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第三章

 ふんわりとした柔らかな光が、闇を押しのけるように輝いている。

 光の下には綺麗に穿つような巨大な窪みがあり、そこから数十センチほど上空に浮かんだ位置で、光源の元である巨大な水晶が宙に見えない何かで固定されている。その水晶球といえば、内部で様々な景色を一定の間隔を置きながら浮かびだしている。もしも何か命を下せば、すぐに水晶球は言われた映像を固定させるが、それが無い時はその内側に様々な世界の現在を映し出すようになっている。使い勝手が良いと言うべきなのだろうが、それでも目的のものがはっきりしていなければ、水晶球は何時までもランダムに映像を流し続けるだけだ。

 その水晶球は、今の所一つの世界の様々場所を移しだしてる。

 静謐を常とする部屋の中で、それを破るような声が上がった。

「彼奴が動いただと!」

 叫ぶような音量が、静かだった室内に響き渡る。

 水晶球を囲むようにしているのは四つの影。

 その内の一人が上げた声に、他の影の一つが小さく頷いた。

「しかし彼奴が人界に居るとなると、必然あの者達も存在するという事か……」

「何を悠長なことを!

 彼の地において長たるあの者達が目覚めれば、すべてが復活するのだぞ!」

 水晶球に一歩近づき、今にも爆発しそうな雰囲気を放つのは、赤銅色の髪と瞳を持ち銅色の鎧を纏った屈強な身体つきの男性だ。

 その様子に、小さなため息が部屋に落ちた。

 少しばかり水晶球の光を強めれば、四人の姿形が部屋の中にしっかりと映し出される。

 怒りに肩を震わせる男の姿は、けれどもその場にいる者達の心情を表していると言えるだろう。

「落ち着け、増長天(ぞうちょうてん)

「何を悠長なことを言っているのだ!広目天(こうもくてん)!」

 窘めるように声を上げたのは、純白の髪と銀色めいた鋭い瞳を持ち、白を基調とした鎧を身につけた男性だ。

 苛立ちを込めて増長天と呼ばれた男は、表面上は落ち着き払っている男、広目天を睨み付けた。

 水晶球に近寄り、すっと目を細めた後に広目天は苦々しげに言葉を続ける。

「奴らはまだ覚醒してはおらぬ。

 なればこそ、殺すことはたやすいと思わんのか?」

「しかし広目天」

「二人とも、もう少し落ち着いて考えろ。

 確かに、広目天の言うことにも一理ある。だが、奴らはかの世界で一部族の長であった者達ばかりだ。

 もしも神力を取り戻すような事があれば、こちらが不利となるのは必定であろう。それらを考えれば、我らが動いてしまえば確実に奴らの覚醒は早まる可能性があるぞ」

「ならば、策があるというのか、持国天(じこくてん)

「今それを考慮すべきだ、といいたいだけだ。私はな」

 苦笑じみた表情でそう言い、群青色の髪と瑠璃色の瞳を持つ深い藍色の鎧の男性、持国天は、溜息めいた息を吐き出した。

 何時かは、この時が訪れるであろうとは予測していた。

 けれど、それはまだ先の事だと思っていた。いや、思おうとしていたのだ。

 誰もが苦々しい空気を放つなか、それまで黙っていた青年が静かに口を開く。

「そう急く事もあるまい」

毘沙門天(びしゃもんてん)、そうは言うが」

 四人の中で一番落ち着き払っているのは、漆黒の髪と瞳、そして磨き込まれた黒色の鎧を着込んでいる青年だ。

 余裕を感じられる態度に、他の三人が胡乱げに毘沙門天を見やった。

「策ならば」

 ふとそこで言葉を切り、毘沙門天は皮肉げな声を闇の奥へと放つ。

「そこで何をしている?」

「そう邪険になされずともよろしいでは無いですか。

 私は、単にここを通りかかっただけですのに」

 笑みを含んだ女の声に、増長天の顔が険しさを増した。

 コツン、コツン、と小さな靴音とともに現れたのは、深紅の珊瑚を砕いて染め上げたかのような朱い髪と瞳を持つ女だ。清楚な衣裳を身に纏い、優美な仕草で笑みを浮かべるその姿を視界の端にだけ入れ、再び静かに毘沙門天は口を開く。

「通りかかった、と言ったが、我らを探していた、の間違いでは無いのか」

「それもありますわね。さすがは、毘沙門天様」

 両者ともに揶揄するでも無い口調でそう会話をしつつも、奇妙な緊迫感が二人の間に張られる。お互いの出方を見るような空気ではあったが、ふっと女がそれを解きほぐすかのように自嘲的な笑みを浮かべた。

 それを見てだろう。毘沙門天は興味を失ったかのように、視線を水晶球へ移した。

 女の存在を無視した毘沙門天の代わりに、尖った声が増長天の口をつく。

「我らを何故探していた、愛染明王(あいぜんみょうおう)

「用向きは、分かっていらっしゃるかと思われますが」

「なに!」

 気色ばむ増長天を片手で制し、持国天が女、愛染明王へと彼女の言葉の先を促すような視線を送る。

 それに僅かに肩を潜め、愛染明王はあっさりとした口調でそれを切り出した。

「あの者達が転生したのでございましょう?

