霊能探偵、山狩りをする。(後)
「私達ね、考えたのよ。灯台下暗しって言葉があるじゃない?」
――合流したあかりは、何か恨みがましい目でこちらをみていた。ちょっと怖い。多分はかりなら内心ビビっているだろうくらいには怖い。
さすがのハナビも何も言わないくらいには、怖い。というかハナビも何かこっちをジトっと見ている。
「神霊が森の中に入ったっていう情報は確実なのに見つからないってことは、私達が見落としてるってわけよ」
「うむ、それは認めるしか無いのだ」
「だったら探してない場所は、旧トンネルと――」
そして、あかりは地面を指差し、
「ハナビの社しかないわけじゃない」
そう、神霊の見つかった場所はハナビの社だった。こればかりは、俺たちも驚愕せざるを得ないが、そもそもどうして神霊はここに隠れることができたのか。
「いくらなんでも、ハナビだって社に何かが入ってくれば気がつくのだが」
「じゃあ、中に“潜伏”された場合は? ハナビが気づかないウチに入ってきて、そのまま居座られた場合」
「む……」
――なるほど。
それは確かに、と思わざるを得ない。ハナビの意識には盲点がある。入ってくれば気がつくが、故に探そうとしない。いるはずがないのだから、探すという発想がないのは当然だ。
しかし、仮に侵入に気が付かれなければ――
「確かにそれなら、ハナビは気が付かんのだが、そもそもいつ入ってきた?」
「……別の神霊が侵入してきて、その隙を突いたというのはどうでしょう」
「…………あー」
くらいの考えに、ハナビはどこか心当たりがあった様子である。俺もなんか、少し前に進なんとか神を喰ったとか聞いたな。その時に隙を突いて入り込んだのだろう。
「ならば、何のためだ? 入り込んだのはいいが、それでは何もできんだろう」
「それはなんとなく俺も解る気がするな。別の誰かが目的を遂行できる可能性があったんだろう」
――神霊の目的は儀式の完遂だ。
そもそも儀式が完遂されて何が起こるのか。ねねを呼び出して霊障にするのが鼓子実氏を使った儀式の“手段”だろうが、目的は未だ不明のままである。
どちらにせよ、儀式は失敗に終わった。しかし、それでもまだこの神霊は諦めていなかった。
切り札があったからだ。
俺の拾ったペンダント。あれを使えば危険性は高いが、まだ儀式成功の目は残されていた。そうなればなんとなく話は繋がってくる。
「結局、霊能探偵様がいつものように解決してしまったわけですけど……」
「いやまてくらい。これを拾ったのは俺のいつもの奴かもしれないが、こいつを落としたのはその神霊の落ち度だ」
そうやって、俺は神霊を指差す。
現在、神霊は保土棘姉妹が用意した結界に縛られて身動きが取れなくなっている。ここからやるべきことは二つ。こいつから情報を引き出すことと、こいつの処遇を決めることだ。
前者は言うに及ばず。後者には二つの選択肢がある。
ハナビが喰うか、黄泉の国に送ってしまうかだ。
とはいえ、基本的には後者が妥当である。なにせハナビは強くなりすぎてもいけないし、弱くなりすぎてもいけない。なので現状維持が鉄則。向こうから襲ってきたり、他に呪具などを処分する方法がなかった場合に限り捕食は実行される。
こうしてきちんと取り押さえ、危険が少なそうならば、黄泉の国に送るのが穏当だ。向こうでは偉い神様がニコニコしながら出迎えてくれるだろう。
「それで……」
――方針は定まった。
誰もこれからの行動に異を唱えることはない。
しかし、その前に――俺とハナビは言わなくてはならないことがあった。二人を代表して、俺がハッキリと口にする。
「――猫の被り物は、なんかの流行りなのか?」
この神霊。
こいつも猫の被り物をしていた。
猫の被り物をした、身長三メートルほどの異形。うち五割を被り物が占めている異様な神霊。それが俺たちの探していた、鼓子実事件の黒幕であった――
===
全人類神化計画。
その名の通り、全ての人類に信仰と霊質を与え、神化してしまおうという計画である。計画自体は非常にシンプル極まりない。人類が全て神化すれば、世界から死という概念が取り除かれる。そういった目的によって遂行されるはずだった計画は、笠沙技とハナビによって阻止された。
このシンプルな計画の厄介なところは、この計画があまりにも周到に隠蔽されていたことにある。そもそも、計画がスタートしたのは今から数千年も前。気の遠くなるような長い時間をかけて少しずつ、少しずつ準備されてきた儀式であり、計画なのである。
そして笠沙技たちがそれを発見した時、既に儀式の完遂は秒読み段階にあり、最も単純かつ強引な方法である世界の理を変える以外の方法しか解決策は存在しなかった。
