霊能探偵笠沙技は事務員に書類を作ってもらう。
突然だが、俺、霊能探偵笠沙技の嫌いなものは他人の不幸と確定申告だ。
この二つは職業病と言ってもいい、死と向き合う仕事は他人の不幸と向き合う仕事と言い換えてもいいのだ。いくら霊障による被害を事前に防いだと言っても、そもそも霊障が発生するということはそこに幽霊がいるということだ。
死んでしまったものがいるということだ。
普通に考えて、死は重い。
俺には前世の記憶がある。それは特別なことだが、同時に来世という概念が存在することを俺は知っている。来世を祈ることは救いになるだろう、けど、同時に今の人生を取り戻すことは絶対にできないということでもある。
幽霊はそんな未練によって発生する。俺はその未練を振り払ってやらないといけないわけだ。
現在、俺が抱えている未練は一つ。猫娘ちゃんこと、鼓子実ねねちゃんのことだ。
先日俺は彼女の親が猫を媒体に彼女を霊障にしようとした事件を解決した、それ以来俺の事務所に居座るねねちゃんは、今もまだ成仏していない。
あんなことをしてしまった親が心配なのだろう。
結局事件は未遂で解決し、ねねちゃんの親は情状酌量の余地もあり、不起訴処分で終わることはほぼほぼ濃厚。しかし、心理カウンセラーのカウンセリングを定期的に受けることを求められており、その精神がまだ完全に安定しているとは言い難い。
それが心配なのと、まだ現世と別れたくないのがねねちゃんが成仏できない原因だろう。見たいドラマがある、と言っていたが、これが冗談半分、本音半分であることを俺は経験上知っている。
早期の成仏は不可能。この世界にとどまることが長期化するとなると、ねねちゃんは特別な方法であの世に連れて行かないといけないかもしれないな。
まぁ、しかたないことだ。
そしてもう一つ。
こんな真面目な話をしてからすることじゃないが、俺は確定申告が憎い。レシートを何も考えずに捨てていた自分が憎い。便利なアプリとか一切使わずに電卓だけで乗り切った初年度の自分が憎い。
まぁ、ようするに霊能探偵とは個人事業主なのである、自分で稼いで自分でお金の管理と納税をしないといけない。ここら辺のことをどうにかする名目で霊安本部に雇ってもらおうかと画策したこともあるが、普通に面接で落ちた。伊達に求人倍率三百倍とかいう組織ではない。
しかし俺にも救いの神はいた。
俺の事務所には現在、一人の事務員がいる。お金の管理、その他諸々を一手に引き受けてくれるすごいやつだ。ちゃんと資格を持っていて、俺なんかより百倍頼れる。
実のところ、俺は最初他人を雇うつもりはなかった。何故なら雇った人材を養いきれるとは限らないからだ。探偵は体力勝負、時折幽霊を抱えてハナビの社まで全力ダッシュしたりすることもある。今は若いからいいが(まだアラサーだからな!)衰えてくれば、探偵を続けることは難しくなるだろう。
俺一人なら、養うだけの蓄えはもうできている、あと数年もやればもうひとりくらい……なので雇おうと思えば雇えなくはないが、その場合重要なのは信頼関係だ。
信頼できない相手に、俺を任せることはできないし、俺が任されることもできない。
その点、事務員は俺の幼馴染、幼い頃からの付き合いだ。俺が霊能探偵になることについて、初めて相談したのも彼女だ。名を倉石はかり。公明正大、真面目で実直。
俺の頼りになりすぎる幼馴染だ。
さて、ちょっとはかりには色々と資料をまとめてもらうように頼んでおいたのだが、できているだろうか。
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『笠沙技の周りの女性陣まとめ』
この資料は私が纏めた資料の内、あいつには見せられないあいつの周りにいる女性陣の纏めである。なお笠沙技に対する私怨はあるものの、周囲の女性陣はとてもいい人たちであるため、彼女たちに対する隔意がないことは予め明記しておく。
笠沙技は死ねばいい。
【倉石はかり】
私である。年齢二十七歳。親がいつ笠沙技と結婚するのかとうるさい。
