THE FACT 6000回死んだ男が見た世界19話
THE FACTt 6000回死んだ男が観た世界19話
Episode19 終止符
ついに真実を知ったルイとオリビア。全ての元凶であるゲイリーを打倒しに、コックピットへと向かう。
「奴がいるとしたらコックピットだ。間違い無いだろう。」
ルイは痛む脚をかばいながら、元来た道をオリビアと引き返す。
「えぇ……でも、このままでは勝算はないわ。」
オリビアもまた、脚をかばいながら歩く。
「作戦を練らなければならない。奴を倒す前に。」
ルイとオリビアは、案内掲示板が書いてある分岐まで戻ってきた。
「これ、見てみろ。」ルイが指差した。
「今いるのがここだ。そして、恐らく広さからしてコックピットはここ。」
コックピットと思われる地図上の位置は、ブレインと同じくらいの広さだと推測できた。
「道中にいくつか部屋がある。」
「これ、なんて書いてあるの?」
ルイはしばらくして、読み解いた。
「特別クルー休憩室。」
「特別クルーの?って事は私達のよね。ここに何かあるかもしれないわ。」
「あぁ。過去の君は記憶盤にあのように証拠を残したんだ。きっとまだ何か、奴に関する有力な情報があるはずだ。」
正直、希望は薄かった。それでも今はみじんこレベルの光にもすがりたかった。
分岐をしばらく進むと、また分岐があり同様に案内が貼ってあった。まるで迷路のように複雑だった。
「ここだ。」
分岐を更に奥に行くと、ガラスのように透明な扉が、通路を封鎖していた。どうやら扉全体がタッチパネルらしい。ルイはガラスに手を触れる。
(認証。ルイ・シーラン)
機械的なアナウンスが聞こえると、ガラスの扉は左右にスライドして、通行できるようになった。そしてしばらく進む。
「あれみて。」オリビアが話した。
オリビアの指差す方向には、円形状の広い空間があり、5つの扉が隣り合わせに並んでいた。
「僕たちの部屋……」
扉にはそれぞれナンバーが書いてあった。左から順番に001、002と番号が若いものから並んでいる。
「私達の手帳に書いてあったあの番号。特別クルーのライセンスカードに記載されていた、あのナンバーね。」
ルイが扉に近づいていく。
「だったら僕が001だ。」
その扉は真っ黒い鉛のような色で、ドアノブさえ付いていない。ルイはその扉に触れてみた。
(ルイ・シーラン様。お帰りなさいませ。)
アナウンスが流れると、扉が開き、電気が点灯した。
「すごい……中は広いのね」
扉の配置の関係から部屋はそれほど大きくないのだろうと推測できたが、中に入ると、走り回れるくらいに広かった。
「これは……」
ベット、テーブル、シャワー、洗面台、壁の一部は鏡張りで、他は真っ白い。まるで真昼間の病室みたいだった。しかし、ルイが驚いたのはそんなものではなく、大きな正方形のテーブルに置かれた宇宙船の模型と、広げられた地図、そして設計図などが描かれた分厚い紙の束だった。
「これが、イタニムスリーか……」
ルイは模型を手に取った。大きなラグビーボール、もしくはオカリナの様な形だった。
「こんな形なのね……私達がこれに乗っているのよね。それも何百年も……」
オリビアが模型を突っついてみると、一番上の部分がスライドした。
「これは……」
なんとその模型は分解可能で、内部の部屋など細部に渡るまで設計されていた。層ごとに取り外しが可能みたいだった。
「これでこの船全体の構造が分かるぞ!」
ルイは興奮げに、今自分たちがいる第四層を観察した。すると、やはりブレインと同じ大きさほどのコックピットの存在が明らかになった。
「ここだ、間違いない。奴はここにいる。」
そしてルイは机の上の資料に目を通す。
「これが過去の自分が取り扱っていた資料とは、まるで信じられないな……」
そしてオリビアの存在を忘れ、資料に目を通す。その間、ルイは興奮のあまりあぁだこうだと独り言を話す。
「ルイ!」呼んでも反応がない。
「はぁ、まったく……いいわよ別に」
オリビアはふてくされた様に、自分の部屋を覗きにいくことにした。
ルイ同様に、部屋の作りは同じだった。左右が対象に設計されているらしい。しかし、オリビアが驚いたのは、テーブルの上にあった三つのモニターと二つのキーボード、そしてメカメカしい数々の機械だった。
「わお……そうか私、この舟のアンドロイドの開発者なんだっけ……」
オリビアはモニターの文字を読もうとしたが、もちろん理解できなかった。
「ルイ待ちね……」
すると、シャワールームの横に何やらシートを被せられた細長い物がある事に気がついた。
「何これ……」
オリビアはそっと近づいて、そのシートをゆっくりと剥がす。
「うわっ!」
オリビアは驚いた。
「どうした!」
ルイが慌てて駆けてきた。
「これは……驚いたよ」
そこには限りなく人に近い、美しくもたくましい屈強なアンドロイドが直立していた。色は真っ黒なのだがBAとは違い、山の様に盛り上がった筋肉質なボディに丸太のように太い脚が付いていた。明らかに戦闘用のアンドロイドだが、今まで見たどの種類よりも遥かに強そうだ。
「何なのこいつは……」
オリビアは近づいてみる。
そいつの目には光が点っていなかった。
「ルイこれって、私が作ったのかしら」
「そうだろうな……君の部屋だ。」
ルイはそう言いながらオリビアのキーボードを叩き始めた。オリビアはそのアンドロイドに触れる。冷んやりしていた。
「何百年もの間、ここで私を待っていたの?……」
「驚いた!!」
「わ!……驚かせないで」
「ごめん、これ見てくれ」
ルイが指差したモニターを見てみると、そのアンドロイドの情報が映し出されていた。
