THE FACT 6000回死んだ男が見た世界15話
THE FACT 6000回死んだ男が見た世界15話
Episode15 傷だらけの旧型アンドロイド
ルイとオリビアは記憶版をポセイドンに接続するべく、舟の二層目へとやって来た。しかし、『クルー保存区』では、数え切れない数の、自分と同じ『半人間』が液体に浸されていると言う衝撃の事実を目の当たりにする。その後、『モール』と呼ばれる場所にたどり着いた三人は、モール内にあるバーで、自分達以外の何者かと接触する。
「マスター、元気か?プレゼント、決まったんだ。明日にでも、買いに行こうと思う。」
そいつは椅子に腰掛けた。カウンター席の。
「……ところでマスター。『貯蔵庫』の扉が開いているようだが……」
ギクリとした。三人は必死に息をこらす。
「マスター、あんたは動かない。違うかい?」
「誰かここに来たのか?」
カウンターの端に置いてある、少しだけウィスキーが入った瓶を、そいつは手に取った。
「マスター、グラス、頂くぞ」
するとそいつは立ち上がり、前のめりになって手を伸ばした。その手はルイの頭上を通り過ぎ、向かいのグラス棚でグラスを掴んだ。そいつの手は、機械だった。しかし、今まで見たアンドロイドの腕と確実に違っていた。いかにも強そうで、人の頭に穴を開けるような手、ではなかった。錆び付いていたのだ。長い間雨にさらされた自転車のようだった。あるいは、スクラップ寸前の廃車の色だった。手を伸ばした時に、錆びが粉を吹いた。
幸い、カウンターの下は覗かれなかった。
(ポワポワポワッ……)
そいつはグラスにウィスキーを注いだ。
「マスター。『彼女』は今も俺を見ていると思うか?……」
「……そうだな。そう信じよう」
そいつの声は、悲しみに満ちた声だった。何の反応もしないバーテンダーに話しかけていた。だがそいつにはバーテンダーの声が聞こえるのかもしれない。そして、そいつはウィスキーを飲まなかった。
「マスター、もう行くよ」
そいつは立ち上がり、バーを後にした。
しばらくして三人はカウンターから身を乗り出した。
「ウィスキー、一滴も飲んでいない」
「あぁ。あいつが『キャプテン』か?」
「いえ……ですが、あの『腕』のパーツは見覚えがあります」
「腕のパーツ?」
「私達ノーマルアンドロイドは、最も大量生産された型なのだそうで、一般型なのです。その後、戦闘や警備に特化したブラックアンドロイドや、レッドアンドロイドなどが生産されました。しかし、その『アンドロイド』の『旧型モデル』を改造した物が今のノーマルアンドロイドなのです。」
「旧型モデル……奴は旧型のアンドロイドだというの?」
「旧型モデルの腕パーツでした。」
「しかし」
「旧型モデルは3機しか製造されておらず、二機は不具合のため処分されました。理由としては、『性能不足』だったそうな」
「残りの一機は?」
「残りの一機も処分の予定だったのですが、廃棄する直前に何故か姿を消したのです。」
「じゃあ今のがそうだろうな。殺されるのが怖かったから、ここに逃げて来たんだ。」
「それが……ありえないのです……」
「どうして?」
「旧型モデルのアンドロイドは小規模の学習機能しか搭載されておらず、言葉もろくに話せないのです。ですので『怖い』と言う概念すらないはずなのです」
「それは妙だ……あんなに綺麗な言葉をはなしていたからな」
「それに何かしらの『感情』も感じ取れたわ」
「『彼女』という話もしていた」
「じゃあ聞くところ、その旧型は危険ではないんだな?」
「えぇ恐らく。少なからず戦闘はできないでしょう。そいつが本当に旧型ならば、ですが」
「そいつが友好的だとすれば、『ポセイドン』に関する情報を得れるかもしれない。少なからず言葉を話せるからな」
「ですがルイ様。忘れてはいけません。私達はこの舟の『指名手配犯』であることには変わりないのです」
