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THE FACT 6000回死んだ男が見た世界6話

THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 6話


Episode6 その名はChloeクロエ


 私の名前はクロエ。今まさに生を終えようとしている。走り行く音、銃声、発狂、隣で友人のエマが私に必死に話しかけている。そんな事分かっているわ。でも撃たれた傷は深かったみたい。身体が寒いの、物凄く。でもね、これが本望だった。お国のために尽くせるのなら、あの罪を許してもらえるのなら……

その美しく勇敢な女性は静かに息を引き取った。


彼女の名前はクロエ。アメリカのとある田舎町の牧場にある小さなレンガ造りの家に、姉のサリーと父と母の四人で暮らしていた。父は週末になると牛の肉や乳を隣の大きな街に売りに行くのだ。決して裕福と言える暮らしではなかった。食は1日に一食。当時クロエとサリーは小学生ながら、隣街の学校から近い市場で野菜や果物を売って家の生活費の足しを賄っていた。着ている服は姉もクロエも何度縫い直したか分からないボロボロの物だった。もちろんその為に周りの人々からは貧乏人だの小汚い姉妹だの、学校や街中で差別を受けるのは当たり前だった。しかしクロエはいくら辛くても学校に行くのをやめなかった。彼女は小学生にして両親が無理やり小学校に通わさせてくれているということに申し訳なさと、何か恩返しをしなければという使命に駆られていたからだ。そればかりでは無かった。クロエの担任の先生はクロエに本当によくしてくれた。差別をした生徒に本気で怒ったり、パンを買ってきてくれてプレゼントとしてくれたり、クロエは先生が好きだった。そんなクロエにも一つ、一般人に負けないものがあった。それは『運動神経』だった。クロエは生後数ヶ月で立てるようになると、毎日のように牧場で牛を追い回したり、よじ登ったりと、活発な少女だった。そういったことも相まって、クロエは人並みはずれた運動神経を持っていた。もちろん彼女が一番得意なのはスポーツで、スポーツをしているときはいじめっ子とも一丸となって運動を楽しむことができた。はじめの頃は、男子にいじめで暴行をされたりするのが当たり前だった。しかしある日、クロエが家族のために持って帰ろうとしていたパンをいじめっ子が盗んでゴミ箱に捨てるという卑劣ないじめが起きた。今までクロエはいじめっ子に反抗することはなかった。反抗すれば返っていじめられるし、彼らはそれが楽しいからそういうことをするのだから。クロエは小学生とは思えない考えを持っていた。しかし、その一件はそんなクロエさえも本気で怒らせた。パンがゴミ箱に捨てられているのを見て、彼女は言った。

「 これは誰がしたの?……」

いじめっ子のグループ数人がクロエを取り囲んで答えた。

「 俺たち以外に居るかよ貧乏人。頭も貧弱なのか? ダハハハハハ! 」

クロエは自分がいじめられている事に腹を立てたのではなく、家族の大切な食料がゴミ箱に捨てられた事に最も怒りを感じていた。そしてクロエがムッといじめっ子を睨むと彼らはもちろんこう言った。

「 何だよ、やるってんだな! 」

いじめっ子が一斉にクロエに飛びかかるが、最初に飛びかかった数人が失神して倒れた。

クロエは男子よりも強かった。ボクサーみたいに相手の攻撃をかわすと、そいつらの顎に強烈なパンチをお見舞いした。ビビって逃げようとした奴らも容赦なくボコボコにした。今までの怒りを爆発させてしまったクロエはいじめっ子全員を病院送りにしたのだった。もちろん親からも学校からも、いじめっ子の親からも酷く怒られたが、クロエは何も思わなかった。むしろこの時に人を殴る事に快感を感じ始めたのだ。

そんなクロエは思春期になると、とんでもない悪に変貌した。車を盗んだり、薬物をやったり、持ち前の力で恐喝して金を荒稼ぎしたりもした。このときクロエは一番楽に金を稼ぐ方法は闇の力を借りる事だと確信した。そんなクロエの悪行を両親はまったく知らなかった。まさか自分の娘が最近街中で流行っている車泥棒だとも知らなかった。クロエは深夜に街のクラブの地下で行われる、地下格闘技で金を荒稼ぎしていた。相手が男だろうが御構い無しだった。それだけ彼女は強かった。しかし、その匂いを嗅ぎつけた街のギャングが彼女に取引を持ちかけた。

