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THE FACT 6000回死んだ男が見た世界1話

THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 1話


Episode 1 目覚め


 結論から言うと、俺は死んだ。


 俺の名前はジャック。アメリカ在住の現役サラリーマン。なんとなく大学を卒業し、なんとなく企業に就職した。もう入社してから八年、正直同じ毎日に飽き飽きしている。いつもの様に朝七時に起床してからまず十分間のストレッチ。その後歯を磨いてから顔を洗う。そしてトーストを焼いて、ニュースを見ながらコーヒーを飲む。ニュースを見て事故で亡くなった人に一度は同情するが、家を出る時には忘れている。スーツを着てネクタイを締め、靴を履き、月四百ドル程度のアパートを後にする。毎日これの繰り返しだ。今日もまた変わらぬ気持ち、同じ道、見慣れたパン屋を通過する。変わった事といえば唯一の親友であるジェイコブが婚約したという事くらい。俺には彼女すらいない。仕事で忙しくてそれどころではないのだ。金曜日のバーが唯一のチャンスだが、大体ガタイのいいイケイケプレイボーイに女を横取りされる。俺はこのまま独り身で社会の歯車となって死んでいくのか。生まれるならスパイダーマンかスーパーマンが良かった。俺は単純化されたデスクワークをまるでロボットの様にこなし、あっという間に退勤の時刻を迎えた。アパートの近くにあるバーガーキングで、晩御飯になるであろう不健康極まりない新作を買うか、いつも通りのチーズバーガーを買うか考えながら歩いて帰宅していた。と、いつも見慣れたはずの風景がふと歪んで見えた。横断歩道の信号を待っている時だった。向かいに見たことのある姿があった。だがそれは、友達だとか親戚だとかでは決してなかった。誰だっけか、そう考える内に信号が変わった。大勢の人が横断歩道を渡る中、知り合いであろうソイツとすれ違う前にどうにか思い出そうとする。だが、ソイツに近づく度に何か違和感を感じた。スーツ姿、髪の毛の分け目、そしてソイツのネクタイを見た時その違和感に気がついた。あのネクタイは俺と同じだ。「え?」

 ソイツは俺だった。間違いない。毎日鏡で見ている俺だった。信じられない様だが、確かにそうだった。と、人混みの中に消えていくもう一人の自分。家に帰った後はバーガーどころじゃなかった。自分が見た自分は一体何だったのだろうか?西洋の古い言い伝えでは、人生の中で「自分」とまったく同じ姿を見た者は死が近いと言う。いわゆるドッペルゲンガーだ。俺は急に背筋に寒気が走った。ドッペルゲンガーについてネットサーフィンしても、ネガティブなサイトしか見つからない。

ただでさえ考え込むタイプだというのに。昨年は占い師に足元に気をつけろと言われて、毎日意識して歩いたぐらいだ。食べかけのバーガーは食欲が無くなって、結局捨てた。どうしても気が上がらないので、ソファーに寝転び、ビールを飲みながらカーネギーの本を手に取った。この本の言うところ、人間の悩みの大半は大した事がないと。独り身の俺にとって日々の生活を豊かにしてくれるのは紛れもなく自己啓発本だった。

「 あれは見間違いに違いない」

そう思い込むと、普段あまり飲まないビールが急に俺を眠りへと誘った。ふと時計を見ると二十二時二十二分。

「なんてこった」

俺は泥のように眠りについた。

翌朝、いつも通り7時に起床してルーティンを一通り終えた時、ガタンっと壁掛け時計が落っこちた。その時俺は何故か悟ったのだ「 何か不吉な風が吹いてる」

昨日といい、今日といい、人間予期せぬことが立て続けに起こると疑心暗鬼になるものだ。そこで俺は家を早めに出て、いつもより慎重に会社に向かうことにした。まずアパートを出る時、通路の左右を確認した。

「 誰もいないな 」

次にいつも車が通らないため赤信号でも渡っていた信号機。今日はたまたま青信号だったが、警戒して渡る。そしていつも通り過ぎるパン屋を、気持ち早歩きで通り過ぎる。もっとも、パンが矢のように飛んできて身体に突き刺さるということはないだろうが、俺の中では例のドッペルゲンガーが現れたあの大きな交差点がどうも気にかかる。そこで俺は遠周りして裏道を抜けることにした。ここまでは何もない。人通りが少ない一直線の道。道幅は狭く、車一台分しかない。ちょうど道の中央に差し掛かる時、正面からポケットに手を入れた年齢30歳ぐらいの男が歩いてきた。右手だけをポケットに入れているのが妙に気になった。ひょっとしてあのポケットに刃物が入っているのではないか、そこで俺は手に持っているショルダーバッグを、その男とすれ違う時、ちょうどその男の右側にくるように構えた。そしてその男が近づいてきた。まさかこの男に刺される事なんかないだろう。そう思ってその男とすれ違う時、その男が右手を引き抜こうとしたのがわかった。

