【閑話】[貧乏貴族]兵衛くんの嫁取り合戦 その10
大和国の南、吉野が俄に騒然となった。大饗家の子孫、楠長譜が朝敵を赦免されたとし、菊水の旗を押し立て、楠木兵衛尉と名乗ったのだ。甚四郎正虎である。
元々、吉野は楠木正成に縁深い土地。近隣の郷士達が駆けつけ、見る見るうちに大勢力になった。
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桂ちゃん、元気にしてる?旗揚げしてから三日目だけど、もう、吉野のお城を乗っ取っちゃった。お城の方から向かえが来たんだぜ。
いやぁ、武士って凄いね。甚四郎さんの元に近隣からの武士達が、続々と駆け付けてきているんだ。甚四郎さんに声をかけられただけで、もう涙目。
俺は甚四郎さんの後見役兼軍師役。鷹司の名前はやっぱり凄くて、関白が認めているってだけでも効果があるみたいだな。
さらに足利将軍家からも松井山城守が来ているので、半信半疑で来た人も楠木家が赦免された事を納得して、そのまま楠木さんに臣従を誓うって流れになっている。
俺たちは吉野山の入り口にある一ノ坂城に詰めている。俺は駆け付けて来た武士を帳面につけて在所や領地を確認している。そのまま領地を安堵するのでは無いけど、所領に応じた収入は保証するって約束しているんだ。
朝廷の人間が帳面に付けてるってだけでも、何か安心するみたい。
帳面がつけ終わったら、楠木軍の調練に参加してもらう。これは宗滴学校の調練を参考にした物ね。学校の皆んなは元気にしてる?
調練している間に、申請と実際に違いが無いか調査。意外とちゃっかりした人が多くて、隣村の田畑まで自分の物として申請してたりするからね。
調査は伊賀の左さん達に頼んでいる。調べるのが得意だからね。この間も筒井家と通じているヤツを見つけてたよ。
調査と調練が終わったら、隊を組んで巡回組へ。自分の村から出た事が無いなんてのもいるからね。土地勘を付けて貰う為にも降伏した土地を回って貰うんだ。それもドンドン広がっているんだけどね。
まあ、こっちはそんな感じ。元気でやってる。
桂ちゃんも元気でね!
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「おや、また許嫁への文ですか?お熱いですな!」
俺が桂ちゃんへの手紙を書いていると、甚四郎さんが声をかけて来た。
「はははは。いや、面目無い。一日でも文を絶やすと叱りの文が飛んで来るのでござる」
「アッハッハ!鷹司の方々は本当に文が飛ばせますからな!」
そう、桂ちゃんも勘解由小路様の式で文を飛ばして来るんだよ。勿論、俺も部下持ちになったからな。式神の紙を貰っている。
甚四郎さんも伝説の楠木家としてはビックリするくらい柔和な人で、俺にも気さくに声を掛けてくれる。この人柄が土地の武士達を魅了するんだろうな。
「そろそろ、文を飛ばすだろうと思ってな。見物しに来たのだ」
甚四郎さんの後ろから、松井さんも顔を出す。見せ物じゃないんだけどな。まぁ、見応えがあるのは認める。俺も布施さんが文を飛ばすのを良く見せて貰ってたからね。
「これは鷹司の秘事でござる。これ以上、広めないで下され」
「分かった、分かった。だが林殿は用心が足りぬからの。わしらが見張ってやるんじゃ」
「それを言われると、言い返せませぬな」
そうなんだよ。合流した一日目にこっそり文を飛ばしたら見つかっちゃったんだよね。こそこそしてたので、かえって目立ったんだ。
「それでは、飛ばすでござる」
「うむ。今なら大丈夫じゃ」
「では!ブツブツ。唵、急急如律令!」
ブツブツ言ってたのは、桂ちゃんの事。それを目印に飛んで行くんだ。
「見事な物ですな!」
「勘解由小路様の法力ゆえ。某も感心しており申す」
しばらくの間、三人で鴉になった文が飛んで行くのを眺めていた。
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