THE FACT 6000回死んだ音が見た世界11話
THE FACT 6000回死んだ男が見た世界11話
Episode11 FMK監視区
薄暗くだだっ広い。鉄格子が隙間なく配列されている。聞こえる音は足音。それも人間ではない、ロボットである。独房の中には誰もいない。何の目的でつくられたかも不明。ただ、数千を超える独房が対照的に配列されている。出口は一箇所、北側にあるエレベーターのみとされている。ここはFMK監視区である。
フランク・モリスキラーの名前の由来はこうである。
実際、フランク・(リー)・モリスは存在した。彼は1926年ワシントンで生まれで、若い頃から悪行を繰り返していた。では何故彼の名前がここで使われているのか、それは単純明快であった。彼はIQがとても高かったとされてる。そんな彼はある日、強盗事件を起こし、脱獄不可能と言われるアルカトラズ島、アルカトラズ連邦刑務所に投獄される。この刑務所は島に建設されており、仮に脱獄出来たとしても周りは海である上に、潮の流れが早い為、生存出来る可能性は極めて低い。しかし、そんな脱獄不可能といわれるアルカトラズ連邦刑務所からみごと脱獄を果たしたのが、フランク・リー・モリスであった。彼は独房から外側に向けてに穴を掘り、そのままいかだで島を脱出したと推測されているが、消息は不明で、死亡も確認されていない。それゆえ彼には『脱獄王』と言う名前がついたのである。
しかし、最もの謎なのはなぜこの監獄の名前が『フランク・モリスキラー』であるのか。それは単に、フランク・モリスでさえ脱獄不可能であると言う意味合いもあるのだが、さらに驚くべきは、この監獄はなんと『フランク・モリス』本人が設計した物であるからだ。
話は少し巻き戻る。脱獄犯フランク・モリスは実際生きていた。しかし、多くのメディアや警察などはそれに触れることは無かった。なぜなら、その脱獄の天才は『地球上最も権力のある者』に買われたからである。こうなると、警察や反社会勢力ですらも歯が立たない。そしてその大金持ちはフランク・モリスに提案を投げかけた。
「君が脱獄することが不可能な刑務所の設計図を書いて欲しい」と。
そう、それがフランク・モリスでも脱獄不可能な監獄、『フランク・モリスキラー』の誕生の秘話である。何故だかは分からないが、今まさにルイが投獄されようとしているその地区は、フランク・モリスが設計した『完全なる牢獄』なのである。しかし、なぜそんなものが存在しているのかは、もう少し話を読み進めれば明らかになるだろう。
PlanGが起動して暫くした頃、ルイは未知の領域を抜け、アンドロイド製造工場に向かった。
「オリビア……無事を祈るよ。さっきは君に救われたから、今度は僕が君を救う番だ」
ルイはオリビアが未知の領域への扉のロックを解除してくれた事で、アンドロイドに捕まらずに、命拾いすることができたのだ。
「しかしながら、僕がそっちに行くことは出来ない……希望があるとすればメモ帳に書いてあった『ハチ』と言うアンドロイドだ」
「彼が唯一の『希望』……」
ルイはアンドロイド製造工場へと入る。実際、扉に入るのは容易だった。恐らくオリビアが全てのドアロックを解除してくれたからである。
「あくまで賭けでもある……ここにハチがいなければ、僕にはもう何もできない……」
「だが、心配は結果を知ってからでも遅くない」
ルイは工場に入るとまず先に工場を見回した。
「なるほど、そりゃそうか……」
工場にはBAが数体、警備を行なっていた。
前のオリビアとルイがBAを一掃したのだが、やはり新しいBAが代わりに追加されていた。
ルイは手慣れた手付きでコントロールパネルを操作する。
「ほう、なるほどね……この工場、メモでは五体のBAが警備していたとあったが、今この工場はBA五体と普通のアンドロイドが三体、計八体が警備についているらしい。」
あの一件以来、警備が厳重になったのだろう。
「まず先にハチがいるかだな……」
