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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

旅の空の(老)砂エルフ

作者: ウィニィ






そのハーフエルフの老女は、ベッドの中で半身を起こして窓の外を眺めていた。


「今年の旬はおしまい。来年、私はあれを口にできるのかしらね……」


若い頃は普通の身体つきだった彼女も、今ではすっかり痩せてしまっていた。


「母さん───」


息子であろうエルフが口を開こうとするが、彼女はやんわりと遮った。


「いいのよ。長く生きていればこういう事もあるわ……少し一人にさせてちょうだい」


母親にそう言われてしまうと、息子としても引き下がるしかない。彼はそっと部屋を出るしかなかった。




「どうだった?」


部屋の外には彼のもう一人の(・・・・・)母親が待ち構えていた。髪に白いものが混ざっているが、エルフである彼女の顔立ちには、平均よりも老いは見受けられない。


「取り敢えずは落ち着いていますが、食事も手を付けてくれません」


「原因が原因だからねぇ……あとはうちの人頼みか」


あとは旨い具合に連絡の取れた、彼女の夫の帰還を待つしかなかった。




★☆★☆




村の境界と言うほどはっきりとした境目はないが、村の若い男が三人ほど見張りに立っていた。


いつもならば畑仕事に精を出している時間であったが、彼らは切り落とした枝で作った棍棒を手にうろついている。


見張りと言っても彼らの専門は農業と牧畜。森を切り開き、畑を耕し、家畜を育てる。


そんないつもの仕事よりも、今は見張りを優先しなくてはならない。


何も問題の無い日常から、異常がないか注意を払うのが見張りである。


慣れない者だと必要以上に緊張するか、逆に飽きて緩むかのどちらかであるのだが、この三人の場合は後者であったようだ。


日が傾き始める頃合いになると、各々が持ってきた水袋も軽くなり、ようやっと変化起きた。


「おい、誰か来たぞ」


一人が居眠りしていた他の男を小突いて起こす。


「んあ?ん、んんん……馬……一人しかいなくねぇか?」


彼方の馬上に人影が見える。


「いや、相乗りしてるな」


「ちっ、こんな時に流れ(モン)は面倒だぞ」


口々に文句を言っているうちに、馬は彼らの元に辿り着いた。しかもゴーレム馬である。一体いくらするかも想像できない代物だ。


「この先はうちらの村で行き止まりだぜ。なんか用かい?」


リーダー格の男が二の句継いで追い返そうと声を上げる前に、馬上の男の言葉で事情は変わった。


「ギルドからの依頼でやって来た。討伐依頼を出したのはお宅らで間違いないか?」


「依頼って……来たのはたった二人かよ!」


馬上の男は懐からギルドタグを引っ張り出すと魔力を通し身分を明らかにするが、後ろに乗っているフードの女は、お構いなして周囲を見渡している。


タグは魔力に反応し、彼の素性を宙に映しだした。ちなみに魔力反応するタグを持てるのはベテランからである。


文字の読めない村人でも、その辺の事情は理解しており、ギルドの紋章や映し出される図柄が何を示しているか、見たことは無くとも子供でも聞きかじっている。


「え?五つ星?」


「「「ええええ~!」」」


中堅チームの手配を依頼したはずが、最上位のベテランがやってきた。






その男は歴戦の佇まいであった。


顔つきは壮年とは言い難く、初老もしくは見る人が見れば老年と判断するだろう。


しかも顔の左側ばかり傷ついている。


左目は眼帯で覆われ、刀傷が頬から顎まで一本走っている。


耳も特徴的だ。


右耳は髪で隠れて見えないが、ちらちらとイヤーカフが見え隠れし、対して左は耳に髪が掻き上げられ露わになっているのだが、短めのカフが耳介の外側を隠すように幾つも連なっているのだった。


