悪くて処刑かしら。現段階だと、わたくしの処遇としては後者の方が濃厚ね。


 だけどそうなると、わたくしにできることといったら……あ、あるわね。むしろどうして今まで気付かなかったのかしら。


「わたくしが魔族との戦いに終止符を打って差し上げればいいのよ」


 この提案をわたくしからしたところで鼻で笑われるかもしれないけれど、ギロチン程度ではわたくしの首は切れないし、火あぶりにされても服が燃えるだけなのが目に見えている。

 オリハルコンで鍛えられた伝説の剣とやらならわたくしの肌を傷付けることができるかもしれないけれど、それはさすがに王国の宝物庫にも存在していない。


 うん、わたくしの処刑が行われた時に阿鼻叫喚に包まれるのが想像に難くないわ。


 その地獄絵図を防ぐためにも、魔族との戦いに身を投じることを許していただかないと。


 人間と魔族はお互いに相容れない存在で、長らく戦いを続けている。彼らは『魔界』という人間界とは別の次元に住んでいて、時折通り道を作っては魔物や魔族をこちら側に送り込んでいるらしいわ。

 一年ほど前に隣国から『勇者』なるものが魔界に旅立ったらしいけれど、魔王を討ったという話は聞いていない。

 我が国でも『聖女』が生まれたとかなんとか話題になっていたけれど、彼女はまだほんの二歳だ。二歳の幼子を戦いに連れ出すなんていう愚かなことは、ポンコツ王子を生み出した我が国でもしなかった。その程度の人の心はさすがにあったわ。


 我が国は魔物や魔族が現れた地点に騎士や兵士を派遣しているけれど、それはどこの国もやっていること。『勇者』に準ずるような戦士を準備できなかったことを、隣国に後れを取ったと言って貴族派たちは気にしていたらしい。

 上手くその部分を突いてやったら、わたくしを処刑する代わりに魔王との戦いに送り出してくれるのではないかしら?


 どうせアルフレッド様も貴族派も、わたくしのことをか弱い世間知らずの令嬢程度にしか思っていないでしょう。実際、この国の女性の強さの指標である魔力の多さや魔法の扱いに関してはからっきしですし。


「でも、わたくしの本分は魔法などではなく純粋な肉体の力。そこいらの殿方どころか魔族よりもずっと強い自信がありましてよ」


 うふふ、不謹慎ですけど少し楽しくなってきたわね。


 さて、見回りの看守様がいらっしゃったら、わたくしの考えていることをお伝えしないと。



  ***



 悪役令嬢のロベリア・デルア・カノールことわたくしは、一ヶ月の間『魔王討伐の旅に出たい』と懇願し続けた。

 この願いは無事に聞き届けられ、わたくしはお金も、お金になるような高価なものも持たず、貧相な布の服だけを身にまとい旅に出た。


 お父様とお母様は憔悴しきっていて、わたくしを死地に送ることを悲しんでくださったわ。だけどもちろん、わたくしは死ぬつもりなんてなかったから、両親には五体満足で帰って来ると伝えているの。


 そういえば案の定というか、会議ではわたくしを処刑する方向で話が進んでいたらしいわ。良かった。わたくしの首の硬さに耐えかねてギロチンの方が折れるなんていう事態にならなくて。




「それにしても、やはり張り合いのない相手ばかりですわね」


 暗い森の中、魔物の死体の隣に座って休憩しながら、わたくしは呟いた。


 魔界に足を踏み入れたはいいけれど、魔族は人間の小娘なんかには興味がないらしく全然姿を見せないの。わたくしに襲いかかってくるのは、命知らずの魔物くらい。まあ、魔物が襲ってくるのはわたくしとしても助かるわ。だって、ご飯に困らなくて済むから。だけどそろそろ、きちんと火を通したお肉が食べたいわね。


 そうそう、わたくしが旅立ちの際に着ていた服はあっという間にボロボロになってしまったの。それで今は魔物の皮を剥いで作った服を着ているわ。もちろん針と糸なんて持っていなかったから、魔物の鋭い牙と、魔界に自生している丈夫な蔓草で繋ぎ合わせた。不格好だけれど、意外と丈夫で気に入っているの。