ルイは巧みにパネルを拡大したり、キーボードを叩いたりして何やら模索している。驚きなのはルイがこの施設のコンピュータを操作できるという点だ。オリビアがダクトを移動している頃、ルイは銃の研究に加え、この施設のコンピュータに使われている特有の言語を英語に換算し、使用する術を身につけていた。しかし、あまりに深いところまでアクセスしたせいで、ルイのいる位置が特定されて、アンドロイドに殺されかけたのは言うまでもない。オリビアがいなければ危なかったのだ。と話を戻すと、いわゆる『天才エウロパ』である。
「ん?いた!ハチだ!やっぱり!」
ルイはあれこれコンピュータをいじくりまわし、ハチが現在この工場の警備を担当していることを発見した。その後、特別な命令信号でハチに近くまで来るように命令した。
「よし……あとは……」
ルイは何やらモニターをいじり、時間を設定した。
「あくまで念押しに過ぎないが……この下の階に大きな監獄があるらしい。そこのエリアを一時的に停電させるようにハッキングしておいた……」
「可能性はかなり低いが……もしオリビアがそこに囚われる可能性があるなら、この策はチャンスを生み出すはず……」
ルイは事の起こる寸前から、先に手を打つタイプだ。
「なにごとも、勝敗は既に戦前に決まっている……大切なのは作戦。」
さらにルイはモニターに接続してあった、折り畳み可能なミニキーボードのケーブルを外して、ズボンのポケットに入れた。そしてさらに当たりを見渡す。引き出しを開ける。
「あった!……」
次にルイは机の引き出しの中にあった小さな長方形のタブレットを手に取った。電源を入れると、独特のロゴが出てきてIDとパスワードの入力画面が表示された。そしてルイは躊躇うことなく、メモ帳を開き、一番最後のページに書いてあるパスワードとIDを入力した。すると、ロックが解除される。
「やはりな……僕達は以前……ここで『働いていた』……」
「だとすると、オリビアに話さなければならないことがたくさんある……」
ルイはタブレットでタイマーを設定し、メインモニターに映し出された、停電するまでのタイマーと同じにセットした。後は証拠が残らないように、ハッキングのプログラムを閉じた。そしてタブレットをズボンのポケットに滑り込ませた。
こうして、後にルイはハチと合流を果た すのだが、ハチの身代わりにアンドロイドに捕らえられてしまったのだった。
「オイ、抵抗スルナヨ……」
目隠しをされている。手を縛られている。少なからず左右に二体のBA。前後にも二体のBA。それと音。それ位しか知りうる情報が無い。しかしその中でルイは自分が捕らえられた位置からどの方向に何歩進んでいるのかをカウントしていた。BAに押されながら歩く。まるで捕虜みたいだ。
(真っ直ぐに120歩……)
(扉をくぐった。右折……左折……直進……)
ルイは記憶していく。
(確かこのまま直進すればエレベーターだ……)
暫く歩くと歩みが止まる。
「後ハ任セタゾ」
「ハイ。」
歩く音。
(二体居なくなった……今いるのは左右の腕を拘束している二体のみ)
(ガシャンッ)
揺れる。
(エレベーターだ……予想どおり乗り込んだ……つまり僕が連れて行かれるのは……一番したの階の監獄……確か翻訳したときの名前は……)
(FMK監視区……)
(FMKって何なんだ……何かの頭文字か?……)
やがてエレベーターは止まる。
「イクゾ!」
(リョウカイ)
なにやらエレベーターの外でも声が聞こえる。すると次の瞬間、
(ガッコンッ)
何かレバーを引く様な音が聞こえた。すると恐らく扉が開いた。
「歩ケ。」
歩みを進める。無駄な抵抗はできない。従うしか無い。
「イイカ、オ前のノ射殺ハ許可サレテイル。嫌ナラ再接続マデオトナシクシテイルコトダナ、ルイ・シーラン」
歩きながら考える。
(FMKとは……監獄に由来しているのか?FM……人名か?……)
「着イタゾ。」
BAはルイの手錠を外し、目隠しを外した。恐らく明るくは無いのだが、長い時間目隠しをしていたせいで、眩しかった。
「抵抗シタリ、逃ゲタリスレバ射殺スル。イイナ?」
そう言い終えると、BAは思いっきりルイの腹部を蹴った。
「ぐはっ!」
ルイはそのまま牢獄の中に吹っ飛んだ。
(ガシャンッ!)