「こいつは試作品だ。イタニムスリーが新星に到着した時に治安を維持するためにこのアンドロイドを作る予定だったらしい。まだ実験段階と書いてある。これは君が打ったものだろう。」
「私が?……」
そこには事細かに文字が打ち込まれていた。
「これは動作のプログラムだ。きっと作っている途中だったんだ。」
「ねぇ、他に調べれる事はないの?」
「んー……少し時間をくれれば。でも、ゲイリーがキャプテンが戻ってこないことを察する前に行動しないと……」
「もし私がアンドロイドを作ったのだとしたら、今この舟にいるアンドロイドの主導権は私にあるのよね?」
「あぁ。ただしゲイリーにそれを渡していなければの話だよ。現に今この舟にいるアンドロイドは僕達を捕らえる様にプログラミングされいる。という事はやはり、ゲイリーが主導権を君から奪っているとみるのが正しい。」
「えぇ、『今いる』アンドロイドはね……」
「今いる?……そうか!なるほど、確かにそうだ。君は天才だよオリビア!その手があった!」
ルイはキーボードを叩きながら、また話す。
「僕にも考えがある。君のアンドロイド技術と僕の宇宙舟技術で奴を倒せるかもしれない。ただ、成功する見込みは極めて低い。もしかしたら……」
ルイはキーボードを止めた。
「もしかしたら、どちらかが死ぬかもしれない……それだけ危険な賭けになる。」
「上等よ。私達は既に死んでいるの、最初からリスク無しにここまでやって来てないわ」
「そうだな……」
「じゃあ僕の作戦を説明する。」
ルイとオリビアは終わりなきループに終止符を打つべく、作戦を練った。そしてどちらも、今回ばかりは死ぬかもしれないという事実を受け入れた。決して、正義が勝つことなんて現実では無い。唯一勝算を左右するのだとすれば、それはその闘いに賭ける想いだと、二人は思った。負けるかもしれない、失敗するかもしれない、死ぬかもしれない、けれども歩む足を止めてはならない。その足を止めた時、負けは確定する。つらくても、足を止めてはならない。勝つ為にはひたすら進むしか無い。
「鎮痛剤、効いてきたみたい。」
「僕もだ。部屋に医療キッドがあってよかった。おまけに銃も」
「えぇ。この銃にはロックが無い。つまりクルー専用の銃なのね……」
その銃は小さな拳銃だった。緊急用なのだろうか、ベッドの下に数弾のマガジンと一緒にケースに入っていた。
「懐かしい。」
「銃がか?」
「えぇ。これは私が実戦で使っていた銃の新しいモデルよ。」
「対人用だな。」
「えぇ、でもしっくりくるわ。握るだけで安心できる。」
そうする内に二人は、コックピットへと続く通路に出た。異様な空気がこちらへと抜けてくる。
「ここで、決着を着ける。泣いても笑ってもここで最後。」
「そうね……例えどちらが死んでも、目的はひとつよ。ゲイリーをぶっ飛ばす。」
「オリビア……ありがとう。ここでこうやって君に会えたこと、僕にとって最高の経験だった。もっと、こう、違った形で君に出会えたらよかった。」
「違った形じゃ駄目よ。ここだからいいんじゃない。貴方は最高のパートナーよ。」
二人はお互いの唇を重ね合わせた。そこには色々な想いが詰まっていた。もちろん愛でもあり、感謝でもあった。しかし一番二人が感じ合っていたものは、最後の別れだった。
(プシュゥゥゥゥゥ)
その扉はルイとオリビアを歓迎していたかの様に軽々しく口を開けた。ロックもかかっていなかった。
「遅かったじゃないか」
宇宙を映し出した窓の前にある球体の椅子にそいつは腰掛けていた。
「それで、再接続したのか?」
そいつはボールペンを指でくるくる回しながら、宇宙を眺めていた。
「聞いているのか?」
そしてやがて違和感に気づく。
「おい」
そいつは振り返った。そいつの名前はゲイリー・コーズウェル。
「おいおいおいおいおい……」
ボールペンを床に落とす。
ゲイリーの目の先には、ルイとオリビアが立っていた。
「キャプテンを?……まさかな……」
ルイとオリビアの目はゲイリーから外れない。
「こればかりは驚いた。」
ゲイリーは椅子に深く腰掛けた。
その小さな動作でもルイとオリビアは反応して銃を向ける。
「察したぞ。ポンコツアンドロイドがいない。ハチがいない。奴だな、奴が犠牲になったのか?」
「だとしたら哀れだ。なぜ機械なのに人間を助ける?馬鹿極まりない。これだから機械は嫌いなんだ。」
「それで、何だというんだ?追い詰めたつもりか?」
ルイが口を開く。
「全ての真実を見た。お前の企てている計画も、何故僕達が記憶を消されて再接続されるのかも。」
「なるほど……まんまとハメられたわけだな。あの記憶盤は偽物だったのか。でも、それもどうでもいいことだ。」
「これ以上僕に……俺にストレスを与えないでくれ。いいか、断言しよう。今から俺はお前達を殺す。」
「お前達を再接続する目的は、お前らに特許があるからだ。しかし、それは間違いだった。お前たちじゃ無くてお前たちの顔と手の平さえあればそれでいい。つまり、お前達を殺した後すぐに、顔面と手の平をもぎ取ってアンドロイドに移植すればいい。そうすればお前らは動かないし、特許は俺のものだ。お前らは新星に到着後、都市設営や宇宙舟のロックを解除してくれさえすればいい。あとはゴミの様に捨てるだけ」
ついにゲイリーは立ち上がった。
ルイとオリビアは左右に分かれてゲイリーに向かう。最初にゲイリーの標的になったのは、オリビアだった。オリビアはゲイリーの前に着くと、得意の格闘術を仕掛ける。ゲイリーは全て防御して交わし、オリビアとの間合いを図っている。その隙に後ろからルイが銃の引き金を引く。
(ダンッ!)
