霊能探偵笠沙技、神職について考える。
よう、霊能探偵笠沙技だ。
思うに、霊能探偵ってのは胡散臭いが、どこかの神職であると名乗るのはどうだろう。というか、俺の知り合いには神様もそこそこいる。なので彼らの威を借りて狐にでもなれば……と思うが、正直今から肩書を変えても連絡が面倒なだけだし、そもそも霊能探偵という職業は一般人にそう名乗っているわけではないので胡散臭さはどうでもいいのだ。ちなみに表向きの職業は普通に探偵ということになっている。
霊能探偵になって知ったことだが、この世界には幽霊の他に神様も結構いるのだ。まぁ、専門的には全部まとめて霊障でひとくくりにされるわけだが。
幽霊と神様の違いは、簡単に言うと人と交流が可能かどうかだ。神霊は決して他の霊障――悪霊とかと異なり、悪意で行動しているわけではない。
大抵の場合、人を傷つける時は本人なりの怒りや憎しみを原動力に行動するのだ。
タタリ神とかは、そうやって生まれるわけである。
逆に人にとって良いことをする神様もいる。豊穣神とか言われるのはその類。神霊は霊質による現実への干渉が悪霊や霊能者よりも直接的に可能なので、そういうことが可能なのだ。
ただし、神様は人の信仰によって力を得る。当然ながら現代で力のある神様はそれほど多くない。これが良いことか悪いことかといえば、一概にも言えないが俺は良いことだと思う。
これは知り合いの神様の受け売りだが、別に神は信仰が無くとも死ぬわけではないのだ。力は失われ、人とさほど変わらない存在に成り果てたとしても、神として生きていくことはできる。もっと言えば、本当に人になってしまうこともできるという。
神とは一種の現象、生物の一つに過ぎず、いくら不思議な力と不老とも言える寿命があっても、決して特別ではない。だから神が驕ることはあってはならない。そんなことをすれば、いずれかつて敬われた人間たちに排斥され、生きる場所を喪ってしまう……と。
実際、現代の神様は霊障の一種として扱われて、霊安本部にとっては苑恚と同じく対処しなくてはならない外敵と化してしまっている。
もちろん全ての神様がそういうわけではないが、現代で力を持とうとする神様はたいてい乱暴者で、祟や災いを引き起こす悪い神様である。
そんな神様が何をするかと言えば、霊質の高い人間を神にしてしまうというはた迷惑な行為だ。自分の失われた霊質を補完するため、高い霊質を持つ人間を、自分と同じ神に仕立て上げ、取り込むことで霊質を取り戻そうとしていたのだ。
数年前まで、これに対して人類が対抗する手段はなかった。高い霊質を持つ人間は全て神となり、彼らに取り込まれてしまっていたのだ。
俺もそれはどうかと思って、知り合いの神様に頼んだりもしたのだが、結果が出たのは今から少し前、四年ほど前だっただろうか。
俺が霊能探偵になって少し、ようやく霊安本部や警察にもその存在が認められ、商売として霊能探偵を始められるようになった頃だ。
ちょうど、しるべが神に成る直前だっただろうか。あの時は色々と俺もあちこち飛び回ったものだが、なんとかしるべが神に成らずにすんで、胸をなでおろしたものだ。
しかし、それ以来どうしてかしるべがよそよそしくなってしまったが、大人になるってこういうことなんだろうか。今度美味しいものでも奢ろうかな。
ともあれ、しるべを皮切りに、今は霊質だけ取り込んで、人は連れて行かれなくて済むようになった。知り合いの神様は随分頑張ったと胸をハッていたが、おかげで今も彼女には頭が上がらない。いやほんと、人を神にする連中を神様と呼ぶのは憚られるが、世の中には本物の神様もいるものだ。
未だに名前が長すぎて覚えられないので、俺はハナビと呼んでいるけれど。というか、会う度に名前が長くなっていて、覚えても覚えても長くされるからハナビと呼ぶしかないのだが。
なんかアイツ俺にハナビと呼ばせるために名前を長くしてないか?
