霊能探偵笠沙技、同業付き合いをする。
どうも、霊能探偵笠沙技だ。
この前は俺がどうして霊能探偵になったか、霊能探偵として普段何をしているか、という話をした。で、その中で気になった人もいるかもしれないが、俺には同業者がいる。
「霊安本部」、この国が作った霊能者集団、霊障の除霊を目的としていて、俺とは基本的に協力関係にある。若い子が多い組織なので、二十代の俺はおっさん扱いされているが、君たちの監督者はだいたい三十代でよりおっさんじゃないかと思わなくはない。
若い子とその監督をする大人たちの組織、霊能者の子たちは幼い頃から修羅場をくぐっているのでかなりしっかりしているが、それでも大人がいてくれると安心感があるのは、自分が大人側の目線で彼らを見ているからかな?
まぁ、何にしたって協力関係にあるのだけど、基本的に彼らからの俺の扱いはすこぶる悪い。なにせこっちはインチキ臭い霊能探偵。人のことを名前でも霊能探偵でもなくインチキって呼んでくる巫女姉妹の姉の方は失礼だと思うけど、否定できないのでそのままにしている。
妹ちゃんは霊能探偵様って呼んで慕ってくれるのになぁ? でもなんかたまに妹ちゃんの目が怖い時があるのはなんでだろう。
とはいえ、基本的に俺の関わる事件と日夜裏でバトルしまくってる彼らとは基本的に関わることはない。もっというと向こうは昼間は学校に通っているので出会うことはそんなにない。霊障が夜に起きる、というのもあるのだが。
ちなみに霊安本部に所属している霊能者は全員同じ学校に通っているらしい、一般に霊障の存在は隠蔽されているから当然といえば当然だよな。これもマンガっぽいといえばマンガっぽいが。
何故か参観日に参観しなくてはいけない立場なので、学校へはたまに足を運ぶのだが、顔を合わせる霊能者少年少女にインチキとかおっさんとか言われてからかわれるのであまり行きたくない。
加齢臭はまだしないっての!
で、夜の霊障はそれはそれは危険なものらしく、昔はよく死者も出ていたらしい。最近は科学の発展か死者はでなくなったそうだが、それでも怪我や祟られて病に伏せることはよくあるのだそうだ。
大人としてはそういうのは歯がゆくて仕方がないんだろうな、監督者のおっちゃんたちはいつもそのことで暗い顔をしていた。普段は俺のことをクソガキだなんだとからかってくる気のいいおっちゃんたちなのだが。
あ、きれいなお姉さんもいるぞ、俺と同年代の、もと霊能者のお姉さんだ。二十になって霊質がなくなった関係で裏方に回ってるんだよな。
すっごい優しくてきれいなお姉さんだ。俺なんかが話をしてると周囲からやっかまれるような。特に本部で彼女と話をしていると彼女の保護者面をするおっさんどもに睨まれる。
睨まなくたってそんな気はないっての!
本人はとても優しいんだけどなぁ、どうもいいところのお嬢様らしくて、本部でも過保護にされてるせいで、周りがおっかないという印象が強い。この間なんか彼女のお父さんがたまたま本部に来ていてそこに鉢合わせた。あの人は顔を合わせる度に俺を殺そうとしてくるので怖い。
やっぱりどこの馬の骨ともしれないインチキ霊能探偵が大事な娘さんと会話してるのが気に入らないんだろうなぁ、まぁその娘さんに怒られて隅で泣くことになるんだけど。
纏めると、俺は基本的に彼らとは協力しつつもお互い仕事の時間が違うのであまり顔を合わせることはないというわけだ。これは俺にとっても幸いで、バリバリの霊能バトルを見せられるとどうして俺はああじゃないんだろうと悲しくなるので、この方がいい。
もし夜の霊能バトルに出くわして、目の前で誰かが死にかけてるときにうっかり飛び出して邪魔になったとかあったら、死んでも死にきれないしな。
さて、今日の依頼は昨日から娘が帰ってきていないという依頼だ。
こういうのはたいてい自宅に生霊がいついているのでその子を見つけてその子がいる場所まで連れて行って貰えばいいので簡単だ。逆に簡単じゃないと大変なことになるので、できれば俺の手でなんとかなるうちに解決したいので急ぐとしよう。
ところでこないだの猫娘(語弊のある言い方)ちゃんはそろそろ成仏しないのかな……あんまりこっちの世界で居残ってると地獄の裁判でマイナスになっちゃうぞ。
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霊安本部は主に霊障事件を現場で対処する若い霊能者と、それをサポートする監督者の大人たちで成り立つ。後者の大人たちは、その多くが昔からこの霊安本部に務めるベテランだ。
そんなベテランのおじさんおばさん達が可愛がる霊安本部のアイドルが嵯城院しるべだ。もとは高い霊質を有する霊能者であり、当時は最強の霊能者と言われる立場であった。とはいえそれも今は昔、現在は二十歳を過ぎて霊質を失い、一般女性として霊安本部にサポート役として勤めている。
