空びこ
「空びこ」
交わることのない、独走的掛け合い台詞。
登場人物
リク(女性)
ソラ(男性)
本文
リク「スカイブルーの爽やかな香水に恋した。君が少しだけ近くにいるような錯覚に埋もれていた。夜はワイングラスに溺れた。夏の隅っこで小さくうずくまっていた。ため息は秋風に運ばれて季節を一周した。去年のため息がまたこの夏に戻ってきた。何度目だろう。」
ソラ「陽が差した洗濯物の匂いに恋していた。君が少しだけ遠くにいるような錯覚に埋もれた。昼は空の青さに溺れていた。夏の真ん中で横たわった。ため息は夏風に運ばれなかった。去年のため息がずっとそこに置いてけぼりだった。何年目だろう。」
リク「一枚のチェキが薄くなった。ストローを回すと氷が歌った。もうすぐ写真の君もいなくなる。時間に君が消されていく。彼には内緒で、この一枚だけは、私の秘密。」
ソラ「強くなってるといいな。あのチェキを破り捨てれるくらいになってほしいな。僕と君との思い出をそこらへんにでも置いていってさ。あのチェキは、思い出の中の、最後だから。」
リク「あの長い長い坂道を上りきったら、きっとまだ君がいる。消えかかった白線をアスファルトが乗せて、サドルの剥げた自転車をガードレールに寄せていた、そんな夏に、君が。」
ソラ「花火が上がった夜。ぱっと光った色の輝きたちが空を食べて、あっちにこっちにしぼんでいくから、そのままフィルムへと閉じ込めた、そんなときに、君も。」
リク「チェキでは、せっかくの花火も、主役が私たちになっちゃって。脇役ぐらいのつもりだったのに。」
ソラ「笑い話もその日のうちに溶かした。浮かぶ花火がなくなっても、艶のある夜風に撫でられながら、君といた。」
リク「君の甘い声も、頼りない雰囲気も、スカイブルーの香水も、カクテルみたいに全部溶かして、私の夏にしたかった。」
ソラ「あの日の花火みたいだった。あまりにあっけなくて。」
リク「手を握っていた。」
ソラ「離してしまった。」
リク「唇を重ねていた。」
ソラ「離してしまった。」
リク「目を合わせていた。」
ソラ「離してしまった。」
リク「心通っていた。」
ソラ「離れなかった。」
リク「あと一秒だけでも長く、ぎゅってしとけばよかったな。」
ソラ「たまには僕から、君を抱き寄せて、君の名前呼べば良かった。」
リク「たった一秒、過去に戻れないかな。」
ソラ「全部君からだった。」
リク「あのスカイブルー、もう売ってないんだよ。」
ソラ「あの夏の真ん中にいる、ずっと。」
リク「山びこやってみたんだ。君がずっとしてたから。」
ソラ「ちょっとでも素直になってたら変わってたかな。」
リク「ほんとに声、返ってくるんだね。」
ソラ「空から僕の声、届いてるといいな。」
リク「でもね、いくら空に叫んだって、かえってこなかったよ。」
ソラ「ごめんね。」
リク「ううん。」