それは確かにゲイリーの右脇腹を貫いた。幸いオリビアには当たらなかった。ゲイリーはキャプテンと違い、体はルイ達と同じ人間なので、銃に対しては弱いらしかった。しかしルイは考えた。それならば何故キャプテンの上に立てたのか、そう考えている内にその答えが姿を現した。オリビアとゲイリーが戦っている最中、ゲイリーは自分の上着を巧みに脱ぎ、オリビアの顔に巻きつけた。その時、あらわになったのが、腕だった。その腕は明らかに人間の物では無かった。
「オリビア!間を取るんだ!」
しかしオリビアはいきなり視界を塞がれた為、パニック常態だった。ルイが銃を構えるまも無く、オリビアにゲイリーの一撃が放たれた。
(バゴンッ)
その音は、車が人を引くときの音より大きかった。
「オリビア!!」
オリビアは物凄い勢いで吹き飛ばされ、ルイ達が入ってきたコックピットの入り口の扉をも破壊して、通路に吹き飛んで行った。オリビアの事を心配するまも無く、ゲイリーはルイに向かう。
(ゲイリーの強みは、あの腕だ。身体は人間だが、あの腕だけはキャプテンをも越える凄まじい力があるんだ!)
そう考える間もなく、ルイはアッパーを喰らってしまった。
(バゴンッ)
目の前が真っ暗になった。しかし、ハッとしてすぐに目が覚める。胸が異常に痛む。真下にゲイリーがいて、こちらを見上げている。ルイは天井に背中がめり込んでいた。どの様な威力で殴りあげられたのか、想像も付かなかった。
(駄目だ……これは、正面から戦ってはいけない……間をあけなくては)
ルイは握りしめていた銃をゲイリーに向ける。幸い、気を失っても銃だけは手放さなかったらしい。
(ダンッ!ダンッ!)
一発は外し、二発目は身を隠して避けられた。そしてゲイリーは身を隠していた球体の椅子を軽々しく持ち上げた。
「くそ!」
どうあがいても、背中がめりこんで下に降りれない。ゲイリーは大きく振りかぶった。
「投げてくる!」
(ダンッ!)
間一髪だった。ルイは天井に銃口を突きつけ射撃し、その勢いでどうにか地面に落ちることに成功した。今まさに、粉々になった椅子の破片が落ちてきている。
(逃げなければ)
(ガシッ)
ルイは背中を掴まれる。
(ここで捕まったら、次こそ死ぬ。)
しかしゲイリーが掴んだのは、ルイの上着の背中の部分。ルイはすかさず上着を脱いで脱出した。そのまま全速力でオリビアのいる通路へと向かう。
オリビアが通路の先の壁にぐったりと倒れ込んでいた。
「オリビア!オリビア!」
返事がない。息もしていなかった。
「嘘だろ……頼む……」
ルイはオリビアを横にし、心臓マッサージを行う。二回行ったとこで、呼吸を始めた。
「う……」
「オリビア!息をするんだ。あまりに強い衝撃だったから心臓が止まったんだ」
(コツッ、コツッ、コツッ)
ゲイリーの歩いてくる音が聞こえる。
「奴と距離を取らなければ……」
ルイはオリビアを背に抱えると、右手で銃を持ち、走った。やってきた通路を走って戻って行く。
「駄目だ……強すぎる……」
途中でルイはバランスを崩し、転倒した。
「う……ルイ……大丈夫よ立てるわ……」
オリビアは賢明に立ち上がる。
すると通路の奥の方でゲイリーの声が聞こえてきた。
「逃げるくらいなら、くるんじゃ無かったな。俺は絶対にお前らを殺す。」
「ルイ、私銃をどこかで落としてしまった……」
「そんなのは構わない。早く!急ごう」
ルイとオリビアは通路を戻る。そしてある所に着くと、止まった。
「オリビア……大丈夫か……やれるか?」
「えぇ、任せておいて。どうなったって作戦は遂行するわ。」
「頼んだぞ……幸運を」
「幸運を」
ここでルイとオリビアは二手に別れた。ルイは通路の先へと走って行く。オリビアはルイが行った逆方向に進むと、その場で腰をおろした。
(コツッ、コツッ、コツッ)
「これはこれは、オリビア。ルイはどこに?」
「ルイは……逃げた……」
「逃げたのか?はははは……」
「でもルイは必ず貴方を倒す。」
「黙れ。」
ゲイリーはオリビアへと近づく。オリビアは地面を這いながら、奥へと逃げる。
「馬鹿にするなよ。お前らが分かれたのは何か作戦があるからだろ。ここまで生き延びてこられたお前らが、片方を置き去りにするなんてことはしない。なぁ?オリビア。」
「脳みそは猿以下だとおもっていたけど、そうじゃないみたいね」
今もなお、ゲイリーはオリビアに詰め寄る。オリビアは先に逃げる。
(お願いルイ、間に合って。)
「こっちにくるんじゃないわよ、このゲス野郎!」
「もっと怯えろ。お前らが悪いんだ、お前らが。」
オリビアは更に先に逃げる。しかし進みきったところで通路は無く、行き止まりになっていた。
「嘘でしょ!!」
「その先は行き止まりだ。可哀想に、記憶がないから場所も忘れてしまったか。」
とうとうゲイリーはオリビアに追いついた。
「これ、落とし物だろ?」
ゲイリーの手にはさっきオリビアが手にしていた拳銃があった。
「駄目だな、落としてしまったら。悪用されてしまうかもしれない。」
ゲイリーはオリビアに銃を構えた。
「楽にしてやるだけだ」
ゲイリーがトリガーに指を乗せたその時、オリビアが輝き始めた。眩いほどの真っ白い光だ。
「何だこれは!」