重い鉄格子の扉が閉まる。ルイは身体を起こした。切れた口の血を拭う。
「なるほどFMとは……あの脱獄の天才、フランク・モリスの事だな……Kは……」
「『KILLER』 ってわけか……」
「つまり、脱獄不可能ってか……」
「面白い。試してみるよ、この僕が……」
完全隔離。ルイはまず自分の入れられた独房を観察する。窓無し。通気口なし。ベッドなし。トイレ無し。照明なし。広さは六畳程の長方形型の部屋。天井までの高さ、4メートル。
「おいおい、勘弁してくれ…… これじゃ本当に『脱獄不可能』じゃないか」
ルイは廊下へと目をやった。廊下と部屋を隔てる鉄格子は指一本が通るか否かくらいの間隔でみっちりと並んでいる。ルイは壁や床を蹴ったりして耐久度を確かめたが、かなり頑丈そうだ。
「ここを抜け出すにはもうこの鉄格子をどうにかするしかない……でもどうやって……」
ルイは鉄格子の隙間を覗き込んだ。廊下だ。正面は壁なので左右に通路が有るのだろう。牢獄とは違い廊下は真っ白い色をしている。これももし逃げ出したものがいれば確認しやすくするためなのだろう。すると、しばらくしてから歩く音が聞こえた。
(ギャンッ、ギャンッ……)
アンドロイドである。
「何しにきたんだ……」
ルイは隙間から廊下を覗き込んだ。すると、銃を持ったBAがルイの牢獄の前で一旦動きを止め、そのまままた歩いて行った。
「見回りか……」
「常に監視してるってわけだな」
「そしてさっき目隠しを外された時に少し見えたが、この牢獄は鍵ではなく電子ロックで施錠をしているみたいだ……」
「つまり奴らしか開けることができない」
「だが……落ち着け。まずは脱獄の基本を思い出そう」
ルイは生前に見た映画や、本の知識から『脱獄』に関する知識を絞り出した。
「まず脱獄には必須の4つの要素がある……」
①仲間を作る事。
②出来るかぎり地形を把握する事。
③パターンを知る事。
④計画をしっかり立てる事。
「まず仲間だが、ここでの仲間はいないと言っていいだろう。なんさ敵はプログラムで動く操り人形なんだからな……」
「仮にハチが助けに来てくれるにしろ、オリビアの救出まで時間がかかる。」
「次に地形だが、あいにく脱獄ものの映画みたいに清掃タイムやら労働タイムなどは存在しないはずだ……これも難しいな」
「次にパターンを知る事。これは逆に言えば人間よりもアンドロイドの方がパターン化されている。つまり、分かりやすい。探りを入れるならここからだな」
「最後に計画をしっかり立てる事。これは先ほどの三つの条件が揃ってからの話だ。」
「となると……」
ルイが試行錯誤している内にまた歩く音が聞こえてきた。
(ギャンッ、ギャンッ……)
「ん?さっきの巡回がもう一周してきたのか……五分もかかっていないくらいか……」
そしてそのBAは案の定ルイの牢獄の前で足を止めた。鉄格子の間から覗き込む。
「ん?」
確かにそのアンドロイドの右脚には擦れたような濃い傷があった。
「さっきはなかったはずだ。あれば気づく。あのくらいの大きさの傷ならな……」
するとある一つの推測がルイの頭に浮かぶ。
「これはさっきのBAじゃない……」
そしてルイはズボンのポケットからメモ帳とペンを取り出した。ズボンのポケットを探らなかったアンドロイドに感謝したい。恐らくプログラム外だったのだろう。そしてルイはページを一枚ちぎり、何かを書き始めた。
(BA傷なし BA傷あり)
「奴らが同じスピードで歩いているとすれば、また次のアンドロイドが歩いてくるはずだ。そして巡回しているアンドロイドが何体いるかを知りたい」
「基準はあの傷のあるBAだ。あいつがまたここに帰ってきた時を一周とする……」
しばらくすると案の定アンドロイドが歩いて来た。
「来た……」
そして鉄格子の前に止まったのを確認して、覗き込んだ。そいつは白かった。
「驚いた……こいつはノーマルのアンドロイドだ」
銃は持っていなかった。扱えないからだろう。そしてまた待つ。すると数分もしたらまたアンドロイドが歩いてきた。確認する。
「BAだ。傷はついていない……」
「やはりアンドロイドは一定速度、一定間隔で歩いて来る。間は約5分くらいと見て間違いない。」
そして数分経過する。
「そろそろか……」