「 クロエ。生活に困っているね? そこで君に頼みたいことがあるんだ。ギャングに入れというわけじゃないぞ。その頼みを聞いてくれたら、街に大きな家と一生を遊んで暮らせるくらいの金を与えてやる。」

クロエは乗る気で話を聞いた。

「 麻薬を隠してもらいたい。お前の家に。なぁに、スーツケース一つ分さ。君の部屋に一週間置いてくれるだけでいい。」

「 どうやら都市部からサツが調査に来るらしんだ。俺たちは真っ先に調べ上げられる。クロエ、お前なら誰も疑わないだろ?」

「 一週間で人生を華にできる 」

ギャングはそう言った。クロエはずっと金に飢えていた。そんな彼女はその取引に同意してしまった。


麻薬を隠し続けて三日目の朝だった。サイレンの音で目が覚めた。寝室から外を見ると銃を持った警察が牧場を包囲していた。クロエは青ざめた。麻薬がバレたに違いなかった。扉を何回もノックして警察が叫んでいる。

「 次扉を開けなければ、突入する! 」

リビングに行くと、母と妹が怯えていた。そして父が扉の前で立ち尽くしていた。父はそっと扉を開けて叫んだ。

「 どうかしたのですか? 」

次の瞬間だった。警察が父をなぎ倒し、家に突入してきたのだ。警察は叫んだ。

「 この家に街の連続殺人犯が居るとの通報を受けた。」

予想外の出来事にクロエは動揺した。しかし警察は父を踏み倒すと母の胸ぐらを掴んでこう話した。

「 その殺人犯は女らしい。お前が犯人だろ? 」

警察は母が犯人であると確実に信じきっていた。もちろん母は抵抗する。

「 え?はっ、いいえ、私は…… 」

警察は無理やり母を連れ去ろうとするので、父がそれを食い止めた。

「 やめろ! 妻は何も…… 」

(バンッ!)

警察の一人が父を発砲した。

「 うるさいッ!! 殺人犯に人権はない 」

完全に無罪だった。クロエは目の前が真っ白になった。父はその場で息絶えた。それを見た母がパニックになり、暴れ出した。妹がそれに止めに入ると警察は妹を殴った。そのまま妹は倒れて、床に大きく頭を打った。その次の瞬間、また銃声が鳴り響いた。

(バンッ!)

警察が叫んだ。

「 お前!!なにやってるんだ!犯人を撃っちまいやがって! 」

「 だってこの女、俺の股間を蹴りやがったんだ! 」

母も殺された。床に父と母、そして意識のない妹が倒れている。絶望、絶望、絶望。それしか頭にない。クロエは抵抗しなかった。しばらくして驚くべき事実が判明した。クロエの部屋のスーツケースからは血痕のついた布と刃物が出てきたのだ。黒幕はギャングだった。奴らの濡れ衣を被せられたのだ。クロエの母が殺人犯だったという事になった。無論、それは事実ではない。その後に妹が死亡したとの連絡が来た。頭の打ち所が悪かったらしい。クロエは全てを失った。何もかも。全てクロエのせいだった。しばらくは記憶がなかった。あてもなしに歩いたらしい。忘れたくて、何も考えれなくなった。自分が悪いということを考えたく無かった。あぁ、全てを自分のせいで失った。絶望を通り過ぎて、自殺もできなかった。ただただ、自分を責め続けた。何日も行く宛もなく歩き続けた。もう冬だった。冬の初めに事件が起きたが、それからの記憶が無い。いや、無くしたのだ。脳があまりのショックに防衛反応を起こしたのだ。クロエは無銭の上に数日間何も口にしていなかった。そして足元が段々と千鳥足になって行く。そしてやがて道の横に生えていた芝生にばたりと倒れ込んだ。もう立ち上がる気力さえない。

「 ごめんなさい…… ごめんなさい…… 」

悲しい気持ちが襲ったが、もう涙は出なかった。クロエの意識は落ちた。


(カーン! カーン! )

何か鐘のような音が響いている。真っ白だ。真っ白な何かまばゆい光が見える。それはとても美しかった。クロエは目を覚ました。気がつくとベットに横になっており、手には点滴が繋がっていた。ベッドの周りはカーテンで囲まれて仕切られてある。あの光はこれだったのか。するとカーテンの向こう側で話す声が聞こえた。