その光は段々と強くなっていく。その光はオリビアが発する光では無かった。オリビアの背後だった。オリビアの背後にあるはずの壁が無くなり、そこから光が照りつける。暗闇の中、急にスポットライトを浴びたかの様だ。ゲイリーは目が慣れるとやがて、状況を理解した。
「部屋だと……この通路には部屋があったのか……隠し部屋……いや、ルイ・シーランだ。奴は以前宇宙船技師だったからな」
そう言いながらもゲイリーは奥へと進む。中に進むと更に通路があり、分厚い扉が姿を現した。その奥にオリビアが逃げ込むのが見えた。
「ほう、興味深いな。なぜここの扉はこんなにも厚いのか……」
その場所はブレインの半分ほどの大きさだった。死角になる様なものは無く、拓けた大きな空間だった。
「ほう、こんなに広いなんてな。だが、何だというんだ?」
(お願い……入って……)
「ははは……なんだ、まるでここに『おびき寄せている』かのようだな。こんな行き止まりの空間にわざわざおびき出すとは、何か策略があるんだな。」
「分かった。オリビア、君だけいるといい。この扉さえ閉めれば、君は虫かごの虫だ。俺はそこまで馬鹿じゃ無い。」
(まずい……この空間におびき寄せなくては作戦が遂行できない……)
「じゃあな、オリビア・アデッソ。ルイの死骸をそこで待ってるがいい。」
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ)
「ん?」
通路の奥の方から、アンドロイドの足音が聞こえてきた。
「今度はなんだ……アンドロイドで俺を倒すつもりか?」
(ギャンッ、ギャンッ!)
走ってきたのは真っ白いノーマルのアンドロイドだった。なんとそのノーマルアンドロイドは、ゲイリーにタックルをお見舞いした。
ゲイリーは衝撃にどうにか耐えたが、後ずさった。
「何だお前は……」
ゲイリーはノーマルアンドロイドをぶん殴り、破壊した。するとまた奥から音が聞こえてきた。
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ)
「またか……うっとおしい」
ゲイリーは走ってきた同類のアンドロイドをぶん殴り、同様に破壊した。しかし、
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、)
今度は二体で走ってきた。
「何だっていうんだ!」
ゲイリーははじめの一体を破壊したが、続いてやってきたアンドロイドにバランスを崩された。その場に倒れ込む。
「ええい!うざいやろうだ!」
ゲイリーは立ち上がり、残りの一体を始末した。しかし、
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)
「な……一体どういうことだ!」
なんと通路の向こう側から次から次にアンドロイドが走ってくる。ゲイリーは向かい様に殴り飛ばすが、数が多すぎて遂に広間の方に吹き飛ばされた。
「く……そ……一体……」
今もなお、次から次へと空間にアンドロイドが流れ込んでくる。中にはBAや、赤いボディをしたRAまで混ざっている。標的は皆、ゲイリーだ。ゲイリーはアリに覆われた角砂糖のようにアンドロイドの山の下敷きになっている。中から声が聞こえてくる。
「くそおおおお!オリビアアデッソ!!!」
その一喝の大声と同時に、ゲイリーは周りのアンドロイドを吹き飛ばし、山の中から姿を現した。ゲイリーは持ち前の豪腕で周りのアンドロイドを容易く破壊して行く。しかし、今もなお、アンドロイドは水のように流れてくる。ゲイリーはアンドロイドをなぎ倒しおながら、オリビアの方へと向かう。
「お前、何故だ!何故アンドロイドを使用できる!使用権は今俺にあるはずだ!」
「えぇ、そうよ。今いるアンドロイドのね……」
ゲイリーはハッとなって立ち止まった。その間、アンドロイドの山の下敷きになる。
「お前……工場か……」
「その通りよゲイリー。貴方のアンドロイドの使用権は今この舟にいるアンドロイドだけ。つまり、この舟でたった今生産されているアンドロイドの使用権は貴方のものでは無い。プログラムの書き換えは容易。生産されて制御プログラムが書き込まれる前に、ルイがプログラムを書き換えている。だから今ここに流れてきているアンドロイドたちは皆、アンドロイド製造工場から送られてきている、貴方を殺害目標としているアンドロイドってわけ」
「くそが!!」
ゲイリーはアンドロイドをなぎ倒して行く。
「だからここにおびき寄せたんだな。だがな、お前らには誤算がある。」
ゲイリーはアンドロイドを飛んできた蚊を駆除するように倒して行く。
「一回で生産できるアンドロイドの数は500だ。500を超えた瞬間、工場内の負担を軽減するために数時間程度生産がストップするようになっている。」
「何ですって」
「そして今、俺は既に100体は倒したぞ。俺が倒れるのが先か、アンドロイドが尽きるのが先か、答えは簡単。アンドロイドだ。」
ゲイリーは着々とアンドロイドをなぎ倒して行く。その間オリビアは逃げようとしたが、ゲイリーはアンドロイドをなぎ倒しながら、入り口へと進んでいく。
「扉の前でこいつらを処理すればいいんだ。そうすれば、お前は逃げられない。後は、通路の向こうからやってくるアンドロイドを、ベルトコンベアーの仕分け作業のように潰していけばいい。」