「そうだな……様子をみよう」
「後をつけましょう。」
バーを出ると、そいつの後ろ姿を確認できた。どうやら何処かに向かっているらしい。
「間違いありません。あいつは『旧型』のアンドロイドです。」
腕を見た時と同様に、身体全体も錆だらけであることが遠目からでも確認できた。モールはかなり広い。二階構造でできていて、一階には娯楽施設やお店などがある。しばらく後をつけると、奴は動かないエスカレーターを登り、二階へと上がっていた。ルイ達もしばらくしてからエスカレーターを登った。そして登り切ったところで、なんと大きな住宅街が姿を現したのだ。
「なんてこった……」
「信じられないわ……」
とてつもなく広かった。
「だからこの層は『居住区』だったのか……」
「何の目的でこんな物が……」
「待て、止まったぞ」
旧型アンドロイドは、ある一軒の住宅の前で立ち止まった。
「どうやらあそこに何かあるみたいね……」
しばらくすると旧型アンドロイドは、その住宅の中へと入って行った。
「ねぇ、あの家、花が植えてあるわ。」
その家の前には綺麗な花が咲いていた。
「あの家だけ、花が植えてある……」
「ウィスキーといい、何か妙な感じだ……まるで『他の人』と一緒に住んでいるみたいじゃないか」
「どうする?距離を詰めるか?」
「待って!出て来たわ」
旧型のアンドロイドは再び姿を現した。BAやノーマルアンドロイドに比べると全体的にほっそりしていた。
「こっちに来る……」
ルイ達は近所にある住宅の庭の陰に身を低くして隠れた。
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ、)
アンドロイド特有の足音が近くまで迫ってくると、やがて遠ざかって行った。
「みて、また一階に降っていくわ」
しかし、そいつは背中に銃を背負っていた。
「銃……あの銃、見たことないタイプよ」
「見た感じ、ダブルバレルのショットガン」
「あんなのは武器製造室には無かったわ」
「まず第一に旧型が銃を使えることが妙だ」
「どうしましょう……」
ルイはそいつが出てきた住宅を指さした。
「入ろう……奴が中で何をしていたのかが気になる」
「三人で入るのは危険ね。一人は見張りとして外にいた方がいいわ」
「私が外で見張るわ。もし奴が帰ってきて、銃を撃つようなことがあったら、私が奴を倒すから」
「分かった。じゃあ僕とハチは中に向かうよ」
ルイはオリビアと拳を合わせて、住宅に向かう。
「それでは……行ってきます」
「待って」
「はい」
「ルイを、頼むわね。彼は戦えない」
「任しておいてください!」
ハチはグーサインを出した。
外観や入口は全ての住宅が真っ白い色だったが、旧型アンドロイドの入った家だけは、なぜか色が塗装されていた。それも、荒かった。恐らく自分で塗ったのだろうと思わせる荒さだった。ルイとハチは玄関の入り口の前に立った。
「いいか?ハチ……」
「オーケーです、ルイ様」
ルイは入り口の扉を押した。
「開いている……」
(ギィィィィッ)
「ん……重いぞ……」
(ギィィィ……)
何かが引っ張られるような音がした。
(ギィィィ……)
「何?この音?」
その音は向かいの民家に身を隠すオリビアにも聞こえていた。
(ギィィィィ……)
「何かが引っ張られるような音……釣竿のリールのような」
「まさか……」
オリビアは立ち上がり、音のする方に近づいた。そして銃を抜き、銃で空を切った。
(ビンッ)
「やっぱり……『ワイヤー』がある。すごく細いワイヤーが……」
オリビアはそのワイヤーを銃を当てて振動させ、ワイヤーがどこに続くかを見た。となりの民家の屋根だった。そしてオリビアがその先をよく見ると、『弓』があった。そしてその弓は今にでも飛び出しそうなほどビンビンに弦を張っていた。方向は、ルイのいる民家の玄関!