「 点滴を交換してきます 」

その足音は段々と近づいて来た。そしてカーテンを開ける。

「 まぁ! お目覚めになったのですね! 」

そう話したのは修道院のローブを身にまとったシスターだった。

「 あなたは二週間もの間、寝たきりだったのです。二週間前の夜のことです。道に倒れていた貴方を街の人が偶然発見して、病院に連れて行ったのです。しかし貴方は目を覚ましませんでした。その時たまたま貴方が身元も不明ということもあり、医師たちが話し込んでいたのを、この教会の神父様が耳に挟み、教会で預かるという事になったのです。」

クロエは宗教に対しては無関心だった。

クロエは話した。

「 ごめんなさい、悪いんだけど治療費を払うお金も、両親も私には無いわ。」

その言葉を聞いてシスターは笑顔でこう話した。

「 いいえ。治療費なんてとんでもありません。私達の役割はそういった人々に光を与える事です。ただ、たまに神に祈りを捧げるだけでいいのです。ここはそういった行き場のなくなった人たちの集まり場所でもあります。」

クロエは驚いた。お金は一切取らずに自分の傷を治してくれたうえに、気がすむまでこの教会に住んでいいというのだ。クロエの体調は良くなり、初めて教会の外に足を踏み出した。そこには数人の孤児達がいたが、一人だけ歳が近そうな女が教会のベンチに腰掛けていた。クロエはその女に話しかけた。

「 あの…… 」

その女はクロエに気づくと話した。

「 あら! 元気になったみたいね!」

「 私のことを?…… 」

「 ええ。話はシスターから聞いていたからなんとなく。私はエマよ! よろしくね! 」

「 私はクロエ。…… 」

「 貴方も行く宛がなくなってここにきたのね? 」

そうエマが尋ねると、クロエはしばらく考え込んで答えた。

「 何もかも失ったの。生きる希望さえも 」

「 そう見たいね 」

エマは即答した。正直この時にクロエは軽々しく返答された事に少し腹が立った。そしてこう質問した。

「 エマは何故ここに? 貴方も行く宛が無くて? 」

「 そうね…… 簡単に言うと自殺しようとして、できなかったの。今考えたらあの時よくそんな事をしようと思ったな、と後悔しているわ」

「 何故自殺をしようと? 」

「 交通事故を起こしたの。交通事故を起こして、私以外の家族はみんな死んだわ。その車は私が運転していたの。」

「 私が起こした事故なのに、私だけが生き残った。」

「 それから自殺しようとビルの屋上に座っていたら、警察に捕まったの」

「死ぬ勇気すら私にはなかったみたい。」

「情けない、女なのよ…… 」

クロエは思った以上に深刻な過去を激白したエマにこう話した。

「 そう、だったのね…… でももう一人じゃ無いわ。私がいる。 」

「 友達 」

エマは満面の笑みをクロエに見せた。

「 私はここに数ヶ月住んでいるの 」

「 でも、神父様や神様のおかげで私は楽になれた。」

「 私はこの罪を償いたいと思っているの。 」

エマはそう言った。彼女の目には燃える何かが見えた。

「 それでエマはこれからどうするつもりなの? 」

「 私は分かったの」

「 分かった? 」

「 悩みを解決する一番の方法は『忙しさ』にあると。」

「 暇は人を喰らうわ。悩む時間を与えて、病気を招く。 」

「 じゃあ働くってこと? 」

「 それでもよかったわ。でも、それでは罪は償えない。だからせめて人の、国の役に立つ仕事に就きたいの 」

そしてエマは凛々しい顔付きに変貌し、こう話した。

「 私、『軍』に入ろうと思うの 」

この一言こそが、クロエの人生を大きく変えたのだった。

「 まずは新兵としてキツイ訓練に耐えなければならないわ。訓練は男女ともに合同。訓練内容も同じ。」

「 女性が兵士になるには、かなりの苦労があるのよ。」

「 でも、私の犯した罪を償うために、せめて国のために尽くせて人生を終えれるのなら、悩む時間があるのなら、私は『軍』に入りたいの。」

その言葉の全てがクロエの胸を打ったのだ。

クロエが話した。

「 入隊はいつするの? 」

「 来週に陸軍のバスがこの教会に迎えに来るの 」

「 教会と軍に関係が? 」

「 んー、教会にはね、罪を償いたい人がたくさん来て、その中には私みたいに国に忠誠を誓いたいという人がたくさんいるの。だから年に一回だけ、志望者を歓迎する軍のバスが訓練兵を集めに来るのよ」