さらなる異形は左腕だ。


肘から先が明らかに異質。生身ではない。


一見すると手甲の様だが、よく見ると肘関節から少し先に肌があり、そこから金属の腕が生えているのだ。しかもしっかりとした境目がある。


当人も隠すつもりがないのだろう、左の袖を肘上まで捲っている。




「村で取れた薬草茶です。どうぞ」


すぐさま村長宅に案内されたギルドの二人。勧められるがまま、口を茶で湿らせる。


「こんなに早く来て下さったのはありがたいのですが、この村には五つ星の方へ払えるお金は無いのです」


取り繕っても仕方ないとばかりに、村長は男へ吐露した。


「安心してくれ。こちらの都合で依頼を受けたのであって、増額は必要ない。それでゴブリンは何匹確認した?」


「姿を現したのは五匹です。その場に居合わせた村人が十人以上いたので追い返せましたが、他にも茂みに隠れていたと申す者がおります」


ゴブリン相手に五つ星の手練れが来たのだ。話しでは五つ星なら一人で、ゴブリンのコロニーを全滅させられると聞いた事がある。


話半分だとしても、十匹二十匹くらい大丈夫だろう。いや、大丈夫と思いたい。


「それならば問題ない。明朝、目撃場所に案内してくれ」


そう彼は返事をしたのだが、村長はまだ言い淀んでいる。


「まだ何か?」


浮かせていた腰を下ろし促してみるが、どうにも歯切れが悪い。


「実は……」


重い口を開いた村長が言うにはゴブリンだけではなく、新たにオークが一匹目撃されたそうだ。


目撃者は村の猟師。


支払うための村の拠出金が心もとなかった村長は、村民へ金目の物を探させた。


しかし畑を日々耕すばかりの村人が、金になりそうなものを持っている筈もない。


あるのは作物と家畜ばかりである。


そこで一肌脱いだのが、その猟師であった。彼には少なくない季節ごとの秘密の場所があり、獲物を狩る傍ら、薬草などの森の恵みを得ていた。


今回目指したのはこの季節にのみ生える茸であったのだが、それが彼の運命を分けた。


不幸だったことは辿り着いた秘密の場所でオークが目的の茸を貪っていたことで、幸運だったことはオークが茸に夢中で気付かれずに逃げおおせた事であった。


「何と呼ばれている?」


「は?」


「その茸の名称だ」


「以前買い取ってくれた行商人は“ピエモンテ”と呼んでいましたが……」


村長の言葉に男は懐から帳面を取り出すと、ページを捲りながら名称を呟いていく。


「ピエモンテ……よし、その茸を追加で依頼を受けよう。今回は五個か十個あればいい。無事済んだら毎年収集して欲しい。相場で買い取らせてもらう」


「こちらとしては有難いですが……」


“今晩は休ませてもらう“と男が言うので、村長の嫁が二人を客間へ案内していった。






翌日の早朝、二人は猟師を伴ってゴブリンの目撃場所へ向かったのだが、結果から言うと昼前には討伐は済んでしまった。


始めは獣道を猟師が案内していたのだが、新しい足跡を発見すると二人も追跡に参加し、三人がかりであっという間にゴブリンの巣穴を発見してしまった。


入り口で居眠りしていた二匹の見張りゴブリンを、二人が悲鳴も上げさせずに処理すると、邪魔な死体を外に出して中を窺う。


「逃すつもりはないが、あんたも一応武器は抜いておいてくれ。では、追い出してくれ」


「わかった」




猟師はここで初めて女の声を聴き、その顔にも一瞬見惚れてしまったが、慌ててかぶりを振って腰の山刀を抜いて後方へ下がる。


女はフードの前に出していた髪を一撫ですると、その手を地面に下ろし一言。


「追い出して」


それを合図に巣穴の奥へ、柳の葉の様な砂の塊が走る。


そして巣穴から砂塵とゴブリン共の悲鳴が上がるのに、さほど時間を要しなかった。


その後は最早作業であった。


飛び出すゴブリンを男は一刀のもとに斬り伏せ、また喉や頭蓋に穴を穿つ。


女からの終了の合図は、最後の一匹のとどめと同時であった。




「退治した証拠がないと村も安心できないだろう。あんたも手伝ってくれ」


「お、おう」


見ているだけだった猟師は、男に促されて討伐証明である左耳を、未使用の山刀で切り落としていく。


「再利用されても問題だから、巣穴も潰すぞ」


男の言葉は許可を求めるものではなく宣言である。処理済のゴブリンを次々と巣穴へ投げ入れるとその前に立った。


「水よ」


“ごぼっ”