「まさか!」と考える間もなく、ポケットから出た物は俺をさしたのだ。正確には刺したのではなく、指したのだ。その男は

「右の靴紐がはずれてるぜあんちゃん」

と言ってそのまま歩いていった。

「勘弁してくれ!!」

不安に取り憑かれて、自分の足の靴紐がほどけていることにも気づかなかった。俺は右の靴紐を結ぶと早々に歩き出した。

「ちょっと敏感になり過ぎていたのかもしれない」

しばらくすると交差点が見えてきた。横断歩道には学校をサボったであろう、スケーター集団がちょうど交差点を横断していた。信号は青だ。俺はそのスケーター集団に続いて横断歩道を渡る。横断歩道の中間付近にさしかかる頃、後ろから叫び声が聞こえてきた。

「早く渡れッ!!!早く渡れッ!!!」と。

人間、自分が危機的状況に陥ったら時間の感覚が遅く感じるものだ。濡れた床に滑ってこける時みたいに。ふと右側を見ると、スピードを落とさず直進して来る車が見えた。俺にはそれがスローモーションに見えた。もちろん自分の体の動きも。だが冷静に考えた。車はぶれる事なく直進してきている。走って渡りきれば十分に交わすことができる。ものの五秒の出来事が俺には8秒のように感じ取れた。俺は走った。

「間に合え!」

 間に合ったのだ。間に合った。そのまま行けば間に合った。その車は直進するはずだった。だが、ちょうどその時、横断歩道を渡り始めたであろう老夫婦がいた。その車はその老夫婦をひかまいとし、右にハンドルを切ったのだ。

ドゴォンッ。重く鈍い音が鳴り響いた。その瞬間もスローだった。宙を舞ったのだ。次の瞬間、物凄い衝撃が身体中に伝わった。ひかれて、落ちた。意識も落ちた。そして命も。

だがしばらくは意識があった。身体全身がまるで、物凄い吸引力のある掃除機に吸われるみたいな感覚になった。声が遠くに聞こえる。と、今までの人生がフラッシュバックした。そしてその吸われる感覚は段々と力を増してきた。もう痛覚はない。ただ暗闇の中で、身体が吸われる感覚だけが駆け巡る。すると身体全身が快感に満ち溢れた。今までに味わった事のないほどの快感が。さらに急に吸われる感覚が強くなった。その時俺は悟った。

「俺は死ぬんだ」

やはりドッペルゲンガーを見た者は死ぬんだ。吸われる感覚は段々加速していく。ずっと加速し続ける。

「あぁ、いったいどうなるのだろう。天国に行くのだろうか……」

加速はさらに激しくなる。そして暗闇の中、今まで見た事のない美しい光が見えた。それに自分が近づいているらしい。あれが天国なのだろうかと考えていると、何かが聞こえる。確かに聞こえる。

(十五ビョウ、十三ビョウ、)

カウントダウンの声が聞こえる。

「これが零秒になる時、一体俺はどうなるんだ。」

カウントダウンは進む。

(三ビョウ、二ビョウ、一ビョウ)

その瞬間、見たこともないくらいの真っ白い光が辺りを照らした。


「ま、眩しい!!!」


 ハッとすると、目が開いた。天井が見える。だがその天井は何か変だ。緑がかっていて、ゆらゆらしている。こういうのは見たことがあった。昔、プールで潜って、水面を見上げた時に。

「水の中……」

俺は急いで水から出た。

(バシャン)

「はぁはぁ……一体どうなっているんだ」

身体を起こすと、いた。それは人間の型をしたロボットだった。目は黒くてくりくり。ボディ全体は白色で身体のつなぎ目には黒色の筋みたいなものが無数にある。

「誰だお前は!」

俺は怖かった。人間は未知の物に対しては大抵、恐怖を感じる。するとロボットは俺に近づいてきてこう言った。

「オハヨウゴザイマス。ナンバー001、ルイサマ。アナタハ5980回目ノ起床デス」

言ってる意味が分からなくて、さらに恐怖を感じた。

「5980回目の起床?」

俺はそう呟いた。するとロボットはこう言った。

「メンテナンス致シマス。明日ニハ再接続致シマス」

そう話し終えると、ロボットは自分の使命を果たしたかのように早々に目の前にある自動扉から立ち去った。恐怖で身体が震えている。何故だかまったく分からないのだが、緑色のドロっとした液体が並々と入った浴槽に仰向けで浸かっていたのだ。とりあえずそこから出てみようと試みる。