アンドロイドは着々と破壊され、散って行く。
「駄目……このままでは本当にまずい……」
しばらくすると、アンドロイドは数十秒に一体しか流れてこなくなった。
「オリビア、君の負けだ。先に君を始末する。」
ゲイリーが走ってこちらに向かってきた。
「まずい!」
オリビアは広間の端まで逃げる。
ゲイリーはその間、アンドロイドに背後から攻撃されるが、片手で顔を握り潰す。そしてとうとう、オリビアは追い詰められた。
「ずいぶん鬱陶しい真似してくれたじゃ無いか。」
(ガッ)
そしてオリビアは首を掴まれた。
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ)
「う……」
背後からアンドロイドが駆けてくるが、ゲイリーにはもはや敵では無い。
「さよならだ」
(バゴンッ)
物凄い音だった。ひとたまりもなかった。骨は粉々に砕け散り、一瞬で心臓が止まる。痛さを感じるまも無く、意識が飛ぶ。
そうに違いなかった、オリビアだったなら。
「ぐっ!」
吹き飛ばされたのはなんとゲイリーだった。
ゲイリーは身体を起こし、必死になにが起こっているのかを理解しようとした。オリビアの前にアンドロイドが立っていた。真っ黒いボディのアンドロイドだった。しかし、体格が桁違いだ。
「貴方は……」
そのアンドロイドはオリビアを見て、親指を上げた。それはハチがよくしていたサインだった。入り口を見ると、タブレットを持ったルイが立っていた。
「ブラックアンドロイドversion II!」
ルイはそう叫んだ。
「ルイ・シーラン……」
そのアンドロイドはルイが操作していたのだ。ゲイリーはすかさずオリビアの方へと駆けるが、ルイのBA IIがそれを阻止した。ゲイリーはすかさずBA IIに攻撃を繰り出すが、ルイの巧みな操作で攻撃を交わされる。それどころか、ゲイリーは攻撃を当てられる。
「すごい、ルイのアンドロイドがゲイリーを押している……」
しかし、ゲイリーはオリビアが逃げないように出口の近くで戦う事を意識しているようだった。
「くそ……時間が……急がなければ……」
オリビアには急がなければならない理由があった。
コックピットに向かう数十分前、ルイがオリビアに全ての作戦を話した。
「オリビア、聞いてくれ。僕の作戦を」
「えぇ、分かったわ。」
「まず、僕たちはコックピットでゲイリーと対面する。その後、どうにかしてここにゲイリーをお引き寄せて欲しいんだ。」
ルイが示したのは、模型でしか分からない隠し部屋らしき空間だった。
「ここは?」
「ここは、小型宇宙船のポートなんだ。恐らく他の層から大きな荷物を運ぶ際に設計された場所。ここに奴をおびき寄せて欲しい。」
「えぇ、でもどうして地図に載っていないの?」
「使えなかったんだ。」
「使えなかった?」
「そう、危険すぎてね。小型宇宙船のポートという事は、ここで気圧の変換を行わないといけない。宇宙の外気と、宇宙船内の気圧を同じにする必要があるからね。そうしないと大変なことになる。それをコックピットがある層に作るのは危険すぎる。万が一、この層でトラブルが起きたら、このイタニムスリー自体が破壊しかねないからね。そう考えて当時の僕は、設計はしたけど使用しないということで地図には載せなかった。」
「なるほど……それでそこにゲイリーをおびき寄せてどうやって彼を倒すの?」
「気圧だよ。」
「気圧……」
「そう、奴をどうにかしてあの空間に閉じ込めることができれば、後は外へと繋がるハッチを開く。そうすれば奴は外と中の気圧の差で凍って死ぬってわけだ。」
「なるほど……すごいわ……そんな作戦貴方しか思いつかない。でも、ゲイリーをその空間に足止めできるほどの力が私にあるかしら……」
「そこでだ、君のさっきの考えを使うんだ。僕は君が足止めしている間にアンドロイドの製造工場まで戻る。そこで今、生産されているアンドロイドのプログラムを書き換える。ゲイリーを殺せとプログラムすれば、数千体のアンドロイドが生産され、ゲイリーに襲いかかる。その隙にオリビアが気圧扉を閉めればいいんだ。」
「なるほど……そうすれば可能ね……でも、どうやってハッチを開けるの?」
「そこなんだ。ハッチは手動で開閉を行うには時間がない。そこでタイマーをセットして、時間が来たらハッチが開くようにする。」
「タイマー……時間は?」
「時間は、今からスタートして20分。カウントダウンはこの部屋にあるタブレットで確認できるはずだ。本当なら、僕が足止めをしたい。でも、アンドロイドのプログラムを書き換えれるのは僕だけだ……」
「それは構わないわ……で、もし20分後、ハッチが開いた時、内側の扉を閉めておかなければどうなるの?」
「イタニムスリーは崩壊する……」
「ゲイリーが勘づいたら、そこで終わりだ……」
「でももうこれしか奴を倒す方法はない。だからできるだけ早く、あのポートから出る必要がある。」
オリビアには急がなければならない理由があったのだ。ゲイリーは尚もオリビアを警戒しながら、戦闘している。
「このままでは……ハッチが開いてしまう!」
その思いが見透かされたかのように、ポート全体に大きな音が響き渡った。
(ビー、ビー、ビー!)