「 噂によると、普通の志望者より、『ここ』から出る志望者の方が兵士に向いてたりするらしいわ 」


クロエは教会のベンチに腰を降ろすと、しばらく考え込んだ。行くあても無く、悩みながらここに住み続けるより、自分の罪を償いたいと考えていた。それにクロエの闘争本能が黙っていなかった。クロエは悩んだ。数週間、クロエとエマは意気投合し、本当の意味で通じ合った友人となって行った。そしてエマが軍に入隊する前夜のことだった。

「 クロエ、貴方と知り合えて本当に良かったわ…… 貴方のことは一生忘れない。できたらこの教会宛に手紙を送るわね。」

せっかく知り合ったエマとは今夜でお別れだった。しかし、ベッドについてもクロエは眠れなかった。自分の中でなにか大きなものが動こうとしていた。いや、もう動いていたのかもしれない。クロエのベッドの横には大きな荷物がまとめてあった。

「 私はもう何も怖く無い。失うものもない。守るものもない。誰かに命令された事を遂行するだけ、ただそれだけでいい。 」


  翌朝、エマは神父さんにお礼を言い、神にお祈りをした。すると神父は思いもよらぬ言葉を話した。

「 もう先にクロエが向かったぞ、停留所に 」

その言葉を聞いてエマは駆け出した。そして停留所の先頭に荷物をせおったクロエがいたのだ。

「 クロエ!? あなた…… 」

「 エマ、私も行くことにしたわ。私も国に尽くすことにした。それに人と闘うなんて最高じゃない! 燃えて来たわッ!」

エマはただただ嬉しかった。心の通じる友人と軍に入隊できるなんて。

こうしてエマとクロエは『軍』に入隊することとなる。

2016年にアメリカは女性兵士が特殊部隊に所属することを認めた。そういった動きが徐々に当たり前となり、この時代には女性兵士は珍しくはなかった。

始めの数年は新兵として訓練を受けることとなる。

 エマとクロエは陸軍ではなく海軍を志望し、数年の訓練を行った。正直、女性にはかなりキツイ訓練内容だった。しかし、彼女達の強い意志は成果として反映された。なんと訓練兵数千人の内の最優秀者5名の中に、彼女達の名前があったのだ。こうして彼女達は優秀な成績でアメリカ海軍として認められることとなった。その後、彼女達は多くの成果を上げていった。周りの兵士たちには尊敬され、今までと見違える生活となった。そんな二人はいつしか『海の女神達』と呼ばれるようになった。しかしクロエはただ『罪』を償うのが目的だった。名誉や地位やお金は真っ平ごめんだった。

二人が入隊してから三年後の事だ。アメリカ海軍特殊部隊、ネイビーシールズへ入隊してみないかと言う誘いが上の者から伝えられた。彼女達はその特殊部隊がいかに精鋭の集いで凄いエリートから構成される夢のような部隊かを良く知っていた。女性がこの特殊部隊に入隊したなどという前例は聞いたことがなかった。しかし二人は迷わなかった。どんなに辛い事や試練が立ちはだかっても、それが『良い事』なのなら、せめてもの償いになると。普通の兵士なら逃げ出したくなるような過酷すぎる訓練をエマとクロエは無心でやってのけてみせた。彼女達の経験した出来事より辛いことはもう存在しない。彼女達はこうしてネイビーシールズに入隊することができた。もちろん彼女達は部隊に入隊してからも輝かしい成績を収めた。特にクロエは生まれながらの運動神経が最大限に活かされる天職だと自分でも悟っていた。

ある日、クロエが所属するネイビーシールズチームCに極秘の任務が課せられた。それは近年新たに勢力が増してきた武装組織『D.D』である。この組織は宗教の過激派団体の残党が勢力を拡大し、独自で殺戮ロボットを開発、さらにテロを起こさせるといった凶悪な犯罪組織である。この組織のスローガンは『 新たな時代 』であった。この組織の幹部である『バルベ・ターナー』と仮名で呼ばれる男が、中東の山岳で麻薬と引き換えに兵器を購入するという情報がネイビーシールズに入った。その『バルベ』と呼ばれる男から組織の情報を聞き出すために、生かしたまま確保、やむおえない場合は殺害しろといった命令がクロエとエマの所属するのチームCに課せられたのだ。チームCは今回の任務の為だけに結成されたチームであった。その為、任務決行日までの3ヶ月、このメンバーで訓練や小規模任務などを行い、確かなチームワークを築いていった。

