【閑話】[貧乏貴族]兵衛くんの嫁取り合戦 その12
やあ。我こそは、武甕槌命の化身、林兵衛だ。ははは、はぁ。
俺は今、大きな輿に乗って春日大社を目指している。わっしょいわっしょい!
なんで、こんな事になっているのか?これは勘解由小路様の思い付きからだった。
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興福寺の強訴は春日大社の御神木が利用されて来ました。
御神木を京に運んだ場合、藤原氏の公卿や官司は謹慎となります。これに従わなかった場合は放氏処分とされたのです。藤原氏として認めない。つまり、公卿、官司をクビになるって事です。
藤原氏の公卿や官司は朝廷の過半を占めていますから、御神木の入洛中は、朝廷が麻痺します。ほとんどの人が謹慎中ですからね。
武家を集めて入洛を阻止しようとしても、実際に衆徒に武器を向けたら、今度はその武家を罰する様に強訴をするのです。
これでは終わりがない。朝廷としては興福寺だけを相手にしている訳にも行かない。他の地方にはもっと困ってる人達がいる訳ですからね。
ですから最終的には興福寺側からのどのような無理も罷り通ったのです。
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「つまり、藤原氏が御神木に手を出せない事を利用されたのです」
朝廷側からの視点を聞かされて、バツの悪そうな顔をする大和武士達。
「始めの頃は国司の横暴を抑えるなど、利点もあったのですが、次第に悪用されるようになったのです。何しろ衆徒の意見が朝廷を動かすのですからね」
ちょっとだけ助け船を出す、勘解由小路様。言外に悪用してるのは衆徒代表、つまり筒井だよって言ってる。
「さて、皆さん、ここに武甕槌命の化身と呼ばれる林の兵衛がおります。春日大社に武甕槌命が訪ねて行った場合、どう対応するのでしょうか?」
「え?ちょっ……」
イタズラを勧めるように提案する勘解由小路様。
「おお!そりゃ面白い!社人はこぞってお迎えに出て来るでしょうな!」
「いやいや、あいつら筒井の言いなりじゃ、僧兵を出して来るぞ!」
「こちらには、武甕槌様が付いているのじゃ!刃を向ければソイツを追訴じゃ!」
皆んなが盛り上がっていく。
「よし!面白い!これから強訴と行こうか!」
「流石、楠木様!話が早い!」
ええ?ちょっと、俺の意見は?
俺の意見など聞いてもらえる訳もない。どこからか輿が持ち出されて来て、俺を乗せる。
「それでは皆の物、触れを出せ!手の空いている者は春日大社へお詣りじゃあ!」
「うぉぉぉ!」
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筒井城に詰めていた順昭の元に妙な知らせが入って来た。
「何?強訴じゃと?」
「は。衆徒は春日大社へ集まるよう、触れが出ております」
「なんじゃ、ワシはその様な触れは出しておらぬぞ?」
「それが、藤原長者のお名前でのお触れでして……」
「何ぃ!」
「大社は藤原の氏神様ですから……」
「そんな事は、ワシだって知っとるわい!」
そうやって騒いでいると、一人の武将が駆け込んで来た。
「順昭様!大事で御座る!春日大社の事、お聞きおよびか?」
「今、聞いた所じゃ。なんでも強訴と言ってるらしいが」
「そは楠木の謀り事で御座る!」
「強訴と申して春日の山に武士を集めてあるのでござる!」
「春日の山はお寺から目と鼻の先。あそこに兵を詰められたら、興福寺は一溜りもありませぬぞ!」
「これは不味い!皆!興福寺へ行くぞ!覚誉様をお守りするのじゃ!触れを出せ!」
覚誉とは興福寺の別当だが、前の関白、近衛稙家の弟でもある。藤原長者の名が出ている以上、近衛家の意向が入っているかも知れない。とにかく、興福寺の別当の身柄は此方で確保しておかねばならない。順昭はひたすら興福寺を目指すのであった。
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