突然現れた水塊に腰が引ける猟師をよそに、男は構わず続けた。


手を差し出していたが手首をくるりと返し、巣穴へ向けて手のひらを押し込むような仕草をする。


すると水はその量を増して太い柱になると、渦となってゴブリンを巻き込み巣穴に突入した。


巣穴の土の壁を削り進む水の柱。


男が手を降ろすと水は勢いを失くし、停止と同時に巣穴は崩れ落ちた。


「よし、後ははぐれオークだな」


「お、おう」


あとに残るのはびしょ濡れの窪地であった。


“おいおい、一日で済ませるつもりか?五つ星はんぱねぇ……“猟師は彼らの実力に戸惑うばかりだった。






残るはピエモンテの採集とはぐれオークの退治であったが、どちらも発見には及ばなかった。


ピエモンテは茸の特性通り毎年同じ場所に生える傾向にあるが、猟師の手持ちの採集場所は(ことごと)く荒らされていた。


それぞれの場所は離れてはいたが、森に生息のオークの足にしてみれば大した距離ではなかった。


「くそっ、こんなに荒らしやがって……」


愚痴りながら猟師が掘り起こされた土を戻して手直しするが、その場所に来年も茸が生えてくるかは分からない。


それでも彼は見過ごせなかった。


「あの程度で腹は膨れないだろうに……」


隻眼の男からも言葉が漏れる。


「それでも大分近づいている。無駄ではなかった」


フードの女も珍しく口を開き、三人は追跡を再開した。




ピエモンテが荒らされている。


腹の足しにならないにも拘わらず食しているのは、この茸がオークにとって珍味であるという事だ。


となると先を急ぎつつも“目”を持っている猟師には茸に集中してもらい、索敵役には他の二人が当たることとなった。


どれくらい進んだのだろう。


二手に分かれた獣道で、猟師は明らかに跡の少ない方へ分け入った。


本職が選んだ道である。二人は黙って彼に付き従った。


猟師のペースが上がる。目的地が分かっているのか歩みに迷いがない。


そしてとある樹木の元で足を止めてしゃがみ込むと、そっと落ち葉と土をかき分け始めた。


「よしっ」


喜色に溢れた声が漏れ、猟師は小振りなナイフを取り出すと、見つけたピエモンテの石づきを残して切り出すと、都合五個に茸が見つかった。


「さっきの分かれ道で風上に跡があったからもしやと思ったが、これならもう二か所望みがあるぞ」


()しものオークも、風下の茸までは鼻が利かなかったようである。


その後猟師が知っている穴場を巡った結果、両手いっぱいのピエモンテを採集することが出来た。


「目的の物は見つかったが、肝心のオークが問題だな」


「探して見つからないなら、向こうから来てもらえばいい」


フードの女が事も無げに言い放つ。確かに獲物が好む寄せ餌が手元にあるではないか。


そして彼らは来た道を戻り始めた。




猟師に先導してもらったのは、見通しのきく開けた場所だ。


「森の中なのに、たまーにこんな場所があるんだよ」


そこは直径二十メートル位の砂地の空間だった。ちょっとした低木や雑草がちょろちょろ生えているが、そこはまるで砂漠を切り取ったかのような風景である。


「いいわね」


フードを脱いて露わになった女の素顔には、大きなつり上がった瞳とエルフのような長い耳があった。しかし耳には柔らかな毛が生えており、例えるなら彼女はネコ顔のエルフである。


そしてぺたんと砂地に座り込むと、両手で砂を掬い感触を楽しみ始めた。


「ふふん♪」


猟師が唖然としていると、隻眼の男から急かされる。


「彼女は放っておいていい。それよりピエモンテを処理してしまおう」


「お、おう。良く知っているな」


「まあな。元々欲しかった代物だ。渡りに船ってことだ」


「わたり……え?」


どうやらこの地方では使わない言い回しだったようだ。




茸を入れていた袋を開けると、ふわりと微かな香りが広がった。


ピエモンテでの支払いを打診されていたので、猟師は忘れず採集用等の道具を準備していた。


彼は自作の固めのブラシで可能な限り泥を払い落し、見えるところは布で拭う。


そこから水ですすいでいくのだが、必要以上に水にさらさないようにする。でないと折角の香りが流れてしまうからだ。


そしてそれが済んだら余計な水分は可能な限り除去するのだ。




「それから水洗い……っと!?」


“水筒の水では足りるか?”と猟師の頭に不安がよぎったが、目の前に水の球が漂っていた。


「これくらいでいいか?もっと出せるぞ」


「た、助かる。十分だ」


(魔法って呪文を唱えるんじゃなかったのか?でも見た目は剣士っぽいし、五つ星って何でも出来るのか?)