その年で身長とスタイルが著しく悪いのも悩みのタネだ。お尻は例外。地味な少し跳ねてる(実際には超くせっ毛を毎日矯正している)黒髪を後ろに束ねるいわゆるポニテ、おしゃれでそうしているのではなく長い髪が邪魔だったので束ねたら自然とそうなった。女性として化粧は当然するけれど、あまり興味はない。キツめな顔つきもあって、自分が真面目だと思われることもあるが(というか笠沙技が自分を真面目だと言ってくる筆頭だが)どちらかというとシニカルなタイプだと思う。根暗、とも言う。
笠沙技とは生まれた時からの付き合いだ。なんでも生まれた病院すら同じだったらしい。腐れ縁ここに極まれり、私はこの世界を好きか嫌いかといえば好きだと答えるが、笠沙技の隣に生まれたことを後悔していないかといえばしていると答える。
私の話をする上であいつの話は切っては切れないので、私の項目でアイツの話をするが、あいつは生まれた頃からおかしかった。本格的におかしくなったのは二十歳の頃だが、なんというかソレ以前から、どこか他人とは違う考え方をしていたことを覚えている。
命を大事にしているのに、その生に執着しているわけではないというような。生も死も、共に価値があるものとして扱うというような。
それは、決して悪い意味ではなく、とても単純なことで、恐怖耐性がやたら高かったのだ。ホラー映画も、ホラーゲームも物ともせずにプレイする笠沙技は、周りから変なやつと距離を置かれていたものだ。
その中で、唯一人のお隣さんであった私は言ってしまえば笠沙技係とでもいう立場になった。私はホラー映画が大の苦手だというのに、だ。
最初の内はそれを嫌っていた私だったけど、いつの間にかそれが当然になっていて、恥ずかしい話なのだけど、多分好いていたと思う。きっかけは、覚えていない。ただ、一緒にホラー映画を見ていた時、隣にこいつがいれば、この映画を面白いと思えることに気がついたからなのかもしれない。
彼の関わる霊障という事態に、私は何も知っていることはない。霊質という力も私には備わっていないし、それが幸福だったとも思う。
しかし、時折彼は連れてくるのだ、霊を。そのことだけは何となく分かる。ただ怖いということはない。彼が連れてくる霊に悪い霊はいないし、なにより、寂しそうだと感じたからだ。
そんな霊が成仏する時、私は……
脱線した。私に関して特筆して霊障に関わる点はなし。笠沙技霊能探偵事務所の事務員だ。きっと、これからも、彼が霊能探偵である限りずっと。
【嵯城院しるべ】
元霊能者、年齢二十三歳、霊能者時代の通称は雪姫。
人類の天敵、とある母性の神を除けば最高品質のプロポーション、でかくて、でかくて、でかい。ぼんきゅっぼんのむちっむち。それでいて全体的にふくよかなのではなく程よくしまっていて、その上で異様に一部が大きいのだ。金髪の(霊能者は日本人でもへんてこ髪型が多い。霊質は髪に宿るかららしい)お姉さんで、優しげな顔立ちは彼女の人間性を表していると言えるだろう。
嵯城院とは霊安本部が苑恚と袂を分かつよりも以前から、霊能者の中でも重鎮とされている家でしるべさんはそこの本家の出身。霊質は甲級と最上位。すなわち霊能者に於いて才能も家柄も最高級のすごい人。当然実力も、現役の時は間違いなくその世代においては最強だったと聞いている。
しかし、彼女は甲級の霊質の持ち主。二十になれば神として連れて行かれてしまう立場にあった。ただ、本人はそうだとしても気丈に振る舞っていた。その上で内心ムリをしているのは、遠くから見ている私だからこそ、強く感じ取れたと思う。
結局その件は笠沙技とハナビちゃんがなんとかしてしまったけれど、ここで一つ問題が発生した。甲級の霊能者は二十で神になるが、その前段階として七歳で周囲から認識されなくなる。さすがにその後もう一度認識しなおすことは霊能者ならば可能だけど、一度消えた嵯城院家としてのしるべさんの痕跡を、取り戻すことはできない。