(ガンッ)

「うわっ!」

立ち上がろうとしたら、何に引っ張られた様に尻餅をついた。浴槽から緑の液体が溢れ出る。

「一体何だってんだ!」

尻餅をついた原因を探す。引っ張られた感覚は背中にあったため、両手で背中を探ってみると

「これは一体……」

なんと背中に無数の太いケーブルがぶっ刺さっていたのだ。それを知った瞬間、まるで目の前で野良猫が車に跳ねられた様な心情になった。

「俺、死んだのか?最新の医療か何かか?いや、そもそもここはどこだ?」

色々と頭が錯乱していた。その部屋はまるで夏の夕暮れ時みたいに奇妙に薄暗かった。俺は背中にぶっ刺さった何か分からないものを引き抜く事にした。痛いのかなんて考えなかった。なぜかあのロボットが消えて行った扉に入りたいという感情が溢れ出た。まるでトレジャーハンターが未開拓の地を冒険したいと思うように、恐怖よりも好奇心が勝っていた。まるでホラー映画の終盤みたいな感情。俺はケーブルを全てぶち抜いた。ブラウン管テレビの赤、黄、白のケーブルを引き抜く様に。すると

「接続アウト、コレヨリメンテナンスヲ行イけマス」

と俺の後ろ側から聞こえてきた。

「俺は事故を起こして、最先端医療室で処置を受けているのか?だが、あんなに綺麗に二足歩行するロボットは見た事がない……」

だとしたら、あのロボットはどう説明すればいいのか。身体を起こして、後ろを振り返った。

「一体これは!」

そこには今まで見たこともないほど大きな機械がピカピカと光っていた。よく見ると背中に挿さっていたであろうケーブルは、その巨大な機械からまるでイカの足の様に生えていた。部屋が薄暗いのもあって、機械の光がまるで夜空に輝く星空のように見えて、しばらく圧倒されていた。それほど凄かった。そしてまたしばらくすると、身体が軽いことに気がついた。

「そうだ、怪我はないだろうか」

まず顔を調べてみる。何せ薄暗いので感覚でしかわからないが、デコ、鼻の凹凸、口‥‥顔は少なからずぐちゃぐちゃにはなっていないようだ。車に跳ねられた時、おそらく顔面から着地したので顔が心配だった。だがすぐにある違和感に気がついた。皮膚が半端なく硬いのだ!俺は指で皮膚をつねろうとしたが、その指はすぐに滑って人差し指と親指がぴたりとくっついた。肌が滑らかすぎるのだ。まるでホワイトボードの様に。俺は驚いて、次に頭を調べることにした。カンッ。頭を触ろうとした指が弾かれた。

「ちょっと待ってくれ……」

動揺してつい声が漏れる。恐る恐る手のひらで頭をボールをつかむ様に、両手で挟んでみた。

「これは……」

感触は完全にガラスだった。例えるなら電球、あるいは金魚鉢だ。頭が硬いのだ。

「ひょっとして俺は事故で身体が粉々になって、サイボーグになったのか……」

ふと考えてみた。さっき頭を掴んだ時何か違和感があった。指だ。はっとして指を見ると、なんと両手の指は三本しかなかった。「あぁ、神よ」

今起きてる状況が自分の頭の処理能力を超えていた。

「あの扉から外にでよう」

この薄暗い部屋から出て、とりあえず自分の容姿を鏡で確認したかった。扉に近く。

(コツッ、コツッ)