「弓が……ルイの開けようとしている玄関の扉までワイヤーが張ってあって、それが弓に繋がっている……あれ以上引っ張ると危ない!」
「くそ……なぜこんなに扉が重いんだ」
(ギィィィ……)
「あともう少し……」
オリビアが遠くで手を振っているのに、気づくはずもなかった。
「よし、開いた!」
(バンッ!)
オリビアが銃を撃った。
「!?」
そしてハチが撃った方を見た。弓は曲線を描いてこちらに飛んできていた。
「ルイさん!!伏せて!!」
(ザクッ)
弓は、しゃがんだルイの頭の上ギリギリにぶっ刺さった。
「な……」
(バタンッ)扉が閉まった。
「罠です。ルイ様……ワイヤーか何かがあったのでしょう。それが弓につながっていたのです……」
「助かった……オリビアとハチが違いなければ、確実に脳味噌を貫いていた……」
「どうやら何本でも撃てるようですね」
弓の方を見ると、また新しい弓が装填されていた。
「扉だ……扉が閉まると装填される」
「そして、今の銃声で奴は引き返してくる……余裕ぶっこいてる時間はないってことだ」
「扉は……人一人なら通ることが可能だ。一人ずつ入ろう」
「分かりました」
中に入ると、廊下が奥へと続いていた。至る所にトラバサミやワイヤーなどが張り巡らされており、数メートル進むのにかなりの時間がかかった。
「何だって、こんなにトラップがあるんだ」
「信じられません。なぜ旧型がここまでの知能を持ち合わせているのかを」
一番初めに左手に大きな扉があったので、慎重に開閉する。
「どうやらトラップは無さそうだ」
そしてルイ達は中に入った。すると、衝撃の光景が目に入った。
「な……なんだこれは……」
そこはガレージだった。しかし、中にあったのは車でもカヌーでも無かった。大量に山積みにされた、ブラックアンドロイドの遺体だった。二十はあった。中には頭がもげているもの、パーツがなくなっているものもあった。寒気がした。
「この遺体、どれも頭に穴が空いている。『銃』で撃たれている……」
「どうやらアイツは……あなどってはいけないようですね……」
「あいつは……何の目的かはしらないが、平気で人を殺すような奴だ。間違いない」
(ギャン、ギャン、ギャン)
「奴が……奴が戻ってきた……」
「駄目、このままだと奴はルイ達のいる家に入っていってしまう……」
「奴は銃を持っている……」
ルイ達は一番奥の大きな部屋にたどり着いた。
「何かあるならここに違いない」
恐る恐る、扉を開ける。すると、大きな食卓の奥の席に誰か腰掛けていた。金魚鉢みたいに大きな頭。が、言葉も出なかった。そいつは白骨化していた。骨だった。しかし確かに椅子に腰掛けている。服も着せられている。周りには綺麗な花が並べられていて、最近作ったであろう食事と、ウィスキーが机に置かれていた。証明は机の上のキャンドルと、部屋の壁に埋め込まれた大きなモニターだった。
「り……理解不能だ……」
その白骨化した骨は妙に綺麗だった。
「この骨、綺麗にコーティングされている……何かで……」
「そしてこいつは……『女』だ……」
白骨化した遺体には長い髪の毛がついていた。ミイラみたいだった。
「髪の毛……手入れされている……艶がある……」
「あの!すみません……」
オリビアは物陰から姿を見せた。腰に隠した手には銃が握られている。駆け引きだ。
「なんだお前は!!!」
旧型アンドロイドは銃をオリビアに向けた。
「違うの、違うのよ!迷ったの……」
「お前……見た事あるぞ……」
「私を?……」
「そうだ、お前が俺を作ったんだ!」