戸籍上、彼女は嵯城院の人間ではないのだ。するとどうなるかというと、彼女は伝統ある家の生まれでありながら、その柵にとらわれないのである。というかそのことを口実に嵯城院の本家はしるべさんを笠沙技とくっつけようとしている節がある。慣習にとらわれているのが永い歴史を持つ家系の定めだけど、ソレに対して柔軟に動く術もまた、同時に持ち合わせているのが嵯城院家らしい。
逆に厄介だ、どうしてくれよう。
ただ本人はとても優秀で、優しい人だ。あんな人をお嫁さんにできるのは、きっととてつもない幸せ者に違いない。そしてそれができるのは、この世に措いてただ一人、笠沙技以外には存在しない。
この世に存在しない事になっている令嬢と、この世の存在しないものを正確に捉える霊能探偵。お似合い、と思ってしまうのが気に入らない。
【保土棘あかり】
【保土棘くらい】
霊能者、どちらも十七歳の双子。二人は『御魂学園』に在籍している霊安本部の霊能者。御魂学園では共に十天の座についている実力者。十天というのはあれだ、少年漫画の味方組織の幹部職。
笠沙技の周りはなんというかラノベのような様相を呈しているが、御魂学園では日夜少年漫画的な決めコマが似合う物言いでのやり取りが繰り広げられているそうだ。十天もその一つとのこと。
容姿はそれぞれあかりちゃんが黒髪に白のメッシュが入った長髪、一部を編んでいて快活さと女の子らしさがうまく共存している。くらいちゃんは黒髪に赤のメッシュが入った短髪。こちらも髪を一部編んでいて、大人しい雰囲気。身長は女性としては若干小柄だけど平均、百五十半ばと聞いた。スタイルはなぜかくらいちゃんが爆発的――バストが三桁を越えるとか――なのに対し、あかりちゃんは平凡――決して小さくはないバスト八十を越えるらしいから、二次元ならともかく現実なら普通に巨乳だ――という特徴がある。どこでも巫女服。
さて、二人は霊能者としてはシンプルな巫女職の術者なのだそうだけど、その出身は少し特殊。二人の実家である保土棘は苑恚に属する霊能者の家系なのだ。二人は経緯を省いて説明すると「作られた」存在である。そうなるように呪術で調整されて生まれてきた。双子であることも当然で、強気なあかりちゃんと、落ち着いたくらいちゃんで正反対な性格なのも、自然なこと。
ただ、これでもくらいちゃんの方は明るくなったし、あかりちゃんも険が取れたものだ。昔のくらいちゃんは言葉数が少なく、また自己主張もしないタイプだった。あかりちゃんはこの世の全てが憎いのか、時折本気で笠沙技に殺意を向けていたものだ。
二人はある霊障事件の生贄にされかけていたところを、偶然笠沙技がそれを防ぐ形で保護した。二人にとって笠沙技は言ってしまえば保護者、親のようなものなのだが、それはそれとして二人とも笠沙技には好意を抱いているように見える。あかりちゃんなんて、未だに昔のインチキという呼び名を使っているが、他人に笠沙技がインチキだと言われると(笠沙技がとんでもないことをしていた場合は除く)その人に対して非常に攻撃的になる。
くらいちゃんも、昔は笠沙技と会話もできなかったのに、今では霊能探偵様と呼んで慕っているのだ。
二人は当然ながら身寄りはなく、またその意識は常に笠沙技へ向いている。御魂学園ではよく二人に告白して玉砕する男子がいるとしるべさんに愚痴られたことがあるけれど、それを私に言われても困る。私だって困ってるんだから。
【ハナビ】
神霊。年齢、正式な名前共に不明。なんでも本当の名前は知ってはいけないし、口にしてはいけないらしい。
見た目は女児そのもの、十歳くらい? 髪は長い、本体はとてつもなく長いと笠沙技は言っていたが、私の知っているハナビちゃんは腰のあたりまでの長髪だ。自由に調節できるらしい。服装は派手な花火柄を思わせる和服だが、これは笠沙技にプレゼントされたもので、本来は昔の貧乏な田舎の女の子みたいな格好をしていたとか。他にも白ワンピースを着ていることも多い。スタイルに関してはこの中で私が唯一勝っている。……はず。若干バストが負けてるんじゃないか疑惑があるが測っていないので知らない! 知らない!