ぐるぐると思考は廻るが考えがまとまるはずもなく、取り敢えず猟師は目の前の茸の処理に意識を向けることにした。




漂う水球であったが、上から茸を落として中に入るか訝しんでいると、隻眼の男が黙って頷くので試しに一つ放り込む。


しかし茸が問題なく水に沈んでいくのを見て、一々気に止むのも馬鹿らしくなった。すぐさま宙に浮かぶ水球へ手を突っ込んだのは、やけくそになったからかもしれない。


それでも手早く茸を濯いで乾いた綺麗な布の上に並べていくと、手持無沙汰なのか横から声がかかった。


「水気を飛ばすぞ」


「ああ、頼めるか───」


てっきり隻眼の男が布で拭きとってくれると思いきや、男が茸を手に取ると表面の水気が蒸気となって立ち昇る。


「表面の水気だけ飛ばしているから安心しろ。それより手を動かせ」


その指摘に口を開けて呆けていた男は慌てて手を動かした。




「容器はこちらで持参した。問題ないはずだがどうだろう」


男が並べていくのは革のカバーに覆われた広口瓶と何かが入った布袋。開けてみると生米が入っていた。


革のカバーは遮光目的なのだろう。ガラスの密閉できる瓶は香りが飛ばないようにするためだ。


「米?これは?」


「一緒に入れることで、湿気を米に吸わせる。同時に香りも吸うから、その米でもう一品作れる……らしい」


当人も良く分からないらしいが、喋りながらも広口瓶に生米を入れ、そこにピエモンテを埋めていく。


これの利点はしっかり管理すれば茸が湿気ることは無い事。欠点は管理を怠れば乾燥しすぎて折角の香りが飛んでしまう事。


しかし管理がしっかりとなされれば、香り高い茸を味わえるだけでなく、程よく香りが移った生米でリゾットも堪能できることだ。


消費期限は目安一週間。


余程の好事家に依頼されたのだろう。用意された道具は専用の物であったし、指示された手順も微に入り細を穿つものであった。


封をされた瓶は男の付与収納に収められ、ピエモンテの採集は無事完了したのであった。






はじめに気付いたのは彼女だった。


砂遊びをしていた女の耳が震えて振り返るのと、隻眼の男が作業の手を止め顔を上げたのは同時だった。


猟師が何事かと身構えると、森からオークがふごふごと鼻を鳴らして現れた。


“ブギィィィ!”


差し詰め“香りを辿ってきたら目的のものでなく、チビ共がいた”といったところだろう。


はぐれオークがそこらで拾った棍棒代わりの太い木の枝を振りかぶり突進してきても、ギルドからの二人は慌てやしない。同行の猟師が一人、後退りしていた。


「わたしがやるわ」


「わかった」


身長も体重も半分以下のエルフ?の女が腰を上げる。防具も身に付けてなければ、武器どころか寸鉄も帯びていない。


「無茶だ!あんたもなに任せてんだよ!」


猟師が短弓を手に取り構えるが、隻眼の男はそれを制止する。


「見ていろ。あれでも四つ星だ。討伐系依頼の報告を怠っていなければ、五つ星相当だぞ」


呑気なことを口にして丸投げしているように見えるが、隻眼の男も腰の剣に手を置いて、いざという時に備えている。




棍棒を薙ぎ払い、振り下ろす。


フードの女改めネコ系エルフは、オークの棍棒を危なげなく回避している。


砂地で足を取られそうなものだが、足元に苦戦しているのはオークだけで、ネコ系エルフの足取りは軽やかである。


焦れたオークがタイミングを計って棍棒を振り下したが、砂を辺りにまき散らしただけであった。


そんな隙をネコ系エルフが見逃すはずもない。


オークが振り下ろした右腕の横を、すり抜けざまに彼女の腕が素早く閃くと、血煙と共に数条の切り傷が花開く。


「あ、ついちゃった」


“ばっちいばっちい”とばかりに、腕に付いた二・三滴の血に砂をかけて落としていく。


“プギィィィィ!!?!”