「今日はこの辺りで野宿にしましょう。ここの土は柔らかくて気持ち良さそうですし」


 前世では野宿なんていつものことだったのに、侯爵令嬢生活が長かったからかベッドが恋しいわ。わたくしったら、いつの間にか贅沢になってしまったのね。

 敷布代わりの毛皮を地面に敷いて寝床を整えてから、私は魔物の解体に取りかかった。


 以前倒した魔物の中に手が鋭い刃物のようになっているものがいたので、これ幸いと使っているの。下手なナイフよりも切れ味が抜群だから、大きな体を持つ魔物でもストレスなく解体できるわ。手でやろうとすると余計な部分までむしってしまうから、本当に助かっているの。


 ああでも、体が汚れてしまうのだけはどうにかしたいわねぇ。この森は近くに川が流れているからまだいいけれど、先日ちょっと遠出した時は廻りに水場がなくて本当に困ったわ。血のにおいって鼻につくのよ。


 とりあえず、この魔物を手早く解体して食事を摂ってから水浴びにでも行きましょうか。


 わたくしが頭の中で今後の予定を立てていると、ぴり、とした空気が肌を刺した。

 これは、久しく感じていなかった緊張感ね。


 強者がわざとらしく放つ気配に、わたくしは解体の手を止めて立ち上がる。

 何かが風を切る音が微かに耳に届いたかと思うと、次の瞬間にはわたくしの目の前に魔族の殿方が立っていて、大きな拳をこちらに突き出していた。

 もちろん咄嗟に受け止めたのだけど、両手に伝わる衝撃にわたくしは目を見開いたわ。


 この方、お強い……!


「んぁ? 女?」


 わたくしの姿を目に留めた殿方は、ほんの少し間の抜けた、見た目には似合わない声を上げた。


「えーっと……なんか最近森を荒らし回っている人間がいるからってんで見に来たんだが……それ、お前で間違いねーか?」

「わたくし、荒らし回っているつもりはなかったのですけど……魔界に来てからの活動拠点はこの森ですわ」


 わたくしが答えると、魔族の殿方はふむ、と小さく頷いて、突き出していた拳をゆっくりと下げた。

 外気に晒された手のひらがほんの少しピリリと痛む。その事実があまりに衝撃的だったので、わたくしは慌てて両手を見たの。


 なんてこと! わたくしの手のひらに、ほんの少しとはいえ血が滲んでいるわ!

 自分の血なんて、生まれ変わってからは月のもの以外で一度も見たことないのに!


「あら! まあまあまあ! あなた、とってもお強いのね!」


 わたくしは侯爵令嬢という立場も忘れて、はしゃいでしまったわ。だって、わたくしの肌にただの拳で傷を付けた殿方よ。確実に強いに決まっているもの。

 だからわたくしは、不躾にもまじまじと目の前の殿方を観察してしまったわ。


 戦うことに最適化されている鍛え上げられた肉体は、芸術作品のごとき美しさで惚れ惚れする。

 お顔立ちはアルフレッド様のような甘いマスクとはまったく違うけれど、それでも戦士らしく精悍で強者の覇気に満ちているわ。力強い目と太めの眉がチャームポイントかしら。

 口元からチラリと覗く牙は、人間の八重歯とはまた違う。鋭く尖ったその歯は攻撃能力も高そうだわ。

 燃えるような赤い髪も短く切り揃えられているわ。きっと戦いの邪魔にならないようにしているのね。


 はぁ……。


「すてき……」


 ぽつり、と。


 わたくしのものとは思えない声色で、わたくしの口からそんな言葉が飛び出た。


 えっ、とわたくしは慌てて口を覆って顔を逸らした。まさかわたくしが「素敵」なんて言葉を口にするなんて、きっと何かの間違いよ。


 そう思って魔族の男性に改めて視線を移したのだけれど、彼は驚いたように目を見開いてわたくしを凝視している。


「……は?」


 しかも、ちょっぴりお間抜けな声を漏らしたの。

 彼がこんな反応をするということは、先ほどのわたくしの発言は……何かの間違いとやらではなかったのね。


「いやだわ、わたくしったら、恥ずかしい!」


 アルフレッド様を誑し込んだレイラ嬢ほどではないけれど、それでも淑女としてはしたない真似をしてしまったわ!


