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THE FACT 6000回死んだ男が見た世界2話

THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 2話


Episode2 彼女の名前はオリビア


 時は、ジャックが自分のドッペルゲンガーを見る前まで遡る。地球は緯度の違いで気温が大幅に異なる。北は寒いが南は暖かい。場所はオーストラリアの、ニューサウスウェールズ州。シドニーから南に電車で約2時間の所にある小さな田舎町ウーロンゴン。そこに、大学に通いながら親のカフェの経営を手伝う一人の愉快な女性がいた。スタイルは、女性なら誰もが羨むであろう瓢箪型の綺麗なライン、まるで絹糸の様な透き通った綺麗なブロンドヘアー、青空のような綺麗なブルーの目。彼女の名前はハンナで、歳は22歳。小さな田舎町のウーロンゴンでは知らない者は居ないと言うくらい美女であった。彼女が手伝うカフェは、ウーロンゴン駅の真横に位置していて、わざわざノースウーロンゴン駅から電車で彼女を口説きにくる若者が後をたたなかった。そのおかげもあってか、カフェは毎日大繁盛で、ハンナは店の看板娘だった。彼女はウーロンゴン大学、オーストリアの大学の中でも名高い大学で心理学を専攻していた。彼女は一人娘と言うこともあり、両親に大変大切に育てられ、たくさんの愛情を受けて育った。その為彼女は自分の幸せを他人に分け与えたいと考え、心理学を学び、将来、精神病にかかった人の心のカウンセリングや、戦争や紛争で心を閉ざしてしまった人達と痛みを分かち合いたいという夢を持っていた。彼女の優しさははっきり言って異常なほどで、例えば、お金が無く困っているホームレスの人に自分が持っている財布の中身を全て差し出したり、喧嘩をしている人を見かけたらその人を抱擁し、落ち着かせたり、大学で単位を落大しそうな人がいたらその子の為に対策プリントを作ったりした。そんな彼女の趣味は、森の中でお気に入りのクラシック音楽を聴きながら読書をすることだった。ある田舎町に天使のような美女がいる。この噂は瞬く間に広がっていった。

ウーロンゴンの東には二つのビーチが存在する。ウーロンゴンの北側に位置するノースウーロンゴンビーチ。それより南に位置するウーロンゴンビーチである。その日ウーロンゴンビーチにハンナの姿があった。

 時は一週間前に遡る。ハンナが通うウーロンゴン大学で一番の親友である赤毛のリリーがハンナにこう話した。

「ハンナってサーフィンしたことある?」「え? 私? …したことないわ 」とハンナ。それを聞くや否や、

「じゃあ来週の土曜日サーフィンに行こうよ!」

とガッツポーズしながら話すリリー。

「駄目よ! 私、運動音痴なの! それに溺れたら危ないじゃない!」

ハンナは根っからの心配性で、些細なことが気になるタイプだ。最もこの精神が彼女の魅力でもあるのだが。

「サーフィンに運動音痴も三蔵法師もないわよ!それにボードが浮き輪の代わりになるから大丈夫よ!」

「でも… 」乗り気じゃないハンナにリリーはパワーワードを放った。

「ヘンリーもいるのよ?… 」

「えっ!?ヘンリーも来るの!? 」

ハンナは声を張り上げた。

「もしかしたらヘンリーと更に仲良くなれるかもね 」リリーはニヤリとしながらハンナを見た。

「 別にそんなのじゃない!」

ハンナは少しムスっとした後、照れながら 「 私、行く… 」

と話した。リリーはそうこなくちゃと言わんばかり胸を張り、

「決まりね!来週の土曜にサーフィン!」

 人間とは実に不思議な生き物で、自分の趣味、考え方、生き方が同じ人間を好きになるという傾向がある。ハンナは長い間、好きな人と呼べる人がいなかった。彼女の性格に対等に張り合える綺麗な心を持つ男性と出会わなかった。しかし、それが運命なのか、神のイタズラなのか、ハンナはある一人の男性と出会う。彼の名前はヘンリー。ハンナと同じ大学に通う生徒だ。ウーロンゴン大学のキャンパス内の敷地には、多くの芝生、木々、川が流れている。休み時間や昼休みには生徒達が一休みに寝転んだり、野生動物を見たりと、ウーロンゴン大学の魅力の一つでもある。そんな中休み時間なのに黙々とゴミ拾いをしている一人の男がいた。それがヘンリーだ。ハンナは授業中の休み時間、気晴らしにキャンパス内を散歩していた。その時、ちょうどゴミを拾いをしていた彼と目があった。「 こんにちは、調子どう?」