いつの間にかネコ系エルフの握った両手の甲には、それぞれ三本の鉤爪が生えていた。


それは虎の爪(バグナウ)が可愛らしく思えるほど長く鋭いシロモノで、その正体は彼女の能力で具現化させた魔力の爪であった。


「わたしの爪は“すばやく”て“するどい”わよ」


ネコ系エルフは“今度はこちらから”とばかりに、野性味を帯びた笑顔でオークへ走り出した。




彼女が積極的に狙ったのは、定石通りの足首と膝だ。


五合も合わせぬうちに、ダメージが蓄積したオークは右ひざをついてしまう。


振り下ろすより薙ぎ払いが多くなったオークだが、ネコ系エルフは薙ぎ払う棍棒を鋭い爪で斬り付けていく。


それを何度か繰り返すと彼女は足を止め、オークを挑発するように攻撃を見切り、最小限の動きでかわし続けるが、ここでオークは足りない頭を巡らせ、棍棒を振りかぶる。


単純に棍棒を叩きつけるのではなく、エルフが内側に避けるようにわざと少し外側に棍棒を振り下し、さらには内向きに叩くことで砂を飛ばして怯ませ、怯んだところにその勢いのまま薙ぎ払うのだ。


はたして棍棒を叩きつけると、砂がはじけ飛んだ。


しかしネコ系エルフの布石は棍棒を脆くしており、叩きつけた棍棒は折れ、思っていたほど砂は飛ばず、そこまで読んでいた彼女は自身の契約精霊に一言指示するだけで済ませた。


“かべ”


彼女の髪に張り付いていた柳の葉状の塊(すなのせいれい)は、二枚の砂の壁を隆起させたのだ。


一枚は勿論オークが飛ばした砂の防御。


もう一枚はオークの目の前にそびえ立ち、彼女の姿を隠すと決着は一瞬であった。


オークの鼻先に壁がそびえ立つのを見ながら、彼女は間合いを一気に詰める。


狙いは喉元。オークはまだ次の手をこまねいている。


狙いを澄まし、壁越しに貫き手を突き刺す。


狙い(あやま)たず、魔力の爪が喉に突き刺さる感触。


それを感じ取ると、彼女は魔力を上乗せして爪を一気に伸長。


オークの首を貫いた。


“手応えあり”


彼女が魔力の爪を消して砂の壁を蹴ってトンボを切ると、壁の向こうではオークの喉元から血が噴き出して砂の壁を濡らしていく。


壁の向こうでオークが倒れる音がすると砂の壁も崩れ落ち、ネコ系エルフは砂埃を払い落すと、髪をなでながら砂の精霊をねぎらった。


「ざっとこんなものだ」


隻眼の男は猟師にそう言ったが、猟師は何がどうなったかほとんど分からなかった。




倒したオークは討伐証明として片耳が落とされた。


ここで残る死体の処分にひとしきり頭を悩ました三人であったが、ネコ系エルフの申し出で砂中

深く埋めることで決着がついた。


“ザザザザザ───”


