THE FACT 6000回死んだ男が見た世界4話
THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 4話
Episode4 アンドロイド製造工場
昇降機を使って下に降りて行くと、電池が液漏れしたようないかにも体に悪そうな匂いが鼻を抜けていった。ガシャンと音を立てると、昇降機はまた上昇し始めたので二人は急いで飛び降りた。
「上から見た感じは小さかったけど、下に降りるととても広いのね」
「あぁ。工場だからうるさい場所だと思っていたが、そうじゃ無さそうだ。」
この工場は全ての作業をアーム式のロボットが行なっており、音が立つ時と言えば、そのアームが動く時だけだった。
「今まで通り、見張りのロボットは音を探知して行動するはずだ。気を引き締めていこうオリビア」
「ええ、そうね。」
ここの工場には五体の警備アンドロイドが転々と見張りを行なっているため、ルイとオリビアは出来る限り奴らに出会わないように動く必要があった。工場の中には無数のベルトコンベアーが存在する。その周りに何やら部品のようなものを溜め込んでいる大きなカゴが沢山あった。そのカゴの死角を巧みに利用しながら、ルイとオリビアは慎重に進んでいく。すると、途中で転々と続いていた部品カゴがいきなり途切れた。正確には、次のカゴへの距離がかなりあった。
「 オリビア、あそこのカゴまで恐らく4メートルくらはある。 先に俺が行って、様子を確認する。向こう側で俺がハンドサインを出したらゆっくりと渡ってくるんだ 」
「 ええ、分かったわ。気をつけてね 」
そして、左右を確認しルイはゆっくりとカゴから移動した。移動している間はヒヤヒヤものだった。そしてルイが周りを確認し、ゴーサインを出したので、オリビアが腰を上げたその時だった。ガシャリと音を立てて、真っ黒いアンドロイドが歩いてきた。オリビアは冷静にまたそっと身を隠した。すると、ブラックアンドロイドは、ルイとオリビアのカゴの間で静止した。ルイもオリビアも音を立てないように、息を止める。そしてルイは対岸のオリビアに
「 落ち着いて、大丈夫 」とハンドサインを出した。そのアンドロイドは見てわかる通りに、今までのアンドロイドと少し違っていた。明らかに今までと比べて体が大きいし、背の高さは3メートルは優にあった。目は真っ赤で、クリクリの目をしていて、口はない。手にはカービンライフルらしきものを持っているが、あきらかに私達が知っている銃では無かった。きっとハイテク兵器に違いない。ルイとオリビアはこの工場にいるアンドロイドがいつもの旧型と外見も違うことから、温度を探知するなどのさらなる能力があるのではないかと心配した。もし、目でも見えているならば危険度はさらにアップするだろう。しかし、高さが3メートルもあるのにルイを目視できないことから、目は見えていないことは理解できたし、唯一の救いだった。とはいえ、近づきすぎるとさすがにバレてしまうので、このアンドロイドが通り過ぎるのを待つしか無かった。しばらくアンドロイドを観察していると、アンドロイドは奇妙な言葉を話し始めた。そしてその言葉はルイとオリビアを驚かす事となる。
「ナンバー2了解。ナンバー2からナンバー3、4に告ぐ。ナンバー1の情報によるところ、昇降機が動いた形跡がある模様。繰り返す、何者かが昇降機を動かした模様。」
なんとブラックアンドロイドは従来のアンドロイドより人間に近い言葉を話したのだ。機械的な声ではなく、感情がこもったような言葉を。
(このアンドロイドは仲間同士で連携を取っている)
驚きは心に留めておきたかったが、余りにも身体は正直だった。ルイは緊張で徐々に喉が乾くのを感じた。この施設に来てから、水分を補給していない。と言うより、自分が人間みたいに水分を欲するとは思っていなかった。なにせルイ達の体は半分が機械だったからだ。緊張で口が渇いたせいか、口に唾液が溜まった。それをルイは飲み込もうとして、固唾をゴクリとした時だった。唾液が明らかに違う器官へと流れた。よく食事をしている時になる、あの感じに。咳をしたいという要求が肺のあたりから押し寄せてくる。
「 やばい! 咳が…… 出てしまう! …… 」
もしここで咳をしてしまえば、確実に見つかって殺されてしまう。我慢できるものならしているのに、この現象だけは命がかかっているとはいえ、抑えることは不可能に近かった。ルイはオリビアにそれを伝えて、注意を逸らすようにハンドサインを送った。
(たのむ…… 気づいてくれ! )
オリビアはルイの異変に気がついた。
(どうしたのルイ? )
ルイは必死に喉から咳が出そうだ! 助けてくれ! とハンドサインを送る。
(喉? 声? 何かが口から出そうなの? 意味がわからないわ…… ルイ。)
(……だめだもう持たない……ここまでか…… )
ルイは辺りを見回した。あったのは、ベルトコンベアーだけだった。そしてついに、
「 ゴホッ、ゴホッ、!!」
(なんですって! ルイ ! )
ズドドドドドドドドドドドドドドド!!