今回決行されるこの任務は極秘で行うため、出来る限りの戦闘は避けなければならなかった。チームCの部隊は全員で5名、内一名は本部から情報を分析する係だ。つまり、クロエ、エマ、他に3名の精鋭達が仲間という事になるはずなのだが、今回他のチームから応援としてもう一名、部隊に参加するという者も部隊の仲間に加わった。

任務決行の前日、作戦会議を終えたエマとクロエは思い出話にふけっていた。あの教会を旅立ってから6年位の月日が流れていた。

「 あれから6年も経つのね…… 」

エマは言った。あれから様々な任務をこなした彼女達は精神的にも十分に成長しきっていた。過去のトラウマを克服し、新たな自分を確立していた。

「 明日の任務のことなんだけど 」

クロエが作戦会議に使用した大きな地図を見て話を始めた。

「 今回の任務はかなり危険だとおもっているの 」

普段は強気で弱音などはかないクロエがそう言ったことを話したので、エマはすこし驚き気味に返答した。

「 どうして? 」

「 あのバルべっていう男を私は知っているわ 」

「 知り合いなの!? 」

「 いいえ、ただ小耳に挟んだだけよ 」

「 小耳? 」

「 私は昔ギャングと絡んでいたことがあるの。そいつらがこう言っていたわ。『全ては新たな世界のために、バルべ・ターナーの為に』ってね 」

「 ギャング達とどの様に繋がりが? 」

「 分からないわ。ただ奴らが話していたのは『バルべ』は相当頭がキレる極悪人ってことね 」

「 ギャングの上にバルべが? 」

「 頭がキレる奴なら、私達に情報を掴まれる様な事はしないはずよ 」

クロエは眉をしかめながら鼻を鳴らした。


 部隊はインド洋からイエメンに向かい、北の山岳へと進軍する。極秘の任務の為、真夜中に行動しなければならなかった。部隊の一員のジョーは得意なジョークを話しながら場を和ませる。

「 ここの辺りは夜になると亡霊が出るらしいぜ 」

「 亡霊? なんだよそりゃ、お前の母親だろ? 」

元プロ格闘家出身のクーパーが返答した。

「 マジに出るんだって! なんでもよお、昔この地域では男女差別がすごかったんだとよ。それで罪もない女が殺されて、ソイツが亡霊になってこの地域に出るらしいぜ。」

「 フッ 」

クロエは鼻を鳴らす。

「 なんだよクロエ、お前も信じないのか?そりゃそうだ、お前は殺されるんじゃなくて殺すほうだもんな!」

「 まぁまぁまぁ、落ち着いてくださいジョーさん。亡霊がいるならそれは『僕たち』ですよ。」

一番後輩の狙撃手ジャックスが話した。

「 おいおいおい、ジャックスもそっち側かよ! エマはどうだ! 」

「 んー…… 神がいるのだから、居るわよ 」

「 さすがエマ! 」

すると全員の無線が鳴った。

「 ちょっと、話が過ぎるわよ。今は重要な任務中だから集中して!ジョー、あなたはもう黙りなさい 」

本部からの通信役のサリーが無線で警告した。

「 ああったって! 」

ジョーは首を振りながらふてくされた様に話した。

しかしそんな和やかな空気が一変する出来事が起こった。それは先頭を歩いていたクーパーがハンドサインで『止まれ』と合図したからだ。部隊は一斉に緊張に包まれる。情報ではここに人はいない。一斉に銃を構える。先頭のクーパーが無線を鳴らす。

「 人がいる ! オーバー 」

それを聞いて狙撃手のジャックスが狙撃銃のスコープを覗き込む。

「 あれは…… 」

「 ジャックス、どうしたの? 何が見えるの? 」

クロエが無線で質問する。

ジャックスは無言のまま息があがる。

「 ジャックスッ! 」

ジョーが声を荒げると、ジャックスはハッとして答えた。

「 バルべがいる…… 」

「 なんだって! バルべの野郎がこんな所にいるのか! 情報では3日後に市街地に来るはずなんだろ? サリー!一体どうなってる! 」

「 それは確かなの!? ジャックス? 」

サリーも動揺している。情報は確からしかった。

ジャックスはさらに話した。

「 あぁ、間違いない。あれはバルべだ。だが…… だがバルべは…… 」

「 勿体ぶってないで早く話しなよッ!! 」

クロエが怒り気味で話すと、ジャックスは話した。

「 バルべは確かにあそこにいる。いるんだ…… でも『死んで』いる…… そればかりじゃ無いぞ、奴は木製の十字架にまるで『イエス・キリスト』の様に貼り付けられているッ! 」