もちろん、霊能者時代も所属は霊安本部であり、霊安本部のベテラン組にとっては、彼女が子供のころから面倒を見てきたという保護者の自覚があった。
ウェーブのかかったゆったりとした長髪と、TPOを踏まえた最低限の化粧であるにも関わらず絶世と言えるほどの美貌。霊安本部に所属する若者たちの間でも憧れと呼ばれるお姉さんだ。
そんな嵯城院しるべが――
「――もう一度報告してもらえる?」
すごい笑顔で、霊能者の少女の報告を聞いていた。
ちなみにこの霊能者は、先日某インチキ霊能探偵とニアミスした巫女服の双子姉妹である。
「いやだから、甲級霊質を追っかけてたら、突然霊質が消失して、現場に駆けつけたらあのインチキが霊障を成仏させてて……」
「……」
凄まじい圧を放つしるべに、自分は関係ないからと気にせず話をすすめる姉と、ニコニコ笑みを浮かべている妹。
しるべはそのまま、
「……またかあ」
机に突っ伏した。
先日の事件と合わせて、これで二つ目なのだから仕方がない。何が二つ目かといえば、“甲級霊質”の霊障を霊障になる前に霊能探偵が成仏させた案件である。
甲級霊質。
霊質にはいくつかの段階がある。その段階を霊安本部では甲乙丙の十干で分類している。甲級というのはその中でも最上位に高いという意味。万が一これが霊障になれば、最悪国一つが滅びかねないとんでもない霊質なのである。
なお、霊能者の霊質も十干で分類され、神に成ってしまう霊質の持ち主は甲級に分類される。しるべがかつては甲級の霊質を有しており、目の前の姉妹は丙級の霊質を有している。
どちらも人類に措いては一握りしかいない優秀な霊質の持ち主だ。
ちなみに件の霊能探偵は癸級に分類される。一応――という枕詞はつくが。なにせ癸級以下の霊質を分類する表現がないので、霊能探偵は癸級に分類するしかないという事情があるのだ。
「今回は、前回と違ってより直接的だったわ。なにせ苑恚の工作員が出張ってきてたのよ」
「……それは聞いてるけど、よく無事だったわね、あかりちゃん」
「目の前で霊障にするはずだった霊質が成仏でゴミにされて放心してるところを突入して確保したわ」
「でしょうね」
しるべは頭を抱えながら、霊能者姉妹の無事に安堵する。
とはいえ、今月に入って苑恚の事件はこれで三回目だ。どれも霊能探偵が未然に防いでいるが、決して無視できる事態ではない。
「……あの、しるべちゃん様」
「なぁに? くらいちゃん」
――くらい。そう呼ばれた巫女姉妹の妹はおっとりした顔で問いかける。
あかりとくらい。割とろくでもない名前だが、彼女たちは色々と訳ありなので、これで通している。ちなみにしるべちゃんは基本的に多くのものに「気軽にしるべちゃんって呼んでね」と言っているのでくらいは親しみを込めてしるべちゃん様と呼んでいるのだ。結構くらいはこの呼び方を気に入っていたりする。
「苑恚の目的は何なのでしょう」
苑恚。
霊安本部と敵対する、いわゆる悪の秘密結社。霊障を自分の思い通りに操ることを目的とした悪い奴らだ。その始まりは古く、平安時代にまで遡ると言われるが、詳しくは割愛。端的に纏めると、霊質というのは二十歳を過ぎると衰えるのだが、この霊質をなんとか維持して他人より優位に立ちたい者たちの集まりである。最終的には霊質を維持して永遠の命を手に入れたいとか考えているのだ。
そんな苑恚が、最近は活発に活動している。
霊安本部としては由々しき事態、と言わざるを得ない。まぁ全て霊能探偵様がなんとかしてくれているわけだが。それはそれでまた霊安本部としては頭が痛い話である。
「ココ最近の動きから、苑恚は霊能探偵……笠沙技くんを出し抜きたいんじゃないかって、本部では推測してるわ」
「インチキをぉ? アイツを出し抜くって、なんか本末転倒過ぎない?」
「私達もそう思うんだけど、他に考えられる理由がなくって……」
霊能探偵は言うまでもなくイレギュラーな存在である。そのイレギュラーっぷりは苑恚の繰り出した日本をひっくり返し兼ねない霊障事件を、幽霊少女の笑いあり涙あり現世満喫ツアーに変えてしまったり、神霊アイドル化計画に変えてしまったりと枚挙にいとまがない。
が、それは霊能探偵があまりにもインチキ臭いからそうなっているのであって、そもそも霊能探偵を本気で出し抜こうと思ったら、もっと簡単な方法があるのだ。
「こう、直接物理でサクってやれば……」
「それ、やろうとした人たちが祟られて今も病院から出られないって話したっけ?」
「えっ」
――が、その方法は即座にしるべによって否定された。