 ならば早急にあの御方の元へご報告差し上げては、そう思いまして」

「……忠告痛み入るが、それはおぬしが口に出す事では無かろう」

「それは申し訳ありません。

 この世界の四方を守る四天王の方々には、いらぬ世話だったようで」

 苦笑を込めた愛染明王の反応に不快感を隠す事が出来ず、持国天は小さな舌打ちを漏らす。

 だがそれに気を悪くした様子も無く、愛染明王は先程まで四人の視線を集めていた水晶球に目線を向けた。

 球面の中に映されている画像は、今は無作為な映像を一定の間隔を持って流している。そこに映し出されているのは、彼らが『人界』と呼んだ場所であり、この世界からみると下位の存在達が生活する『世界』だ。

 何の感情も無くそれを見つめていた愛染明王だが、ふと近づく気配にそっとその場から数歩ほど離れる。無論それに気付いたのは四人も同じだ。毘沙門天以外の三人は、僅かな緊張をはらんで先程まで愛染明王が立っていた場所に身体を向け、その人物が現れるのを待つ。

 やがて、暗闇から一人の男性が現れた。

 外見は四十代半ばであろうか。黄金の瞳と漆黒の髪、そして鍛え上げられた見事な肉体は、纏っている衣服の上からでも十分に伺え、他を圧倒するかのような雰囲気は誰もが『王』と認めるに相応しいものがある。

 それはそうだろう。彼こそが、この『天界』と呼ばれる世界の覇者なのだから。

 毘沙門天達は直ぐさまその場で膝をつき頭を垂れると、彼らの主たる男の言葉を黙って待ち続ける。

「……やはり、人界へと転生していたか」

 四人の沈黙は、肯定しているも同然だ。それに気を悪くするでも無く、男は水晶球へとついっと視線を移した。

「あ奴にそれだけの力が残っていたとはな」

 何かを思い出すかのようにどこか遠い目でそう呟く男の姿に、目の前で膝をつく四天王と男の背後で静かに佇む愛染明王は軽く唇を引き結ぶ。

 そんな彼らに、男は苦笑を込めて話しかけた。

「四天王ともおろうものが、私に隠し事か」

「そのような事はございません。

 ただ、事が事故に、慎重に奴の行動を確かめた上でご報告を、と」

「して、彼奴に、間違いないのだな」

「御意。他の者の気配はありませんが、奴が人界にいる事だけは確かでございます。

 ご報告、遅くなり申し訳ございません、帝釈天様」

「なるほど……再び牙をむくか、彼奴らは」

 苦々しさよりも、どこか楽しげにそう言い放ち、帝釈天と呼ばれた男は水晶球に視線を向ける。

 だがすぐにそれから目をそらせ、男は跪く毘沙門天達に視線を戻すと、先を促すような目線で四人を見回した。

 それを受けてだろうか。重い口調で持国天が口を開く。

「御意。あの『大戦』時同様に此度もまた、間違いなくこの天界に戦を仕掛けましょう。

 そうなればこの天界、いえ、三千大世界の秩序が狂うは必定。その前に芽を摘むべきではございましたが」

 そう話しながら持国天の顔に、無念さと苦渋の色が表れる。

 数百年前に起きた戦い。

 この天界に間近な世界で行われたそれは、数多の犠牲を出しながらも敵大将の首を落とす事は出来た。だが、彼に付き従っていた八人の将達の首を落とす事はついぞ出来なかったのだ。その世界を治める八人の将達は、どれだけ死体の山を探してもその身体は見つけ出す事は出来ず、その足跡すらも綺麗に消して彼らのいた世界から姿を消した。

 それ故に、四天王の誰もが彼らを死んだとは考えてはいなかった。むしろ、必ずこの天界に反旗を翻し、再び戦いが起きるだろうと予測はしていたのだ。決して手を抜いていたわけでは無い。人界へと姿を現すだろうと気を張り詰めて監視をしてきたのだが、結果は出し抜かれたような形で後手に回ってしまった。

 ここ数百年、この天界で戦が起こった事は無い。善なる神、覚者と呼ばれる神々と天人と呼ばれる者達が暮らすこの世界は、常に果てまで萌ゆる緑に囲まれ、澄んだ大気と水に囲まれた平穏な世界だ。