(ギャンッ、ギャンッ……)
「やはり……」
BAだ。鉄格子の前で停止する。そのBA右脚を見る。
「あったぞ……傷だ」
「このフロアは三体のアンドロイドで監視されている……」
「BAアンドロイドが2体に、普通のが一体」
ルイは確実性を確かめるために、もう一度BAが一周して来るのを待った。すると検証の結果、どうやらルイの仮説は正しかった。
「三体で間違いない……」
「脱獄の4つの要素の内一つ、パターンは大体よめた……」
「次に取り組むのは『仲間を作る』だ。うまくいきそうにないと思っていたが、どうやら可能性が出てきた。」
ルイはニヤリと顔を歪め、ズボンのポケットから先ほど仕入れた折り畳み式のキーボードを取り出した。
「これは賭けでもある……何故なら確信がない。でも、やるしかない。」
「まず初めにノーマルの方のアンドロイドのコードを確認してハッキングする。現に僕が 目覚めた時に現れた小さなアンドロイドは、うなじ部分に手をかざせば容易にコード確認が可能だった。」
「それがノーマルアンドロイドに通用するかは分からないが、少なからずBAより動作プログラムのバージョンは古いとみて良さそうだし、試してみる価値はある。」
エウロパは天才だった。その才能は我々の想像を遥かに上回っているのだろう。
しかし、ルイの考えには大きな問題がそびえ立っていた。それは、ルイは牢獄を開閉できないし、そもそもアンドロイドと接触が不可能であるという点だ。
「くそ……もし仮になんらかの方法で外に出れたとしても、ノーマルアンドロイドに直接接触するの難しいな……というより外にすらでられないか……」
ルイは悩んだ。そしてハッとした。
「待てよ……」
ルイは一体この閉ざされた空間でどの様にアンドロイドと接触をはかろうというのだろうか。
「奴らは所詮ロボットだ。ロボットが一番困る時はどういう時だろうか……『プログラム外(想定外)』のことが起きた時だ……」
するとルイは急に鉄格子の前に座り込んだ。そして、頭を鉄格子に打ち付ける!
(ガシャンッ!ガシャンッ!ガシャンッ!)
ルイの大きな頭が格子に打ち付けられて、近隣に住んでいたら、怒鳴り散らしたくなるであろうくらいの大きな音を響かせる。何度も、何度も、何度も。
やがて巡回中のBAが歩いてきた。どういう反応を取るか、ルイは様子を伺っていた。しかし、BAはお決まりの一時停止を済ますとそのまま歩いて行った。無視をしているのか、気にもならないのか、理由は不明。
「……」
それでもルイは頭を打ち続ける。
(ガシャンッ!ガシャンッ!ガシャンッ!)
次の巡回でノーマルアンドロイドが姿を現したが、そいつも無視。次のBAも無視。そして一周って戻ってきた傷のあるBAもまた、反応がない。それでもルイは打ち続ける。
「あと二周くらいか……」
どうやらルイには何か考えがあるらしい。
その後もルイは頭を打ち続けた。合計で三周、同じ動作を繰り返した。
「そろそろだな……」
するとルイは三周終えた傷ありのBAが通り過ぎると、自分の腰にきつく巻きつけてあったオリビアの上着の袖をほどいた。
「オリビア……無事でいてくれたら良いんだが」
この時オリビアが、RAと死闘しているなどルイには予想もつかなかった。
さらにルイは自分の上着を脱いだ。そして自分のとオリビアの二枚の上着を細い鉄格子の間にめいいっぱい伸ばしてから通し、帆のように鉄格子に貼り付けた。伸ばされて貼り付けられた二枚の上着はルイの牢獄の半分を覆い隠した。そしてルイはその貼り付けられた上着の死角にめいいっぱい身を寄せて息を凝らした。
「『変化』、これが奴らの動揺すること。」
ルイは頭を打ち付けることで『変化』作り出していたのだ。
「時計の秒針の音がする部屋で、急に秒針の音が鳴らなくなったらどう思う?」
「『変化』を感じる。そしてそれが故障なのか、霊的な何かなのか、何にしろ『疑問』が生まれる。『なぜ』そうなったか、ってね。」
「そして最終的に皆んなこう思う。『確かめてみよう』って」
(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ)
アンドロイドが歩いてきた。巡回の順番的にはノーマルのアンドロイドだ。
(さぁ、どうする?)
