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霊能探偵と鼓子実ねね、最後の挨拶。(三)

 ――結局ねねが落ち着くまで待って、その後なんだかんだつむぎ氏ともう少しだけ話し込んでから別れて、俺とねねは旧トンネル――黄泉への入り口へとやってきていた。


 の、だが。


『…………ぷいー』

「いや、あの、ごめんなさい」

『探偵さん、嫌いっ』


 ねねは非常に拗ねていた。

 さもありなんというかなんというか、まぁ色々誤解させてしまったり、そもそもねねに負担をかけてしまったのは大変申し訳無いというほかない。


 他に納得できる答えを出せる手段がなかったにしても、ねねの負担は間違いなく大きかったのだ。俺としては平謝りする他にない。とりあえず、意識を切り替えないと。


「んで、だな。ここから先なんだけど……」

『むぅ……しょうがないなぁ』

「一気に俺を見る目があかりとおなじになってしまった……」


 とても悲しい。

 それはさておき、この旧トンネル、黄泉への一方通行は非常に危険な場所だ。俺以外がここにたどり着けないから問題ないが、もし他にもたどり着ける存在がいたら、即座にここは封印されている。

 七年経っても無事なので、おそらくそんなことができるやつがいるとしたら、それはそれで特別な存在だろうから最終的には大丈夫だと思うが。


「このトンネル、黄泉へは一方通行なんだが、少しでも道を間違えると永遠に黄泉の国にたどり着けなくなるんだ」

『こわっ』

「普通にまっすぐ進んでいけばいいんだが、下手に振り返ったりすると即方向感覚が無くなるから、絶対に振り返ったり立ち止まったりしちゃダメなんだよ」


 こういう死後の世界への入り口で、振り返ってはいけないなんて伝承はよくあるが、うちもそのタイプだ。入れば分かるが、もし振り返ったりしたら道がわからなくなる。


「まぁ、俺は道が視えてるんだが……」


 俺を除いては。

 俺の場合、普通に道は洞窟の一本道に視える。なので、ここから霊魂を黄泉につれていく仕事をたまにすることもある。今回もそれと同じ例と言えた。


『探偵さんってほんとずるいよね……』

「そんなこと言われてもな」

『べつにぃ、……ん』


 さて、進もうとすると……何故かねねが立ち止まってこっちに手を伸ばしてきた。ぷいっと顔をそらしていて表情が読み取れない。

 なんだろう、急にどうしたんだ?


『…………』

「…………」

『……探偵さんのバカ!!』


 ぐおっ!? 思いっきりスネを蹴られた。

 霊障化が進んでこちらに干渉できるようになったため、ねねは普通に打撃を入れられるわけだけど、急に何なんだ!?


『わかってはいたけど! わかってはいたけど!! どうしてそういうところで鈍いの!?』

「い、いや説明してくれよ……」

『トンネルの中は迷っちゃうから、探偵さんが案内してくれるんでしょ!?』

「あ、ああ……」

『はぐれないように手をつなごうって、普通じゃんそんなの!!』


 ……ああ、言われてみればそうだ。

 そういうことを言い出したのが初めてだからピンとこなかったが、たしかに手をつないでいたほうが効率的だ、迷うこともないし。

 でもなんか、急にねねからそういうことを言われると思わなかったので、察することができなかったというのもなくはない。


『ああもう……ハナビちゃんたちが苦労するはずだよ、こんなの……』

「猛烈にディスられている上に、めちゃくちゃ同意するハナビたちが視える……!」


 なぜだ? なぜこんなにも容易に想像できるのだ!?

 経験則だろう、きっと。俺は気を取り直すと――


「……んじゃ、行くか」

『そだね』


 こんどはちゃんとねねの依頼どおりに手をつないで、俺たちはトンネルを進むのだった。



 ===



 ここに誰かと来るのは、久々のことだ。

 そもそもトンネルを使って成仏しないと行けない霊魂というのは稀だ。今回は同じ事件から2つの霊魂が発生して、それぞれここに連れてくることになったわけだが、猫の方は一匹で行ってしまったからな。


