霊能探偵、鼓子実事件に始末をつける。(後)
「――つまり、だよ」
ペンダントを刑事さんに確認してもらって、ようやく俺は全ての合点が行った。
それから一日、ようやく復調したはかりに俺は先日のこと、そしてこれまで起こっていた事件の全貌を話していた。一応、恐怖体験になるのではないかという話をするのだが、作業をしながらでも彼女は大丈夫なのだろうか。まぁ何かあったらその都度中断すればいいだろう。
俺は事務所に常備されている麦茶を片手に語りだす。冷えててうまい。
「今回の事件は、一つの因縁と多くの偶然によって作られた事件だったんだ」
「因縁の方から教えてもらえる?」
「そうだな、因縁っていうのは、今回事件を起こした霊障神霊が、八年前に鼓子実京一郎氏を捕食していたことから始まってる」
そんな霊障神霊が、鼓子実つむぎ氏を実行犯に選んだのは偶然ではない。というのがこの事件の根底にある因縁だ。ちなみにこのことは黄泉の国で絞られた霊障神霊が吐いたので裏が取れたとハナビが教えてくれた。
その後の事は怖くて聞けていないが……死んだほうがマシだろう、というのはこれまでの経験からなんとなく解る。
「普通なら、霊質を持たない人間を捕食したって、霊障に変化が起こることはない。でも、その時京一郎氏は呪具を持ってたんだ。乙級呪具、この業界でもトップクラスにやばい呪具だ」
――まぁ、何故か長い月日が経ってねこじゃらしになっていたが。
結局この謎は、全貌が把握できても解らなかった。きっとホラーものにありがちな、最後まで説明されないホラー要素というやつなのだろう。
霊能業界でも、そういう事はままあるのだ。この呪物は一体どうしてここに紛れ込んでいたんだ? と霊障であるかどうかですら判別のつかない案件が。
「ともかく、そんな呪具を同時に取り込んだことで、霊障神霊はその影響を受けた。きっと知らなかったんだろうな。でなければ自分よりも二つ以上高い階級の霊障は取り込まない」
「飲み込まれるんだっけ? 今回は呪具が乙級で、霊障神霊は丁級だったか」
「そういうこと。――で、無自覚に影響を受けた霊障神霊はそれから八年後、行動を起こす」
「どうして、八年?」
八年の月日がかかったのか、否である。
問題は時間ではなく、起きた事件だ。
「――ねねちゃんが、亡くなったからだよ」
「…………そういうことか」
聞くんじゃなかった、とはかりは頭を抱える。無理もないだろう、はかりは繊細だ。恐怖耐性が低い以外にも、こういう事故や事件には心を痛めるタイプである。
それがはかりの良さだとも思うが。
「……無意識に京一郎氏と彼が所持していた呪具によって行動を開始した霊障神霊は、自分でもわけのわからない内に、鼓子実つむぎ氏を実行犯に仕立て上げ――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、それじゃあ鼓子実京一郎が全ての実行犯で、黒幕だったみたいじゃない! 聞く限りだと彼は善良で、そんなことするとはとても!」
「まぁ落ち着けって、つむぎ氏を実行犯に仕立て上げた時、まだ京一郎氏は意識を持ってなかったんだ」
そもそも、京一郎氏は霊障神霊に取り込まれて死亡している。霊魂の残らない形で死亡した彼は、本来この世界には痕跡が残らない。
呪具というより強力な力によって、それが偶然残り香となっていただけなのだ。
だから、あくまで霊障神霊の無意識に働きかけただけで、京一郎氏がつむぎさんを利用しようとしたわけではない。
単純ではないのだ、この辺り。
――それに、京一郎氏にはアテがあったのだろう。無意識ながら、事件を起こせばきっと、あることが起きる、と。
「それに、京一郎氏の目的は最終的に事件を起こすことじゃない」
「それって……?」
つまり――
「ねねちゃんを通して俺がそれを知るように仕向けたんだ」
京一郎氏の狙いは、“俺”だ。
そもそも、霊障神霊が八年ものあいだ活動をしてこなかったのは何故か、俺とハナビがいたからだろう。俺が霊障神霊の親玉を交通事故でボコした結果、霊障神霊たちは俺とハナビを畏れた。活動をすっぱりやめてしまったものもいる。おそらくは、この霊障神霊もその一柱。
だから京一郎氏も知っていた。事件を起こした時、それを未然に防いで台無しにする霊能探偵の存在を。
「そん……なこと、あり得るの?」
「初めての事例だけど、ありえないわけじゃないだろ。特に京一郎氏は意識がなく、間接的にしか影響を与えられないんだから、藁にもすがる思いってのはこのことだ」
結果、俺は彼の思惑通りにねねちゃんと出会い、つむぎ氏の事件を未然に防いだ。
そしてそこからも、俺は鼓子実事件において多くのことを未然に防いできた。猫術士の儀式も、霊障神霊の捕縛も。
全て京一郎氏が、そうなるように行動したのだろう。
「アンタの“それ”って、ママも認めるくらい、一種の異能扱いされてるのよね。過去に、それを使って敵対する霊障を滅ぼそうとした霊障もいたっけ」
「結果、共倒れになったけどな。何だったんだあれ」
俺を騙そうとした霊障と、俺を騙して滅ぼされるよう仕向けられた神霊が、最終的に呪いのせいで強制的に抱き合って愛を紡ぎながら消えていったあの事件は、今も俺の心に刻まれている。
本当に何だったんだあれ……
つまるところ、俺を利用しようとすると、それが悪意なら結果的に自滅に至るらしい。しかし、それが悪意ではなかったとしたら?