ルイは息を大きく吸い込んだ。アンドロイドはいつも通りルイの牢獄の前で足を止めた。無音。先ほどまでの雑音はなくなり、時折牢獄がきしむ音が聞こえる。静寂が続く。アンドロイドは動かない。音を聞いているのだろうか。
(どうした……何をしている……)
するとアンドロイドが話した。
「ココカラダシテヤル」
確かにアンドロイドはそう話した。
(出してやるだと……?)
「時間ガナイ。返事ヲシロ、ルイ・シーラン」
ルイは返答をしようか迷った。
(罠か?いや、もしかしたらハチがこちらに助けをくれたのか?……)
(いや、そんなはずは無い。ここは独房。奴は僕が中にいるか確かめようとしているだけだ)
「イインダナ。ワカッタ。」
アンドロイドはそう言った。そして、そのままルイの独房を離れた。
(なんだって……本当に奴は僕を助けようとしていたのか?……)
(だとしたら今呼び戻せば……)
ルイは迷った。あと数秒で選択しなければならない。
(いや、駄目だ……罠だ)
しばらくするとそのアンドロイドは引き返ししてきた。
(危なかった……)
アンドロイドは独房の前に立つと、パスロックを打ち始めた。
(開く!……チャンスは一度きりだ……)
4桁。アンドロイドは入力を終了した。
(ガチャンッ!)
ロックが開かれた。アンドロイドが扉を開く。光が独房に差し込む。アンドロイドは辺りを見渡す。もちろんルイは死角にいるのでアンドロイドからは確認できない。そしてついに、アンドロイドは死角部分を確認しようと、身を乗り出した。
(ガコンッ!)
ルイはアンドロイドの首にヘッドロックし、そのまま力一杯、床に倒れ込んだ。アンドロイドはルイの重さに耐えきれずにバランスを崩し、ルイの上にうつ伏せに倒れ込んだ。
「ナ……!」
アンドロイドが何かを話そうとしたが、その前にルイはアンドロイドのうなじに手をかざした。
「コード確認」
(ギュンッギュンッ!)
何か異音を発しながら、アンドロイドの瞳の色が消える。そして首の頸の部分が下から上へとスライドし、小さな穴が空いた機械が姿を現した。
「よし、予想通り」
ルイは隠してあった折りたたみ式のキーボードの裏面の小さなスイッチを押した。するとキーボードの側面からワイヤーくらいのケーブルが二本姿を現した。ルイはその一方をアンドロイドの頸にある小さな穴にケーブルを挿しこんだ。そしてなにやらメモ帳を開き、確認してからそれをキーボードで打ち込んだ。すると今度は、ポケットからキーボードと同様に調達してあった小さなタブレットを操作し、それとキーボードと接続させた。
「完璧だ……」
思わずニヤリと頰を歪める。その後は何やらまるで天才ピアニストのごとく、俊敏にキーボードを叩く。
「よし、完璧だ。後はコイツを『試す』だけだ……」
(ギャンッ!)