===
ハナビは名をハナビという。神霊だ。
正式な名前はこの間また長くなったので割愛する、それにハナビはハナビのことをハナビと呼んでほしいので、ハナビはハナビなのだ。
この名前、あの霊能探偵とかいうおかしな男……笠沙技が名付けてくれたものだから、ハナビにとっては宝物みたいなものなのだ。
神霊、と名乗ったがハナビは古くから存在する神の一柱である。この国の神話にもハナビの名前が一部残っているくらいには、歴史は古い。
ただ、神にとって歴史が古いことと偉さは同一ではないので注意が必要。
簡単に言うと、この国の主神とこの国を作ったとされる神様がそれぞれ別の存在であることがその証拠。神の偉さは端的に言ってしまえば知名度で決まるのだ。
この国を束ねる太陽神は、今も絶大な信仰を得ていて、それはもうすごい神様として神霊業界のトップスターをしているし、ハナビだって多少は信仰があるので、まぁ木っ端の神様として末席に名を連ねているのだ。
が、しかし。
そうではないモノもいる。この国の専門用語では『荒御魂』と言われるのだったか。まぁ、今の時代の術者は、総称してそれらを霊障の中の神霊として分類しているのだが。
ここらへんの知識は笠沙技から教えてもらった。ハナビは少し前まで引きこもりのダメ神霊で、信仰なんてものもこれっぽっちも持っていなかったヨワヨワ神様だったのだ。
それが、笠沙技に見つけてもらって、笠沙技のお願いを叶えているうちに、少しずつ力を取り戻したのである。原因は、この霊障というやつだ。
霊障の神霊と、普通の神様を同じにして扱うのは色々と抵抗があるので、ハナビはこの霊障の神霊を解りやすく霊障神霊と呼ぶことにしている。
笠沙技にセンスがないと笑われたが、あいつの霊能探偵とかいうのも同レベルじゃないか。
霊障神霊は信仰を喪った木っ端の神のうち、それを認められない連中のことを指す。そして、信仰を取り戻すために人々の霊質を奪い、自分のものにするというとんでもない連中だ。
ハナビも他人の霊質を奪って信仰を取り戻そうとしていれば、この霊障神霊に分類されていたのだ。それくらい霊障神霊というのは気軽になれてしまう。人の世界で犯罪者という分類が、犯罪さえ犯せば簡単になれてしまうのと同じくらいに。
彼らは人が神への信仰を捨てて、神を自然災害と同列に扱い始めたことに怒っているという。しかし、人が神への祈りを忘れたかと言うとそうではない。
むしろ特定の大きな神社で祀られる神様へは、現代においてより信仰を得て力を増している。そんな神様に喧嘩を売るのではなく、勝てると思える人間に喧嘩を売るあたり、霊障神霊というのは悪質なのだ。
しかし、あいつらのやっていることが、ハナビたち普通の神霊にとって、手の出しにくい方法であったせいで、善良な神霊たちが、彼らに手を出せなかったというのは皮肉な話。
人は高い霊質を持って生まれると、成長するに連れて神に近づく。人の世界では7つに成るまで子供は神の子、7つになるまでに亡くなってしまえば、それは神のもとへ帰ったのだという。
正確には、その逆なのだ。人は七つを過ぎて神となる。神となった子は人の世界から切り離され、認識されなくなる。この現象は、霊質という力が存在する限り、どうしても起こってしまうことなのだ。
そして、二十歳をすぎると人は完全に神となり、人の世にいられなくなる。この時重要なのは、神になるのに必要なのは霊質だけでなく、信仰も同じように必要だ。二十歳を過ぎて神になるほどの霊質が高い人間は、歴史の中で優秀な霊能者として、信仰を集めたのである。
厄介なのはここに霊障神霊の付け入る隙が生じてしまったこと。
そもそも、神になった人間は別にこの世から消えてしまうわけではない。文字通り神となり、神の世界で生きるようになるのだ。しかしそれが人にとって区別が付くかと言えばそうではない。
加えて、木っ端の神というのは別の神に“喰われて”しまう。神が生きていくためには信仰も霊質も必要ないが、強くなるためにはこの二つは絶対に必要なのだ。
かつて神は互いに互いを喰らいあい、その力を強めてきた。蠱毒という言葉があるが、神の世界の実態はそれに近い。人がその高すぎる霊質故に神と成るたび、それらは自身を強くしようという乱暴な神によって食い物とされてきた。