ハンナが決まりの挨拶をすると、彼は

「 もう最悪だよ 」と返答した。ハンナは彼が困っていると思い、

「 私はハンナ。何か困ってるみたいだけど、どうしたの?」

「 やあ、俺はヘンリー。ここらのゴミを拾ってるんだけど、いくら拾ってもきりがない 」ヘンリーが掃除していた所は、キャンパスを清掃する清掃係の目の届かない所だ。

「 休み時間にゴミ拾い? そこは誰も通らないと思うけど。もしかして大学のボランティア係? 」

そう言われてヘンリーは

「 俺はボランティア係じゃないし、今日は授業じゃない 」と返答した。

「 え? 授業じゃないのに大学に来てゴミ拾いしているの? 」

そう言われヘンリーは鼻を鳴らしこう言った。

「 おかしいかい? おかしいのは大学の生徒だ。ここの場所は確かに人目のつかない地味な場所だ。だから風で飛ばされたゴミがここらに溜まるんだ。生徒の捨てたゴミがね 」 「 別に馬鹿にして言ったわけじゃないわよ。ただ、何故あなたがここを掃除するのかが気になって。前もあなたをここで見たから 」「 動物の為さ」 ヘンリーはそう言った。「 この大学には沢山の動物がいるんだ。野鳥や野良猫、リス。俺は一年生の頃から人気のないこの場所でゆっくり寝るのが好きだったんだ。そして一匹の野鳥が俺に懐いた。そいつの名前はグワキチ。そいつと仲良くなってから毎日その場所でグワキチと戯れたんだ。」

「 じゃあそのグワキチの為に掃除を?」

ハンナがヘンリーを見つめ質問した。

「 その通り、グワキチの為さ。でも理由は少し違う。」

「 ある日いつも通りにこの場所に来たんだ。もう一年も前だよ。そしたらグワキチがいたんだ。確かにそこに。でもグワキチは死んでいた。」

ハンナはショックで、思わず口を両手で押さえた。

「 グワキチの唇からはビニール袋が出ていたよ。エサと間違えて食べたらしい。グワキチはドジだったから。いいかいグワキチは人間に殺されたんだ。俺はその日以来、ずっとここを掃除しているんだ。動物達が可愛いそうだからね。」

「 だけどゴミは増える一方なんだ。大学に相談しても、清掃係が掃除するから大丈夫の一点張り。でも俺は諦めない。」

その時、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「 ほら!もういけよ。授業はじまったぞ 」

「 そうゆう理由があったのね。」

しかしハンナは授業には戻らなかった。

「 じゃあ私は向こうのゴミを拾うから、ヘンリーはこっちね!」 と、ハンナは地面にあったホウキを片手にヘンリーの掃除を手伝い始めた。ヘンリーは、ハンナが自分の時間を割いてまで自分を助けてくれたことに驚いたのだ。

「 自分を犠牲にしてまで、他人を助けようとするのか 」

ハンナもまた、彼の動物に対する愛情を尊敬し、一人で健気に努力する彼に惹かれていった。そこからゴミはかなり減り、綺麗になった。そして、ヘンリーとハンナが会う回数も増えた。ヘンリーは自然が好きな男だったので、ハンナは自分がお気に入りの緑あふれる読者スポットに案内した。ヘンリーは大変喜び、二人は見る見るうちに意気投合した。

 土曜日の朝、ヘンリーとハンナ、そしてリリーとその友達ダンカンは海に向かって歩いていた。

「 あっついわねぇ 」 リリーはサングラスのズレを直しながら話した。

「 で、こうなったわけなんだよ。」

「 ふふふ、それは最悪ね 」ヘンリーとハンナはリリーとダンカンをそっちのけで楽しそうに会話を進めていた。

「 おい、何かもうデキてるんじゃねえのか?」

ダンカンがひそっとリリーに話した。

「 本当はのり気じゃなかったんだけど、ヘンリーの名前を出したら、こうなったのよ」とリリーが嬉しそうに話した。

「 これを機に、付き合ってくれたら、友達の私としてもハッピーなワケよ!ね?ダンカン、ヘンリーとハンナはお似合いよね 」

「間違いないな。俺と君みたいだ。」

ダンカンがそう言うと、リリーは首を振った。

 サーフィンは予想以上に難しいもので、運動神経が良い人でも立てるまでには数日かかる人もいる。そんな中、秘められた力を見せたのがハンナだった。ヘンリーは数年間、サーフィンをしていたのでハンナ、リリー、ダンカンに波の乗り方を教えたが、運動神経に自信があったダンカンですら波に乗ることが出来なかったが、ハンナはものの数時間で乗れるようになった。