「ん?」

俺は服とズボン、靴まで履いていた。

「俺はこのまま浴槽に浸かっていたのか」

その服やズボンは明らかに見た事のない物だった。生地はシルク生地だ。

 扉の前に立つとプシュウという音と共にゆっくり開き始めた。段々と薄暗い部屋に眩しい光が差し混む。さっきの人型ロボットがこの部屋を出た時にあまり眩しく思わなかった事を考えると、謎の浴槽から自動扉まで20メートルほど距離があったようだ。だとしたら、かなり大きな部屋だったということになる。そうこう考える内に扉が完全に開いた。俺はまるで月面に降り立つ宇宙飛行士みたいな感情で扉を出た。すぐ前に壁があった。右を見ると行き止まり。左を見たらずっと奥まで続く廊下があった。壁、天井、床、確かめてみる。壁はステンレスみたいなメタリック加工で色々な機械のプラグが張り巡らせてあり、触るとヒンヤリした。天井を見上げてみると、かなりの高さがある。ずっと上のほうにダクトがあるのが見えた。床も壁同様にメタリック加工だった。横幅的にはホテルの廊下みたいだ。あまりに奇妙すぎる。病院にしてはあまりに機械的すぎる。SF映画に出てくる宇宙船みたいだ。そして俺はその一本廊下をずっと進んでいくことにした。何せ床がメタリックな事もあり、歩くたびにギャンギャンうるさかった。しばらく進むと左手に自分が入っていた部屋と同じ種類の自動扉があった。入るか、入らまいか迷った。自動扉に近づいてみる。開かなかった。少しホッとした矢先、数メートル先の右手に大きめの自動扉があるのが見えた。俺はそこにも入ってみる事にしたが、やはり開かなかった。と、奥の方の壁に監視カメラが付いていることに気がついた。その瞬間俺は怖くなった。

「俺はひょっとして監視されているのか?」しかし引き返すわけにも行かない。さらに真っ直ぐ進んでみた。やはり所々に監視カメラがあり、赤く光っていた。ひたすら真っ直ぐ歩くと突き当たりが見えた。どうやら左右に道があるらしく、壁にはフロア案内が見えた。

「あれで自分がどこに居るのかがわかる!」

フロア案内へと急いだその瞬間だった。

(ギャンギャンギャン)

走る音が廊下にこだまするのが聞こえた。

(ギャンギャンギャンッ、ギャンギャンギャンギャンッ)

「ん?」

俺はとっさに止まった。自分の走る音の反響が奇妙な事に気がついた。

(ギャンギャンギャン)

「やっぱりだ、俺以外にも誰かが走ってき来る!」右側の通路からだった。俺は何が来るのか恐ろしくてたまらなかった。

(ギャンギャンギャン!)

どうやら右側の通路はかなり長いらしい。足音が次第に近くなってきているのがわかった。そこで俺は元来た道を引き返すか、このまま左に曲がって走り去るか、それとも右から来る得体の知れない者と鉢合わせるか、選択を迫られた。

(ギャンギャンギャン!)

もう音が近い所まで来ていた。元来た道を引き返しても、一歩廊下なので結局見つかってしまう。左に曲がって走り抜けても行き止まりかも知れないし、得体の知れない者の視界にいきなり飛び込むことになる。右に曲がるなんてもってのほかだ。俺はとっさの選択を迫られた。あの事故の時みたいに。そして俺は行動を取った。その行動とは、死んだふりだ!

俺は得体の知れない者が右から来ることが分かっていたので、通路の右側ピタピタにうつ伏せに寝転んだ。

「頼む……」

(ギャンギャン)

その得体の知れない者は確かに、通路の分岐点で止まった。一体誰がそこに立っているのだろう、そう思いながら、息さえも止めて死んだふりを続けた。その得体の知れない者はずっと静止している。沈黙が続く。

(一体誰なんだ!さっき俺の目覚めた部屋にいたロボットか?)

その得体の知れない者が誰であれ、もうこの数分で体験している未知の体験から、ソイツが普通の奴でないことは明らかだった。

(ギャンッ)

そいつは一歩動いた。

(一体何だ!どっちに動いた?こっちか?左側の通路か?)

しばらくすると、

(ギャンギャンギャン!)

どうやら音から判断して左側の通路に走っていった。一分間の沈黙の末、ようやく息ができた。

「一体何だったんだ、畜生め」

得体の知れない者が向こうに行ったのを確認して、ついにフロア案内掲示板を見た。

「……」

なんとそのフロア案内掲示板は見たことも無い文字で書かれていた。英語でもなければ、中国語でもスペイン語でもない。しかし、ここのフロア全体の構造は何となく理解することができた。どうやら一番最初に自分がいた部屋の隣にも全く同じ造りの部屋があるという事、そしてこのフロア案内の右側に行けば、奥に大きな扉があるらしい。逆に左側の通路は真っ直ぐ行くと行き止まりだが、途中の右手に扉があり、それをさらに進んで行くと階段見たいものがあるらしかった。