砂が何とも形容しがたい音をたてると、オークの巨体が砂の中に沈んでいく。


猟師が沈めた深さを聞いてみると、オークの身長の倍近くだと言う。


ここまで規格外の実力を目の当たりにすると、脅威を通り越して呆けてしまう猟師であった。




一行が村に戻ったのは日も暮れかけの頃だった。


「おぉ。お疲れ様です。首尾はどうでしたか?」


労いもそこそこで、出迎えた村長が訊ねる。


「安心してくれ、もう……」


「村長!もう大丈夫だ!このヒト達が全部退治してくれた!」


男の言葉を興奮した猟師が被せて報告する。


「「「やったー!」」」


その場にいたのは村長の他数人の男達であったが、一斉に声を上げる。すると家の中で様子を窺っていた村人たちも歓声を上げて飛び出してきた。


歓声は徐々に村に広がり、村の端に届くまでさほど時間を要しなかった。


「村の蔵を開けろ!宴会だ!」


金は無くとも食料はある。村長の宣言に、何度目かの歓声が上がった。




宴会は深夜まで続いた。


討伐証明の部位の確認が済むと、それらは焚き火に放り込まれた。村長が完了証明を男に渡したことで、この依頼は終了。


村の女たちによる鍋が煮え、肉が焼け、男たちが酒樽を開けると宴会の始まりだ。


フードの女がいつの間にか姿を消してしまったので、酒の肴として隻眼の男が掴まった。


彼の武勇伝を語るのは専ら猟師だったが、隻眼の男もその辺の事情を許容していたようで、時折相槌を打ち言葉少なに解説を加えていく。


それも済んでしまうと、今度は彼の冒険譚をねだられる。


このようなことは何度もあるのだろう。


彼は拒むことなく、酒を片手に彼の体験をひとつふたつ語り、夜は更けていった。




見送りの村長夫妻との挨拶もそこそこに、二人は日の出と共に村を出発した。


“くぁぁ……”


あくびをしながら二人乗りでゴーレム馬を走らせる。


「間に合う?」


「問題ない。クレティエンヌの足なら大丈夫だ」


ゴーレム馬を愛称で呼び首筋を撫でてやると、馬の様に一鳴きしてその歩みも心なしか早くなった。




二日後の午後に二人は王都ラスタハールに到着し、門をくぐるとギルドへ一直線に向かう。


「今戻った。確認してくれ」


寄り道することなくギルドに辿り着くと、隻眼の男は受付嬢にギルドタグと完了証明をカウンターに提示した。


「ご苦労様です。確認いたします」


受付嬢はカウンターの奥に引っ込むと、ファイルを繰って照合しすぐに戻って来る。


「確認いたしました、お疲れ様です。五つ星の方にこの様な依頼を受けて頂いて恐縮です。道中異常はありませんでしたか?」


「気にしないでくれ。個人的な用事のついでだ。あぁ、その用事の最中にはぐれオークに襲われたから、ついでに(・・・・)退治しておいた」


男の突発的な報告にも、受付嬢は淡々と対応していく。


「あの村も周辺集落でもオークの目撃報告は無かったはずですが……ありがとうございます。情報収集と注意喚起を呼びかけましょう」


「よろしく頼む。ではまた」




受付嬢がギルドを出ていく男の背中を見送ると、暇をしていた同僚が声をかけてくる。


「いつ見ても渋いオジサマねぇ。ついでで倒してくれたとか、その村もオジサマがいる時で運が良かったわね」


「……なに言っているのですか。緊急性が高かったから、あの方が現地受注で退治してくれたに決まっています。私用の“ついで“とか言っていましたが、村にはロハか現物で、お金のやり取りはしていないでしょう」