「 リリー!見て!私波に乗れてるわ!!」

ハンナとヘンリーは波に乗って居なくなってしまった。

「 普通の波どころか、人生の波にも乗ってるわね、あれは 」

リリーは少し疲れたのでダンカンと陸に上がることにした。

「 サーフィンって思った以上に難しいのね 」 するとダンカンは 「 君の心みたいに難しい 」と、ここぞとばかりに話した。

「 じゃああなたは波に乗り切れないサーファーね 」

「 ハハハ!参ったよ。」しょんぼりしながらダンカンは砂に埋まった。

 浜辺にはライフガードが数人配備されていて、海で溺れた人を救助するらしい。ウーロンゴンビーチでは浜辺にフラッグが立てられており、そのフラッグとフラッグの間だけをライフガードは監視することになっている。

と、リリーとダンカンのずっと奥にいたライフガードが何やらソワソワしているのだ。「 何かあったのかしら? 」

ライフガードは何やら無線で話している。「 おい、ハンナ達はどこだ? 」

ダンカンが海辺を見回しながら話した。

「 どこにもいないわ! 」

リリーの血の気が引いた。が、すぐにダンカンが 見つけ出した。ハンナとヘンリーは随分と岸から離れた沖合いにいた。

「 あんなに沖に出て危ないわ。ハンナは泳げないのよ 」

「 ヘンリーがいるから大丈夫だろ」

すると周りが騒ぎ始めた。ライフガードが一斉に海へと走る。

「 誰か溺れたのかしら? 」

近くに木でできたライフガード専用の監視塔があった。そこでリリーは

「 すみません!何かあったのですか? 」

監視塔にいたライフガードにそう尋ねると、「 沖合い300メートルの所にサメがいるんだ!かなりデカイぞ!」

それを聞いた瞬間にまたもやリリーは血の気が引いた。

「 大変!はやくハンナ達に伝えなきゃ!」「何かサインを送ろう!」

ライフガード達はメガホンを使って、

「 皆さん!サメが出ました! 至急、陸に上がってください!!」そう話した。

大抵の人達はメガホンの声を聞き、陸に避難したが、沖合いに出ているサーファー達には伝わらなかった。

「 おーい!ハンナー!サメが出たのよ!!」

必死にリリーがジェスチャーで合図する。

 「 あれ、リリーが手を振ってるわ! おーい!!」

ハンナは事態の異常に気づかなかった。

「 違う!違うのよハンナ! 手を振ってるんじゃないの、気づいて!」

しばらくするとダンカンがハンナより沖合いにいたサーファーが海に沈むのを見た。「 今、ハンナの近くにいたサーファーが消えたぞ!!」

「 何ですって? ハンナ!!!」

ライフガード達がボートを出し、沖合いのサーファー達を助けに出た。

「 ハンナ、何か変だ!ライフガードがこっちに向かってきている!それに、次々に皆んなが陸に上がっている!」

ヘンリーが異変に気づいた。

「 え?じゃあリリーは私達に何か伝えてたの?」

ヘンリーは小さい頃からサーフィンをしていた為状況を悟った。

「 サメだ。サメがいるんだ」

「サメですって!? 嫌だ!わ、わ、私達!」 ハンナは心拍数は上がり、軽くパニックになった。

「 いいか!ライフガードがこっちに向かって来ている!泳いだらサメは反応する!サーフボードを捨てて、じっとするんだ。いいな?」

サメはしばしばサーフボードをアザラシと勘違いし、誤食する習性があるからだ。オーストラリアは有数の反捕鯨国であり、多種多様なサメが存在する。その理由もあってか、年間でサメに殺される人の数は後をたたない。ヘンリーはハンナを抱きしめ、じっとライフガードを待った。だがかなり沖に出ていた事と、波が高いのが相まって、ライフガードが来るのにはまだ時間がかかりそうだ。と、ハンナが発狂した

「 キャアア!な、な、何あれ!」

ハンナが指指した方向にはなんと、人が浮いていた。

「 なんてことだ!」

それはサメに噛み付かれて生き絶えた死体だった。すると向こう側にいた女性が悲鳴をあげながら泳いでいた。ハンナとヘンリーの心拍数は見る見る上がり、パニック寸前だった。と、次の瞬間、バシャンっという音と共に泳いでいた女性が水面下に消えた。二人は唖然とした。そこ一帯が真っ赤に染まったのだ。足のつかない海。見えない恐怖。と、ハンナが

「 へ、へ、ヘンリー!あれ!」

パニック気味のハンナは沖合いを指指した。なんと、複数のサメの尾びれがこちらに向かって来ているのだ!先ほど襲われた女性の血が、他のサメを引き寄せたのだ。ライフガードのボートは高波で100メートルくらい先で立ち往生していた。と、次の瞬間、ハンナが捨てたサーフボードにサメが噛み付いたのだ!ハンナとヘンリーのすぐそば4メートルでそれは起こった。そして、ヘンリーとハンナはとうとうパニックになった。ヘンリーが叫ぶ!

