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霊能探偵と鼓子実ねね、最後の挨拶。(二)

 ――俺がねねとした約束は唯一つ。

 ねねの大好きな人を助けてほしい。それはだれか? 言うまでもない、つむぎ氏と――京一郎氏だ。この約束がある限り、俺は京一郎氏がただ消え去ることを黙認することはできない。

 しかし、そのままにしたのでは京一郎氏は怨霊になってしまう。

 とすれば方法は唯一つ、黄泉の国へ送ること。あそこでは怨霊も悪霊も関係ない、霊は霊、神霊だってあそこでは当たり前に存在できるのだ。


 とはいえ、それを本人が望むかと言えばまた、別の話。


『な、何を言っているんですか、探偵さん――!?』


 困惑する猫頭の京一郎氏。

 すごい絵面だが、これは俺達の意図したところではない。黄泉の国へと送る呪具を作ったら、何故かこの形になってしまったのだ。

 あの猫術士も、猫神霊も、なぜああなったのか最後まで疑問だったが、これではっきりした。わからないことが正しかった、ということだろう。


「……人は霊魂をこの目で見ることはできません。ソレがこの世界の理なんですよ京一郎さん」


 俺という例外と、今京一郎氏がやっているような霊障と縁で姿を見せるという方法を除けば。このうち、俺は前例がないため理が存在しないが、後者はハッキリと、この世界の理に反している。

 本来視えないものを、無理やりみてしまっているのだから。


 ――ただ、どうしたって偶発的にそうなることはありうる。なので、あくまで意図的にそういうことをした場合に限るが――それでも、禁忌は禁忌だ。

 この場合、俺はそれを主導した京一郎氏を、黄泉の国へ送らないといけない。


『そんなの……貴方も共犯じゃないですか!』

「そりゃあそうですけど、そもそもこれがただの建前だってことは京一郎さんだって解ってるはずだ」

『……っ!』


 俺はあくまで、京一郎氏を怨霊としてこの世界から消滅させるのではなく、消えないように黄泉の国に送りたいだけだ。

 つまるところ――


『ど、どういうこと……探偵さん?』

「お父さんは、君にとって立派な父親であり続けるために、自分のしたことの責任を取ろうとしてるんだ」


 その責任のとり方は二つに一つ。

 この場で怨霊として消滅するか、黄泉の国へ送られて沙汰を受けるか、だ。


 そこに、どちらが正しいということはない。

 どちらも正しくて、だからこの場合その二つを決めるのは――


『……私が、そうしたいと決めたんだ』


 ――京一郎氏の意志だ。


「京一郎……さん?」


 長年の付き合いがあるつむぎ氏が、彼の様子に気がついたのだろう、心配そうに声をかける。

 京一郎氏は、苦しそうにうめいていた。


『ごめんね、つむぎさん。私は今、自分の未練でこの世界にいるだけの存在なんだ。君のため、ねねのためと言って取り繕って入るけど、本当は私がそうしたいだけなんだよ』

『……お父さん、それって、悪いことなの?』

『どうだろう。きっと時と場合によるだろうね。少なくともさっきまで、私は探偵さんに協力してもらっていたわけだから、探偵さんにとってもそれは正しいことだったはずなんだ』


 ――頷く。


「俺は京一郎さんの姿勢は立派だと思います。ねねちゃんとの約束もありますし、貴方の助けになりたいというのは本当だ。でも、ねねちゃんが大切な人を助けてほしいと言った以上……貴方の消滅を受け入れるわけにはいかない」