一同は困惑した。肝心の標的がジャングルの奥で遺体となって怪奇的な死に方をしているからだ。部隊の情報に誤報はあっては決してならない。情報の確実性を確保してからで無いと任務は行われない。それが故にこんな不測の事態は絶対に起こらないはずである。しかし、今まさに予想を遥かに超えた出来事が目の前で起きているのだ。

「 近づいて遺体を調べよう 」

クーパーが提案した。しかし、すぐにクロエが返答した。

「 いいえ、駄目よ。 」

「あ? 何でだよ? 俺らの任務は奴を生け捕りにするか、始末するかだ。奴が確実に死んでいるのならそれで俺らの任務は成功だろ? 」

クロエは説教気味に話す。

「 いい? 私達の情報に誤報があるのがまずおかしいのよ。それにこんなジャングルでターゲットが一人だけで怪奇的な遺体で発見されるのもおかしいわ。これは『罠』 よ…… 」

「 罠? 一体誰がそんな事を? 第一に俺たち特殊部隊がここに来る事を知っている奴はいないはずだ。極秘任務だぞ。確かにアレは怪奇的だ。だがだからと言って引き返すわけにもいかない。調査が必要なんだ。分かるだろ? 」

「 …… 」

クロエは黙り込んでしまった。確かにそうだった。このまま何もしないで引き返せば任務は失敗という事になる。彼女自身もまた、自分の発言の確実性の欠如を認めざるを得なかった。決定的な証拠はない。ただ、クロエの直感がそう言っていただけだった。とは言え、クロエの中になにか引っかかるものがあった。何か懐かしい様な、苦い様なものが。

「 怖いならここにいればいい。来たいやつだけ来い。 」

クーパーは一人で行ってしまった。

「 おい、待てって! 俺も行くさ 」

その後にジョーも続く。

「 僕は君達を援護するよ。 」

狙撃兵のジャックスはその場で銃を構えた。エマは困った様な顔しながらクロエの横に寄り添って言った。

「 クロエ、気にすることはないわ。二人で十分よ。私もここに残るわ 」

すると本部のサリーが怒り気味で話す。

「 ちょっと、クーパー!今こちらで他の作戦を練っているところなの、勝手に動かないで! 」

クーパーは元格闘家という性格からか、自分が決めた事を曲げようとはしない。

「 こちらクーパー。ターゲットまで残り数メートル 」

「 ねぇ、ジャックス。なぜ貴方はあの遺体がバルべって分かったの? 」

クロエが唐突に質問した。

「 何故って、資料のファイルと同じ顔だからです。それに『服装』とかも。」

「 服装も!? 」

クロエは驚いて話した。

「 おかしいわ。資料ファイルと全く同じ服装だなんて。毎日同じ服を着ているというの?スーツなら分かるわよ…… ねぇサリー! この奴の資料ファイルは誰が提供した物なの? 」

サリーが答えた。

「 え? 貴方達が持っている資料の写真は『D.D』に潜入中の工作員が入手した物よ 」

「 その工作員は今どこにいるか分かる? 」

「 え? 調べれば分かるはずだけど…… 」

「 解析をかけてちょうだい。うちの兵士なら名前が出るはずだから 」


「 ジャックス、周りに不審な影はないか? 」

ジョーが質問する。

「 ええ、有りません! 暗視でも見ていますが、問題はありません 」

「 ジャックス、あなたの持っているハンドガンを貸してくれないかしら? 」

クロエが話した。

「 何故です? 」

「 いえ、私のハンドガン何か変なのよ。トリガーの部分がやけに短い。あなたのも私と同じ銃よね? 確認するだけだから 少し貸して 」

「 …… 」

ジャックスは黙り込んでから、自分のハンドガンをクロエに渡す。

「 ありがとう 」

ジャックスは銃を渡してから再びスコープを覗き込んだ。

「 ジョー、異常はありませんか? 」

「 あぁ、暗くて視界が悪いから暗視ゴーグルを付ける。もうすぐターゲットだ 」

「 了解です…… 」

「 ジャックスありがとう。私の勘違いだったみたい 」

クロエはジャックスにハンドガンを返す。

生ぬるい風が辺りを通り抜けた。

すると無線でクーパーが叫んだ。

「 おい! どうなってる! 」

( !!!)