「 ボートまで泳ぐしかない!掴まれ!」

ハンナは泳げない為、ヘンリーの背中にしがみつき、ヘンリーは持てる全ての力を使い、全力でボートに向かい泳いだ!。

「 大丈夫だ!きっと助かる!!」

残り50メートルまで来た時、ハンナは後ろを見た。背びれがこちらに向かってきている!!

「 サメが私達に向かってきているわ!!」

ヘンリーは急いだ!残り10メートルの時、ボートのライフガード達が

「 後少しだ!急げ! すぐ後ろに三匹サメがいる!」と叫んだ。しかし、ヘンリーの足に異常が起こった。今までにない程の力で泳いだからか、足が肉離れを起こしたのだ!!

「 ぐわぁっ!」

減速するヘンリー、迫り来るサメ!

「 ハンナ!先にいけ!!泳げ!」

ヘンリーはハンナを下ろし、叫んだ!

「 足をやっちまったんだ!俺は後から行く!だから先にいけ!」

「 で、でも!置いていけないわ!」

「いいから!!早くいくんだ!!」

ハンナはヘンリーの激怒した顔に我に帰り、残り5メートルのボートを目指した!ボートもハンナ側に近づき、ボートに手がかかった!

「 よし!引き上げろ!」

そうライフガードが叫んだ時だった。ハンナは心配でヘンリーの方を見た。そして見てしまった。ちょうどそのタイミングだったのだ。大きなサメがヘンリーをくわえ、海に引きずり込む瞬間を。

「 嫌ぁぁぁ!!」

ハンナは発狂した。何もかも失った気がした。運命とは実に残酷なものなのだ。いくら良い人だからと言っても運命には勝てないのだ。映画のようなハッピーエンドは、運がいい人の物語。主人公が絶対に生き残るなんて、ありえないのだ。それは運がいい人に焦点当てた時のみ成立する。ハンナは運がなかった。ボートにもう少しで上がろうかという時、鈍い痛みが下半身に走った。その瞬間、いとも簡単にボートに上がることができた。

意識が見る見る遠のいていく。音が遠くなっていく。冷たくなっていく。ボートに引き上がったのは、足を無くしたハンナではなく、下半身が食いちぎられた、上半身だけのハンナだった。サメに下半身を食いちぎられたのだ。ヘンリー、ハンナを無くしたリリーやダンカンは一生心の傷を背負う事になるだろう。天使みたいに優しいハンナですら、運命のいたずらには勝てなかったのだ。目の前が真っ暗になった。

「 私、死ぬのね…… 」

 次の瞬間、全身を感じたこともない快楽が襲う。そして身体が吸い寄せられる。ハンナの意識が吸い寄せられる。と、ハンナのお気に入りだったクラシック音楽が聞こえると共に、暗闇に一つの光が見えた。

「 あれは、何? あれが天国なの?」

すると何かが聞こえてきた。

「 10ビョウ、9ビョウ、8ビョウ、」

機械的な声が何かをカウントしている。

「 3ビョウ、2ビョウ、1ビョウ、」

ものすごい光がハンナを襲う。

「 眩しい!!!」


 すると目が開いた!

「 夢!夢だったの?」

そう感じたかった。しかし違った。ハンナが目覚めたのは緑色の液体の中だった。ハンナはすぐにその液体から体を起こした。

「 ここ、どこなの?」

ハンナは自分が緑色の液体が浸る浴槽に入っていることに疑問を感じた。すぐに頭が痛くなり吐き気がしてきた。たまらず、吐いてしまった。が、しかし吐いたのは緑色の液体だった。気味が悪くなったハンナは何かが近づいてくる気配を感じた。そいつは何か話しながら近づいて来る。