 あまりの恥ずかしさに、わたくしは両手で顔を覆う。こんな無防備な姿を晒してしまうのは、最強を自負する戦闘民族としてあってはならないことだけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいの。


 羞恥心からか、体温が上がるのを感じるわ。こんな気持ちを抱いたのは生まれて初めて。

 ああもう、こんなことになるなら、服ももう少し綺麗に整えておくのだったわ。


「あー、えーと……まさか人間の女から『素敵』なんて言われるとは思っていなかったぜ」


 私が無様な姿を見せているからか、魔族の殿方も困ったように言葉を選んでいる。

 先ほどまでの緊迫感もなくなってしまったし、もう、わたくしったら本当におばか。


「もう、わたくしったら本当に何をしているの」


 せっかく強い殿方と戦えるチャンスだったのに!


 わたくしはそんなふうに後悔したのだけれど、それは魔族の殿方も同じだったらしい。


「おい、お前。一旦落ち着け。んで、落ち着いたら一戦交えようぜ」

「……こんな情けない姿を晒している女と、戦ってくださいますの?」


 殿方の言葉を聞いて、わたくしはそろそろと顔を上げる。

 彼はとても真面目な表情を浮かべて、私を真っ直ぐ見つめていた。


「当たり前だろ? 俺とやり合えるヤツなんて魔界にもいないからな」

「あら、そうなんですの? そんなにお強い方だったなんて。もしかして貴方が噂の魔王なの?」


 わたくしが尋ねると、目の前の殿方はいいや、と否定するように首を横に振った。


「俺には政治なんて難しいことはできねーよ。それに、俺はほとんど魔力を持ってないからな」

「魔力、ですか?」

「ああ。魔王になるにはなんといっても莫大な魔力が必要だ。あとは政治ができるくらいには頭が良くねーと」

「あら、魔王になるのも大変なのですねぇ」

「そりゃあな、魔界を統べる王だぞ。俺が言うのもなんだが、魔族は基本的にプライドは高いし実力主義だ。生半可なヤツじゃ魔王なんて務まんねーよ」


 言われてみれば、それもそうね。我が国もポンコツ王子から数えて三代前は、英雄王で更に賢王だったもの。偉大な王が治めていたからこそ、周りの人間は付いて行き国も発展したのよね。