ブラックアンドロイドは音の方向にライフルを連射した!辺りは銃撃の勢いで、煙が起こり、焼け焦げた匂いで充満した。オリビアは煙が無くなると、ルイの方を見た。そこにはうつ伏せで倒れるルイの姿があった。
ドッキュン。それを見た瞬間に一気に心拍数が跳ね上がった。
( ルイ!)
大声は出せないが、心で大声をあげた。ルイはピクリとも動かない。そしてさらに状況は悪化する。銃声を聞いたアンドロイドが皆集まって来たのだ。オリビアの来た方向からも、別の方向からも歩いて来た。
(このままここに居たら、見つかってしまうわ! )
元来た道は人一人が通れるくらいの広さしかなく、身を隠すことは出来ない。逃げ道は1つ、後ろにあるベルトコンベアーを乗り越えて先に進むしかなかった。しかし、ルイをほって行くことになる。
ギャンギャン。アンドロイドが集まってくる。
「 ルイ…… 必ず ここに戻ってくるわ。 」
オリビアはベルトコンベアーをゆっくりと乗り越えた。ベルトコンベアーには、アンドロイドの手の部品が流されていた。オリビアは壁沿いに沿って、歩いた。幸い、見張りのアンドロイドはさっきの騒動で同じ場所に集まっていた為、鉢合わせる事は無かった。そしていつの間にか、部品カゴとカゴの間に出来た一本道に出た。
「 ここを進むしかなさそうね …… 」
この道を進むのは気が引けた。もし奴らに出くわしたら逃げることができないからだ。しかし、この工場の土地勘が無いので、この来た道を道なりに進むしか方法はなかった。
しばらく歩くと何やら独特な匂いが鼻を通った。それは臭ったことのある匂いだったが、オリビアはどうしてもその匂いを思い出す事が出来なかった。
「 この匂い、絶対に嗅いだ事があるわ。 なんだっけ…… 小さい時に …… 」
そう思いながら歩いていると、奥にまた別のベルトコンベアーが見えた。
「 なんて事! ここで行き止まりだわ…… 」
これ以上進む事は出来なさそうだ。しばらく考えて、来た道を引き返すことにした。
すると一瞬、風に乗って何かが聞こえて来た。
「 ハンナ…… 」
オリビアは、ハッとして辺りを見渡したが、誰もいない。
「 さっきの出来事で気が動転しているのかしら 」
オリビアは構わず、道を引き返した。すると、進行方向の左から黒い人影が、右の方へとものすごい速さで移動して消えたのだ!
「 何ッ !? 」
確かに見えたのだ。でもそれはただの影だった。人間のような物があのような速さで移動して消えることなんてありえない。
「 一旦落ち着かないといけないわ 」
オリビアは立ち止まって、目を瞑った。ゆっくり息を吸って、吐いた。ここは戦場、安息の場所なんてない。なんとか落ち着いて目を開けてみた。すると、一本道だったはずの道が、Y字の様に2つに分岐しているではないか!