「さっきの奴、左側のこの階段に向かったのか?」

俺は右に曲がる事にした。しばらく右側の通路を進んだとこで、壁にとめてあったらしいネジが、何かの拍子に吹き飛んだ。

(カランカラン)

「壁のネジが外れたのか」

しかし次の瞬間、後ろから音が聞こえてきた。俺は音のする方を見た。するとかなり奥からこちらに向かって走ってくる影が見えた。

「さっきの奴が引き返してきたんだ!」

俺はとっさにさっき伏せて隠れた場所まで戻って、右側の壁と反対側の左手の壁に張り付いた。次は左から右に走っていくだろうと推測し、若干の死角になる通路左側の壁に張り付き、得体の知れない者の正体を確認することにした。

(ギャンギャンギャンギャン)

走って来ている。思わず息を呑む。

(ギャンギャン)

そして次の瞬間、俺は見た。何か人間じゃない者が予想通り、左側から右側通路へと走って行くのを。ほんの一秒程度しか確認できなかった。だが人間じゃないのは確かだった。そしてそいつは止まった。ちょうどネジが飛んだ辺りだろうか。俺は正体を確かめたくて、恐る恐る右側通路をのぞきこんだ。そしてそいつはいた。そいつを見た瞬間に心臓がドキっとなって心拍数があがった。どう説明すれば良いだろうか。奴はロボットだった。限りなく人に近いロボット。ボディは白い。最初に見たロボットとまた型が違う。何やら先ほど吹き飛んだネジの辺りを探っているのだ。何かあのロボットは危険な感じがする。俺はそのロボットがいなくなるまで一旦自分の元いた部屋に戻ることにした。

「ここはロボットしかいないのか……」

不安と恐怖と好奇心が入り混じって疲労を感じた。引き返そうと足を運んだ瞬間に、床がぼこりと音を鳴らした。次の瞬間

(ギャンギャンギャン!)

「やばい!奴が来る!」

奴は床の音を聞いたのだろう、こちらに走ってくる。そしてとうとう奴と鉢合わせしてしまった!奴は俺の目の前で止まったのだ。顔に口はなく、クリクリな目が赤色に光っている。怖すぎて声も出ない。そのロボットは周りを見渡している。

「見えてないのか……」

奴は俺の前にいるのに、俺に何もせず周りを見渡している。怖くてたまらない。思わず固唾を呑んだ。その瞬間!奴は俺を見た。

(音か!固唾を呑んだ音か!)

ネジが落下した時や、床を鳴らした時も音だった。

(こいつ、目が見えないんだ)

俺は自分の履いているズボンの右ポケットにペンが入っているのを知っていた。俺はそのペンを愛犬にほうり投げるおやつの骨のように、向こう側に投げたかった。しかし、ポケットからボールペンを抜くときに音がなりそうで怖い。そうこうしているうちに、極度の緊張からまた口に唾液がたまってきた。

(やるしかない……)

ペンを抜く。ゆっくり、ゆっくり。

(よし、取れた!)

そして音を出さず投げた。結構飛んだらしい、フロア案内のと前まで転がった。奴は素早く音のする方向を見た。驚くことに、奴の首は360度回ったのだ。そしてペンの方向に走っていった。

(ギャンギャンギャンギャン)

だがまだ油断はできない。奴は少しの音でも感じ取る。俺は素早く固唾を飲み、その場でじっとしていた。すると、ロボットは左側の通路に去っていった。俺はしばらくしてから、自分が最初にいた部屋に戻ろうと歩いた。ほんの数十分の体験だが、生きている時ですら経験したことがない恐怖だった。

「とりあえず、ある程度の構造は覚えたから少し座って落ちつこう」

自分の部屋に戻る途中廊下に座り込んだ。急に疲れが来た。

「さっき右のズボンのポケットにペンが入っていたが、左ポケットもあるのか」

今までまったく気にもとめていなかったが、探ってみた。

「ん?何かあるぞ」

中から小さなメモ帳が出てきた。そのメモ帳の表紙には、

「絶対無くすな! これが希望だ」

と英語で書かれていた。一番最初のページを開いてみると、こう書いてあった。

『 これを見たということは、君は死んだと言う事だ。いいか、信じられないだろうがお前は何度もここに来ている。このメモだけが希望だ。なぜか色々なお前がここでの出来事を記録している。』

そう書かれていた。理解できなかった。次のページにこんな事が書かれてあった。

『俺は1994年、民族紛争によって殺害された。だが目覚めたら訳の分からない施設にいた。目覚めたらロボットが話しかけてきた。俺は左のズボンのポケットにメモを見つけ、今それを書いている。』