この音は宇宙空間へと繋がるハッチが開閉される1分前に流れる警告音だった。オリビア自身その事は知らなかったが、直感でハッチが開き始めているのだと悟った。たまらずルイが叫んだ。
「走れオリビア!!」
ゲイリーはその大声のする方を見た。そしてゲイリーは僅かな空気の変化に気付いた。空気が通路からこちら側へと抜けて流れてくるのを感じた。
「なるほどな」
ゲイリーは勘付いた。ルイ達の作戦に勘付いた。するといきなりゲイリーはBA IIを押し倒し、今まさに全力で走っているオリビアの元へと駆けだした。
「させるか!」
ルイもまたBA IIでゲイリーの後を追う。走るオリビアの真正面に、ゲイリーは仁王立ちの如く立ちはだかった。試合終了1分前、点数を入れられたら逆転負けする状況のゴールキーパーさながらだった。絶対に通さないと言う意思がそこにはあった。
オリビアには見えた。ゲイリーの立ちはだかる壁の抜け道が。それは股下だった。今まさにBA IIがゲイリーの左方から駆けて来る。このまま行けば、ゲイリーはBA IIのタックルによって右方にバランスを崩すに違いなかった。まさにその瞬間、右に傾いたゲイリーの股下を滑り抜けるという道を、オリビアは駆けながら数秒で考えた。予想どおり、先にBA IIがゲイリーにタックルを繰り出すと、ゲイリーは右方向に傾いた。
「今よ!」
オリビアはその瞬間上半身をすとんと落とすと、駆けて来た推進力でスライディングを行った。動きがゆっくりに感じられた。ゆっくりとゲイリーの股下を滑っていく。その最中、ゲイリーがこちらを見た。まるで目の前で人が刺されたかのような顔をしていた。
「勝った!」
オリビアはゲイリーの顔を見て思った。しかし、股の下を抜け切る時、ゲイリーの唇が上につり上がったのが見えた。ゲイリーはにやりと笑ったのだ。その理由を考える間もなく、オリビアは再び体制を立て直すと、全速力で走り出した。しかし、自分よりも速い速度で何かかが横を過ぎ去った。
「あれは一体何なの……」
オリビアの進行方向にそいつは落下し、横たわった。
「あれは……」
ようやく目視できた時には、自分がどういう状況に立たされているのかを考える間すらも無かった。そこには、胴体に穴の開いたBA IIが横たわっていたのだ。
「そんな……!」
そして尚も走り続けていたオリビアの動きが止まる。正確には止められた。
「オリビア・アデッソ、全てはお前のせいだ」
オリビアの右肩が変形する。
「ああ……!」
オリビアの右肩は、ゲイリーによって捕らえられていた。ゲイリーは無理矢理オリビアを正面に向きなおらせ、首をつかんで持ち上げた。
「俺のこの腕はな、止まっているものなら何でも破壊できる。BA IIがこちらに突っ込んで来るとは、俺にとったら好都合でしかなかった。ルイ・シーランもそれを知っていただろうに。相当、追い詰められていたらしい。お前を助ける為にな。」
そして遂に、カウントダウンが終わった。
(警告ハッチオープン!ハッチオープン!)
「見てみろ。ルイ・シーランが君を待っているぞ!はははは……!」
オリビアが首を傾けると、ルイはまだ扉の前で立っていた。ルイは無力だった。どうする事も出来なかった。目の前でオリビアが死にゆくのを見ているしかなかった。どの道その扉を閉めなければ、イタニムスリーが崩壊することになる。
「さ、お別れだ」
ゲイリーは右手の拳を握りしめた。オリビアは目を閉じた。クロエとしての記憶、それからオリビアとしての記憶が走馬灯となって頭の中を駆け巡った。
(いいのよルイ……仕方なかった……あなたも、私も、十分よくやったわ。あとは頼んだわね……貴方に会えてよかった……本当に……)
ゲイリーが腕を振りかぶった時、オリビアは目を開けた。その瞳に映ったのは、なんとルイだった。こちらに駆けて走ってくるルイだった。ルイは全てを捨てたのだ。これは彼の人生において一番合理的でない行動に間違いは無かったが、彼の心の中には一切の後悔も無かった。彼は、イタニムスリーの何万人ものクルーの命より、オリビアを選んだ。しかし、もう何もかも助からないだろう事はルイ自身、一番よく知っているはずだった。ゲイリーに敵うはずがないと、よく知っているはずだった。彼の性格上、怖いはずだった。それでもルイは走ってくる。駄目だと分かっているのに。自分とイタニムスリーの未来を捨て、数パーセントの奇跡にかけて。
「あぁ……ルイ……」
(ギャンッ!)