「 !? 」
「 待って、何かが変よ…… 私の来た道は確かに一本道だったわ! 」
緊張が身体を強張らせた。
すると、片方の道の方から歩いてくる音がした。オリビアはアンドロイドが来たと思って、とっさに身を隠そうとした。しかしその時、言葉が聞こえて来た。
「 オリビア。いや、ハンナ。君はまた逃げるんだね。そうやって誰かを犠牲にして。 」
そいつはいつのまにかオリビアの横に座っていた。
「 きゃっ! 」
あまりの人知を超える出来事に、オリビアは少し怯んだ。
そして、そいつが誰だか一目で分かった。なんとそいつは、オリビアことハンナが想いを寄せていたあの男、ヘンリーだった。
「 ヘンリー…… ? 」
「 あぁ、そうさ。サメに喰われたヘンリーさ。君に見殺しにされたヘンリーさ。そしてルイまでもを見殺しにしたんだね。」
「 私は見殺しになんかしてない! 貴方が先に行けと言ったのよ! 」
「人殺しっ! 人殺しっ!人殺しっ!人殺しっ!」
ヘンリーはオリビアを獣を見るかの様な目で見下しながら、坦々と言葉を繰り返した。
「 裏切り者!裏切り者!裏切り者!裏切り者!…… 」
「 やめてヘンリー! お願い! 」
「人殺し!人殺し!人殺し!人殺し!人殺し!」
「やめて……お願い… 」
へンリーは言うのをやめなかった。それどころか、大きな声でさらに繰り返した。
「 人殺し!人殺し!人殺し!人殺し!!!」
そして我慢できなくなったオリビアがついに爆発してしまった。
「 やめてって、言ってるでしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その大声はオリビア自身をも我に帰らせた。
「 いいえ、あなたはそもそもヘンリーじゃないわね…… おかしいわ。あなたはルイのことを知らないもの。 」
その言葉をオリビアが発した瞬間に周りがバッと明るくなった。ふと気づくと、分岐路は消えて、一本道になっていた。
「 一体なんだっ…… 」
バシュンッ。
オリビアの顔を銃弾がかすめた。一本道の奥にブラックアンドロイドが銃を構えていた。
「 しまった! さっきの大声で場所がバレてしまったんだわ! 」
オリビアはとっさにベルトコンベアーのある方向に走った!アンドロイドもそれを感知して追いかけてくる!しかし、この先は行き止まりなのだ!オリビアはそれを百も承知で、逃げ行く中、必死にどう逃げるかを考えた。
その時だった!どこかで口笛のような音が聞こえた!
(ピユゥゥウウウウ)
すると、ブラックアンドロイドは一瞬立ち止まった。しかし、走って逃げているオリビアには、そのことに気を止めている暇は無い。
「 もう後には引けないわ ! 」
オリビアはベルトコンベアーを見つけると、ジャンプしてベルトコンベアーに乗り込んだ!しかし、ベルトコンベアーのレーンの先には空港の手荷物検査器みたいに小さなトンネルがあった!するとオリビアは体の姿勢を仰向けにした。そのままオリビアはベルトコンベアーの先の小さいトンネルに姿を消した。
ギャンギャン。ブラックアンドロイドがそこに着いた時、オリビアの姿は無かった。
暗闇の中をベルトコンベアーが流れていく。なにせ狭い。人一人、それも小柄な女性でしかここを通る事は出来ないだろう。ベルトコンベアーは何やら坂を登り始めた。暗闇なのでオリビアにはそこがどこかわからなかった。しばらく上がると、今度は勢いよく降り始めた。シュルルルル。すると、その先に1つの光が見えた!
「 出口だわ! …… お願い! 助かって! 」
これは賭けだった。ベルトコンベアーの先がどこに続いているかなんて当然オリビアには予測する事は出来なかった。もしこの先が廃棄場なら、絶体絶命極まりなかった。そしてオリビアはその光を抜けた!