 しばらく、俺とねねは二人でトンネルを進む。

 やがて、洞窟につながる――ここからは人の作った場所ではない。本来の旧トンネルは途中で崩落していて、そこを俺とハナビが黄泉の国へとつないだのだ。

 そこで、


『……わっ!』


 驚いたようにねねが声を上げる。


『何も視えない!』

「俺には普通の洞窟が視えてるけど、本来ならそれが普通らしい。っても、俺がいなくたってまっすぐ進み続ければ、すぐに黄泉の国へたどり着くよ」


 黄泉への道は、なにもない世界に自分だけがぼんやりと浮かぶ。突如として視界を奪われる感覚に驚いてしまうと、即座に道を見失いかねないが、入ってすぐなら一歩後ろが現世であることに違いはないので、引き返すことができる。

 一歩でも進んでしまったら、そこからはあちらの世界だ。


「んで、こっちに戻ると現世に戻れる」

『視界が戻った! 面白い!』

「ちなみに、これを何度もやってるとあっちの世界で怒られる」

『…………』


 ねねから蹴りが飛んできた。これは意図的にからかっているので俺は甘んじて受け……痛ぁ!!

 いい蹴りだな……


『……』

「……」


 それからは、しばらく無言。

 ちらりと、視線は向けられるが俺は気にせず前に進む、ここは見ていて面白い場所でもないからな。下手に長くいると不安になるし、早く抜けたほうがいい。


『……あのさ』

「なんだ?」


 ふと、声をかけられる。


『探偵さんって、ずっとこんなこと続けてるの?』

「こんなこと?」

『今回の事件みたいなことっ。視えている最善を目指す……ってさ、いくら探偵さんでも限界があるよね?』


 視えている最善。

 それは俺の大目標だ。見ている範囲での死、不幸を見つけて防ぐ。たしかにソレは、やろうと思ってもできないことはあるだろう。

 いくら俺が、不思議と事件を解決に導く縁を持っていたとしても、だ。


「だから視えている範囲の最善を目指すんだよ。できることだけをやるには、それが一番いい」

『でも、そんなの――』

「――視なくてもいいんだ」


 え? と首をかしげるねねに、俺は続ける。


「視たくないものは視なくてもいい。だから、視たいものだけを俺は助けるんだ」

『それって……』

「自分勝手だろ? でも、それが一番誰にとってもいいんだよ」


 俺は俺が視えている範囲で救いたい人のために行動している。結果として、苑恚や霊障神霊のような、多くの人に迷惑をかける存在とは言え、自分の勝手でしたいことをしている誰かのしたいことを挫いてきた。


「俺の正しさは、俺だけが選ぶんじゃないんだ」

『探偵さんの行動を正しいって誰かが認めてくれるから、認めてくれるうちは自分勝手でいいってこと?』


 頷く。

 なぜなら――



「だってそれが、縁ってやつだろ?」



 自分勝手と自分勝手が勝手に結びついて、反発して、そうして出来上がるのが縁だ。


『……そっか』

「そうだな」


 そうやって、結論を出して――俺たちは立ち止まる。


「ここが終着だ。――こっから先は、黄泉の国。生者の立ち入りが許されない、死者の国」

『何も視えないけど――』

「少し待ってな」


 “視える”ようになるには少しだけ時間がかかる。

 そうだ、と思い出して話を変えた。


「そういえば、ねねは俺とハナビが人の神化をできないようにしたって、聞いたよな?」

『……? うん』

「――どうやってできないようにしたと思う?」


 帰ってきた視線はハテナマークだった。首を傾げて、全くわからないといった様子。


『理を変えたんだよね? なにか方法でもあったの?』

「理を変えるって言っても、結局は物理的に何かしらの干渉、呪法が必要になるんだよ」


 世界の理という言葉は如何にも概念的だが、結局の所この世界に存在しているプログラムに過ぎない。そこに干渉するのが霊能であり、霊障なのだから、究極的には霊能は世界を自由に書き換えることができるわけだ。

 京一郎氏がつむぎさんに視えたのも、これと同じこと。


「だから俺とハナビは――木を植えたんだ」


 ――木。


『木……?』

「そう、霊質によって成長し、信仰によって花を開く。神霊になった瞬間、そいつの霊質だけを吸い上げて成長する木だ」

『……思ったより物理的に世界の理ってかえられてたんだね』

「そう言ってるだろ」


 この木は、俺とハナビの言ってしまえば証だ。

 その証は今――


『わ――』


 ――ねねの視界がひらける。

 俺が視えていたものが、ねねにも視えるようになる。


 この洞窟で、ここだけは日差しが差している。天井が吹き抜けになっていて、外から太陽が差しているのだ。この太陽は沈むことはなく、永遠にあの吹き抜けから照りつけている。