そのアンドロイドは銃のトリガーに指を掛けた。少し興奮気味だった。
「違うのよ……私、記憶がないの……」
「そうかい。なら教えてやる。あんたが俺たちを製造した。そして期待にそぐわない出来だったから、殺したんだ」
「何を……言っているの……」
「さっき銃を、撃ったな?」
(ゴクリ)オリビアは固唾を飲む
「いえ、知らないわ……」
「なぜここに来たか説明しろ」
「『ポセイドン』という機械を探している……」
「『ポセイドン』?あれで何をするつもりだ」
「あなた、ポセイドンを知っているの?」
オリビアは目を輝かした。その時、旧型のアンドロイドはハッとしたように、黙り込んだ。
「……」
「この遺体は、クルーだ。だが何故、ここにいるんだ……特別な理由があるのか……あるいは、あの旧型は反吐が出るほどの『殺戮マシーン』なのかもしれない」
「ルイ様。」
ハチが指差した方向には、山住みのメモリカードと、分厚いアルバムが置かれていた。アルバムの名前は、
「『ターニャとブレイヴ』」
「人の名前か何かか?……」
「あの……私の名前は『オリビア』よ」
「あなたの名前は?」
「『ブレイヴ』」
「ブレイヴ!いい名前じゃない!」
「黙れ!!」
「俺は『ターシャ』以外に名前を呼ばれたくはない」
「ターシャ?……」
「おい、腰に何か隠しているな?」
「え?気のせいよ……」
「見せろ」
「ブレイヴ、一旦落ちつい……」
(ボンッ!ボンッ!)
ブレイヴはショットガン式の銃を上に向けて撃った。物凄い音だった。音だけで銃の威力を推測することができた。
「ハチ!」
「えぇ、外からです!オリビア様が撃たれたのかもしれません!」
「急ごう!」
ルイ達は急いで外へと向かう。
オリビアはゆっくりとした動作で、銃を見せた。
「くそっ、なめやがって。それを下にゆっくり置くんだ。妙な真似をしたら撃つ。」
ブレイヴは躊躇いもなく撃つだろう。オリビアはそう確信していた。なので、反抗することは考えずに、そっと地面に銃を置いた。
「俺は静かに『彼女』と暮らしたいだけなんだ。」
「ブレイヴ。貴方の話を聞かせて欲しいの。一体何故貴方はここにいるの……」
「もう去れ。見逃してやる。命拾いしたな。お前は『彼女』に似ているからだ。」
「私は貴方と友達になりたい。過去の私が最低なことをしたのは謝るわ……」
オリビアが視線を遠くに向けた時、ルイが視界に入った。ルイの手には『クロスボウ』があった。家の中で見つけた、原始的な武器だった。ルイは既にブレイヴに狙いを向けていた。
「嘘、ルイッ!!駄目!!」
オリビアは叫んだが、遅かった。
(シュパンッ)
クロスボウはブレイヴの胸を貫いた。
「な……」
「俺の……俺の家で……何を……している……」
ブレイヴは刺さったクロスボウをものともしなかった。
「お前……騙したな……」
「違うの……ブレイヴ!」
ブレイヴが銃を構えたので、オリビアは距離を詰めて、足で銃を払う。ブレイヴはその衝撃で銃を地面に落とした。すかさずオリビアは右手でブレイヴにパンチを打ち込もうとするが、風のように交わされた。次の瞬間、ブレイヴの強烈な蹴りがオリビアを直撃した。「ぐっ……」
「オリビア!!」
ルイとハチもオリビアの方へと駆け寄る。
「お前らは確実に、『殺す』!」
ブレイヴがルイの方を見ている時、オリビアは思いっきり力を込めて足払いをした。ブレイヴはバランスを崩し、倒れかけた。しかし、両手で地面を押し上げると、その反動で横蹴りを繰り出してきた。オリビアはそれにいち早く気づき、交わしてから左アッパーをブレイヴに繰り出した。しかし、交わされた。