神霊というのは信仰と霊質によって力を得るが、ハナビちゃんはその両方が非常に貧弱で、笠沙技と出会った頃は本当に今とは比べ物に成らないほど弱っていたという。
今ではすっかり回復し、分霊なるものをよく事務所に置いてある神棚を通して送りつけて、うちのお菓子を食べ漁っていくのだが、何でもハナビちゃんは祟り神なので、“弱りすぎても強くなりすぎてもだめ”なのだそうだ。
強すぎると社の外にまで呪いが影響を持ち、分霊でも本体と変わらぬ呪いの影響力を発揮できるが、弱くなりすぎるとハナビちゃん本人が社に仕掛けた自身の呪いの封印が緩んでしまうという。
ハナビちゃんは祟り神だ。祟り神は性質上、存在するだけで他者を祟ってしまうという。というか、見たもの、名前を口にしたものを呪う性質のある物体であるという。笠沙技の場合、笠沙技に視えているのは他の人とは違いハナビちゃん個人の姿だから問題はないのだとか。
簡単に言うと、あいつにはハナビちゃんが分霊と同じ姿に視えている。私達が外に出てきた分霊に祟られることはないように、分霊を見ている笠沙技は、ハナビちゃんの社でハナビちゃんの本体を見ても祟られないのだとか。
名前については話していないので、名前を知ってどうなるかまではわからないという。まぁ、そこは流石に試せないからしょうがない。
ハナビちゃんは笠沙技が霊能探偵になるきっかけになった存在だ。ある時笠沙技がどういうわけか霊の存在を信じるようになり、忘れられたハナビちゃんの社にやってきて、寂しそうにしているハナビちゃんを見つけたという。
それ以来交流が始まり、霊障の存在を知った笠沙技が霊能探偵になることを決意した、というのが事の経緯らしい。当然ながら恋愛的には絶対に警戒しないといけない相手なのだが、向こうからは事あるごとに笠沙技との子供はまだかと言ってくる。
それでいいのかというと、昔はそれが当然だったのだからと返してくるのだから何も言い返せない。口が達者なのも年の功というやつだろうか。彼女を味方にできれば非常に心強いが、彼女は誰でもいいというか、全員纏めて娶れという立場らしいので、正直あまり期待できない。
【ママ】
ママはママである。神霊、特技は常時二回行動。
ママはママでありママ。人々をあまねく愛で照らし、その中に笠沙技もまた含まれているし、私達もまた含まれている。彼女の場合はそもそも名前を書くとそのことを把握されてしまうので詳しくは書き記せない。こうしてボカして書いている事実も実は見透かされているかもしれない。
恐ろしいママ、太陽のようなママである。笠沙技とハナビちゃんが霊能者の神霊化を防ぐために交渉した、それはもうすごい神様……らしいけれど、具体的に名をかけないので私にはなんとも言えない。
いや、実際すごい神様なのだけど、母性で会話している相手を精神的に赤ん坊にしてしまう特性があるので、正直神様ってこういうものなのか、と思う存在である。
神話でも、神様って色々と理不尽なものだから、そんなものかもしれない。
さて、ここまでまとめたが、誰もが厄介な恋敵である。一番やっかいなのはママだが、ママはママなので置いておいても問題ないだろう。他にも恋敵はいるが、これに関しては割愛する。
なぜなら――
さきほどから事務所の扉を叩いてママですよー、と呼びかけてくる不審者の存在である。助けて笠沙技、この内容でも察知された!!