「 オハヨウゴザイマス。ナンバー003、オリビアサマ。5990回目ノ起床デス。明日ニハ再接続イタシマス。」

そいつはロボットだった。そう言い終えたロボットは部屋を早々に出て行った。

「 私は夢を見ているの? オリビアって誰?」起き上がろうとしたら、尻餅をついた。背中にケーブルがささっているのだ。

「 なぜこんなものが!?」

ハンナことオリビアはそのケーブルを恐る恐る抜いてみた。痛くはなかった。立ち上がってみる。なぜか目線が物凄く高い。と、手を見ると指が三本しかない。

「 なんてこと!」

オリビアは一度はびっくりしたが、すぐに立ち上がり、周りを見渡した。見たこともないような大きな機械が一面にあった。背中に繋がっていたケーブルはその機械に繋がっていた。

「私、機械なの?」

オリビアは何故か落ち着いていた。何故だか前にも来た気がしたのだ。と、オリビアはズボンのポケットに手帳の様なものが入っているのに気がついた。取り出してみるとやはりメモ帳だった。オリビアはメモ帳の最後のページから開いた。するとそこの表紙に『オリビア』という名前があった。

『ナンバー003、 オリビア・アデッソ、タイプ女、身長173センチ、体重52キロ、設定肌年齢22歳。』

そう記されてあった。

「 何よこれ…… 」

他のページは部屋が暗くて見えなかったので、外に出ることにした。オリビアは何のためらいもなく自動ドアの前に立った。プシュウという音と共にドアが開いた。オリビアは外に出た。

(ドサッ!!)

扉を出た瞬間、何者かにぶつかった! 人間ではなく、頭の上には金魚鉢みたいな大きなものがついており、脳はむき出しの生物。そう、彼はジャックだった。

「 きゃあああ!」

「 うわぁあ!」

オリビアは見たこともない生物を見て驚いた。しかし、ジャックは驚きのあまり気を失っていた。

「 ちょっと、大丈夫ですか!?」

オリビアは気を失って倒れたジャックをさすってみたが、反応がなかった。とりあえずオリビアは彼を助けるために周りを見渡したが、一本廊下以外何も無い。仕方なく、オリビアは部屋を出て右側に歩いた。しばらくすると部屋があったが、ドアにはロックがかかっていた。

「 彼はこっちの方向から来たわ。この部屋が彼の部屋に違いない。」

そしてオリビアはじっと考えて、一つの結論を出した。

「彼はきっとヘンリーだわ!あの時、私も彼もサメに食べられたもの!ここは……どこだか知らないけれど、彼はヘンリーだわ!」

オリビアは自分の身に起こっていることが理解できず、どうしてもそう考えるしかなかった。オリビアはジャックの側にずっといたが、彼が起きる様子はない。

「 息は聞こえるわ 」

オリビアは居ても立っても居られず、廊下の先を進むことにした。

「 ひょっとしたら、誰かがいるかも」

しかし、その先には音を感知するパトロールロボットが居る事を彼女はしらない。ジャックは運良く逃れたが、オリビアもそうとは限らない。彼女はそうとも知らずひたすらに廊下を進み続けた。すると突き当たりが見えてきた。

「 何か書いてあるわ 」

それはフロアの案内掲示板だった。そう、ジャックが見ていたあのフロア案内だ。

「 見たこともない文字だわ」

オリビアは右折して進んだ。ジャックが途中でロボットと遭遇した場合だ。

(カンカンカンッ)廊下を歩く音がこだまする。

「 長い廊下ね…」しばらくすると、大きな扉があった。しかし、ロックがかかっていて開かないらしい。

「 ん?」オリビアがある異変に気がついた。どこからか風の抜ける音がする。オリビアはそっと耳を澄ました。すると、ひんやりとした風が上から吹いていることがわかった。案の定、上にそれがあった。

「 ダクトだわ 開いてる」

しかし、オリビアが登れる高さではなかった。

 しばらくしてオリビアは、フロア案内の場所まで戻った。フロア案内によれば、このまま真っ直ぐ進むと、右手に部屋があるらしい。オリビアは真っ直ぐ歩いた。

「 本当にここは一体どこなの?」

100メートルほど歩くと、案内通り右側に扉があった。

「 ここは入れるかしら?」

オリビアが扉に近づと、扉が開いた。プシュュュウ。左右開きの自動扉が開閉する。そこには薄暗い空間が広がっていた。恐る恐るオリビアは部屋に足を踏み入れた。ひんやりとした、先ほどとは違う空気にオリビアは寒気を感じた。次の瞬間、オリビアは口を開くしかなかった。