 そして、その下に――



 ――――大きな大きな、桜の木があった。



『きれい――』

「……だろ?」

『うれしそうだね』

「そりゃ、俺たちの生きた証みたいなものだ。褒められると嬉しい」


 俺とハナビの証。

 それは、今も満開の花を咲かせて、死者を待ち受けている。


『こんなきれいな桜なら、咲かせたかいがあったってもんだよね』

「まぁな」

『すごいなぁ、……羨ましいや』

「え?」

『んーん!』


 言って、ねねは桜の木へ向けて飛び出す。


「その桜の木が、あっちの世界への入り口にもなってるんだ。木に触れれば、すぐにでも向こうへ行けるぞ」

『解った。もう少しお花見してからね』


 そう言って、ねねはしばらく桜を見上げていた。

 ――何を考えていたのかは、残念ながら後ろ姿からは読み取れない。


 そうして、少しの時間が立って、ねねはこっちに振り返る。


『――向こうに行っても、探偵さんたちのことは絶対にわすれないよ』

「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」

『忘れられるはずもないけどね』


 どこかいたずらっぽくねねは笑う。

 自然な笑顔だ。

 今まで見た中で、一番無邪気で子供っぽい笑顔だったとも思う。


「達者でな」

『そっちこそ、無茶だけはしないでよね!』

「無茶ならもういくらでもやってきたけどな。幸い、俺には周りに色々と人がいるから、そいつらに助けてもらいながらなんとかするよ」

『むぅ……ずるい!』

「急にどうしたんだよ」

『なんでもないってー!』


 ねねはそう言って両手を振り上げた。

 視ていて思う、なんというか今のねねは、肩の荷が降りたようだ。


「京一郎さんにもよろしく頼むよ」

『うん。っていうか、お父さんって悪いことをしたって名目であっちに行ったんだよね、大丈夫? 地獄行きとかにならない?』

「あれは全部建前だから、悪いようにはされないよ。まぁ、多少は言われると思うけどな」

『お父さんのこと、慰めてあげなきゃなー』


 いいながら、なんだかねねは楽しそうだ。

 父とは、先程の短い時間でしか交流がなかった。話したいことは山程あるのだろう、それを楽しみにしているというわけだ。

 そうして話をしていると、話題が途切れる。


 二人で少しだけ沈黙した後、ねねが口を開いた。


『……それじゃあ、行くね?』

「ああ」


 寂しさはない。

 お別れはもう、十分すぎるくらいしてきたからだろう。

 そうでなくとも――


『探偵さん!』

「ん? どうした?」


 ねねが何やら、俺にしゃがむようにジェスチャーをしている。不思議に思いながらもしゃがみこむと、ねねがこちらにもう一度駆け寄ってきた。

 なんだろう、と思っていると――



『ありがとね! 探偵さんに会えて、ほんとによかった!』



 ――そう言って、ねねは俺の頬に口づけをした。



 ――――。


 ねねが桜の木の方へ向かっていって、木に手を添える。


 ゆっくりと消えていく彼女に、俺は目を丸くしながらそれを見ていた。



『――またね』



 そうして、



 鼓子実ねねは、最後の挨拶を終えると、旅立っていった。



 ===



 ――しばらく、その場に立ち尽くしていた。

 驚いたというか、完全に不意をつかれたというか。

 想定外の行動だった。


 しかし、本当にあっという間に去っていってしまった。

 一ヶ月、俺が預かった霊魂の中でも特に長く付き合ってきたにもかかわらず、あまりにもあっさりと。その方がらしいと言えばらしいのだけど、それでも少しだけ寂しさはある。


 ゆっくりと立ち上がって、桜の木に背を向ける。

 帰ろう、そう思ったその瞬間だった。



  《font:257》――こんにちは、霊能探偵さん《/font》



 声が、した。


 聞き覚えのある声だ。

 そして、そもそもこの場所で俺に声をかけてくる存在は一柱しかいない。


 振り返り、俺は彼女を見た。



「直接会うのは久しぶりですね、神様」



 俺は彼女のことを、神様と言っている。

 彼女が神として特別な存在であるからだ。


 彼女は少しずつ実体を得ていた。

 巫女服ともまた違う、赤の刺繍を入れ込んだ白一色。流れるような黒髪と、女性らしい体つき。人の姿を取ったのだ、自然と彼女は、多くの人がイメージする彼女の姿になる。


 それは――



「――もう、いつもみたいにママって呼んでくれてもいいのに」



 ――彼女が、俺のよく知る神威神霊であることを表していた。

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