俺は同じ境遇の奴が残したメモと知って、興味津々に読んだ。他のページには第一次世界大戦中の兵士だったり、医師だったり、詐欺師だったり、メモのいたるところに自分が『生前』どのような人物だったかが記されていた。ページが進むにつれ、あることに気がついた。このメモに記録を残した人の亡くなった日付が段々と自分が死んだ日付に近づいてきているのだ。1980年。次のページが1995年。と、1995年に記入した人のページが俺をの手を止めた。こう書いてあった。『俺の名前はジョン・ドミニク。生前はハーバード大学の教授を務めていた。1995年に、バイクで事故を起こし死んだ。このメモを見て自分の事を書き残すことにした。』

次のページにはこう書いてあった。

『俺は自分のページ以降のメモを見てある事に気付いたのだが、死後皆が同じ経験をしている。そこで、俺はメモの情報を全て合わせてみた。すると意外な事が分かった。まず、メモに書かれているページ数が一定である事。つまり一定以上書くと記録が止まっている。1860年までの記録では、自分が目覚めた部屋から怖くて出ない者もいる。1890年代までの記録では、部屋から出たが廊下を進む者があまりいない。1920年辺りからは廊下を突き当たりまで歩いて、フロア案内掲示板を見つける者が多い。もちろん生前の記憶に左右されるのはあるみたいだ。例えば1920年に亡くなったトムは生前奴隷だったらしく、最初自分が目覚めた部屋から出ていない。内気で命令を聞くまで動かない性格だったのだろう。が、1965年のハンネスは生前警察官だったため勇敢だったのか、素手でロボットを倒している。いいか。俺が伝えたいのは、君は俺なんだ。おそらく、このメモを書いているのは全部君なんだ。君は死んではここに来て、を繰り返している。難しいようだが。何故か毎回ここに来たお前の記憶は途中で消えている。これはあくまで推測でしかないが。俺は次の俺に情報を残す。俺は1920年のジョンと1965年のハンネスのメモをここにまとめ、さらに俺の経験もここに書くことにする。まず、俺は自分の部屋を出て廊下を直進した。そしたらフロアの案内掲示板みたいなものがあり、そこを右に曲がって真っ直ぐ行けば、電子ロックのかかった扉がある。そして天井にダクトがあるが、女性でないと入れないだろう』

記録はここで一旦途切れ、次のページには短文だけがたくさん書かれていた。

『ロボットは一定周期で巡回』

『巡回しているロボットに話しかけてみることにする』

『ロボットに話しかけたら、首を掴まれ殺されかけた』などだ。そして彼のメモはこう残した後に終わっていた。

『俺はもう一人同じ仲間をみつけた。北側のダクトを抜けると、セキュリティルームがあり、そこで全ての扉のロックを解除可能だ。俺と彼女でここに存在する謎を解く。もしこの先俺がメモを残していなければ、俺は死んだと思ってくれ。もっとも死んでここにきたのだが』

理解不能だった。言っている意味が分からなかった。この記録を書いている人は俺と同じ境遇で、記録を書いているようだった。何故か、次のページには何十年も先にまた同じ経験をした人のメモで、その人もまた一定数記録を書くとまた、数十年先の別の人物が記録を書き始めるといった状態だ。

「このメモ帳は引き継がれている物……」

俺が理解できるのはそこまでだった。記録によると、さっきのフロア案内掲示板の先にロックされた扉があり、その上のダクトを通してセキュリティルームにいけること、ロボットはこのエリアを巡回しており、外部に行くのを全力で阻止していることが分かった。「首を絞められた」とあったので、あのロボットが危険である事は確かである。俺も俺なりに次の人にメモを残したかった。ロボットが音に反応して行動している事は誰もまだ知らないらしかったので、それを白紙の新しいページに、自分の生前の記憶と一緒に記したかった。俺はメモを書くためにペンを取りに行くことにした。歩いてしばらくして、開かずの自動扉の前を通り過ぎる時、なんと自動扉が開いた。するとさらに部屋の中から生物が出てきた。かなり近い距離でお互い鉢合わせた。俺はソイツを見た瞬間、血の気が引いていくのが分かった。肌の色は黄色。顔や体は人間と変わらないのだが、頭には金魚鉢みたいなものが付いていて、金魚鉢の中に脳ミソがむき出しに見えている。容姿は女の様な金髪の長い髪、膨よかな胸、初めて見るその生物に俺は驚き、気を失った。


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