「 お願いっ! 」
その願いは虚しかったのか、それとも幸運だったのか、そこは空中だった。
「 !! 」
オリビアは身を宙に投げ出されて、そのまま10メートルくらい下まで落下した。
ズドン!一瞬にして目の前が真っ暗になった。
ジンっと痛みが体に走る。普通の人間では骨折では済まなかっただろう。
「 痛たたっ…… 」
目を開けたオリビアは真っ暗闇の中、自分に起きた出来事を考え直した。なぜヘンリーがあそこに現れたのか。そもそもなぜ一本道であったはずの道が分岐していたのか。と、ふとオリビアは思い当たることを思い出した。
「 匂い…… さっきの独特な匂い…… あの匂いは…… 」
そしてオリビアはその匂いが何だったのかを思い出した。
「 そうよ!あの匂いは、…… ペンキ!! 」
それは幼い頃に工作の授業で臭ったことのあるあの匂いだった。
「 シンナーね…… 」
ペンキの材料にはシンナーが含まれるのだ。シンナーには脳を麻痺させ、快楽を感じさせる成分が混合されている。しかし、それは体に害を及ぼすもので、吸いすぎると中毒症状や、幻覚を引き起こしたりするのだ。
「 私が見たのは、幻覚だったのね…… 」
おそらくだが、製造されているアンドロイドを塗装する際のペンキの匂いが、その道に充満していて、オリビアはそれを吸いすぎて幻覚症状を引き起こしたに違いなかった。そしてオリビアは身体を動かしてみた。
「 くっ…… 重い! 」
オリビアは自分が何かに埋まっていることに気がついた。それはまるで幼少期に遊んだボールプールみたいな感覚だった。それでもオリビアは力一杯上体を起こした。そして地上に出た時、オリビアは背後から驚かされた猫の様な瞳のごとく、目を真ん丸にして叫んだ。
「 きゃぁぁぁっ! 」
そこにあったのはアンドロイドの頭だった。ボールプールならぬ、フェイスプールだった。アンドロイドの顔面をよく見ると、瞳に色はなくまるで死んだ魚の様な目だった。魂が宿っていないのだ。どうやらベルトコンベアーに運ばれたアンドロイドの頭のパーツがここに流れ着いて、ストックされている様だ。
「 こんな所、早く出ないと 」
オリビアは周りを見渡す様に歩いた。上を見ると自分が流れて来たベルトコンベアーがあり、絶えず上からアンドロイドの頭が振ってくる。地獄絵図でしかなかった。周りは透明な壁でできているらしい。オリビアはその透明の壁を覗き込んだ。
「 うわ! 高いッ ! 」
なんとそこは工場の上層部だった。上からさっきいた場所が確認出来た。しかし、ここは大きな水槽の様な構造で、出口がどこにも見当たらなかった。出るとしたら、15メートルほど上までよじ登らなければならない。反対側の壁を覗き込んだ。すると、ここと全く同じ構造の大きな水槽の様なガラスケースに、アンドロイドの上半身が溜められているが見えた。
「 どうやら私、アンドロイドのパーツ部品の保存場所みたいなとこに着ちゃったのね。」
どうもこうも、壁をよじ登ろうとしてみたが、ガラスなので滑って上へ上がれなかった。
「 ひょっとして私、一生ここから出れないんじゃ…… 」
できる限りの脱出方法を考えた。ガラスは割れない。上へも登れない。そして1つの選択肢だけが残された。
「 この頭のパーツが流れてきて、この場所が一杯になれば、カサ増しして、上から脱出できるわ! 」
しかし、現実は甘くなかった。時間を数えると、約3分に一個のペースでしか頭のパーツが流れてこないのだ。このまま待っていたら、あと何日待たないといけないか。オリビアは絶望した。もうルイに会うこともできない。アンドロイドの頭の山の上でオリビアは寝転んだ。
「 とうとうここまでか…… 」
思い返せば奇妙な経験だった。死んだはずなのに、自分がサイボーグみたいな形で生き返るなんて。これをネタに小説でも書けば一儲け出来ただろうに。自分は地球でなんの不便もない幸せな家庭で生きていたのに、やはりいくら健全な人でも、運命には逆らえないのだろうか。私達が何故ここに来て、誰なのかを知りたい、ただその一心で行動して来た。メモに残された私達と同じひとたちの記憶。彼らもまた謎を解こうとして失敗したのだ。しかし、私達は今回、このメモ史上一番真実に近づいたのだ。そうだ、っとオリビアはメモに今に至るまでの経緯をメモに残した。ボトンッ。アンドロイドの首が落ちてくる。