「 何よここ…… 」扉を入ってすぐに、下に降りる梯子がかかっていた。そしてずっと奥の対岸にも梯子がかかっている。どうやらこの部屋は2層構造らしい。いわば、底の深い水無しプールみたいなものだ。その部屋には何やらたくさん、大きなものがシートで包まれていた。

「 一体あれは何?」

オリビアは気になった。オリビアは下に降りるか降りないかを悩んだ。正直言って怖いのだ。一旦引きかえして、気を失った彼の様子を見るか、先に進むか、そうこうしていると何やら音が聞こえてきた。

(ギャンギャンギャン)

その音は廊下から聞こえてくることがわかった。誰かがオリビアに向かって歩いてきているのだ。ジャックが仮に彼女の立場ならどうするだろうか、隠れるに決まっている。しかしオリビアは危険を知らない。

「 誰かが歩いて来る、ヘンリーかもしれない!元気になったんだわ」

と、事もあろうか自ら廊下に飛び出した!「 ヘンリー!…… 」

ハンナは見た!赤く輝く死の光を。そいつはロボットだった。ジャックが遭遇したロボットだった。そいつはどこから現れたのか、一直線にオリビアに近づいてくる!

「 はっ…… あなたは誰? 」

そのロボットは容赦なく力強い足取りで一歩一歩、彼女に近づく。オリビアはようやく危険を感じ逃げようとした、その時だった。「 止マレ 」

ロボットが話した。オリビアの身体は硬直した。このまま逃げても土地勘がないので捕まってしまう。それなら大人しく言うことを聞こう、そう考えて彼女は止まった。

「 すみません。目が覚めたら、この場所にいて、誰かいないか探してたの。それに気を失った人がいるの 」

ロボットは聞く耳を持たず、魚のような目を赤く光らせながら、大きく右手を振り上げた。

「 ぐっ!…… 」

ロボットは右手でオリビアの首を持ち、身体を持ち上げた。息ができない。抵抗もできない。まるで手足を縛られ、水に沈められたかのようだ。

「 ゔっ…… あっ…… 」段々苦しくなって来る。するとロボットが口を開いた。

「オ前はナンバー003ダナ。ココカラ先ハ、タトエ貴方デモトウセナイ。貴方ガソウプログラムシタカラダ。」

みるみる意識が遠のいていく。血の気が失われていくのを感じる。さらにロボットは話を続けた。

「規則トシテ一回ハ見逃シテヤル。シカシ、二回目以降ハ容赦ハシナイ。再接続ヲ待テ。アト5時間ダ」

オリビアは口から泡を吹き出した!このままでは危ない。ロボットはまだ首を掴んだままだ。無論、ロボットにはそれが分からない。「 ダメ… …本当に死んでしまう…… 」

しかし次の瞬間、 バコン と鈍い音が鳴ったのと同時に、オリビアは地面に吹っ飛んだ。何が起こったのか、オリビアが見たのはジャックだった。彼女がヘンリーと思い込んでいる彼だった。ジャックはロボットにタックルして押し倒し、馬乗りになりながら何度もロボットの顔面をタコ殴りにする。まるで、総合格闘技のようだ。バコン、バコン、バコン。ロボットはあまりの猛攻にグッタリとなった。

「 いいか、今から質問するから答えろ」

ジャックが息を切らしながら話した。

「 ここはどこだ? 」

「 ……」

「 お前は人間なのか? 俺が知っているロボットとかの比じゃない」

「 私ハプログラムノ範囲内デ自立シテ行動スル、アンドロイドダ。」

「 アンドロイドだと? 俺はなぜここにいる?」

「 ソレハ貴方ガ一番良ク知ッテイルハズデハ? ルイ・シーラン」

「 ルイ・シーラン? それが俺の名前なのか?」

「 貴方ガタニコウサレルノハ、モウ何千回と経験シテイル。私ノデータハ全テノアンドロイド二共有サレテイル。」

「 つべこべ言わずに全て話せ! なぜ彼女を襲った?」

「 ソレモ何回話シタ事カ。ワタシヲ作ッテ、プログラミングシタノハ、ルイ・シーラン、オリビア・アデッソ、貴方タチナノデスカラ。」

「 貴方タチハ、コノ扉ノサキ二行ク者ヲ阻止スルタメニ、例エ貴方達デアレ、二回コノ部屋二入ロウトシタ者ヲ罰スルヨウニプログラミングシタ。何故ナラ何万人モノ人々ノ命を運ブカラダ。」

ジャックは理解できなかった。もちろんオリビアも。

「俺達が、お前を作っただと? 」

「 貴方ハドウセ、アト5時間デ『再接続』シナケレバナラナイ。」

「 再接続とはどうゆう意味だ?」

「 『地球』二生マレルトイウコトダ 」

それを話した瞬間に、アンドロイドは油断していたジャックの首を掴み、逆に地面に押し付けた!