「強い……今までの奴よりも……」
そしてオリビアとブレイヴは互いに技を繰り出しながら、攻防を繰り広げている。
(ガシッ、メギャッ)
「うっ……」
「くそ……」
互角だった。オリビアと互角、それだけでも凄かった。だがオリビア自身がもっと驚いたのは、ブレイヴの『戦闘態勢』だった。オリビアは闘いながら考えた。
「ブレイヴ、ただがむしゃらに戦っているわけじゃない……対人戦の型を知っている……戦闘技術を知っている……」
ハチが話した。
「あの旧型は……強すぎます……普通の旧型じゃない……あの腕、よく見てください」
「腕が違う?」
「そうです、あの旧型の拳のパーツはBAのパーツです。よく見ると所々にBAのパーツが組み込まれている……」
「そして、骨格の周りに強化のためか外付けの鉄骨格が付いている……」
「オリビア様!その旧型は『改造』されている!」
(ゴンッ)
オリビアの溝内に、ブレイヴの拳が入った。
「うぐっ……」
オリビアは腹を抑えながら、呼吸が荒くなった。
「改造……通りで強いわけね……」
「ターニャに近づく者は殺す」
「何か……策を考えなくては……絶対に銃を拾われてはならない」
オリビアが考えている内に、ブレイヴは銃を拾いに向かった。
「通しません」ハチがブレイヴの前に立ちはだかった。
「邪魔だ」
「貴方こそ」
「俺は、お前ら『第一機』が生産されたから、廃棄にされた。お前らには恨みがある」
(ガシッ)
「う……」
ハチは首を鷲掴みにされた。
(ドカッ、ドカッ、ドカッ)
ハチは頭を殴られ続けている。
「ル……イ……さ……」
「駄目!ハチが死んじゃうわ!!」
ハチの顔はみるみる内に変形していく。
するといつのまにか、ルイがオリビアの銃を拾い上げていた。
「オリビア受け取れ!!」
「くそっ、どこまでもうっとうしい奴らだ!」
ブレイヴはハチを地面に放り投げると、近くにいたルイを掴み、馬乗りになり連続で殴った。
「おいよくきけ糞野郎。お前は一番許さない。ターニャを見たのか?」
(バリッ)
ルイの頭にヒビが入った。
「ブレイヴ!!」
オリビアの声だった。あまりの大声だったので、ブレイヴは振り返った。
(バンッ!バンッ!バンッ!)
オリビアは銃を連射した。ブレイヴはとっさに腕を交差させて頭を守った。しかし、代わりに胸元に三発、全ての弾が命中した。
「うぐ……」
「ルイ様!」
ハチがルイを助けた。
「ごほっ……」
ブレイヴの腹からは油色の液体が流れ出している。これはアンドロイドの内部を流れるエネルギー液で、人間でいう血である。このエネルギー液が無くなると、アンドロイドは死んでしまう。
「重症です、オリビア様。奴は重症です」
「はぁはぁ……」
「はぁはぁ……」
ルイもオリビアも呼吸が乱れた。
「お前らは、許さない……」
ブレイヴは立ち上がった。右手には、『銃』を既に持っていた。
「まだ……動けるのか……」
ブレイヴの目の前に横たわっている、ルイとハチに銃口を向けた。
「駄目!!」
オリビアは駆け出していたが、遅かった。
「残念だったな糞ども」
トリガーが引かれた。トリガーが引かれた後に、オリビアはブレイヴに覆いかぶさるようになぎ倒した。確かにトリガーは引かれていた。着地がスローモーションに感じられた。そしてようやくブレイヴに重なるように、オリビアは地面に倒れた。振り向かなければならない。だが怖かった。また失うのが怖かった。トリガーは確実に引かれていた。恐らく、振り替えると、上半身が吹き飛んだルイとハチが倒れているに違いなかった。怖い。しかし、その時ルイの言葉が蘇った。