遠くで歩く音が聞こえてきた。
「そろそろ時間か……次の巡回が来る。」
ルイはキーボードをアンドロイドの首から外し、頸のスライドした部分を手で閉めた。すると、アンドロイドの目に光が灯った。しかし、ルイに興味を示すこと無く、そのまま牢獄の外に出ると、扉を閉めた。
(ガシャンッ)
再びロックがかかった。そしてアンドロイドは何事もなかったかのように、そのまま歩いて去って行った。しばらくしてBAが再び巡回して来たが、怪しむそぶりも見せずにそのまま通過して行った。
「パーフェクト。完璧だ……これで脱出の必須要素の①、『仲間を作る』を達成出来た」
ルイは先ほどのタブレットを手にして、何やら操作し始めた。
「このタブレットでノーマルアンドロイドの遠隔操作が可能になった。」
「ハッキングした。」
タブレットにはアンドロイドが見ている景色が映し出されていた。ここで驚いたのが、アンドロイドの見ている景色が全て白黒であるという事。つまり、目は『見えていた』のだ。だが、プログラム以外のもの、例えばルイやオリビアなどの不規則な動きをするものは、音でしか探知できない様であった。試しに、ルイが動いてみると赤色の波紋の様なものが広がって行き、動きを激しくして音を出せば出すほど、波紋が動く人の形に形成される。急に動くのをやめると、それが消える。
アンドロイドはこうして動きを察知していたのだ。恐らく、BAなどはさらに精密に音を察知するに違いない。これだけ高度な技術のアンドロイドを製造するのに、コストの面か、それとも軽量化のためか、なぜか『視覚』はアンドロイドに存在しなかった。しかし、ルイはまだ知らないが、RAのような高度なアンドロイドは視覚を持ち合わせている。もし仮にこれ以上のアンドロイド存在するのなら、かなりの脅威になるに違いない。
ルイはタブレットで操作して、アンドロイドを走らせた。
「さっき僕がハッキングしていた間の時間を埋めておかなければ」
もし、ハッキングしたアンドロイドの後者のBAが、ルイのハッキングしたアンドロイドに追いついてきた場合、怪しまれるに違いないからだ。
「オリビアを待っている間、何もしていなかったわけじゃない……」
どうやらルイはオリビアと別れてから、いろいろな機械に触れ、システムを分析していたようだ。もっともこれはルイ(エウロパ)にしか出来ないことである。
次に取り組まなければならないのは、脱出の必須要素②、『出来る限りの地形を知る』ということだ。
「ハッキングしたとはいえ、出来ることはアンドロイドを遠隔で操作するということだけ。つまりシステム自体をダウンさせたりすることは出来ない。」
まずルイはタブレットで、今アンドロイドが見ている景色を確認する。壁も床も天井も真っ白い。仮に逃げ出したとしても、遠くからでも十分に見つかってしまうだろう。そして一番厄介なのが監視カメラ。固定されているもの、首を振っているもの、恐らく見えてないカメラも合わせると、ものすごい数の監視カメラがあることになる。通路の右沿いは全て監獄だが、どれも扉が開いている。
「くそ……厄介だ」
操作の動作入力をしなければ、アンドロイドは今まで通りの道を、プログラム通りに動く。やがてアンドロイドは右に曲がった。またもや長い一直線の道だ。曲がったと同時に遠くの方でBAが右折するのが見えた。
「この一直線の通路につき一台のアンドロイドで隙間なく巡回しているのか……」
やはりどの通路も監視カメラだらけ。正直、本当に厳重だ。基本的には左側は壁で監視カメラがついており、右側は誰もいない監獄が続いている。しばらくしてまた右に曲がる。
「おっと、巡回が来るんだった……」
BAが巡回して来た。ルイはタブレットを隠す。念のためだ。そして通り過ぎたのを確認して、タブレットを確認する。するとついに違った景色が目に入った。曲がって直ぐの通路の左側に、大きなエレベーターがあった。
「これは……僕が乗ってきたエレベーターに間違いない。」
「確か、エレベーターを降りて左に曲がり、次に右に曲がった。つまり次の曲がり角が右なら、そういうことだ」
エレベーターを見つけたのは大きかったが、
同時に新事実も発見した。それは、エレベーターの横のレバーを引いても扉が開かないとうことだ。
「内側か……内側から同時にレバーを引かなければ開かない……確かここにくる時も、レバーを引く音がした。」
「そりゃそうだ。簡単には逃してくれない」
案の定、アンドロイドは廊下をしばらく進むと、右に曲がった。
(ギャンッ、ギャンッ!)