「 私ハプログラム通リ二動クダケダ。」

アンドロイドは右手でジャックの首を絞め続けた! そしてなんと左手を変型させたのだ。左の掌がパカっと開き、中から注射針みたいな10センチ程の針を出してきた。ジャックはこれに刺されたらやばいと直感で悟ったが、アンドロイドの腕力が強すぎて逃げ出せない!アンドロイドの左手は針をジャックに刺すべく、大きく振りかぶった。

「 殺られる!!」

(グシャリ)

それは顔面に突き刺ささった。だが、ジャックは無事だった。突き刺ささったのは、アンドロイドの顔面だった。突き刺ささったのは、針ではなくペン。 オリビアが自分のポケットに入ってあったボールペンをアンドロイドの顔面に突き刺さした。何度も、何度も。グシャ、グシャ、グシャ、彼女の失われた幸せの生活の矛先を、アンドロイドに向けて刺す、刺す、刺す。

「 ゔぁぁぁあ!」

発狂をしながら、刺す、刺す、

「 もう十分だ 」

ジャックはオリビアの手を止めた。アンドロイドの顔面は皮膚が剥がれ落ち、中の機械が丸出しになっていた。

「 そうね…… 」

我に返ったオリビアが話した。

「 貴方、ヘンリーよね? 私ハンナよ。」「 ヘンリー? 誰だそれは。俺はジャックだが? もっとも、このアンドロイドが話す限り俺は、ルイ・シーランって名前らしいが」 「 そう…… 違うのね。」