言われてみれば、と納得した様子でくらいがうなずく。霊能探偵はこれまで数多くの霊障事件を解決してきて、中には神霊ともつながりがあるという――霊安本部にとってはあくまで噂に過ぎず、未確認の情報なのだが――つまり実力行使は無意味、というのが霊安本部の結論である。
「逆に呪殺はできないのですか? 最悪霊能探偵様と繋がりのある神霊様に悪影響を及ぼせれば彼らとしてはしてやったりだと思うのですが」
「いやあんた、そんな物騒なことしれっと口に出すんじゃないわよ」
「ああ、それ無理。二人は霊障が、霊質のある人間にしか基本影響をもたらせないってのは知ってるわよね」
物騒なことを言い出すくらいに突っ込むあかり。それはそれとして、不可能なものは不可能だ。これには理由があって、それをしるべが解説してくれる。
「霊質を持たない人間に影響を与えられるのは甲級の霊障だけ。で、笠沙技くんって霊障にとっては、霊質を持たない人間と同じ扱いらしいのよ。霊質が低すぎて」
「ええ……」
あまりにも霊質がなさすぎて、霊質を持ちながら持っていない人間として霊障に扱われる。結果彼は甲級の霊障以外には実質無敵の人と化しているのだ。
とはいえ、彼はそのことを知ってか知らずか、よほどのことがない限り霊障事件には首をつっこまないのだが。
「で、霊障ってのは基本的に霊質を育てることでその被害規模が増していく。今回の事件にしたって、前回の猫誘拐事件にしたって、最初の霊障はせいぜいが己、つまり平均的な霊障にしかならない。いずれ甲に成長するというだけで」
「最初に霊障になった段階じゃインチキには影響を与えられず、甲級になったら――」
「……そもそも霊能探偵様はそこに関わらないですわねぇ、関わろうとしたら本部が総出で止めるでしょうし」
「そういうこと」
と、ここまで話をすると、実は先程の話に繋がってくるのだ。
というのも霊能探偵が甲級以外の霊障に影響を受けないということは、甲級の霊障を作ってしまえばいい。つまり、
「だからまぁ、苑恚の目的も、甲級の霊障を作ることで、笠沙技くんを攻撃するのが目的なんじゃないかって」
「手段と目的が入れ替わってるじゃない! あいつらは目的のために甲級霊障を作ってるのであって、甲級霊障を作ることを目的としてるわけじゃないでしょ!?」
「なのよねぇ……いよいよおかしくなっちゃったのかしら、あの人達おじいちゃんおばあちゃんしかいないし」
「諸行無常ですねぇ」
ついにボケてしまったかと、しるべと巫女姉妹は感慨にふける。まぁ、これまでの所業から日和ることはありえないのだが。
「だからといって、あいつらを許せるわけはないけどね。今度あったら顔面かち割ってやる」
「あかりちゃん、言葉遣い」
特にあかりとくらいは、苑恚の被害者だ。あかりが殺意満面に拳を握り、くらいがニコニコしているのもそれが原因。しるべだってあかりの言葉遣いは嗜めるが、それ以外を止めようとは思わない。
それくらい、苑恚とはたちの悪い存在なのであった。
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苑恚。
古くは平安時代の霊能者を母体とする集団だ。かつて、人々の生活と霊障は切っても切れない関係にあった。長寿と安寧を神に祈ることが普遍だった時代、霊能者はその霊能を利用することは正義だった。
しかし、霊障の力は人を傷つけ祟る。文明の発達に伴って、霊障を医療等に持ち込むことは少なくなっていった。結果、人から頼られる存在だった霊能者は、日陰者として蔑まれるように成ったのだ。
それを認められないものがいた。霊能に永劫の若さを求め、霊障に絶対の権能を求めた者たちがいた。結果、古くから続く霊能者は二つに別れた。一つは霊安本部として政府に吸収され、一つは野に下り闇に潜った。
結果、それらは苑恚として暗躍を始めたのである。
苑は怨、もしくは恩、恚には怒りや憎悪などの意味がある。怨み怒る者たちの苑それが苑恚の由来だ。現世の命にしがみつき、自身の栄華以外の全てを、他者の命すら犠牲にする彼らは、当然ながら霊安本部とは不倶戴天の敵である。
苑恚の目的は不老不死、百年前、霊安本部と袂を分かったその時より顔ぶれに変化はない。霊安本部に討たれたモノはいるものの、全ての構成員が当時のままなのだ。
故に、霊安本部の面々が「ボケた」というのはあながち間違いではない。霊障によって寿命を伸ばす彼らがボケることは、まぁありえないことではないのだ。
実際、
ボケた。霊能探偵のあれやこれやに発狂した一人の構成員がボケて、介護施設にぶちこまれた。
しかし侮ることなかれ、未だ苑恚の魔の手はこの国において絶大。今も不老不死と霊能探偵の排除を目指して、暗闘を続けているのだ――