表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

08 白銀ヒビキと人を笑顔にするキャラクター 1




 ワガハイはギャグマンガの主人公である。名前は小林リン。こことは違う世界の商店街で、肉まん屋の店主などしていたが、ある日突然、日本に転移させられてからは、賀茂あきらというお姉さんの家にやっかいになっている。


 人の笑顔を見ると、ワガハイは幸せな気持ちになる。

 逆に、悲しそうにしている人がいたら、笑わせてあげたくなる。


 きっとそれは、ワガハイが人を笑わせるために生まれた、ギャグマンガのキャラクターだからだと思う。


 ちなみに今、ワガハイの目の前には原田という名のおっさんが、鬼のような形相で怒っていた。


 怒られているのは、ワガハイと、その隣にいるあきらの2人だった。


「それで? 次に白銀ヒビキが現れた時には、彼女を捕縛、あるいは撃破することができるんだろうなぁ?」


 すごむような声で、原田が言った。

 リンは「ふんっ」と鼻を鳴らして笑う。


「愚問だ、偉い人。次はきっとうまくいくのだ」

「偉い人に愚って言わないの」


 横からあきらに注意された。この原田というおっさんは、あきら直属の上司らしいが、こんな上司の下にいて、あきらが疲れたりしないかとても心配だった。


「だいたい、お主は何でそんなに偉そうなのだ? そもそもワガハイはお主の部下じゃないのだ」

「偉い人呼ばわりもだめだけど、目上の人をお主って言うのもやめようね」


 その後、リンはあきらと一緒に、原田の説教を三十分ほど聞く羽目になった。

 まったくついていないと思う。


 説教の後、リンとあきらは遅めの昼食を摂りに外へと出かけた。

 昨日の白銀ヒビキの襲来から、ほとんど丸1日が経っていた。書類整理や上司のお小言に付き合っていたあきらは、さぞお腹が減っていることだろう。


「ワガハイのせいであきらまで怒られてしまったのだ?」


「リンのせいじゃないよ。それに、あれぐらいの年代の官僚は、説教臭いことを言わないと生きていけない生き物なんだよ」


 そんなことを言いながら、二人はチェーン店のカフェに入った。


 明らかに量より質をもとめた店だったが、

「お腹すいてるでしょ。好きなだけ食べていいよ」

 というあきらの言葉に甘えて、リンはハンバーガー5人前注文した。

 対面の席に、サンドイッチとコーヒーのセットを持って、あきらが座る。


 その後は会話はなく、あきらは5分でコーヒーとサンドイッチを胃に流し込んだ。


「さて。じゃあ、私は仕事に戻るけど、リンはゆっくりしていくといいよ」


 机の上に一万円札を乗せてあきらが席を立った。


「もう仕事に戻るのか?」


「うん、やること沢山だからねー。リンとお昼が食べられて、楽しかったよ」


 そう言うと、あきらは急ぎ足にカフェを出て行った。

 会話もろくにできない食事だったが、あきらは本当に楽しめたのだろうか。霞が関の官僚は、本当に働きすぎなのではないかとリンは思う。


 その後、リンはあきらが残してくれた一万円を使って、追加でスコーンを8個注文した。


「やはり食後の甘いものは格別なのだ!」


 両手にスコーンを持って、モグモグと美味しそうに食べる。

 そんなリンの姿を見て、店員が「あのお客さん、かわいい」とクスクス内緒話をしていた。


 リンは地獄耳なので、色んな音が聞こえたが、本人に特に気にした様子はなかった。


「ねえ」


 耳元で、誰かが呼ぶ声がした。しかし、近くに人の気配はない。空耳だ。

 リンはスコーンを飲みこむと、アイスコーヒーをひと口、飲んだ。


「ねえったら」


 再び、声が聞こえた。

 女の声だ。

 まさか、誰かいるのかと思い、リンが背後を振り返った。

 しかし、リンの背後の席には壁があるだけ。そこには誰もいなかった。


「幻聴なのだ?」


「幻聴じゃない。ああ、もうっ」


 そんな声が聞こえると、目の前の景色が急に霞んだ。

 そして、霞んだ視界の中。突然、目の前に――白銀ヒビキが現れた。


 ヒビキはリンの向かいの席に座ると、彼を睨みつけながら言った。


「……私が誰だか、名乗る必要はないよね?」


 唐突なヒビキの出現に、リンは驚いて手にしたスコーンを握りつぶしてしまった。

 砕けたスコーンが自由落下していく。


「おっと、もったいない!」


 リンは抜群の反射神経で、スコーンのかけらをすべてキャッチしながら、目の前のヒビキの睨みつける視線を、緊張した面持ちで見つめ返した。


「……ここで、ケンカをおっぱじめるつもりなのか……?」


 リンの目が周囲をうかがう。先日の溝の口駅とは違い、周りには大勢の人がいた。カフェの中には、親子連れもいる。子供を巻き込むわけにはいかないと、なんとかこの場を切り抜ける手段を、リンが模索し始めたのもつかの間。


「今日は争うつもりはない。あなたにお願いがあってきたの」


「お願い……何なのだ?」


「これ以上、私の邪魔をしないで」


 ヒビキがリンに申し出た。


「邪魔とは……お主の街を破壊する行為のことなのか?」


「あなただって、物語のキャラクターなら分かるでしょう? 見世物にされた悔しさとか、理不尽を強いられたことへの憎しみとか。……それとも、あなたの世界はそんな感情を抱く必要がないぐらいに、良い世界だったの?」