とはいえそれも、人の世が神を必要としなくなるにつれて、そもそも人が霊能者を信仰しなくなり、神になる霊能者が減ったことでなくなっていったのだけど。
であれば逆に言うと、今でも人々がその霊能者を信仰してしまえば、人は神になってしまうのである。そしてそこに霊障神霊が襲いかかれば、彼らはその神になった人の霊質を食らうことができる、というわけだ。
神は人の世に積極的に関わるべきではない、というのが力のある神霊達の考え、なぜそうしたのかと言えば、人と神が関わることの不幸を、彼らが身を以って体験してきたから。
しかしそれ故に、神は霊障神霊達の暴挙を気付けなかった。
ハナビが笠沙技に見つけられていなかったら。ハナビと笠沙技が神霊たちにかけあって、人が神に成るという現象をどうにかしなかったら。
今も霊障神霊たちは神に成った人間を捕まえ食らって、力をつけていたかもしれない。
結果救われた人たちはいた。しるべのような、善良な人々が救われて、ハナビも嬉しい。しかし、だからといって霊障神霊たちがいなく成ったかと言えば、そうではない。
むしろ力を得る方法を喪って、霊障神霊たちは怒り狂った。そもそも弱い者いじめをして力を蓄えている卑怯者が怒っても、それは逆恨み以外のなにものでもないのだが、それでも厄介には変わりない。
結果なにが起こったか、霊障神霊たちは悪い人間と手を組んだのだ。
苑恚、というらしい。
聞けばそもそも、霊障神霊たちに人を喰う手口を教えたのは彼らだという。それから数十年の時を経て、霊障神霊たちが追い詰められ、手を組むに至った。
プライドの高い彼らに、そのような行動が取れたのは意外の極みだが、そうすると危険にさらされる存在が二つある。
一つがハナビ。霊障神霊の暴挙を解決するきっかけになったのだから、彼らが恨むのは当然だ。同時に、同じ理由で笠沙技も彼らからは親の仇のごとく恨まれている。
ただ、笠沙技は絶対に手が出せない。いくら人に手を貸さない神霊たちと言えど、彼が祟り殺されたらそれはもうひどいことに成る。っていうか私がひどいことをし始める。神の中では割と古参なので、もう随分昔に忘れ去られた私でも、実は信仰に関してはそこそこ自信がある。
古い神霊は別の神霊の信仰に結びつけられることがある。ハナビの場合は、いろんな神話のいわゆる元ネタになっている存在の一人だ。基本的にそう言う神様は大きな神社に祀られて大神になっていることがほとんどなのだが、ハナビのような例外もいる。ハナビはそこまで信仰に興味がなかったからな。
つまり危険にさらされているハナビも笠沙技も、実際にはそこまで危険はなく、特に笠沙技はなんか自分が三流だとのたまうくらいのほほんとしている。できることが三流でも実績は一流って話じゃ済まないのだ。あいつはバカだからしょうがないのだ。
それに、ハナビは最近力を取り戻す原因があるのだ。
というのも。
「姿を見せるがいい!」
ほら、また来た。
最近ハナビはこうして襲撃を受けている。相手は当然霊障神霊、神霊モドキとでも言うべき連中だ。自分を信仰される土台すら喪い、ただ生きているだけの神モドキ。
ハナビにだって、みすぼらしくとも社はあるのに、それすらないなんて、こいつらは一体どれほどの横暴を信者にしてきたのだ?
「お前の存在が、世の理を乱しているのだ。神が神を取り込み、その神が持つ信仰を束ねることで、この世界は発展してきた。しかしそれを、お前が捻じ曲げたのだ! この蛮行、許すまじ!」
こいつらの主張はいつだって同じだ。自分たちが神になったばかりの人を食い物にしていることを正しい摂理だと語り、それを阻んだハナビを逆恨みしている。
蛮行などと口にしてはいるが、多くの人々を傷つけたのは果たしてどちらだ?
いやそもそも、
こいつらは人を傷つけるということ、そしてそれによって信仰を得ることの意味がわかっているのか?
「我が名は進次郎神、江戸の時代より続く呪法を修め神と成ったもの! お前を食らうことで、この名を大神へと引き上げてくれる!」
おいこいつ生前の名前に神とつけているだけの最下級神霊じゃないか。なんでこんなやつがここに来たんだ。というか江戸の時代から生きていて何を学習してきたんだこいつは。
まずこいつは、ハナビが何の神であるかも理解していないんじゃないのか?