「 もう3分も経ったのね…… 」
メモを書き終えたオリビアは再び寝転がり、天井を見た。 」
人間は考え事をしている時、目の焦点はどこにもあっていない。いや、心の焦点と言うべきだろうか。そして、オリビアは考え事をやめて、ふと天井に焦点を当てた。
「 ん? …… 」
天井には大きなアームが付いていた。まるでUFOキャッチャーの様なアームが。
「 UFOキャッチャー…… 」
次の瞬間、オリビアの体に血液がグルっと循環した。
「 UFOキャッチャーよ!!! 」
「 UFOキャッチャーは何か商品を掴んで、それを取るものよね。つまり、あの大きなアームはこのガラスケースに溜まった部品を掴むためにあるはず! 」
「 そして何かの条件で、アームが部品をすくって、アンドロイドの部品を流すのよ!つまり、一定時間になるとアームが動くのか、それともこのガラスケースが一杯になれば、アームが部品を流すはず! その証拠に、頭のパーツと上半身のパーツは同じタイミングでベルトコンベアーから運ばれてきているわ!つまり、個数?いや、同じ個数を流す様に計算されているのでなくて、重さ?いや、重さはこのガラスケースで測定は不可能ね。となるとやはり、個数?そうね、頭と上半身のパーツを同じ個数流すって事は、流された分だけアンドロイドを生産するって事よね。つまり、どこかでこのガラスケースに溜まる部品の数を計測しているはず。」
オリビアはベルトコンベアー付近を見上げてみた。そして目線はべルトコンベアーの下へと移っていく。すると、何やら小さな機械の様なものが、ベルトコンベアーの下についていた。
「 あれよ! あれで落ちてくるパーツの個数をカウントしているのだわ。つまり、あそこを通過したパーツが1つとカウントされる。 」
その計測器かもしれないものはオリビアの高さから約4メートルくらいのところに位置していた。
「 つまり、あのベルトコンベアーの下にある機械が一定数のカウントを取ると、アームがパーツをすくいにくるのよ。という事は あのセンサーに誤作動を起こさせればいい! 」
オリビアはアンドロイドの頭のパーツを手に取った。
「 意外と軽いわ! これならいける! 」
恐らく組み立て前で頭の中身が無かったので、軽く感じたのだろう。
なんとオリビアはアンドロイドの頭のパーツを真上に放り投げた!
頭はベルトコンベアーより高く飛び、落ちて来た。
「 これで投げられた時に一回、落ちる時に一回、センサーに計二回反応させたわ。つまり、このガラスケースに頭のパーツが2個落ちた計算になる! このまま何回か繰り返せばば、このガラスケースが一杯になったと誤作動して、きっとアームが動くはずよ! 」
オリビアは生前読書が趣味で、特に推理小説が大好きだった。その持ち前の磨き上げた推理力で、ガラスケースからの脱出を試みる。オリビアは何度もアンドロイドの頭のパーツを上に放り投げた。もう20回は投げただろうか、一回で二回の計算ならもう40回ここにパーツが落ちた計算になる。
「 やっぱり私の計算違いなのかしら…… 」
そして21回目を投げ終えて、22回目を投げ切ったときだった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
なにやら地鳴りのような音が鳴り始めた。オリビアは上を見た!すると、大きなアームが下に垂れ下がった鎖を巻き上げて行く!
「 やった! 私の読み通りよ! やっぱりガラスケースには上限があった」
そしてそのアームはゆっくりと、まるで獲物を捕らえる蛇のようにのそりのそりと垂れ下がってくる。オリビアはアームにしがみつこうとしたが、その前に少し考えた。
「 このアーム、下に降りてくるのは一度きりなのかしら。まずこのアームがどう動くかを確認したいわ。」
オリビアは1回目と思われるアームを観察して見ることにした。アームみるみる下に下がってくる。そして、頭のパーツにガバッと突っ込んだ。しかし、まだアームは開いていなかった。そしてゆっくりとアームが上昇し、アームが開いた!そしてアームは一気に頭のパーツを拾い上げた!