『「『事実』だけ知ればいい。だから、事実以外の『憶測や推測』はいらない。だから悩むことも不安になることもない。事実が分かってから、初めて悩んだらいい。違うかい?」』
「そうよ、まだ『結果』は決まっていない」
オリビアは振り返った。すると、ルイはニヤリとしながらハチと一緒にオリビアを見つめ返していた。
「これだよ」
ルイの手には、ブレイヴの持っているショットガンのバッテリーがあった。
「僕は常に先を読んで行動している。」
オリビアはルイに抱きつきたくなった。ルイは、頼れる男だ。
「クソ……」
ブレイヴはしぶとかった。また立ち上がった。
「オリビア、君はよく闘ってくれた。そのおかげで作戦を練れた。そしてその作戦は既に遂行し、終わりを迎える」
ルイはブレイヴに話しかけた。
「君は僕の大切な者を奪おうとした。」
「目には目をと言うのなら、僕も君の大切なものを奪おう。『ターニャ』を」
(ダッ)
ルイはブレイヴの家に向かって走り出した。
「な、なに……それだけは……」
「止めろおおお!」
ブレイヴはルイの後ろを持て余す全ての力を振り絞り追いかけた。
「ルイ、後は任せたわ」
「クソ野郎おお!」
ブレイヴはルイに追いついた。ブレイヴは怒りの余りに呂律も、思考も回っていなかった。
「最も卑劣な殺し方をしてやろう」
「あぁ、頼んだ。できたらの話だが」
ルイは扉を開けていた。そしてブレイヴがルイの方に走り出した瞬間、ルイはドアを全開にした。
(ブチンッ)
「な!?」
(ブシュゥゥゥ)
ブレイヴの頭に弓矢が突き刺さっていた。
「自分の罠だ。注意しなければ」
「が……な……」
「ブレイヴ、君は背が高い。玄関に来た時、丁度弓の軌道上に頭が来るくらいにな」
(バタンッ)
ブレイヴは倒れ込んだ。
「ルイ……やったのね……」
オリビアとハチがやって来た。
「ルイ……ブレイヴって、本当はいい奴だったのかもしれない……」
「あぁ。実は『ターニャ』と思われる遺体がこの家の中にあった。ひょっとしたら……彼はターニャと何かあったのかもしれない」
すると、ブレイヴが動いた。
「ルイ……と言った……か……」
「ブレイヴ……」
「俺を……『ターニャ』の所に連れて行ってくれ……頼む……最後に……彼女といたい……」
「ルイ……」
「分かった。」
ルイは罠を解いて、ブレイヴのに肩を貸した。ブレイヴの身体はさっきと変わり、かなり弱々しかった。
「ルイ……すまなかった……」
ブレイヴはそう言った。
「君の愛する人を傷つけてしまった……愛する人を失うのは……悲しいことだと分かっていたのに……」
ルイ達はターニャの遺体のある場所にたどり着いた。ルイはブレイヴをターニャの膝下に覆いかぶさるように下ろした。
「ポセイドン……ポセイドンは……この舟の四層目にある『Brain』にある……」
「ありがとう……」
ルイはお礼にブレイヴの額の弓を抜こうとした。知っていた。抜いても、抜かなくてもどの道ブレイヴは死ぬと言うことを。
「駄目。」オリビアが言った。
「これを抜いてしまったら、内部の液体が漏れ出してしまう。このままのほうがいいわ」
するとブレイヴは語り出した。
「俺は、殺されるのが怖くて……逃げ出したんだ……ダグトを伝ってどうにか……クルー保存区まで逃げ出した。」
「でも怖かった……BAにばれたら殺されてしまう……俺はおびえていた……戦闘技術も、言語能力も無かった。ずっと、ずっと、クルー保存区の鉄の柱の下で身を隠した……」