一体奇跡とは何なのだろうか。運なのだろうか。あの日あの時、あそこにいなければ事故に遭わなかっただとか、数万人に一人しかかからない難病にかかるだとか、人はそう言う状況に陥って初めて、その状況で無かった事を奇跡だったと感じる。しかし、当然その状況に陥らない人々もまた、それを経験しないという面で奇跡と言えるのかもしれない。つまり、奇跡とは起きても起きなくても奇跡なのだ。起きても起きなくてもおかしくないのだ。という事は、奇跡は絶えず起こっているという事になる。そして奇跡を起こすのに必要なものは『行動』と言っても過言ではない。何かが動くから、奇跡が起きる。変化があるところに奇跡が起こる。何も動かない物からは、変化のないものからは奇跡は起こらない。例えその変化の解がαやβだったとしても、そのどちらも奇跡なのだ。つまり、『行動』し続ける事は絶えず奇跡を作り出すという事になる。動かなければ始まらない。なので『奇跡』とは行動によって絶えず千変万化する、無限にひかれた線路の様なものなのだ。そのレールの先がが天国なのか地獄なのかは、行動によって絶えず変わる分岐器次第という事だ。
ルイはまさに行動を取った。あのまま行けば、ルイとイタニムスリーは無事だった。ただし、オリビアは死んでいた。しかしルイのこの行動により、新たな奇跡の可能性が浮上した。それは、オリビアを助ける事ができるかもしれないという奇跡。そして、ルイの思いもよらぬ行動によってオリビアやゲイリー、ルイも含めイタニムスリーのクルー全員が死んでいくというという奇跡。普通の人間ならばこの様な行動は取らない。そういった面でこれはもう奇跡なのだ。
「あぁ……ルイ……」
(ギャンッ!)
ほんの数秒の出来事だった。ルイが走ってくるのをゲイリーが確認した時、そこでオリビアへの攻撃が一秒から二秒遅れた。その時、奇跡が起きた。ルイの行動が奇跡を起こしたのだ。
(ギャンッ)
「なんだと!……」
ゲイリーは背後から顔面を殴り上げられた。
いきなりの攻撃にオリビアを手放した。
「オリビアアアアア!」
ルイが叫んだ。これが最後のチャンスだろう。オリビアはゲイリーがなぜ自分を手放したのか理解できなかったが、確認するまもなく全速力で走り出した。
「クソ!何故だ!」
ゲイリーも後を追おうと駆け出すが、それは夢の中にいるかの様に走るのが遅かった。
「脚を……誰かが掴んでいる感覚……」
ゲイリーは立ち止まり、重く感じる脚に恐る恐る手を伸ばした。すると、目には見えないが確かにそこに誰かがいた。
「クソ!のきやがれ!!」
ゲイリーが目に見えない敵にパンチを繰り出すと金属を弾く様な音が聞こえ、やがてそいつが姿を現した。
「お前は……!」
真っ赤なボディを持ったアンドロイドだった。
「レッドアンドロイド……お前ずっとこの空間にいたのか……今の今まで姿を消していたのか……何故だ!!何故このタイミングで!!」
ゲイリーはRAの腹部にトンネルを掘ると、オリビアの方を見た。今まさに、オリビアは扉に到着しようとしている。既に到着したルイがオリビアに手を差し伸べていた。
「クソおおお!」
ゲイリーは全速力で駆け出した。
「オリビア!あと少しだ!!」
オリビアの表情は真剣だった。背後のどの位置にゲイリーが居るか確認できなかったので、恐怖を感じていた。走るオリビア、それを追いかけるゲイリー、しかしゲイリーは走りながらある違和感に気が付いた。
「どうしてだ……身体が熱い……息が……」
すると、急に身体が軽くなった。
「軽い……軽いぞ……俺は絶対諦めない。俺には俺の夢がある」
ゲイリーは道中に落ちていたアンドロイドの亡骸を拾い上げると、持て余す全ての力を使ってそれを投げた。既に完全に開きかけているハッチが功を奏したのか、アンドロイドは重力の影響をほぼ受けず、等速直線でオリビアの方に向かって飛んでいく。ルイはオリビアに焦点を当てていたため、それに全く気づかなかった。そして、気づいた時にはオリビアは吹っ飛んでいた。
「オリビア!!!」
ルイは駆け出す。オリビアはアンドロイドの下敷きになっていた。
「オリビア!いま助けるからな!」
しかし、アンドロイドは重かった。
「オリビア!オリビア!」
オリビアは反応しなかった。
「オリビア……」
ルイはオリビアの腕から脈を測った。
「そんな……嘘だろ……」
オリビアは死んでいた。
「嘘だ……ありえない……」
そのうち、ルイの額から涙がこぼれ落ちたが、落下の速度は遅かった。そしてルイは何が起きたのかを理解した。
「ゲイリーがこのアンドロイドを投げたんだ……」
「オリビア……!オリビア!!」
かろうじてはみ出たオリビアの上半身を起こして、ルイはオリビアを抱きしめた。
「最後の別れは済んだかな?」
ハッと声の方を見ると、不敵な笑顔を浮かべたゲイリーが立っていた。やがて躊躇する間もなく、ルイは持ち上げられた。もうルイは抵抗しなかった。そして、ゲイリーはルイの頭を殴り潰した。ルイをオリビアの遺体の上に放り投げた。
「ふふ……ははは……勝ったぞ。やはり最後は正義が勝つんだ。悪なんかいない、だって皆自分が正しいと思っているからな。正義が必ず勝つというのなら、どちらが勝ってもおかしくない。つまり、『奇跡』を起こしたものがちさ」
「ハハハハハハハ!」
するとゲイリーの視界がぼやけ始める。
「ハハハハハ……」
ぼやけた視界は、やがて焦点が合い始めた。
「ハハハ……な……」
視界が元に戻った時、前方に誰かが走っていた。
「なんだと……ありえ……」
ゲイリーは息がほぼできなかった。
「ハァハァスゥハァハァ……」
前方に走っていたのはオリビアだった。ルイも生きている。ゲイリーは考えた。
(ありえない……確かに俺は奴らを殺したんだ……)
そして暫くすると、答えが分かった。
(クソ!!幻覚か……今ここにある酸素はほぼなくなりかけている……薄くなった酸素のせいで脳に血液が回らず幻覚を見たのか……)
「オリビア!あと少しだ!」
(ほんの数秒の間にあの様な幻覚を……)
ゲイリーは何か投げれるものがないか身体を探った。すでにハッチが開ききっていた。息もできない。身体が熱い。そしてゲイリーは自分の腰に硬いものがあるのに気がついた。
ルイはついにオリビアの手を掴んだ。すでにハッチが開ききっていたので、話す事はでき無かったがジェスチャーで中に入る様に促した。そして、ルイが内扉に手を掛けた。あとは閉めるだけだ。ゆっくりと扉が閉まり始める。その時、オリビアはゲイリーがこちらに構えているのを見た。それは、オリビアが落とした拳銃だった。
(ルイ!)