「一周して来た」
ハッキングしたアンドロイドが一周を終えて戻ってきた。ルイは早速メモ帳を取り出して、アンドロイドが歩いたルートをメモ帳にメモした。書き上がったのは正方形の通路。その下面の中央に位置するのがルイの監獄である。対してメモで見て、右面にはエレベーターがあることになる。正確な方角はわからないが、今自分がいる場所基準として、上方向を北と仮定した。
「つまりアンドロイドは三体で時計回りに巡回している。」
「だがまだ不十分だ……」
「一つの通路につき、アンドロイドの歩速が一定とすれば、アンドロイドが角を曲がり切るまでに歩く時間約は1分くらいだった。つまり……人間の歩く速度と変わらないと仮定すれば、人間の歩速は平均して4km。つまり一つの通路で曲がるまでの距離は約67メートル……」
「一つの角を曲がり切れば、その通路にはまた別のアンドロイドが巡回する。だが、巡回しているアンドロイドは三体。それに対して、僕の牢獄の周りは正方形で、4つの通路がある。つまり、毎1分にアンドロイドが巡回しない通路が出現するという訳だ」
「BAが二体、その後にノーマル(ハッキング済み)が巡回するとして、その巡回しない通路は、ノーマルアンドロイドが僕の牢獄がある通路を曲がった後の1分間ということになる……」
「周りの構造を知るだけじゃまだ不十分だ……僕の牢獄がある通路を曲がって1分間直進すれば、交差点にさしかかるが、そこは
まだ直進する事ができる……」
「脱獄するにはその先も確認しなければならない……」
「つまり、その先を調べるには、迷いなく同じ通路に戻ってくる事を前提として、2分以内で調べなければならない。2分を超えてしまうと、後方のBAが追いついて来てしまい、バレてしまう……」
「一見、危険なようにも思えるが、ここの地形を理解せずに脱獄する方がもっと危険だ……『勝敗は既に戦前に決まっている』」
「しかし最も厄介なのは、『監視カメラ』だ……こればかりはどうしよもない……」
もちろんルイだけでなく、違う通路にハッキングされたアンドロイドが歩いているのが ばれたら、それだけで怪しまれるに違いない。
「だが『希望』はある……既に勝敗はついている……」
「次の巡回で」
アンドロイド達はまた巡回する。そしてルイのアンドロイド(ハッキングされた)が一周して来た。そしてタブレットで自分の牢獄の前まで移動させる。実際、牢獄のパスワード式の扉はハッキングしたからといって開けることはできない。なぜなら、タブレットで遠隔操作できるのは動作のみだからだ。恐らく、この牢獄のパスコードを入力する時は、どこかの固有のサーバーからデータを引き受け、アンドロイド自身が意図しなければ、パスコードは入力できないのだろう。簡単に説明すれば、友人が寝ている間にそいつのスマホをいじろうとしても、ロックを解除するパスワードが分からず開けれないといった状態。パスワードは本人しかしらないし、本人が『意図』的に入力しなければならないからだ。つまりハッキングしても自分が入力した動作しかしないというわけだ。ただし、操作する自分がパスコードを知っているのならば話は別だ。しかし、ルイはそれを知らなかった。
「パスコードは後回し……」
ルイはタブレットでアンドロイドを牢獄に近づけると、折りたたみ式のキーボードを鉄格子の細い隙間から手渡した。いや、手渡したというよりは自分が操作したアンドロイドが受け取るので、右手から左手に『移した』の表現のほうが正確かもしれない。
「ふぅ、ここからは全て僕が操作しなければならない……」
ルイはタブレットを2回、トントンとタップすると、何かを確認した。
「よし、タイミングはちょうどいい……」
やがて、ルイのアンドロイドは通路を曲がる。
「チャンスは2分、いやそれより短いかもしれない。一瞬で記憶しなければ……」
するとルイは何かブツブツ言い始めた。
「6、5、……」
何かをカウントしている。
「3、2、……」
「1、……」
ルイは目を見開いた。
「ゼロ!」
(ブツンッ)
何かのラップ音と共に、あたり全てが真っ暗になった。その瞬間、ルイはタブレットでアンドロイドを走らせた!