 ヒビキの質問は、リンの原作である『リンリン☆彡しょーりんじっ!』の内容を問うものだった。


「ワガハイの世界は、ギャグマンガなのだ」


「ずいぶんとほのぼのとした世界で生きてきたのね? じゃあ、あなたには日本人に対する憎しみの感情はないってわけ?」


 そう口にしたヒビキの目に、確かな敵意が宿る。


「うむ。ワガハイの世界は、ギャグマンガなのだ。ワガハイはその世界で、肉まん屋の店主をやっていたのだが、毎回オチで店が大爆発することに目をつぶれば、決してひどい目にあったりはしていないのだ」


「結構ひどい目に合ってるじゃない! 家を燃やされたんでしょう!?」


「大丈夫なのだ。燃やされたと言っても、次の回までにはもとに戻るのだ。……まぁ、家の修理代を借金して、毎回なおしていたのだがな……」


「その若さで借金を抱えているの⁉」


「うむ。借金を返すために、いろいろするうちにどんどん膨れ上がってな。元の世界では、2400億円ぐらい借金があるのだ」


「…………」


 唖然とした目で、ヒビキがリンを見ていた。


「それだけひどい目にあわされて、日本人が憎いと思わないの?」


 念を押すように、ヒビキがきいてきた。


「思わぬな」


 リンが即答した。


「確かに、ワガハイは見世物にされていたのだろう。空の上から、誰かが見ているような気配はいつも感じていた。ワガハイが理不尽な借金を背負わされたのは、その者たちを笑わせるための手段だったのだろうな」


「だったら、日本人を憎く思ったって」


「思わぬ」


 そう答えたリンが、少しはにかむような顔で笑った。


「何と言えばいいか分からないのだがな。空の上から見ている誰かが、笑ってくれると、ワガハイも気分が良かったのだ。胸が、スッとする感じがしたのだ。だから、ワガハイを見て笑ってくれた日本人に、感謝こそすれ、憎しみなど到底抱くことはないのだ」


「…………」


 そう言ったリンの顔を、ヒビキはしばし茫然と眺めていた。


「そっか……。あなたは、優しい世界から来たんだね」


 ヒビキのリンに対する、とげとげしい雰囲気が、わずかに軟化した。


「お主もスコーンを食べるのだ? 話し込んでいる内に冷めてしまいそうなのだ」


 思いついたように、リンはスコーンの乗った皿を、ヒビキの方へ差し出した。

 リンは手に乗ったスコーンのかけらを口に流し込む。ヒビキは、スコーンを受け取ることを一瞬、躊躇したが、やがて「ありがとう」と短くお礼を述べて、スコーンを一つ受け取ると、口へと運んだ。


「少し長くなるけど、私のいた世界の話を聞いてもらえないかな? その上で、あなたに……小林くんに、戦いに関わるのをやめてほしいの」


 そう言って、ヒビキは自分の生い立ちを。自分のいた世界『楽園ブレイクアウト』で起きたことのすべてをリンに話し始めた。


 自分が乗り越えてきた冒険の数々。強いられた過酷な運命。そして、無残に殺された妹の事――――それらのすべてを、リンに話した。


「運命だったなら、諦めることもできた。でも……それが強いられた悲劇で、見世物にまでされていた……私はこの世界が許せなかったんだ。だから、私はこの世界を壊すの」


 そこまで言い切って、ヒビキがリンが顔を上げた。


「ここまでが私の事情。分かってもらえた……?」


「ふっ、うぐぅっ」


 ヒビキの話を聞きながら、リンは大粒の涙を流していた。


「すごい泣くじゃん」


 あまりの号泣っぷりに、ヒビキは少し引いていた。


「すまぬ。これはワガハイが流すべき涙ではないのに。どうしようもなく止まらなくなってしまったのだ……」


 そう言ったリンは、テーブルの上の紙ナプキンを手に取って、涙を拭き、「ちーんっ」と鼻をかんだ。

 それでも、まだ涙はダバダバと出てくる。


「小林くんが泣かなくてもいいじゃない……」


 少し困ったような声で、ヒビキが言った。



          ***



 同時刻。

 警察庁特殊部隊の巡査部長、荻野が街を歩いていた。

 ようやく午前の仕事が片付いたので、適当な定食屋で食事を摂るつもりでいた。


 お腹を空かせた若手警察官には、若干量が足りない喫茶店が目に留まった。

 ガラス越しに見せの中の様子が見える喫茶店だ。優秀な警察官である荻野は、喫茶店の中に居たその人物を見逃さなかった。


 荻野に緊張が走った。

 しかし、彼は一切取り乱すことなく、群衆に身をまぎれさせると、対象から少し距離を取ったところで、PHSを取り出した。


「こちら荻野。本庁、賀茂警視正に繋いでください」


 電話交換の女性に短く告げると、ワンコールとして待たずに、賀茂あきら警視正が電話に出た。


「こちら荻野。霞が関駅前の喫茶店にて、――白銀ヒビキを発見しました」


 荻野の報告に、警察庁舎内が騒然とした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