「ええっ、タダか村の作物で退治してあげたって事?」


「もしくは森の恵みとかでしょうね」


そうそうイレギュラーな事は起きて欲しくはないと彼女は息を吐くと同時に、一つの村の危機を救ってくれた彼に感謝した。




その日二人は王都で一泊はせず、午後過ぎの市場の売れ残りで食料を買い叩き、先を急ぐ。


「空が高いわね」


「そうだな」


空に何を思い描いたのか、男は腰のポーチに手を当てがい、女はフードの中で耳を震わせる。


二人は雲一つない空を仰ぎ見る。


「いこう?」

「いこうか」


二人が若かりし頃よりも道は整備されており、ゴーレム馬の足取りが緩むことは無かった。


街からの遅い出立ではあったが、日が沈み月が出る頃には共営の野営地にトラブルなく到着し、翌朝も同宿の荷馬車をよそに、いの一番で出発した。




★☆★☆




森都クァーシャライ。


山腹に広がる町なのだが、エルフの村から発展した為、そのイメージから森都と呼ばれるようになった。


“都”と評されているが面積はさほどでもなく、長閑な地方の町と言ったほうがお似合いかもしれない。


そのクァーシャライの門では、午前中は行商人や旅人が出発し、昼頃の空白時間ののち、午後からは一泊する者たちが門を潜り抜ける。




昼飯時と言うには少し過ぎた頃、門番たちは遠くの山道のカーブを曲がって来る騎影を発見した。


「今日の一番さんは随分と早いな」


共営の野営地で一泊した者達が到着するのは、大体が午後過ぎ夕方前である。


それを馬車の無い単騎駆けとはいえ、尋常ではないハイペースである。


「おぉ、早い早い」


「ここまでで対向車とトラブル起こしてないだろうな?」


門番二人が喋っている間に、当の騎手が到着した。


「立派なゴーレム馬ですね。タグか身分証明書を拝見」


相手の持ち物を褒めてやり取りがスムーズになるなら、彼らはいくらでも誉め言葉を身に付けていたし、それが事実なら言葉を紡ぐのは容易いものだった。


「お勤めご苦労さん」


馬上の二人が日よけのフードを脱ぎその顔を露わにすると、門番たちの態度が変化する。


「「お、お帰りなさいませ、ヴィリューク様!サミィ様!」」


直立不動で挨拶する二人。


うんざりしているヴィリュークに対し、サミィは我関せずとそっぽを向いている。


「毎回言っているだろう……そういうのはいいって」


「そうは参りません!あなた様は街の誇りです!」


ヴィリュークが二人を宥めても一向に効果は無かった。


「ふぅ。通らせてもらっていいかい?」


「「どうぞ、お通り下さい!」」


彼らは馬上の二人を見送ると、鼻息荒く呟いた。


「やべぇ、ヴィリューク様と話しちまった……」

「歴戦の佇まい……ふるえるわ」




街は石畳で整備され、街路樹が並び緑も多い。遠くには街のシンボルであろう、一際高い木がそびえ立っていた。


ヴィリューク自身が年を重ねても尚、木は変わらずそこに在り続けている。


石畳に蹄鉄の音をたてながら進むと、通りすがりの者がヴィリュークに気付くので、その都度挨拶を交わす。


声をかけてくるのはヒトだけではない。


塀の上や木の枝からは、ネコが入れ代わり立ち代わり鳴き声を上げ、その様子をサミィは珍しく口角を上げて見つめていた。


そしてゴーレム馬が辿り着いたのは、シンボルツリーの隣。ヴィリュークの実家である。




道行く蹄鉄の音が聞こえていたのだろう。


家の前で止まると、窓から外を窺っていた姿が消え、勢いよく扉が開いた。


「おかえりなさい、ヴィリューク!」


「ただいま。エステル」


ゴーレム馬から降りて手綱を取った所へ、彼の妻が抱き付いた。


「私もいるのだけど?」


「おかえりなさい、サミィ」


少し拗ねたヒトガタのサミィも、エステルは抱きしめる。


ネコマタとなって数百年。彼女はネコの姿よりヒトの姿を多く取るようになった。


「さぁさぁ二人とも中に入って。疲れたでしょう」


「そんなに急かすな。クレティエンヌ(ゴーレム馬)を馬房に入れなくては」


「トレバーにやらせればいいわよ。トレバー~、おじいちゃんの馬、連れて行って~!」


エステルの声と同時に扉が開くと、やれやれと言った態の若いエルフが出てくる。


「ばあちゃん声でかすぎ。二階まで聞こえてるよ。おかえり、じいちゃん。サミィ姉ちゃんも、ってそんなに頭撫でないで」


「ん、久しぶりだし」


トレバーはサミィに頭を撫でられながら、手綱を引いて誘導していった。


「それでナスリーンは?」


ヴィリュークは、いつもなら顔を出すはずのもう一人の妻のことを訊ねる。


「部屋に篭っているわ。あなたに連絡してから、水しか口にしていないの」


エステルは出迎えの時と打って変わって、沈んだ声で説明する。


「そうか」


そう、ヴィリュークは彼女の為に帰って来たのだ。




ナスリーンの部屋をノックすると、返事はすぐに返って来た。


「どうぞ」


部屋の主の許可が出たので、そっと扉を開けて中に入る。


「ただいま、ナスリーン」


「……!ヴィリューク、おかえりなさい」


ナスリーンはベッドから身体を起こし、本を手にしていたがページを開いた様子はなかった。


「お茶、淹れてくるわね」


「あぁ、頼む」


エステルはその場をヴィリュークに任せて席を外し、ヴィリュークは椅子をベッドに寄せて腰掛ける。


「少し痩せたか?」


ヴィリュークは左の義手でナスリーンの手を握り、右手を彼女の頬にあてがう。


「少し、ね。あなたの手、温かいわ」


その言葉に彼は黙って両手で彼女の顔を包み込んで温め、頬に赤みが差すと次は両の手を取った。


彼女も製作に関わった夫の義手。それは冷たい金属を感じさせず、間違いなく温かい彼の手であった。


二人の手の温度差が無くなっても、ヴィリュークは手を離さなかった。


「大丈夫か?」


「大丈夫。ちょっと、食が進まないだけよ」


「そうか、それはいけないな。……そうそう、土産があるんだ。ちょっと目をつむってくれ」


「え、なぁに?勿体付けるわね」


それでもナスリーンは目をつむり、ベッドにもたれかかる。


ヴィリュークはそれを確認すると、腰の付与ポーチからピエモンテの瓶を取り出し、彼女に持たせた。




“ヒク……”