『……おかしいよね? どう考えても都合が良すぎるよ』
ねねの言う通りだ。
神化の理を捻じ曲げるために理由探しをしていた笠沙技のもとに、その理由がまるで図ったかのように舞い込んでくる。異常と言う他に無い。
だが、その異常は今に始まったことではない。笠沙技の前では常にそうなのだ。本人がそうしたわけではないはずなのに、勝手に敵の脅威が頓挫しているなど当たり前、場合によっては味方陣営の悲願すらも、何気ない顔で事前に達成していることすらある。
なぜ、そんなにも笠沙技ははた迷惑なのか。
これという結論は出ていない、というのが正直なところ。笠沙技には他人とは違う特別な“記憶”が存在していることは“ママ”も把握しているが、それが具体的にどのようなものか、まではきちんと把握できているわけではない。
深淵を覗けていない、とも言えるだろうか。
解っていることは二つ。笠沙技は霊魂――本来ならどれだけ霊質を有していても視ることのできない霊障化していない幽霊――を視ることができる。そして、霊魂は霊障になると人に取って“見たくないもの”に変化するのだが、これを笠沙技は無視できる。
霊障の引き起こす呪いは、極端に言えば見たくないものを見たことによる不快感だ。だからその不快感を無視して、きちんと霊障の形を把握できれば、呪いは無効化される。
笠沙技が呪いを視認した後、他の霊能者にも呪いの効果が無くなるのはこれが原因だ。
だが、それとは別にどういうわけか笠沙技は様々な事件を、事件が起きる前に解決してしまう力がある。回り回って彼の行動が、後々起こる事件を事前に潰してしまうのだ。
今回だって、きっとそうだろう。
『じゃあ探偵さんには未来が視えているの?』
それはないだろう。むしろ、未来が視えている方が未来を変えることは難しい。
『……? どうして? 未来が視えてれば、それに対応すればいいだけだよね?』
未来が視えていると、それを前提にした行動を取ってしまう。そうすると、周りが不思議に思って未来は大きく形を変えてしまう。
――変えたい未来は一瞬だが、未来とは無限に存在するのだ。
その中で、一つだけをピックアップして変えるなんてことは無茶と言っていい。未来なんて――ちょっと風向きが変わるだけで、変化してしまうものなのだから。
『……そうだね』
ねねには、思い出したくないことを思い出させてしまったかもしれない。
『ううん、大丈夫だよ。ねね、いい子だもん、我慢できるもん』
……それが良いことかは、“ママ”にも判断はつかないけれど。
『えっとそれで……探偵さんは未来が視えないから、未来を変えようとして変化を起こさないってことだよね?』
ねねは聡明だ。
こちらの言ったことをきちんと飲み込んで、自分なりに言葉にできる。まだ齢一桁の少女ができることとしては、あまりにも知的すぎる。
そして、霊能探偵の話だ。
もしも彼が未来を見ていたとして、だったら彼はもっと後悔なく動いていたはずだ。たとえば――
――鼓子実ねねを、死なせずに済んだかもしれない。
『…………どうして?』
そう、どうしてだと思う?
ねねと笠沙技が出会ったのは、ねねが亡くなった後。幽霊になってからだ。
だからねねの死と笠沙技は何も関係はない。そう、そう考えるのが普通だ。笠沙技だって、そう思っているはず。
でもそれは、人の普通なんだよ。
神様はそう思わない。神様は何でも知っていて、世界の理を捻じ曲げる以外なら、やろうと思えばなんだってできる。でも、やらない。
一つを変えてしまったら、別の何かが変わってしまうから。
神は世界に関われない。それもまた、この世界の理なんだ。
『それって、ママお姉ちゃんのこと?』
そうだね。
ママや、力を取り戻したハナビちゃんは、世界に関わることが許されない神様になるかな? 確か人間はママたちのことを――っと、それは今は関係ない。
そして同時に、それは笠沙技のことでもある。
笠沙技は未来が視えないけれど、人とは違うものが視えている。だから彼は、心のどこかで神様と同じ考え方をしているんだ。
“ママ”は思うのだけど、それこそが笠沙技の普通とは違う力の根源なんじゃないかな。
『神様は何でもできるみたいに、探偵さんもなんでもできるってこと?』
そうかもしれない。
でもそうじゃないかもしれない。わからないんだ。そして、わからないことまで含めて、笠沙技の異常は異常なんだと神様は考えている。
“ママ”に限らず、ハナビちゃんも、他の偉い神様もそう思ってる。
『……探偵さんって、変なすごい人なんだね』
そう、最終的にそこへたどり着く。
笠沙技は変なすごい人。ねねにも解ってもらえたようだ。
『だとしたら、探偵さんにお願いしてみてもいいのかな?』
それは……お母さんのこと?