「さぁさ――」
――なぁ
びくり、と三下神の肩が震えた。
ハナビが少し声をかけただけなのに。
「どこだ!? どこにいる! 姿を現せ!」
どこ、とは。
おかしな話。ここはハナビの社で、ハナビは今ここにいる。ならば当然、ハナビは社にいるはずじゃないのか。そんなこともわからないのか、頭を使っていないのか。
お前は何を言っている?
シンプルな質問。
もはやこいつがバカなのか、脳が死んでいるのかすらわからなくなってきた。ハナビに勝てると思い上がっているのはまぁいい。ハナビも今は木っ端神霊。多少力を取り戻したとは言え、三下同士はお互い様だ。
しかし、
「何を……だと? ふざけたことを抜かすな! お前のしてきた蛮行、たとえかの大神がゆるしても、この進次郎神が――」
……ため息。
そこではない。そんなことはどうでもいい。こいつは自分のしていることの意味を解っていない。きっと、社を持たない神しか喰ってきたことがないのだろう。
そりゃそうだ、弱い者いじめをしないとこいつがここまで増長できる理由がない。
ここを誰の社だと心得る。
「そんなもの、決まっている、貴様の――」
そう、ハナビの――
そうだ。
ハナビは信仰など必要ない、あるべきではないと思っている。
タタリ神の社だ。
祟りしか起こせない無能な神など、どれだけ信仰されようと、そんな信仰受け取るべきではないのだ。誰の役にもたてないのだから。この世界で唯一人、ハナビが役に立てるのは――笠沙技を措いてほかにいないのだから。
――信仰は別の神と結びつく。
しかし、ハナビに向けられた信仰は、畏れだった。畏怖。強大すぎる神に対する恐怖。それがハナビの根幹だ。祟り神の信仰ほど、悲しいものはない。天神は勉学の神となり、将軍は後の世において畏れで鬼門を守る守護神と成った。
しかし、ハナビは違う。ハナビにはそんな信仰はなかった。ただ祟られるだけの神。祟りしか起こせぬ神。どれだけ古く、どれだけ歴史があろうとも、祟ることしかできない神に、存在価値などありはしない。そんな神に向ける信仰は正しくない。
だからハナビはここに引きこもっていた。
ある時、それを見つけるバカが現れるまでは。
――それを。
それをこいつは何も解っていない。
社の内に入るということは、神の口に入ると同じ。
こいつは何も解っていない。
「な――!!」
お前は既に喰われているのだ。どうしてそれがわからない?
こいつは、何も。
ハナビがどうしてここにいるのかも、どうしてここから“出ない”のかも解っていない。
「あ、ああ――」
ここは我が社にして封印。
“出たくない”からだ。出てしまえば、ハナビは誰かをたたってしまうから。
出なかったとしても、ここに誰かが来てしまえば、ハナビはそいつを祟ってしまうから。
ただ一人、この世界で唯一の例外。
入ればすなわち祟られる。それが――人であろうと、神であろうと。
ハナビをハナビとしてみてくれる、あいつを除いては。
「ああああああ――――――!!!!」
愚かな神モドキ、神にすら成れなかった不心得者の断末魔は、どこにも響くことはない。
ここはハナビの社にして流刑地。
ハナビを外に出さないための、ハナビ自身が作り上げた最上の監獄なのだから――
===
――ところで、笠沙技は早く子供の顔をハナビに見せてはくれないものだろうか。
ハナビ、笠沙技の死後については干渉するが、生きている間のことは放任するくらいの度量はある。というか一夫多妻が普通だった時代から生きているハナビは、そこまでハーレムというやつに抵抗はない。
抵抗はないのだが、この世界の今の常識はそうではない。
だから、そろそろ現世では身を固めて、子供を作ってハナビを安心させてほしいのだが。
あいつ、周りに粉かけすぎじゃないか? さすがのハナビもどうかとおもう。自覚がないのが更に悪い。むぅ、そう考えるとハナビも少しイラっとしてきたぞ。
あやつ一度くらいは祟るべきじゃなかろうか。