「10年くらい経って、そしたら、第二層目で『オリビア・アデッソ』と『ルイ・シーラン』がアンドロイド製造工場に入り込んだと……だから『キャプテン』から生け捕りの命令が出た……ごほっ……」
「ゴボゴボゴボッ……ゴホッ、ゴホッ」
ブレイヴは口から大量の液体を吐き出した。
「ダメよ……もう喋らないで……」
「いや……駄目だ……俺の記憶を……受け継いでくれ……そうでないと……俺は『存在する意味がなくなってしまう……』」
オリビアは涙がこみ上げて来た。
「その生け捕り命令で、クルー保存区のBAは居なくなった……チャンスだと思って……俺は『モール』のほうへ歩いた……すると、一つのコードに足がひっかかり、それに繋がっていた浴槽が泡立ち始めた。そして、頭の大きな女性が起き上がった……それが『ミーシャ』だった……」
「ミーシャは起き上がり、俺を見た……でも怖がらなかった……それどころか……」
「『あなた、怯えているの?』」
「ミーシャは変わった子だった。生前はいじめられていて、『自殺』したらしい。自殺をしたらここで目覚めたと……」
「ゴホッ……ケーブルとの因果関係は分からないが、彼女は目覚めた……その後、俺達は『モール』に辿り着いた。」
「そこで彼女は俺を抱きしめた。『もう一人じゃない』と……」
「彼女に『言語』を習った。『感情』を習った。そして……『愛すること』を習った……」
「誰も来ない……二人だけの世界……」
「モールには……ゴホッ……大きな図書館がある。そこで俺は毎日『学習』した……彼女と接する為に……」
「そしたらある日……ゴホッ……ゴホッ……」
「駄目だ……もうもたないかもしれない……」
「そしたらある日、BAがモールにやって来た。ターニャの存在もバレた……だから……俺は……BAを殺してしまった……」
「そこから俺はターニャを守る為に、戦闘に関する勉強をし……BAの……部品を自分に組み込んで……強化アームも……作った……」
「ゴホッ……」
「俺は機械で……ターニャは人間だった……やがて歳月は流れ……ターニャは病気にかかった……彼女は……90歳になっていた……でも俺は歳を取らない。病気の治し方を……俺はずっと探し続けたが……う……」
「う……うぅ……」
ブレイヴは泣いていた。表情は変わらないが、泣いていた。確かに、泣いていた。
「そしてやがて彼女は……死んだ……」
「彼女を今でも……愛している」
「だから……こんな姿でも毎日、食事を用意して……ウィスキーを入れる。『俺は機械だからウィスキーを飲めない』が、入れるのさ……」
「あぁ……彼女とよく……バーに……行ったもんだ……」
「俺の……幸せ……は……ターニャと……昔の……ビデオを……見返すこと……ルイ、流してくれ……流してくれ……」
ゆっくりと、眠りに落ちるように、ブレイヴの声は弱くなって行った。
「ターニャ……よう……やく……君に会えるよ……」
「ただ……い……ま」
ブレイヴの瞳から光が消えた。ブレイヴがよりかかったターニャは、骸骨ながらも、どこか笑顔のように見えた。
オリビアは泣いていた。ルイは我慢した。
ルイは無言で、ブレイヴのビデオを再生した。
華やかで、美しい笑顔の女性がいきなり映り込んだ。頭は大きな金魚鉢みたいだった。
「1日目!はい!これ映ってるかな?今日から私、ミーシャはビデオに記録を残します!」
「簡単に説明すると、死んだら生き返りました!そしたらロボットがいたの。名前がないみたいだったから、私がつけます。そうね……貴方は弱虫だから、強くならないといけないわね!よし、あなたは今日から『ブレイヴ(勇気)』よ!