「 一回でかなりの数を掴めるみたいね。このアームの上にしがみ付くしかなさそうね 」
アームは上昇し、そのまま姿を消した。なかなか帰ってこない。
「 アームがパーツを持って行く先はいったいどこなんだろ。まさか、高いところから落とされたりはしないわよね…… 」しばらくするとアームが帰ってきた。そしてオリビアはアームが下がってくるのを待った。そしてアームが自分の目の前に来るときに、ある異変に気がついた。
「 ん?なに?この黒い焦げは。それに鉄臭いわ。 」
帰って再び下降してきたアームは先ほどと比べて明らかに色が黒ずんでいた。そして、アームからは鉄のような独特な匂いがきつく感じ取れた。まるで手にずっと硬貨を持っていて、その後に染み付いた臭いのように。
「 この焦げと匂い…… 」
「 アームが焦げるほどの何かがアームの進む先に有るんだわ。」
「 いいえ、そもそもここに有る頭のパーツがどうしてアンドロイドに使用されるパーツだと言えるの? もしかしたらここにあるパーツは不良品で、あのアームに乗って廃棄場に投棄されるのかもしれないわ。そして鉄を廃棄するのに一番適しているのは、熱。」
「 理由はなんであれ高温の熱が関係しているのは間違いないわ。このままアームに運ばれたとして、そもそも逃げ道があるのかも分からない。でも、クヨクヨしているのが時間の無駄よ。」
「 ここに居ても何も変わらないわ。可能性が微塵でもあるならそれにかけるべきよ 。それに結果がどうであれ、私には予知することもできないわ。」
「結果はその人の意志の強さによって毎秒変動するのよ! 」
「 ダメと思えばそれまで。まだいけると思えば、まだいけるの!」
アームは再び下に下降してきた。オリビアは柔軟運動のように体を伸ばしてソイツを待った。アームが部品の山に顔を付ける。
「今よ!」
オリビアはアームから伸びる鉄の骨組みにしがみついた。幸い、アーム自体が大きいので、ぶら下がると言うよりはアームの上に乗るという形になった。ゆっくりアームが部品をすくい、口を閉じる。
「 大丈夫よきっと。大丈夫。 」
アームは猫が散歩するような速度で上昇していく。そして上昇位置の最大に達したのだろう、ドスンッとアームが揺れた。その揺れでオリビアは振り落とされそうになったが、どうにか耐えてみせた。かなりの高さがる。オリビアは足がすくんだが、アームの骨を離す事はしなかった。そして、アームは次に横に移動し始めた。そこからは完全に未知の領域だった。しばらく進んでいくとアームは暗いトンネルに差し掛かった。オリビアは道中で飛び移れる場所はないかと探したが、全てここから飛んで届きそうな位置に無い。そしてトンネルの中に入った。中は真っ暗でアームが動くモーターの音しか聞こえなかった。そしてオリビアはトンネルをしばらく進んだところである異変を感じた。
「 温度が変わった? さっきより生暖かくなったわ。 」
恐らく普通の人では感じることのできない温度の変化をオリビアは敏感に感じ取っていた。トンネルの暗闇で視力を失われたせいか、全身の体の感覚が研ぎ澄まされていた。そして、トンネルの向こう側に明るい光が見えた。
「 出口だわ! 」
するとその時だった。その出口の方から異様な匂いが漂ってきた。その匂いは人間が危険を感じるような嫌な匂いだった。
「 ガス!! ガスの匂いがするわ! この先に、ガスが充満しているわ! 」
そして熱い熱波がトンネルの出口から吹き上げてきた!
「 熱いっ! 」
アームがトンネルを抜けた時、オリビアは驚きの光景を目にした!
そこは円形の大きな谷だった。谷の下にはマグマがどっぷりと溜まっている。そのマグマの少し上に横幅が10メートルもある大きなベルトコンベアーが流れていた。
「 なんて事ッ!! やっぱりあの焦げ跡は、ここで付いたものだったッ! 」
アームは谷の上で止まると、ゆっくりと下降し始めた。
「 やばいわッ! ここから早く脱出しないと、マグマに沈んでしまう!!」
下のマグマまで20メートルくらいある。その距離をアームはゆっくりと下降していく。
その中でオリビアは必死に脱出方法を考えた。
「 あそこにベルトコンベアーがあると言う事は、このマグマに部品をつけて、あそこのベルトコンベアーに流すのね。」
「 でも何のために、あのマグマに部品をつけるの?わからないッ!」
アームが下降するにつれて、熱波がオリビアを襲う。汗は出ないが、確実に高温なのは間違いない。そう考える内に、マグマまでの距離は10メートルにさしかかってた。
「 やばいッ! 今回ばかりは!!」
オリビアは推測した。
「 さっき確認した焦げ目は、今私がいるこのアームの骨組みのところまで付いていたわ。
それより上は何もない!つまり、ここより上に登ればそこまでマグマは浸からないはず! 」
オリビアは丸太ぐらいの大きさのあるアームの骨を、登り棒みたいに登り始めた。
しかし、思っているように登ることができない!自分の手が機械なので、鉄製のアームの骨との間に摩擦が生じず、滑ってしまうのだ!