『えっと…………うん、そうだね。それがいい、かな』
だったら、帰ってきたら頼むといい。
“ママ”は直接笠沙技を応援することはできないけれど、こうしていつだって見守っているし、ママのことを呼んでいればすぐに駆けつけて甘やかしてあげる。
そう、霊能探偵には伝えてほしい。
『…………ソウダネ、ツタエテオクネ』
――そうして、ねねの髪を可愛らしいポニーテールにして、神霊は帰っていった。くるりと鏡の前でターン。鏡には心霊写真のように影しか映らなかったが、なんとなく可愛くできているのではないかと思う。ねねはご満悦だ。
そして部屋の前でビクビクしているはかりを見て、見なかったことにして眠りにつくのだった――
===
結局猫の被り物神は旧トンネルを使って黄泉の国へと出荷した。最後まで恨みがましい目で見てきたが、そもそも悪いことをしようとしたのはあいつなので、慈悲はない。
せいぜい神威神霊――この世界に“関わってはいけない”とされる神霊の総称――たちに可愛がられればいい。
「報告ありがとね、笠沙技くん」
「いや、なんかはかりが倒れちまってな。無茶してないといいんだが」
俺は今日、直接霊安本部へと出向いて事の経緯を報告していた。
原因はうちの事務員こと倉石はかりが謎の高熱でぶっ倒れてしまったためだ。はかりは別に体が弱いということはないはずなのだが、年に一回から二回くらいのペースで高熱を出して倒れる。
体調には気を使ってほしいのだが、こればかりはどうしようもないとはかりは首を横に振るばかり。
まぁ、すぐに復調するので気にしていないし、今回は報告以外にも用事があって来たのだが。
そうして現在、俺はしるべと話をしている。ここは霊安本部の一角。周りには忙しく仕事をこなすベテランおじさんズの姿が見える。時折こっちを睨んでくるのはご愛嬌だ。
「それにしても、これで鼓子実事件の事件部分は全部解決……なのかな?」
「どうだかね……疑問はまだ残ってるんだよ」
残っている疑問。
主に二つだ。
「まず、あの神霊は乙級呪具なんてものを、どこから拾ってきたんだ? あの神霊、よくて丁級くらいの中堅神霊だったぞ」
「それは確かに。本人が生み出せるものじゃないよね」
乙級呪具は、霊能者なら乙級霊質の霊能者が二人から三人、フル武装で挑む必要のある代物だ。きちんと準備をした保土棘姉妹が若干危険を冒しつつもなんとか勝てるくらいの相手。
そんなものを、正面からやりあえば絶対に保土棘姉妹に敵わないような神霊が作ったとは考えにくい。どこかから持ち出したものなのだ。
その出処を調べなければいけない、というのがまずひとつ。
これに関しては、基本的に御魂学園と霊安本部のそういう専門家たちが調査する。俺がたまに見つけてくることもあるが、何も全て見つけることはできないので、今回がそうとは限らない。
ただ――
「それで、もう一つは?」
「ああ、それなんだけど――」
俺は懐からあるものを取り出そうとする。しかし、その時――
「――お前さんが、霊能探偵か?」
ふと、ごつい男性の声で中断された。
見上げると、如何にもといった感じのベテラン刑事さんが立っている。俺は立ち上がって挨拶すると、刑事さんと共にもう一度座り込んだ。
話を聞く必要があるからだ。
「……この人は?」
しるべも、彼とは面識がないはずだ。俺だって無い。霊安本部の人に頼んで調べてもらって、今回コンタクトを取ったのだから。
「この人は、昔ある事件を担当していた刑事さんだよ。その事件は霊障事件だったんだけど――」
「――その事件には、一人の刑事が関わっていた。そのことを俺に聞きたいんだそうだ」
「一人の刑事?」
首をかしげるしるべに、刑事さんは出された飲み物に、一度口をつけてから告げる。
「鼓子実京一郎。あんたらが関わってる鼓子実事件の実行犯である、鼓子実つむぎの夫。そして――鼓子実ねねの父親だ」
俺たちは、この事件の真相に近づきつつある。
俺の想定が正しければ――もうすぐ、全ては明らかになるはずだ。
そしてそれは同時に――ねねちゃんとの別れ、彼女の旅立ちを意味していた。