その声に一同がびくりと肩をあげる

「 コイツはッ!! 」

それと同時にサリーから無線が入る。

「 クロエッ! この資料ファイルを提供した人は… いないわッ! 全てが偽りだった!」

「 このファイルを情報として持って来たのは…… 『ジャックス』! 」

「 コイツはバルべじゃないッ! 服を着たマネキンだぞ!! 」

それは木製の大きな十字架に貼り付けられたマネキンだった。

そうクーパーが気付いた時、音がなった。

( パシュッ!、パシュッ!)

その瞬間、クーパーとジョーはばたりと倒れこむ。

「 !!! 」

撃ったのは、ジャックスだった。クーパーとジョーはジャックスの消音器付きの狙撃銃で頭を的確に撃ち抜かれたのだ!

「 野朗ォ! 」

ほんの数秒の出来事だ。クロエがハンドガンを構えて、ジャックスに照準を向ける!じゃックスは狙撃銃を手に持っていた為、反応する事ができなかった。彼は素直に狙撃銃から手を離すと、両手を挙げた。

「 ジャックス!!! どういうつもりなの!!! 」

おがるような声でクロエが叫ぶ。エマは動揺して動けない。

「 見せしめさ…… 我らが『D.D』のッ!」

「 あんた、私達をハメたのね…… 情報は全て偽りだった…… どうして!…… 」

「 俺らの組織が国の精鋭部隊を手にかければ、もっと知名度を拡散できるからだ 」

「 D.Dはお国の特殊部隊より武力があるのだと、『誇示』できる。いいかい、もはやこれは新宗教なんだ。神は機械だ。機械無くしてはこの世は進歩しない。だからロボットは我々の『神』なんだ 」

「 くたばれ! クズ野郎ッ!!! 」

クロエはハンドガンのトリガーを引いた!

(カチンッ)

「!!?」

弾は出なかった。

「 残念だね。君のハンドガンは使い物にならない。」

ジャックスはそう言うと、自分の腰に挿してあるハンドガンを抜いて構えた。照準はクロエの頭だ。

「 君がさっきハンドガンに違和感を覚えたと行った時は正直言って焦ったよ。だって僕が昨日のキャンプの時に君達のハンドガンのトリガーに細工を施したのだから。」

「 なんだって! 」

ジャックスは念入りに作戦を遂行していたのだ。

「 残念だけど全員殺そうと思う。君たちの死体があれば十分だからな。それで…… だ。 」

「 エマ 」

ジャックスはエマの名前を呼んだ。エマはびくりとして動けない。

「 君は神を信じているね。それはキリストかな? 考え直すなら今だ。言ってる意味分かるかい? 」

そう言いながらもジャックスの目はクロエから外れない。

「 とりあえず、クロエには死んでもらうよ 」

ジャックスはなんのためらいもなく、トリガーの指を動かした。しかし!!

(カチッ!)

「 ぬ!? 」

ジャックスのハンドガンからは弾が出なかった!次の瞬間クロエがジャックスに飛びかかる!胸ポケットに持っているサバイバルナイフで思いっきりジャックスの喉を狙う!

「 うぐぐぐぐッ! 」

しかし、ジャックスもそれに対する防衛術は訓練で受けているため、ガードが固い。馬乗りになったクロエが全力で喉をかっ切ろうと奮闘する。しかし、不利であるはずの位置のジャックスの力は凄まじく、クロエを跳ね除けた!恐らくここに来て男女のガタイの差が仇となったのだ。

「 ハァハァハァ、やってくれるね…… さっきだな…… さっきハンドガンを貸した時に、安全装置をかけたんだな…… 」

ジャックスが苦しそうに話した。

「 ハァハァハァ…… 」

クロエも息が上がる。

「 クロエ、お前気付いていたんだな。俺が黒幕だって…… だから安全装置をかけた。お前はやはり殺さなければならない。」

ジャックスは再びハンドガンを拾い上げるとそれを構えた!次は安全装置を外している!。

「 死ねぇッ! 」

( ズバババンッッ!)

「 ぬぐぁあ! 」

撃ったのはエマだ!エマはジャックスの胸に自動小銃をお見舞いした!しかし、撃たれたのにも関わらず、ジャックスはエマに突撃する!そしてジャックスは腕をエマの首に回し、右足でエマの足を払う!しかし、エマも訓練で受けた防御を固め、払われる足を勢い良く空中に振り上げる!その振り上げられた足でジャックスの首を挟む!