「 このままではやばいわ!!」
アームはついにマグマに触れた。オリビアは依然として上に登れずにいた。このままではオリビアはマグマにのまれてしまう。必死に何かないか探してみた。そうこうしている内に、
(ザブゥゥン)
なんとアームはオリビアの予想している以上上の部位までマグマに浸かったのだった。オリビアはマグマに呑まれて死んでしまった。彼女の想定内以上のことが起こったのだった。アームには彼女の姿は無かった。そしてゆっくりと、アームは引き上げられ、ベルトコンベアーに部品が流されていく。全ての頭のパーツがベルトコンベアーに流された。その時だった。
(ドタンッ)
明らかに頭のパーツより重いものが、ベルトコンベアーに落っこちてきた。
「 ふぅ、危なかったわね。危機一髪って言葉の1番の使いどきだわ」
なんとそれはオリビアだったのだ。 確かに彼女には想定内以上のことが巻き起こった。そして、アームにも彼女の姿は無かった。誰もがあの状況を見て、彼女は死んだと思うのが当然だった。しかし、あの状況で彼女が助かる1つの方法が存在したのだ。それは、彼女の想定内以上の事が巻き起こる以上の事を思い付くと言う事だ。そう、オリビアは誰も想定できない方法であの危機を乗り越えたのだ。マグマがアームの浸かり始めた頃、オリビアは下を見た。すると折りたたまれたアームの関節の間に、緩衝材としてゴムが付いている事が判明した。オリビアはそれを見つけると、そのゴムを勢いよくひっぺがしたのだ。不幸中の幸い、そのゴムはアームの関節から剥がれないように、両面テープみたいなものが付いていたらしく、多少の粘着性があった。長さは丸太以上の長さは伸ばすことができたので、オリビアはゴムをぐるりとアームに骨柱に回し、ゴムの摩擦力と、両面テープの粘着力で、出来る限り上まで登り上がった。マグマに浸かったアームを見たとき、まさかずっと上にオリビアがいるなど誰も想像はつかないだろう。
オリビアは流れ行くベルトコンベアーに身を任せながら進んでいった。やがて、ベルトコンベアーは暗闇を通過し、大きな広間に出た。そこには信じられない光景が広がっていた。広さはサッカースタジアム程の大きさで、その端には大きなショーケースみたいなものがあり、その中に数え切れないほどのアンドロイド陳列されていた。ここはなんと、色々なベルトコンベアーから部品が運ばれてきて、大きな機械がアンドロイドロボットを組み立てる、いわば工場の心臓部だった。出来上がったアンドロイドは、自分で歩いて部屋の端にある定位置に立つと、アームによってガラスケースに陳列されていく。陳列された後は、力が抜けたかのように動かなくなる。
「 信じられないわ…… 」
するとある出来事が起きた。オリビアがベルトコンベアーに飛び乗ったせいで、ベルトコンベアーに乗っていた頭のパーツがベルトコンベアーとレールの間に弾き挟まり、ベルトコンベアーが一瞬ガクンっと急停止した。その衝動でオリビアはベルトコンベアーの外に押し出された。
「 いててっ 」
この部屋では、部屋の各トンネルから流れてきた部品が部屋の中心に集まり、そこでアンドロイドが組み立てられるみたいで、今のベルトコンベアーの急停止で頭のパーツが地面に落っこちた。そしてその時丁度完成したアンドロイドが、定位置に向かおうと歩いた!すると、そのアンドロイドは頭のパーツにつまずいて、転倒した。
(ガシャンッ!)
そのアンドロイドはうつ伏せに倒れたまま動かなかった。
「 ちょっと? 大丈夫かしら…… 」
オリビアはそのアンドロイドが気になった。だが、そのアンドロイドが自分に危害を加える可能性は十分にあった。それでも、製造されたばかりのアンドロイドがああ言う風にこけるのをみて、同情する気持ちになった。これはオリビアの、いやハンナの性格が故の行動なのだろう。オリビアは倒れたアンドロイドを助けることにした。オリビアはアンドロイドの身体を持ち上げて立たせてみた。すると、いつも光っているはずの目に光は灯っていなかった。顔には大きな傷が斜めに付いていた。
「 壊れてしまったのかしら…… 」
するとその時だった!
(ガシャンッ!!)
「 うぐっ!!…… 」
そのアンドロイドはオリビアの首を締めた!
Episode5へ続く