 彼とちょっとした雑談をしたからか、わたくしの気持ちも落ち着いてきた。

 うん、この調子ならきちんと戦うことができそうね。


「ふう……うん、いけそうですわ」

「おっ、そうか!」


 わたくしの準備が整ったのを見て、魔族の殿方が嬉しそうな声を上げる。彼のその反応に、わたくしの心臓がとくりと鳴ったような気がした。


「それじゃ、俺の城に行こうぜ! そこには戦うのにちょうどいい広場があるんだ!」

「まあ、それはいいですわね!」

「だろ? しかも城そのものにも魔王のヤツが強化魔法を重ね掛けしてくれてるからな、俺が暴れてもちょっとしか壊れないんだぜ!」

「素晴らしいですわ! それならわたくしも気兼ねなく戦うことができますわ!」


 実はわたくし、魔界に来てからも本気で戦ったことがないの。だって、本気でやったら森の形が変わってしまうから。


 魔族の殿方はこれから行われる戦いに思いを馳せているのか、楽しげに呟いた。


「久し振りに楽しめそうだ」

「わたくしもです」


 わたくしたちはお互いに顔を見合わせて、心の底から笑い合う。これから殺し合いをする仲だというのに、なんとも清々しい気分だ。

 それでは早速そのお城とやらに向かいましょう、と口を開こうとしたのだけれど、魔族の殿方は「ちょっと待て」とわたくしを制止する。

 どうしたのかしら、と疑問に思っていると、彼はさきほどまでわたくしが解体していた魔物を指さした。


「あれ、食うのか?」

「ええ。わたくしの本日の食事ですわ」

「俺も食っていいか?」

「構いませんわよ」


 わたくしが返事をすると、魔族の殿方は表情をぱぁっと明るくさせる。


「そいつはありがてえ! 実は腹が減ってたんだよ!」

「そうだったのですね。それでは、戦闘前に食事にいたしましょう。ああでも、わたくし調理はできませんわよ」

「うん? 別に生でもいいだろ」


 あっけらかんと答えた男性に、わたくしは驚いて反射的に尋ねた。


「貴方も火を通さず食べることができるのですね」

「ああ。さっきも言った通り、俺には魔力がほとんどないからな。火起こしすら難しいんだよ」

「わたくしも同じですわ。それに火打ち石も、使おうとしたら粉々にしてしまいますの。こういう不器用なところが自分でもイヤになってしまいますわ」

「火打ち石なー。アレ、かなり脆いからな」

「ええ。ですから、わたくしってば火が使えなくて……だけど、たまには火を通したお肉が食べたくなってしまいますの」

「あー、分かる分かる」


 わたくしと同じ気持ちを共有できる殿方なんて、貴重以外の何ものでもないわ。

 ああ、この会話ができただけでも、はるばる魔界にやって来た甲斐があったというものね。




 その後食事を終えたわたくしたちは、件のお城までのんびりと移動していた。その道中、そうだ、と魔族の殿方がわたくしに声を掛けてくる。


「名前言ってなかったよな。俺はアキレア。お前は?」

「ああっ、わたくしったら、うっかりしておりました。名乗るのが遅くなって申し訳ありません」


 侯爵令嬢として、ここは礼儀正しくいくべきですわね。

 着ている服もドレスではないですから見栄えは悪いけど、それでも裾を軽く摘まんで淑女の礼をした。


「わたくしは、ロベリア・デルア・カノールと申します。よろしくお願いいたしますね、アキレア様」

「おう、よろしくな!」


 まるで友人になったかのような気軽さで、魔族の殿方……アキレア様は、ニカリと笑った。



  ***



 その後、無事にお城に到着したわたくしたちは、軽く準備運動をしてから戦いを始めたのだけど……ちょっとやり過ぎてしまった。


「アッハハハ! まさか城がぶっ壊れるとはなぁ!」

「わたくしったら、やりすぎてしまいましたわ」

「それは俺もだ! お互い様ってヤツだな!」


 そう、アキレア様のお城を壊してしまったの。

 お城で働いていた魔族や使い魔の使用人たちが、お城を壊した張本人であるわたくしたちに文句を言いに来たのは記憶に新しいわ。


 そんなお城を壊した犯人であるわたくしたちは、今は仲良くベッドの住人になっている。それというのも、二人して大怪我をしているからだ。

 これはもちろん、アキレア様と戦ってできた怪我。そう、怪我なの!


「しっかし、お前……ロベリアはなかなかやるな。俺と戦って死なないなんてよ」

「それを言うならわたくしも驚きましたわ。まさかこの世にわたくしよりも強い殿方がいるなんて、今でも信じられませんもの」


 アキレア様の言葉に返事をして、その事実を改めて認識したわたくしは、顔に熱が集まるのを自覚する。だって、わたくしよりも強くて逞しい殿方に出会えるなんて、思ってもみなかったもの!


 ああもう、これは素直に認めるしかないわ。


 わたくし、アキレア様に恋をしてしまったのね。






「アキレア様、わたくしと結婚してくださいませんか?」

「は?」



 あらやだ、わたくしったら、うっかり口走ってしまったわ。レイラ嬢じゃあるまいし、なんてはしたない。

 でも……アキレア様のような素敵な殿方は今後一生現れないでしょうから、何が何でも逃すつもりはないの。


 戦闘民族の女はこれと決めたら一直線なのよ? だから覚悟なさってくださいね、アキレア様。

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