まるで肩車見たいな状態だ。

「 グハッァ…… 」

ジャックスは血をドクドク流しながら、エマの足をなぎ払おうとするが、やがて右手に持っていたハンドガンのトリガーを引いた!

( バンッ! )

その銃弾はエマの脇腹をえぐり取った。

「 ヅハッ 」

エマが声出すとやがて足が外れた。

「 エマ、お前には期待したが駄目か! 」

そしてジャックスはエマの胸ぐらを掴むと崖の下に放り投げた!

エマは崖の斜面を転がりながら転がり落ちていった!

「 エマァァァァァ! 」

クロエは叫ぶとともにジャックスにタックルした。そのタックルでバランスを崩したジャックスだったが、すぐさまにバランスを立て直す。その一瞬の隙にクロエは前回りをしてエマが格闘の際に落とした自動小銃を拾い上げる! その銃口はジャックスを捉えた!しかし、ジャックスのハンドガンもクロエを捉えた!同時にトリガーが引かれる!

( バンッ バンッ!! )

(ズダダダッ! )

ジャックスの頭はえぐれ、地面に崩れ落ちた。

「 やっ!…… た! 」

クロエはそう思った。しかし、

「 ゴボッ、ガボッ…… 」

何かものすごく温かいものが上半身に流れ落ちていく。喉だった。喉を撃たれていた。喉からドス黒い血がドバドバとこぼれ落ちる。

「 うぐっ…… 」

すると足音が聞こえてきた。そいつらは真っ白いコートみたいなものを着ていた。胸元には顔の半分が人間でもう半分がロボットのマーク。奴らは…… カルトテロリスト『D.D』だった。一人じゃ無かった。大人数潜伏していた。このジャングルに隠れていた。クロエ達は最初から敗北していたのだ。

ジャックスは真面目だった。その性格からか、自分に自信が無かった。それに目をつけられたのだ。彼は利用された。

すると上空をヘリが通過した。ほとんど耳が聞こえなくなってきている為、目視だったがそこには確かに『 USA』と記してあった

「 良かった…… 増援が来た…… 」

恐らく無線の異変に気がついたサリーが本部に連絡したのだ。しかし、このまま見つかればトドメをさされてしまう。クロエは思い切ってエマが落っこちていった崖に身を乗り出した。もう力がないクロエは落下の際に気や石に体をえぐられながら落下した。その崖は幸いにも13メートルほどで平面に達するとやがてクロエは仰向けに倒れた。もう力も出ない。声も出ないわずかに音が聞こえる。明け方の空をヘリが飛んでいる。

「 あぁ、空はあんなにも美しいのに…… 」

すると近くで銃撃戦が始まった。恐らく他部隊がテロリスト達を鎮圧しているのだ。意識が遠くなっていく。するとクロエはあることに気がついた。身体が揺れている。すると空がパッとなくなった。その代わりにある物が瞳に映り込んだ。死ぬ間際だろうか、それを認識するのに数秒を要した。それはエマだった! エマが涙を流しながらクロエを揺さぶっている。エマ自身も撃たれた脇腹から大量に血が流れ出している。

「 あぁ、私達死ぬのね。」

「 エマ……貴方に出会えて良かったわ」

「 これで私達、『罪』から解放される。楽になれるのよ 」


何故だか空はゆらゆら揺れて見えた。


 私の名前はクロエ。今まさに生を終えようとしている。走り行く音、銃声、発狂、隣で友人のエマが私に必死に話しかけている。そんな事分かっているわ。でも撃たれた傷は深かったみたい。身体が寒いの、物凄く。でもね、これが本望だった。お国のために尽くせるのなら、あの罪を許してもらえるのなら……

その美しく勇敢な女性は静かに息を引き取った。


はずだった……


「 え? 私生きてる。 身体が物凄く軽い!」

クロエは全身に今までに味わったことのない快感を感じると、やがて声が聞こえて来た。

「 10ビョウ、9ビョウ、8ビョウ、」

何かがカウントされている。そしてその数字が0になると眩しい光が辺りを包み込んだ!



 クロエは目覚めると、緑色の液体に浸かっていた。

「 ここどこ?…… 」

すると目の前に見たこともないロボットが現れて話し始めた。

「 オハヨウゴザイマス。ナンバー003、オリビア様。5998回目ノ起床デス。明日ニハ再接続致シマス。 」

そう告げるとロボットは早々と部屋を後にした。

「 オリビア……? 一体誰のことなの…… ? 」



          Episode7へ続く









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