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02 小林リンはXXXのキャラクター 1

 ちゃちゃちゃん♪ちゃちゃちゃんちゃちゃちゃんちゃん♪ちゃちゃちゃんちゃん♪

「『お風呂が、わきました♪』」

 給湯器のお湯はりの完了を知らせるアナウンスとハモり、小林 リン(こばやし りん)が上機嫌に音楽を口ずさむ。

 中性的な顔立ちの美少年である。肩に届きかけた赤毛を、後頭部に結い上げて、エプロン姿でキッチンに立つ。薄い唇に、感情の色にとぼしい細長のまゆと、二重瞼の瞳。

 内心、リンは上機嫌であった。

 鼻歌交じりに、刃渡りニ十センチほどの出刃包丁で、キャベツを千切りにしていく。リズミカルにまな板を叩く音。視界の端では、家庭用の蒸し器が熱そうな蒸気をふいていた。

 場所は、高層マンションの一室。広々としたアイランドキッチンである。

 切ったキャベツを皿に盛ったところで、ふとリンは、玄関口の向こうに人の気配が近づいてきていることに気が付いた。

「予定より早いではないか……」

 不満げにリンが呟く。

 軽く手を洗い流し、急ぎ足に玄関へと向かう。

「ちょっと待て。今、開けるのだ」

 手を伸ばし、鍵を開けてやる。すると、扉が開き、向こうからスーツ姿の女性が、ふらふらとした足取りで家の中に入ってきた。

「ただいまぁー」

 スーツ姿の女性が覇気のない声でいった。

 メガネの下で、深いクマが目をふちどった、見るからに不健康そうな雰囲気の女性だった。顔が青白く見えるほどに肌が白く、半開きの目が疲労感をたたえている。

 彼女の名前は、賀茂 あきら(かも あきら)。このマンションの家主だ。

「職場を出る前に連絡しろといっているだろう。飯がまだできていないのだ」

「お風呂だけでいいんだよ、お風呂だけでー」

 あきらは魂が抜けて出てきそうなほど力のない声で答えて、スーツを脱ぎ散らかしながら脱衣所へと向かっていく。

 スカートのホックを外して、廊下で薄い生地のパンツを丸出したところで、リンがあからさまなため息をついた。

「せめて脱衣所で脱がぬか。ワガハイは男だと言っているだろう」

「大丈夫、大丈夫」

 何が大丈夫なのかと悪態をつきながら、リンはあきらの脱ぎ散らかしたスーツを集めつつ、彼女の後ろをついていく。

 パンツ一枚になったあきらが、浴室を覗き込んで、声を弾ませた。

「おっ。お風呂たまってるねぇ。やっぱり家に誰かがいてくれると便利だなぁ」

 脱いだパンツをリンの方へポイッと投げて、弾む足取りで浴室へ入っていった。

「こら、洗濯かごを使うのだ」

 リンのお小言など、聞こえた様子もなく、あきらが浴室のドアを閉めてしまう。リンはため息をついて、集めたスーツを抱えてハンガーを手に取った。

「年頃の娘が、つつしみのない……」

 リンはハンガーにスーツをかけると、風呂場の中に吸い込まれていったあきらに声をかける。

「メガネと髪留めもよこすのだ」

「……」

「あきら? おーい、どうかしたのだ?」

 浴室のドア越しに声をかけるが、あきらの返事はなかった。

「……まさか」

 リンが浴室のドアを勢いよく開け放つ。

 リンの思ったとおり、湯船の中にはスースーと寝息をたてるあきらの姿があった。

「あきらァ!」

「ぶわっ」

 大声で名前を呼ばれたあきらが、飛び起きた。

「風呂で寝るなと言っているだろう。本当に死ぬぞ」

「あはは、イケナイ、イケナイ」

 あきらはさして反省した様子もなく、口元のよだれをぬぐって、苦笑いする。

「寝るなら湯船は諦めて、シャワーで済ますのだ」

「やーだ。湯船に入らないと、お風呂に入ったって、気分にならないんだもん」

「本当に危ないのだぞ?」

「ごめんごめん、気をつける」

 会話をしつつ、リンが手をのばすと、何も言わずにあきらが髪留めとメガネをよこしてきた。

「眠りそうなら、ここで見ていようか?」

「大丈夫、もう寝たりしないから」

「そうか」

「ああでも、お姉さんの裸を見ていたいのなら、一緒に入ってもいいよー」

「寝ないように気を付けるのだ」

 リンは少し不安げに眉をよせたが、最終的にはあきらを信頼して浴室のドアを閉めた。

 そして、台所に戻ったリンは作りかけだった肉まんの前に立った。

「さて……」

 リンが調理を開始する。そして、十五分もしない頃。

 お風呂から上がったあきらが、リビングへとやってきた。上下を暖かそうなモコモコのパジャマに着替え、襟元が濡れないように肩にタオルを掛けている。

 お風呂で血行が良くなったせいか、少しだけあきらの顔色が良くなっていた。