京一郎氏の行動は悪意ではなく、ある願いによるものだ。
「でも、鼓子実京一郎は意識を持ってなかったのよね? 最初の一回は偶然で済むかも知れないけど、それ以降は流石に偶然って言うには出来すぎでしょ」
「いや――偶然じゃなくて、きちんと狙って引き起こした事態だよ。原因は、鼓子実つむぎ氏の儀式。あれは――ある意味では成功してたんだ」
俺が防いだつむぎ氏の事件。
だが、あれによって世界にはある変化が起きていた。この街に存在している猫の霊魂が霊障化した。本来だった起きるはずだった甲級霊障と比べればあまりにも些細な変化は、しかしとある儀式の成功を意味していた。
「――京一郎氏は、この儀式を皮切りに意識を取り戻したんだ」
はかりが目を見開く。
京一郎氏が意識を取り戻した。非常に奇跡的かつ、偶然による事象だ。意識が多少なりとも霊障の中で残っていたことも、それが儀式の“失敗”によって取り戻されたことも。
「そこから、俺の存在と俺が何をしたのか、無意識に自分が何をしたのか知った京一郎氏は――俺の力で、あることをしようとした」
「……それって」
ここまで話せば、はかりもおおよそ推測できることだろう。
今回の事件、いろいろなものが交錯し、まるで全てが別方向に飛んでいったかのようなバラバラな事件の連続だったが、それは実は最終的にある一点に帰結する。
全ては一つにつながるのだ。
そう、今この瞬間に。
「京一郎氏は、俺の縁を利用して、もう一度鼓子実つむぎ氏と話をしたかったんだ」
死は覆せない。
一度失われた命は二度と元には戻らない。
だけど、この世界には“死後”がある。死後、霊魂は成仏するにせよ、現世に留まるにせよ、間違いなく世界に存在している。
だから、
死は覆せなくとも、死んだ後に残せるものは存在するのだ。
少なくとも、それを視ることのできる俺には、確実に。
「アンタは……どうするの?」
「もちろん、協力させてもらうさ。京一郎氏の思いは、人の死は絶対に否定されちゃいけない。あとに残された人のためにも、先に行く本人のためにも」
――結局この事件は、一人の死者の後悔が起こした事件だった。
多くの偶然と因縁が絡み合い、最終的に俺があのペンダントを拾い、事態を把握することで終息する。京一郎氏も、意識を表に出せないながらにうまくやったものだ。
その行為と執念に敬意を払いたいし、何より彼がもう一度つむぎ氏と話をする時、
「――やっと俺も、約束を果たせそうだからな」
俺の約束も、これでなんとか落着させることができそうなのだから。
「……ん、もう行くの?」
「ああ、休憩は終わりだ。他の奴らをまたせちゃいけないからな」
俺はついさっきまで、色々と準備のためにあちこちを飛び回っていた。それがようやく終わって、一度事務所で休憩がてら今回の事の顛末をはかりに語っていたのだ。
そして、それが終わり、麦茶も飲み干すと、俺はいよいよ事件にケリをつけるため立ち上がる。
「んじゃ、探偵らしく犯人を捕まえてくるとするよ」
「行ってらっしゃい。……気をつけてね」
「気をつける必要のある事件は、もう全部片付いたけどな」
――もはやこの事件に悪意はない。
猫術士も、霊障神霊も舞台から退場した。後に残るのは、鼓子実京一郎と、鼓子実つむぎの後悔、そして――
「――家族が先に進むために、俺も少しばかり協力させてもらうだけだよ」
鼓子実ねねが前に進むための、最後の儀式である。
――なお、これは余談だが翌日はかりがまた高熱で倒れた。
こんなに連続するのは珍しいが、あいつなにか無茶をしてないだろうか、看病でもしたほうがいいかもしれないなぁ。
===
「おまたせ」
俺はハナビの社へとやってきた。
ここはなにかの儀式をするのに最適な場所なのだ。霊質が溜まっており、最悪が起きてもハナビが消火できる。だから、何かしらの事件で最終的に除霊や解呪が必要な場合、ここが最後の舞台になることが多い。
今回もまたそうだった、というだけの話。
俺を待っていたのはあかりとくらいだ。
二人は武装を整えて、巫女服姿で社の入り口に立っている。この先は霊能において鬼門とされるような危険な場所。何かあった場合にはハナビがだいたいなんとかしてくれるが、二人の存在も心強い門番ではある。
少なくとも、変な霊障や子供が迷い込むことは、これで無くなる。
「……ん」
「気をつけてくださいね」