ナスリーンの小鼻が動く。


そして瓶のふたを開けると、緩やかにピエモンテの香りが広がった。


香りは真上にあったナスリーンの鼻腔を直撃。彼女は鼻から息を吸い込んだ。


胸一杯に香りを吸い込んだナスリーンだったが、吸い込んだ香りを惜しむように静かに息を吐いた。


ドアをくぐった時は儚げな佇まいのナスリーンであったが、今や目は爛々と輝かせ、ベッドから降り立つと手を差し出すので、ヴィリュークは黙って蓋を手渡す。


ナスリーンは受取った蓋でしっかりと瓶に封をすると、歓声を上げてヴィリュークに抱き付いた。


「ありがとう、ヴィリューク!愛してるわ!」


「喜んでくれて嬉しいよ」






二階から響く歓声を耳にし、エステルは持って行くはずだったお茶に口を付けた。


「はぁ……ヴィリュークが茸を見つけてきてくれて助かったわ。ほんと年を取ってからナスリーンてば食い意地が張って来てるわよね」


「消費期限ぎりぎりだったんだから仕方ないじゃん。ナスリーンばあちゃんが帰って来るのを待っていたら絶対ダメになっていたって」


エステルの孫のトレバーが口をとがらせる。


ナスリーンの好物とあって、毎年旬になるとピエモンテが届けられるのだ。


「ピエモンテは母さんの大好物だからな。仕事で家を空けていたとはいえ、残りを俺達で食べてしまったのが不味かった。駄目になった状態を、自分の目で確認していれば諦めもついたんだ」


自身の母親という事もあり、息子のオーウェンがため息をつく。


家族全員で食べても優に二回分はあったピエモンテ。二回目で全部使い切れば良かったのだが、中途半端な量を残してしまったのがそもそもの原因である。


「大した量は無いだろうし、全部ナスリーンにあげる事。いいわね?」


「分かってる」

「はぁい」


異口同音の声が上がる。


“みんなー!ヴィリュークが採って来てくれたわ!”


階段を下りる音と共に、ナスリーンの喜色溢れた声が響く。


「なんともまぁ嬉しそうな声だ事。けどねぇ……」


エステルが言葉を飲み込んだ。


ハンガーストライキをしていたナスリーンが、いきなり通常の食事をとれば腹痛間違いなしである。


今晩はゆるいお粥から食事を再開し、ゆっくりと胃を慣らさねばならない。


大好物の茸を独り占めできるとは言え、その晩は泣く泣くお粥をすすり、暫くお預けを食らうナスリーンであった。





新作短編更新?



正確には「砂エルフ」の続編?です。


今回は「エルフ、砂に生きる」の新章として更新しませんでした。


そもそも私は砂エルフを執筆する時、大まかな筋道と結末を決めてから書いております。


今回の話も流れからして、砂エルフの方での更新ではないと思い、短編として分けた次第です。


しかしまぁ主人公の容貌の変化は書きたい事の一つでしたが、妄想は戦闘シーンばかりで物語が出てこない(ノД`)・゜・。


おまけにエルフのじゅうたんがチート過ぎて、逆に足枷になる始末。「砂エルフ」ではヴィリューク君にじゅうたん無しで大分苦労してもらいました。


新作ではじゅうたんの姿がありませんが、一応理由があります。書くとしたら新作側になりますが、書ける……かなぁ。


それではまた



お読みいただきありがとうございました。



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― 新着の感想 ―
[一言] ナスリーン……w 終わりくらいを見た感じ、まだまだ仕事で現役な感じですねw ピエモンテはトリュフかな。オークが好むわけだw
[一言] ヴィリュークの変化にビビってる あとナスリーンは拗ねて食べてなかっただけなのねw
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