『……私が、ただの怨霊になってしまったとしても?』

「どういうこと……ですか?」


 ――今の京一郎氏は怨霊だ。未練でこの世界にいるだけ、と彼は言っていたが実際そのとおり。今の彼を構成しているのは生前の未練。

 妻と子に、もう一度会いたい。ふさぎ込んでしまった妻に、もう一度前を向いてもらいたい。


 その気持は絶対に間違いじゃない。でも、それが晴れてしまったら――京一郎氏には、未練という感情だけが残る。


『君たちとこうして話ができて、私は満足した。――でもね、そうすると不思議なことに、私の中では次の未練が湧き上がるんだ。――死にたくない、消えたくない』

『それって……』

『ダメなんだ、自分が制御できそうにない。自分が自分じゃ無くなってしまう感覚が内側から湧き上がってくる! こんな思い、そう長く耐えられるものじゃない!』


 ――怨霊は、怨んでしまうから、呪ってしまうから怨霊なのだ。

 本人が望んでも、望まなくても。だから京一郎氏は現世にいる限り、何れはただ周囲を怨むだけの霊障に成り果ててしまう。


 それを、本人は許容できなかった。


「――黄泉の国へ行けば、その心配はなくなります。黄泉とは、全てを終わらせるための場所。その怨みも、執着も、黄泉の国であれば祓われる」

『……お父さんはお父さんのままでいられるってこと!?』

「そうだな。黄泉の国ではあらゆる霊魂も、霊障も、神霊も、全てが等価なんだ」


 故に、神威神霊と呼ばれる神霊も、そこでだけなら存在できる。世界を変えてしまう存在だって、黄泉の国ではただの霊。

 そこへ送られれば、怨霊だって悪霊だって、霊障だった時の怨みや悪意をそのままにしなくて済む。


 だから――


『――その上で、私は消えることを選びたかった』


 ――それを止めるのは、京一郎氏の意志だけだ。

 ふと、猫の被り物がその姿を薄れさせていく。再び、京一郎氏の顔が姿を現し、やがてぽとり、と猫の被り物は地面に落ちた。

 彼の意志が、黄泉送りを弾いた。

 あまりにも、あまりにも強靭な意志力だ。今も、未練や執着をはねのけて、正気を保っているだろうに。


『ねねの夢を壊したくなかった。私が立派な父であるという……そんなありえない話を、信じてほしかった!』

『ありえないって、なんで!』

『――娘のことを守れもしない父親が、立派なはずがないだろう』


 京一郎氏が、ねねの想いを守るためには、これしか方法がなかったんだ。

 憧れは憧れのままに、思い出は目をさますべきではなかった。そう、京一郎氏は考えていた。――でもそれは、俺が否定した。

 台無しにした。


 でもそれは、ねねが迷ったからだ。


「――ねねちゃん」


 俺は呼びかける。

 まっすぐ、ねねを見て呼びかける。


『……なに? 探偵さん』


 ねねは、迷っていた。

 悩んでいた、困っていた。

 突然こんな話を聞かされて、どうすればいいのか、答えなんてそう簡単には出ないだろう。当たり前だ、ねねはまだ幼いんだから。

 でも、だからこそ、


 この場で全てを決められるのはねねしかいないんだから。


「君は、どうしたい?」

『……私?』

「そうだ。君は――どうすればいいと思う?」

『探偵さんの意地悪』


 唇を尖らせて、ねねはこっちを見た。

 申し訳ないとは思う。勝手なことだとは思う。でもあの時、たしかにねねは迷っていた。考えていた。そして今も、考えている。


『探偵さん、貴方は――』

「――俺の答えは一つです、京一郎さん。貴方をあのまま見捨てることはできない。なによりそれが、全ての可能性における最善だとは思わない」


 俺は、俺の視える世界を幸せにしたいんだ。


「俺は――いや、俺に限らず、人は自分に視えるものにしか触れることができない。呼びかけることができない。視えない場所で起きた不幸や、知らない場所で終わってしまった悲劇を、後から覆すことは絶対にできない」

『…………』

「だから、俺は俺の視えているものでは、最善を目指したいんです。そして、この事件における最善は――」


 ねねを見た。


「――鼓子実ねねが考えて、そして選んだ結末以外にないと思います」


 それが、俺の答えだった。


 ――そうして誰もが黙り込む、京一郎氏はそれ以上何も語らず、ねねは今も悩んでいる。その沈黙を破ったのは――つむぎ氏だった。


「――ねぇ、京一郎さん?」

『……何かな? つむぎさん』

「私は……どっちも正しいと思うの」


 ぽつり、と。


「京一郎さんがねねの憧れのまま消えたい、っていうのはすっごく京一郎さんらしいと思うわ? だから、京一郎さんがそれを願うなら、私もそれを応援したい。……私はもう、十分勇気づけてもらったから」