「230日目!今日はブレイヴが初めて、綺麗な言葉を話せた記念すべき日よ!どう?ブレイヴ、感想は?」
そこに映ったブレイヴは細く、弱々しかった。
「あ……う……レシイ!」
「うまい!その調子よ」
「1800日目!今日はブレイヴと家を探しに来ます!今まで図書館に住んでたからね」
ミーシャは成長していた。
「2000日目。」ブレイヴだった。
「今日は育てていた花が咲いたんだ。初めて成功した。だからこれを明日、ミーシャにプレゼントするつもりだ。喜んでくれるかな?」
「2001日目。驚いたわ!朝起きたらベッドに大量の花が置かれていたの!絶対ブレイヴよ!でも、ブレイヴったら俺じゃないって誤魔化すのよ!貴方以外にいないわよ?」
「2100日目。家の周りにたくさんのお花を埋めて見たの!とても綺麗。ブレイヴったら家を塗装するってきかないのよ!不器用なくせに!」
「3600日目。今日は初めてジュース以外を飲んでみる。ほら、ブレイヴカメラお願い!じゃん!ウィスキー!おいしいのかな?……なにこれ、まずいっ……」
「3700日目。ブレイヴだ。その……明日……プロポーズしようと思う……でも怖いんだ……機械は……人間と結婚できるのかどうかが……」
「3701日目。私、その、なんて言ったらいいか分からない、その、ブレイヴと結婚することになりました!!はぁ、夢みたい。結婚式の準備をしなきゃ……」
「3702日目。ブレイヴったら私に内緒で綺麗な白いドレスを見つけて来てくれてたみたい……大好き!」
「3705日目。今日は今から結婚式。緊張するわ。誰もこの結婚式を見にこないけれど、私、すごく幸せよ……結婚式の場所は図書館です!二人の思い出の場所だからね!」
「7206日目。今日は怖かった……黒いロボットが私たちを殺しに来た……でもブレイヴが守ってくれた。」
「10000日目。ブレイヴったら見違えるほどにごつくなったのよ!自分の体を改造したらしいの!かっこいい……」
「18000日目。もう彼と出会って、40年以上経つわ……今でも彼をすっごく愛してる。神様は前世が最悪だったから、ブレイヴと出会わせてくれたのね……愛してるブレイヴ。」
「31203日目。私はもう……長くない。ブレイヴ、あなたはいつまでも私によくしてくれるわね。ねぇ、貴方とすごしたこの一生、私のとびきりの……幸せよ。」
ビデオはターニャが亡くなる前日まで休むことなく、記録されていた。オリビアは泣きながらルイの肩に顔を落とした。ルイはアルバムを開く。アルバムには出会いから別れまでの、ブレイヴとターニャの微笑ましい写真が貼り付けてあった。ルイはアルバムの二分の一を見終わったところで、涙をこぼした。
「ブレイヴはいい奴だった……」
「アンドロイド、機械だからと言って感情が無いとは限らない……彼らは可哀想だ……あまりにも……」
「すまない……ブレイヴ」
ルイとオリビアとハチは図書館を訪れてから、ブレイヴとターニャの遺体を一緒に埋めてやった。モールの中央にある、大きな木の麓に。そして看板を作った。
「これでよし……」
『ブレイヴとターニャ、ここに眠る』
「行こうか……」
「えぇ……」
「はい……」
三人を温かい風が包み込んだ。ブレイヴがありがとうと、そう言っているように感じた。
ルイはブレイヴのショットガンにBAの手を巻き付けて、弾を撃てるように改造した。
「ブレイヴ、君も闘ってくれ」
そしてルイはショットガンを肩に掛けた。
「図書館、そのままだったな」
「そうね……私たちも彼らの結婚式を見たかった。」
図書館には枯れた葉っぱが散乱していた。当時は綺麗な色の花だったに違いない。
「なぁ、オリビア、ハチ。」
「ん?」「はい」
「もしかしたら……間違っているのは『僕達』なのかもしれない……記憶がないだけなのかもしれない……本当は……僕達が色々な人を傷付けているのかもしれない……」
「そうね」
オリビアは坦々と答えた。
「でも」
「『事実が分かってから、初めて悩んだらいい』そうでしょ?ルイ」
「オリビア……」
「きっと大丈夫です。不安や先の見えない未来に負けてはなりません」
「ありがとう……ハチ。」
「さぁ、行こうか。四層目に」
Episode16に続く