そう伝えるまもなく、ゲイリーはトリガーに手をかける。
(ルイ・シーラン、オリビア・アデッソ……お前達の勝ちだ……だがな、俺は最後まで諦めないぞ。この銃弾に俺の全ての希望をのせる。必ずどちらかを道連れにしてやる!)
(パッ!パンッ!パッ!パンッ!)
ゲイリーは四発発砲した。そしてゲイリーはその発砲の衝撃で今や既に無重力となった空間をハッチの口の方へ飛んでいく。もう誰にも彼を止める事はできない。そしてやがてゲイリーは宇宙空間へと飛び出した。宇宙空間にでて数分は驚くべき事に意識があった。血液は熱かったが、直ぐに凍る事も無かった。そしてゲイリーはイタニムスリーを見た。イタニムスリーは地球で見た時より、かなり劣化していた。
(俺はここで死ぬんだな……)
ゲイリーの脳内に今までの出来事がフラッシュバックする。
(俺は羨ましかったんだよお前らが……正しい事をしても、それが相手の正しい事じゃないのなら、それは正しい事じゃないのかもしれない……俺は、僕はあの時、正しい事をしたつもりだった。人間とは常に怯えている。自分が標的になる事に怯えている。安全なのは多数派の意見……いつだって少数派は多数派に勝てないからな……悪いと分かっていても、合わせるのさ……その内に僕はこの世で何が正しいか分からなくなった……殺人だって、本人が正しいと思えば正しいのじゃないかって……俺は自分の正しい道を生きた。これが俺の正義だ。一切の後悔もないぞ……人間は皆汚いのだ……唯一美しいのは……『愛』だ……例え他の惑星に異星人がいたとしても……この美しさだけは……人間の褒めるべき唯一の……も……の……)
ゲイリーの耳には美しい讃美歌が流れてきた。遠のくイタニムスリーがゲイリーの旅立ちを見送る。そしてゲイリーは、辛くも懸命に生きた人生に幕を降した。
(パッ!パンッ!パッ!パンッ!)
ルイは扉を閉める。そしてやがて扉を閉め切りかけた時、扉に跳ね返るいくつかの音がした。銃弾だった。
(ガシャンッ)
やがて扉が閉まると、息ができた。
「ハァハァハァ……」
「ルイ!」
「オリビア!……」
二人は抱き合った。
「私達……やったのね……」
オリビアは何故か身体に熱さを感じた。
扉についている小窓を覗くと、宇宙空間に飛んでいくゲイリーの姿を確認できた。
「彼は偉大だった。最後まで諦めなかった。きっといい奴だ……何かが彼を変えてしまったんだ……僕と同じさ……でも、僕は君に出会えた……」
「ルイ……」
「僕はやっと生きているって実感した。君を失うと感じたその時に」
オリビアとルイは唇を重ね合わせた。そしてルイはオリビアの瞳をみて言った。
「次、僕が死んだとしても、もう一度君に出逢いたい。僕はずっと君を思っている。愛している。」
「私もよ。これからもずっと……」
(ピチャッ)
何かが床に滴り落ちた。オリビアが下を見ると、赤く染まった床があった。
「ルイ!!!」
ルイは被弾したのだ。
「嘘……止血しなきゃ……!」
「オリ……ビ……ア……分かるんだ。もう駄目だよ……」
「何を言ってるの!助かるわ!」
「いや、君も分かってるはずだろ……肺と腹に入った……もう手遅れだ……」
やがてルイは自分で立てなくなった。
「そんな……そんな……いやよ……」
オリビアは涙で視界がぼやけた。
「最後に、君の元で……逝きたいんだ……」
「話しちゃ駄目よ!!!」
「オリ……ビア……新星に着いたら……イタニムスリーのクルーを……頼んだ……オリビア……」
「ルイ……」
ルイは最後までオリビアの名前を口にし続けた。そしてやがて、話さなくなった。ルイは美しい花の下で土に帰っていったのだ。その表情には悲しみもなく、悔しさもなく、幸せに満ち溢れた顔をしていた。まるで、そこが自分の帰るべき場所だと安心しきっているかの様に。
Episode20へ続く