とはいえ、ここまで来ると、二人との会話は少ない。
二人は完全に仕事モードに入っているし、お互いに改めて確認するようなこともないのだ。特に今回は、珍しく対処する霊障に悪意がないためになおさら。
そして――社の中へ足を踏み入れる。
そこは、外とは隔絶した、明らかに異様な雰囲気を放つ空間だった。
原因は、本体のハナビがこの社全体に影響力を発揮しているからだろう。下手な神霊なら、視るだけで呪われてしまうハナビの存在が、この社全体に浸透している。
なにか彼女の不興を買えば、即座にこの世から消え去ってしまうような、そんな状況。
実際、俺でなければここで呪われてもおかしくはない。
ここにいることができるのは、俺が導いた存在と、そしてハナビが祟らない霊障だけだ。
そう、
「――おまたせしました、京一郎さん」
ここには今、俺と――
『……ご足労いただき感謝します、探偵さん』
――鼓子実京一郎。
この二人しか、存在していなかった。
ねねとつむぎ氏は、こちらに向かっている最中だ。それぞれハナビがねねを、しるべがつむぎ氏を連れてきてくれる手はずになっている。
京一郎氏の希望に寄るものだ。
二人と再会する前に、一度俺と話をしておきたい。
きっと理由は――
『まずは、貴方個人に謝罪と感謝を。ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした』
「……いや、いいんですよ。貴方の死は報われるべきだと俺も思います。何より、これは約束を果たしているまでですから」
『……約束。ねねとの、ですね』
うなずく。
俺がここまで動いてきた理由は、鼓子実ねねとの約束があってこそ。
“私の大切な人を助けて”。ねねは確かにそういった。
そのために、俺はここまで動いてきたのだ。これがその終着点。確かに京一郎氏は俺が事態を解決できるよう色々と行動を起こしたが、それを解決する意志を固めたのは俺自身。
「ねねちゃんはとてもいい子ですよ。素直で、お母さん思いで。……良い育ち方をしましたし、良い人を目標にしたのでしょう」
『……ありがとうございます。ねねとは、その……会うのはこれが初めてなので、少し緊張します』
――無理もない、と思う。
ねねが生まれる前に京一郎氏は亡くなられた。それに、霊魂は視ることができない。霊障であっても例外なく。
視ることができるのは、俺だけ。更に触ることができるのは、本当にごく一部の神威神霊だけだ。ハナビや“ママ”のような。
だが、例外もある。
縁と霊障化――くらいが子猫の霊魂を視ることができたのと同じ理屈だ。似通った同類というだけで縁がつながるのなら、当然家族という絶対に切っても切れない縁で結ばれれば、三人は自然と引き合うことになる。
『……ですがその前に、改めてお願いしたいことがあるのです』
そして、これこそが京一郎氏が俺を先に呼び出した本題。
京一郎氏はここに来るまで、意識があっても周囲にそれを伝えることはできなかった。今ここで、ハナビが彼に一時的に力を分け与え、霊障としての存在を確立させているからそうなっているに過ぎない。
――そう、今の京一郎氏は霊障だ。
悪霊とも、神霊とも区別できないが――おそらく分類上は怨霊が一番近い。
彼にあるのは未練だ。
未練故に行動し、そしてこうしてその未練を成就させようとしている。そしてそうなった時、果たして彼はどうなるか――
『私が目的を果たした後。怨霊になるより前に私を消滅させてほしい』
彼は本当に怨霊となる。
無理からぬことだ。今の彼は現世への未練という、大きい執着でなんとか意識を保っているに過ぎない。この状況は奇跡という他に無い。
だから、
『――そのことをつむぎとねねには黙っていてほしいのです』
鼓子実京一郎氏はその無念を喪った時、一塊の魍魎に成り果てる。
それは――
「……全力を尽くします」
それは、到底受け入れられるものじゃない。
家族を喪い、生きる意味を喪ってしまった妻と、そんな妻を心配し、成仏できないでいた子供のためにここまで身を削った彼が迎えていい末路ではない。
だから俺は、俺の意志で、彼の思いを一つだけ裏切る。
さぁ、始めよう。
ここからは俺、霊能探偵の、俺だけができる、俺だからこそできる――
俺が導く、解決編だ。
探偵らしく、犯人と彼が起こした事件の全てに、始末をつけることとしよう。