オリビアの中の希望の火種が尽きた。悲しい感情がこみ上げるのに、なぜか涙がでない。汗もかかない。喉も乾かない。

「 ところでオリビア?だっけ。」

「 ええ、そうみたい。ここでは 」ルイはオリビアに質問した。

「 君は…… 君もアンドロイドなんだろ? なぜ他の奴に首を絞められたんだ? それに機械的な話し方じゃない 」

オリビアは答えた。

「『 君も』?それはこっちのセリフだわ。そんな大きな頭をして、貴方こそアンドロイドなんじゃないの? 私は貴方をヘンリーだと思ってた。」

ルイは彼女の容姿と自分の容姿が同じだということに気がついた。

「 その、そう言えば君の英語訛りがあるね。オーストラリアかな?」

「 ええ。私とヘンリーはサメに殺されたの。オーストラリアでね。それで目覚めたらここにいたのよ。もう理解不能でどうしたらいいかわからないの」

オリビアの発言にルイは驚いた。

「 なんだって!君も死んで、ここにきたのか?」

「 ってことはやっぱり貴方も?私はてっきり貴方が友人のヘンリーだと思っていたから。」

ルイは興奮気味に話す。

「 俺はアメリカでサラリーマンだったんだ。でも交通事故にあってね。」

「 死んで目覚めたら、緑色の液体に浸かってたのよ。ルイ、貴方も?」

「 あぁ、同じだよ。背中にプラグが刺さってたよ。」

「 なんてこと。ねぇ私達一体どこにきてしまったの?」

「 俺、少しだけ知ってることがあるんだ。少し話さないか?」

「 ええ、そうしましょう」

 ルイとオリビアはアンドロイドが他にもいる可能性を考え、最初に自分達がいた部屋の前まで引き返した。

「 ここなら安全だろ。」

「 それで、知ってることって?」

「 俺のズボンのポケットに、手帳が入ってたんだ。」

「 それなら私もあったわよ?」

オリビアは手帳を取ってみせた。

「 君も持ってたのか!中身を見たか?生前の記憶は何者とか書いてたか?」

「 生前の記憶? ごめんなさい、私一番最初のページしかみてないわ。そこに自分の情報が書いてあった。」

「 自分の情報?」

ルイは一番最初のページを開いた。『 ナンバー001、ルイ・シーラン、タイプ男、身長180センチ、体重78キロ、設定肌年齢21歳』そう記されていた。

「 マジかよ。このページは見てなかった…… そうだ!最初に目覚めた時、俺はロボットにナンバー001と呼ばれたんだ。それがここに書いてある。」

「私もよ。私はナンバー003。」

「ってことは、ナンバー002と、003より以降の奴らもいるってことか、俺達以外にも。」

「 興味深いわね、死んでここに来ている人が他にもいるのかも。」

「 それで、ルイが知ってる事って何?」

「 あぁ、そうだった。」

「 実はこの手帳には、俺達と同じ境遇の人達が残したと思われるメモがぎっしりあるんだ。君のはどうだ?」

「 えっと…… 」

『 1910年生まれ 、イギリス人 、アン・ベルモンド、自殺した後、訳のわからない所に来た。メモを見つけたからそれを記す』『 1968年生まれ、カナダ人、レイチェル・サラ、心臓病で死んだ後に知らない場所に来た。同じ経験をしている人がいて一安心。私もメモも取ることにする。廊下を歩いていたら、人間の形をした機械に首を絞められ、脅された』

「 何よこれ……」

「 おかしいだろ? なぜか俺達と同じ境遇の人がメモを沢山残している。しかも、なぜ同じ手帳にこれを書いているのかが謎なんだ。」「 ねえ、アンドロイドが言っていた『再接続』って何だと思う?」

「ああ確かに。あと5時間後には再接続とか言っていたな。」

「 それに私がここで目覚めた時、明日には再接続するって言われたわ。」

「 俺も同じ事を言われた」

「 その再接続ってのが怪しいわ。」

「 俺のメモによると、さっきオリビアがアンドロイドに襲われた廊下の部屋に入った者は一人もいない。」

「 あそこは暗くて何か嫌な感じだったわ。それに、シートで何か隠してあった。」

「 つまり、俺の手帳のメモの中で君が一番遠くまで行った人ってわけだ。」

「 大体はあのアンドロイドに捕まって、大人しく部屋に戻った連中ばかり」

オリビアも自分の手帳に目を通した。

「ねぇ、手帳にメモを残している人達って、決まって同じ行数じゃない?文字数が少ないと言うか……」

「 言われてみれば俺のもそうだ」

「 大体はここで目を覚まして、廊下を探索した事しか書いてないな。」

「 そうだ、ペンあるか?」

「 ええ、何か書くの?」

「 いや、ちょっとしたことなんだが、さっきのアンドロイドは音に反応して行動しているんだ。俺が始めて発見したから書いておこうと思ってね。」

「 ねぇ、貴方のメモに1990年に亡くなった人いない?」

「 1990年か… あぁ一番新しいメモだろ。あるぜ」

「 私のメモにも1990年に亡くなった、ベトナム人のサリーがいるのだけれど、このメモだけ『マルクス』って言う人と行動しているわ。」

「 本当だ、ドイツ人のマルクスのメモには、同じ境遇のサリーと出会ったと書いてあるな。」

「つまり、私達が亡くなった年が2013年だから、私達の一つ前の人達よ。」

「 そして私達もまた同じ境遇で出会ったのよ」

「 なるほど、つまり死んだ年か。死んだ年がたまたま被ったから、一緒になった?あるいは…… 同じ年に起きるようになった?…」「 1998年の一つ前のメモで、アンドロイドを倒したって書いてるやつがいたんだ。そして今回、オリビアがアンドロイドを倒した。つまり…… 」

「 つまり、ここで目覚めて行動範囲を広げるに連れて、新たなシナリオが少しづつできるってわけね。」

「 俺達は……昔から少しづつ真実を知るために行動していた、ってことか」

「 さらに私が今までに誰も入った事のない部屋に入ったこで、少し進歩したってわけね。」

「 『再接続』とは…… 殺されるってことか? 殺されて、記憶を消される?」

「あるいは…… さっきのアンドロイドがアンドロイドは私達二人が作ったと言っていたわ。」

「 プログラム! 俺達はプログラムされた通りに動いているのか?」

「 『再接続』の意味は、プログラムの初期化?」

「 『再接続』が何にしろ、それが始まったら私達は消されるわ。」

「 そして私達にできることは…… 」

二人の声が重なりこう言った。

「 新しいメモを書く事。」

「 私達が謎を解く。」

「解けないにしろ、次の俺達に情報を残さないとな」

「 きっと昔からほんの少しずつ、こうやってメモが進んできたのね 」

「 そしてそのバトンは今の俺達だ。」

「 再接続が何を意味するかは分からないけれど、それが行われる前にこの場所を出ましょう。」

「 二人ならなんとかなるさ。宜しくオリビア。」

「 こちらこそ、ルイ。」


 真っ暗闇の部屋に複数のモニター。その前に座る者がいた。

「 これはまずいね。彼らには眠ってもらわないとね。監視しないと。それが『俺』の使命。君達は絶対『真実』に近づけない。」

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