「タイマーだ……あの時仕掛けたタイマー。もしもの時のために、オリビアが捕まった時のために、この地区だけを『停電』させるように仕込んでおいたアレさ」
ルイの中には確かな計画が出来上がっていた。あとは地形を知るだけであった。
ルイは全力でアンドロイドを走らせ、いつも右に曲がるはずの通路を直進させた。ここからは頭に地形を記憶しなければならない。直進している最中に続く景色は変わらなかった。左の壁には監視カメラ。ただし今は停電のため機能していない。右側は牢獄が続く。
幸いなことに、暗闇下でもアンドロイドは地形をプログラミングしているため、明るさなどは不要だった。クリアに見える。白黒だが。
しばらく進んでいくと、通路は右側へと曲がっていた。
「ここで突き当たりか……となると、あまりこのフロアは広く無いのか。」
するといきなり左手に大きな扉が現れた。その扉からは光が溢れ出ていた。
「何故だ……何故ここだけ電気がついているんだ……」
恐る恐る近づいてみる。覗き込むとそこは大きな機械が規則正しく、まるで図書館の本棚のように並べられている部屋だった。しかし、灯りはついており、一体のノーマルアンドロイドが何やら機械をタブレットで操作していた。
「ここはサーバールームか何からしい……電気がついているところを見るとな」
「緊急時にサーバーがダウンしないように、予備電力を使っているんだ。それだけ重要な場所……あのロボ野郎はサーバールームの点検を行っている。もし仮に奴が停電の原因を突き止めたなら、僕が犯人とバレてしまう……」
「こいつは殺らなければならない……」
時間はあるに越したことは無いので、即決断を下した。
「僕が殺すんじゃ無い。ロボがロボを殺すだけだ」
ルイはタブレットを巧みに操作する。慎重に音を立てないように背後に忍び寄る。幸い、点検を行なっているアンドロイドは作業に夢中だ。そしてそっと、ルイのアンドロイドは背後を取った。
「大丈夫だ、格闘ゲームで大会に出たことがある。」
「結果?……初戦敗退。」
ルイは素早く指を動かした。それに同期して、ルイのアンドロイドは業務を遂行していた、お利口アンドロイドの首を締める。
「グッ……」
急に不意を突かれて、締める腕を引っ剥がすのに必死だ。
「悪いな。」
そのままルイは指をクルリとスライドさせた。そうすると、ルイのアンドロイドはいとも簡単に、お利口アンドロイドの首をへし曲げた。
「これ、相手が人だったとしたら……笑えないな。」
ルイは早速、サーバーにキーボードを接続させた。
「エレベーターは内側と外側のレバーを同時に引かなければ開閉しない。外側は僕が引くとして、内側は誰かに頼まないとならない……」
ルイのアンドロイドは素早くキーボードを叩く。すると、『現在起動中のアンドロイドと位置』と記されたファイルを発見した。
「きたぞ!これがあれば!」
ルイはそのファイルを開いた。するとログインIDとパスワードの入力画面が表示された。
「オーケー。僕はルイ・シーランさ」
ルイはメモ帳記されていたIDとパスワードを入力した。すると、みごとにログインに成功した。
「よし……」
そのままさらに根掘り葉掘りする。
「くそッ。なんてこった」
ルイは自分のいる階のアンドロイドの位置を確認した。すると、一体のアンドロイドの座標が自分の座標の所に近づいてきているではないか。
「くそッ、待ってくれ。ハチを探さなければ……」
ルイはハチの座標を探した。ハチに助けを乞うしか方法はないからだ。しかしハチの座標は簡単には見つからない。名札をつけて歩いているわけではないからだ。実際、表示される名前は製造された製品番号みたいなもので、その中からハチを見つけ出すのは至難の技だった。
「そうだ、もしうまくいっているなら、ハチは今オリビアといるはずだ。だとすれば一人だけ違う座標にいるか、不規則な動きをしているに違いない。」
ルイは名前では無く、座標を確認していく。どれも規則正しい動きをしていて、集団で行動している。しかし、その中で一体だけ全く違う座標にいるアンドロイドがいた。その座標は『未知の領域』にあたる場所だった。
「間違いない……これがハチだ。今僕を助けにこようとこちらに向かってきている……」
ルイは急いでハチのプログラムを開く。すると、『命令を送信』という項目が出てきた。
「これでメッセージを送れる……」
ルイは急いで送信を完了し、なにやら別のプログラムを入力する。その時だった。ちょうどルイのアンドロイドが入力を終えた時、奴が現れた。
「ココデナニヲシテイル」
BAが。