 あきらがリビングのソファーに座る。

 彼女がテレビを点けるのと同時に、リンはトレーにできたての肉まんと牛乳とコップを乗せて、ダイニングキッチンを回り込んで、リビングに向かった。

 あきらの前に食器を並べ、コップに冷たい牛乳を注ぐ。

「うへっ。ご飯はいいって言ってるじゃん」

「食欲がないなら残せばいいのだ」

「食欲がないっていうかさ。不味いんだよ。リンの肉まん……」

 そう答えて、あきらが牛乳を口に含んだ。

「ふっふっふ。今回の肉まんは自信作なのだぞ?」

 リンがあきらの髪を乾かすために、ドライヤーを用意して、ソファーの後ろに立った。

「味見は?」

「自信作故に無用なのだ」

「そう。じゃあ、はい……あーん」

 あきらは肉まんをひとつ手に取ると、半分に割って、片割れをリンの口元へと近づけた。

「…………ワガハイを信用していないな?」

「むしろ、リンの肉まんは不味いっていう、絶対の信頼がある感じかな」

 あきらが不敵に笑う。

「ふんっ。最高のごちそうを食われたことを、後悔するがいいのだ」

 リンが、ひとくちで肉まんをほおばった。

「ほぎゃああああああああああああああああああああ!」

 肉まんをひと噛みした瞬間、リンはドライヤーを投げ捨てて、悲鳴を上げながら後ろ向きに倒れた。倒れたリンはピクピクと痙攣し、口からは泡が吹き出す。顔色はみるみる緑色に変色し、最後には目を回しはじめた。

 ただならぬリンの様子を見て、あきらが「くひっ」と声を上げて、笑った。

「ほぎゃあって……。不味かったにせよ、そのリアクションはおかしくない?」

 あきらがお腹を抱えてクヒクヒと笑う。

「い、今……おじいちゃんが川の向こうで手を振っていたのだ……」

「リンのおじいちゃんは死んでないでしょう」

 そう言って、あきらは手に残ったもう半分の肉まんを口に含んだ。

 数秒間モグモグし、肉まんを飲み込む。

「口に含んだ瞬間に、肉の臭みと野菜の青臭さが口いっぱいに広がるね。肉まんの皮はティッシュみたいな食感で、どんどん口の中の水分を奪っていくし、具はジャリジャリ砂を噛んでいるみたいな音がする。最高に不味いけど、悲鳴を上げて倒れるほどじゃないかな」

 あきらが牛乳を一口飲んだ。

 リンはソファーの縁に手をついて、足をガクガクさせながら立ち上がる。

「わかりやすい食レポをありがとうなのだ。どうすれば、この肉まんはもっと美味しくなるだろうか?」

「リンはどうやったって美味しい肉まんは作れないよ」

 答えたあきらが、皿に残ったもう一個の肉まんを手に取り、半分に割ってかじりついた。

「私がリンをそう設定したからね」

 あきらが残りの肉まんを少しずつ平らげていく。

「無理はせずともよいのだぞ……」

「別に。食べられないものは入ってないんでしょう?」

 淡々とした声で、あきらが答えた。

 リンは心配そうな目であきらを見ていたが、やがて床に落ちたドライヤーを拾い上げると、あきらの髪を乾かしはじめた。

 あきらがテレビのチャンネルを適当に回すと、ちょうど夕方のニュースが始まった。

『それでは、最初のニュースです。オゾン層の破壊による、紫外線集中照射現象が続く中、次の危険区域が発表されました』

「またこのニュースか。最近、こればっかりなのだ」

 リンがぼやいた。

 紫外線集中照射現象――ここ半年ぐらいで観測され始めた自然災害だ。

 オゾン層の破壊により、宇宙から集中的に照射されるようになった紫外線によって、家屋などの建物が破壊される現象だ。

 まるで嘘みたいな話だが、秋葉原、ついで池袋、上野、横浜、二子玉川といった主要都市の一部が、現実に破壊され、がれきの山と化していた。

 被害が起こる範囲は事前に予測することができるため、幸いこの災害で人的被害はでていない。

『建物の被害総額は数千億円に及ぶと推測され、政府では被害者への補償も含め、対策を……』

「物騒な話なのだ。ワガハイの商店街は大丈夫だろうか……」

「大丈夫だよ。リンの世界には、あんな設定ないから」

「なら良いのだが……」

 リンはあきらの髪を乾かし終え、ドライヤーの片付けを始めた。

 不味い肉まんを噛まずに牛乳で流し込みながら、テレビの画面を睨みつけていたあきらが、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。

「まぁ、こっちの世界でも、人を強引に避難させるための設定なんだけどね……」

「何か言ったのだ?」

「寝言だよ」

「食べながら寝るな。喉につめたら、大変なのだぞ」



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