 その為だろうか。今度はこの世界で戦が起こるのだろうか、という不安から目をそらしつつも、彼らはずっと人界の様子を伺ってきた。

 今日、この事態が起こらない事を願って。

「毘沙門天」

「は」

「この件どうするつもりであった?」

「恐れながら、今はまだ彼奴らも覚醒はしておりませぬ。ならば我らの手で速やかに方はつくかと」

「言いおる」

 くっと喉の奥で笑い、帝釈天はゆっくりとした視線で四天王の姿を見回した。

 毘沙門天以外の三人は、叱責を覚悟はしていたのだろう。だが、それをするわけでもなく、帝釈天は極々自然な口調で問いかけた。

「して、どうするつもりだ?」

「あ奴を使おうかと」

「ほぅ」

 あっさりと、まるで当然のように毘沙門天は言を綴る。

 その答えを面白そうに眼をすがめて受け止め、帝釈天は平然とそう言い切った毘沙門天の顔を見つめた。

 たったそれだけの事でも、思わず顔を伏せてしまいそうになるが、それに臆する事はなく、すでに次善の策を張り巡らせている強い光が毘沙門天の瞳に灯されている。

 帝釈天の視線を冷静に受け入れ、毘沙門天は淡々と唇を開いた。

「阿修羅王以外の神が目覚めておらぬ以上、あ奴こそ刺客とては最も適した存在だと思われますゆえ」

「お、お待ちください!」

 切迫した声に、帝釈天と毘沙門天の視線がそちらに向けられる。

 事前に何も聞いていなかった増長天にとって、そう簡単に毘沙門天の策に頷く事は出来ない。無論、他の二人人も同様だ。何か言いかけるが、毘沙門天の雰囲気に押さえ付けられるようにして口を噤む。

 だが、そんな帝釈天と毘沙門天にに全く怖じることなく、それどころかその空気を壊すかのように、増長天は強い語気で毘沙門天の案を止めようと声を張り上げた。

「あやつは危険すぎます!彼奴らでさえその凶悪さを憂い、北の荒れ地に封じ込めるための牢を作り上げたのですぞ!

 そのような神を解き放てば、真っ先に帝釈天様のお命を狙いましょう!なにとぞご再考のほどを!」

「だが、これ以上の適任がおるのか?」

「それは……」

 反駁する事も出来ず、増長天は唇を引き結び頭をたれた。

 毘沙門天の策以上に上手い手札が見つからず、どれほど否定の言葉を並べたとしてもそれがなければ止める事は不可能に近い。

 黙り込んでしまった増長天達から目をそらし、毘沙門天は当然のことのように自分の策を口にする。

「あ奴ならば、あの界にいる神達の気を探るのにそれほどの労力も使いませんでしょう。

 なにより、あ奴はあの神達を憎んでおります。それを使わぬ手はないかと」

「確かにな。だが、先に我らに牙をむく可能性もあるが」

「それはあり得ませぬ。

 あ奴にとって、最も殺したいと思う神達はあの神達以外にあり得ませぬゆえ」

「よしんばあ奴が首尾良く事を運んだとして、その後は」

「用済みの者に、生かしておくだけの理由はありませぬが」

「……面白い」

 さらりと毘沙門天の口から出てきた言葉に、帝釈天はくつくつと喉を鳴らす。

 その様を見つめていた毘沙門天達に、帝釈天は笑みの形を口元に刻んだまま言葉を紡いだ。

「良かろう。お主らにこの件任せよう」

「有り難き幸せ」

 深々と頭を下げた毘沙門天達を満足そうに眺めた後、帝釈天は彼らに背を向ける。その際に、じっと黙って事の成り行きを見守っていた愛染明王へと視線を向けた。

 緩く頭を下げた後、帝釈天の背を追うように愛染明王もその場から立ち去る。

 二人の気配が遠が遠のいていく様を見送り、毘沙門天以外の三人は詰めていた息をゆっくりと吐き出し、そしてきつく毘沙門天をにらみ据えた。

 だが、それらの視線を完璧に無視し、毘沙門天は立ち上がる。

 冷たい、冷酷すぎる視線は、他の三人に否を唱えさせる事を許してはいないものだ。

「では、準備にかかるとしようか」

 極々当然のように、毘沙門天はそう言い放つ。

 それを苦い表情で聞く三人から毘沙門天は視線を水晶球に向ける。

 今は人界の風景をばらばらに映し出す事しか出来ないそれは、目的の人物達を映し出す事はかなわない。それ故に、策は限られたものしか取ることができないということは、毘沙門天以外の四天王とて分かってはいるはずだ。

「しかし……何とも厄介なことだな」

 呟きは、増長天達には届くことなく消えていく。

 そんな己の言葉に、毘沙門天は僅かに口元を引き上げると、水晶球に背を向けて歩き出す。

 すでに賽は投げられた。あとは、その結果を待つしかない。

 たとえどのような結末を迎えようとも……。

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