左京大夫
本日はウチに左京大夫となった土岐頼芸さんが来ているよ。
なんでも、ウチのパパンに相談があるんだそうだ。
「もう、勘弁して下され!」
しばらく広間で話していたんだけど、邸内に大声が響き渡った。
「来る日も来る日も、新しく増え続ける店。流れ着く荷。とてもではないが、記帳が追い付きませぬ!」
「そうは言っても、右京からの応援も既に限度を越えておる。やるなら新しき官司を増やすしかないぞ?」
「それでは現場の負担が増えるのみでござる!」
復活した京職は、市役所みたいな物なんだけど、要は税を取るための組織なんだよ。で、今は現場把握が主任務なんだよね。
土岐さんは元々は美濃の守護をやっていたのだけど、斎藤道三に乗っ取られちゃったんだよ。流石にオレでも道三は知ってる。下克上の人だ。
それで、土岐さんは尾張に逃げていた所をパパンに捕まっちゃった訳だね。尾張は検非違使の斯波家が守護だから相談されたみたい。
「しかしなあ。税の抜け道を作る訳にはいかないぞ?」
「逃げ道という訳でなく、楽市とは出来ぬでしょうか?」
「楽市か。しかし、座はどうする?」
「それも当面、楽座としたく」
「うーむ。下京から三条河原に店が逃げ出さぬか?」
「逃げるなら逃せばよいのです」
「ふむ?その心は?」
「楽市楽座を三条でしている内に、下京の登録を整えます。後で戻ろうとしても、登録せねば戻れませぬ。その時には、左京も余裕がありますので、記帳もこなせるでしょう」
「むう。その間、税が取れぬぞ?」
「記帳が追いつかぬなら、どの道取れない税でござる」
「そこまで、腹を括っているなら任せよう」
「ありがたき、しあわせ」
どうやら、話は一段落したみたいだな。
「ダァ!」
「おや、これは若竹丸様。ご機嫌よろしいか?」
「ダァダァ!」
「ハッハッハ、よろしいようですな」
「ふうむ。土岐殿、何か一皮剥けたようじゃの。何か心境の変化でもあったか?」
「ええ、取れぬ物は取れぬのです。今更美濃へ戻っても美濃が混乱するばかり。それなら、ここで京職をと思い至りました」
「なるほど。京と美濃、下京と三条を重ねたか」
「本当のところは、今でも美濃に未練があり申す。しかし、二兎を追う者と云いますしな」
「ハッハッハ。よく思い切ったの。しかし、左京大夫も一国守護に負けず劣らずの重職ぞ」
「それはもう、身に染みており申す」
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早速、部下に朗報を届けると言って土岐さんは帰って行った。パパンが前世世界の土岐さんの話をしてくれたよ。
前世世界の歴史では、一旦は国を取り戻すけども、また道三に追い出され、東国を転々とし、家宝も手放した後、甲斐武田の元に身を寄せるんだそうだ。
甲斐武田が信長に滅ぼされた後、元の家臣だった稲葉一徹のお陰でやっと美濃に戻れるけど、半年後に亡くなったんだって。
「彼は鷹の絵で有名でね。それだけを描いて暮らしていたら幸せだったかも知れないなぁ」
他人の幸せは、他人には測れないものだから、分からないけど、こちらの世界では幸せになって欲しいね。
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