『つむぎさん……』

「――でもね?」


 そっと、つむぎ氏はねねの隣に立った。


「私の後悔は、もう一つあるの。それはねねにいい子になってほしいと言ってしまったこと」

『……お母さん?』

「それって、私の願いなのにね? ――押し付けちゃったのよ」


 ねねの“いい子”、その始まりは母の願いだった。その後悔は、今もつむぎ氏の中にある。どれだけ癒やされたとしても、消えることはない。消してはいけない後悔なのだ。

 それがつむぎ氏なりに、娘を愛した思い出なのだから。


 でも、だからもそ。


「――――今度は、貴方の想いを選んでほしい。ねね、私は貴方のことを応援するわ」


 今は、それを胸に秘めて娘の背をつむぎ氏は押した。


 一歩、ねねが前に出る。

 母に押されて、俺に促されて、一歩を踏み出す。


『……ねねは、いい子になりたい』


 一歩、もう一歩、


『お父さんのように、なりたい。お母さんにいい子だねって褒められたい』


 ――少しずつ、京一郎氏へ近づいていく。


『お父さんが消えたいのは、私の憧れに成りたいだけじゃない、と思う。憧れになって、そして迷惑をかけた色んな人に、責任を取りたいんだって思った』


 ここに至るまで、京一郎氏は多くの人の手を借りた。自分の我儘で、少なくとも彼はそう考えているはずだ。――否定はない、無言がねねの言葉を肯定している。


『それが、私の目指したいいい子で、憧れたお父さんの姿だった』


 そして、立ち止まる。


『だからお父さんは――』


 正面から、



『今も私のあこがれで、すごい立派なお父さんだ』



 ――そう、言い切った。


 そして、



 ――――そして、



『――でも!!』



 駆け出す。


『ねね!?』


 驚き、目を見開く京一郎氏に、ねねは構わず叫んだ。


『私はまだ、いい子になんてなれてない!! お父さんみたいにはなれない!』


 そして、掴んだ。



『消えないでよ、お父さん!!』



 ――猫の被り物を、もう一度、京一郎氏の頭へかぶせた。


 被り物に顔が覆われる時――


 ――京一郎氏は、どこか諦めと納得が入り混じったような、そんな笑みを浮かべていた。



 ===



『私は……』


 ――終わった、と理解する。

 京一郎氏の体が消えていく。今度は消滅ではなく、黄泉の国へと送られるために。


『結局、自分の我儘でしか行動できなかった。どれだけ取り繕っても、未練でしかない怨霊なのですね』

「……」

『でも……ありがとうございます、引き止めてくれて』


 猫の被り物から、優しげな声音が聞こえてくる。

 猫の被り物は表情を変えず、こちらを向いた。


『どれだけ取り繕っても、ねねに消えないでと言われた時、私は嬉しかった……』

「…………」

『……探偵さん?』


 猫の被り物から、怪訝な声がとどく。俺はハッとなって、


「いや、終わった今だからこそ言えますけど、やっぱこれシュールだなって……」

『それは言わないでおきましょうよ』


 ――特に深く考えず呪具を作って、気がつけばこれができた時、俺は久しぶりにこの業界に関わって恐ろしいと思うのに出会ったかもしれない。

 結局、何だったんだろうこの被り物。


『でも、なんだか似合ってるよ』

『そうかな……?』


 ねねが言うと、京一郎氏は照れくさそうに笑った。つむぎ氏も楽しそうに笑って、この家族はやはり仲がいい。


『とはいえ……こうなったからには、一つ目標ができました』

「……それは?」

『……ねねと一緒に、つむぎさんが幸せに生きるのを見守りたいと思います』

「京一郎さん……」


 そう言って、ねねと京一郎氏は隣に並び合って、つむぎ氏と向き合う。


『それじゃあ、体には気をつけて、つむぎさん』

『元気でね、お母さん!』

「……ええ」


 そうして、三人は挨拶を終える。

 ねねと京一郎氏はこちらにも体を向けて一礼すると、ゆっくり消えていく。


 …………あ。


「あ、いや、ちょっと」


 ――少し、二人は勘違いをしている。

 俺は二人を呼び止めようかと思ったが、もう遅い。すでに呪具はその効果を完全に発揮していた。そして、



 京一郎氏の体だけが消えていく。



 ――後に、ねねが一人で残された。


『……あれ?』

「いや、……ごめん、ねね。あれ一人用なんだ」


 当然といえば当然だが、あの被り物では京一郎氏一人しか黄泉へ送ることはできない。被り物なんだからそれはそうなんだけど、雰囲気で二人共一緒に送られるだろうことを想定していたねねは、完全に目を丸くしていおる。


「ねねは、後で黄泉の国へ続くトンネルから向かうんだ。京一郎さんはもう怨霊だから、専用の呪具を使わなきゃいけないけど、ねねはまだ普通の霊魂だから……」

『え……』


 ――そして、話をしている間に、猫の被り物をした京一郎氏は消えてしまった。

 最後、その表情は被り物に覆われて視えなかったのだけど、なんというか……何を言いたかったのだろう、とても味わい深い顔をしていた、きがした。


『えええええええええええええええええええええええええええっ!?』


 ――ハナビの社に、ねねの驚愕が、響き渡るのだった。

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