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THE FACT 6000回死んだ男が見た世界10話

THE FACT 6000回死んだ男が見た世界10話


Episode10 アンドロイド-Type3


 記憶を失ったルイとオリビアは、メモ帳に記された記憶の断片を頼りに、真実へと歩みを進める。

 扉のロックシステムを解除するために、一人ダクトの中を進んだオリビアが辿り着いたのは、『ホール』と呼ばれる劇場の様な大きな空間であった。

 無事に扉のロックシステムを解除する事に成功したオリビア。しかし、そんなオリビアに魔の手が差し掛かる。倒したはずのアンドロイドの生き残りが、『PlanG』と呼ばれる、プログラムを起動したのである。そのプログラムは、ホールを含む指定地域の封鎖及び、毒ガスの散布と言うものであった。猶予は15分。それ以上を過ぎると、毒ガスが散布されてしまうのだ。ホールから脱出を試みようとしたオリビアだったが、既にホールの扉は全てロックされていた。

 さらにホールには、赤い身体に緑色の瞳を持つ『Type3』、通称レッドアンドロイドが姿を現した。つまりオリビアが『ホール』から脱出するには、毒ガス散布までの15分以内にレッドアンドロイドを倒し、脱出の方法を探す他無いのである!



 オリビアは鳴り響く警報の中、ただ立ち尽くしていた。まだ心の準備ができていなかったのだ。

「アイツを倒さなければ…… ここから逃げ出すことすらできないってわけ?…… 」

オリビアは周りを見渡した。ホールの丁度前列だったので、改めてホールの広さを感じた。

「アイツは今までのアンドロイドとは違って、『視覚』がある…… つまり隠れても無駄ってわけね……」

オリビアはまず、RAレッドアンドロイドの倒し方を考えた。その間も警報の音は鳴り止まなかった。

「今まで通り弱点の『首』をへし折ることは不可能みたいね…… そして近接で殴り合っても恐らく、負けるわ…… 」

ゴクリ。固唾のを呑む。

「『遠距離』から攻撃できれば、可能性はある…… つまり、『銃』が必要…… 」

オリビアはBAが倒れている位置を目視した。

「BAの『銃』がある……さっきの攻撃でどこかに滑っていった『拳銃』が近くに落ちているはず…… 」

オリビアは上を見上げた。RAはオリビアを見たまま、突っ立っている。

「『拳銃』にはロックが掛かっている。もし銃を撃つのならば、恐らく、BAの手でないと撃つ事すら出来ないわ…… 」

「ロックを解除するには銃のグリップを握らせればいい。つまり、私のやる事は……BAの手をもぎ取り、拳銃を拾う…… 後はグリップにBAの手を巻き付け、固定する……そうすれば『銃』を射てる……はずよ」

オリビアの思いつく最善の策はそれだった。

ゆっくり動いてもどうせ意味がないのだろうとオリビアは考えた。そして、一気に走り出した!オリビアはBAの上に馬乗りになり、腕を引きちぎろうと、力を込めた。

「硬いッ…… 」

腕はオリビアの腕力でも折ることが難しかった。そしてオリビアはふと、RAのいる上の方向へと目をやった。

「なッ……!!」

なんと既にRAの姿はそこには無かった。

「既にッ…… 既に降りている!?…… 」

オリビアはBAの腕をもぎ取ろうと、しゃがみの状態だったので、死角でRAが何処か分からなかった。

「今立つのはまずい…… 早く、腕を取らなくては…… 」

(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ……)

「!!」

「歩いてきている!…… 通路から音が聞こえる!」

何の躊躇もない。焦りもない。急いでも無い。ただ黙々と歩いてくる音が通路から聞こえてくる。オリビアはしゃがんでいるので、お互いに姿は見えないが、RAはオリビアの位置が分かっているに違いなかった。心拍数が上がる。

「落ち着いて…… 」

 オリビアは特殊部隊の訓練の一環で、重りを付けたまま深さ10メートルのプールに入れられた事がある。手足は縛られていて、身動きが出来なかった。そんな時、酸素を消費せずに生還する方法はなんと、『安定』であった。もちろんバランスの安定もあるのだが、一番は『心の安定』であった。焦れば焦るほど、つもりは無くてもプールの下へと沈む。ところが、焦らずに心を安定させれば、浮いたまま、酸素の消費も抑える事が出来るのだ。

「つまり今この状況……『心の安定』が無ければ沈む(死ぬ)ってわけ…… 」

(ギャンッ、ギャンッ、ギャンッ!)

RAは予想より早くにオリビアがしゃがんでいた列の通路に姿を現した。しかしそこには、腕ではなく、『手』が引きちぎれたBAの遺体があるだけだった。RAの緑色の瞳が一瞬、ピカピカと点滅した。それはまるで、

「女は何処へ消えたのか」

と、表現しているようにも感じ取れた。オリビアは入れ違いに4つ上の通路に身を低くしながら移動していた。

「戦闘で一番折れにくいのが腕だとすれば、手首はかなり脆いのよ…… 」

オリビアは腕ではなく、手を引きちぎったのだ。鳴り響く警報の点滅、ホールの暗さなどで、死角を使えばどうにか身を隠せそうだった。

「でも……肝心の『銃』が見当たらなかった……何処かに落ちているはず…… 」

座席の隙間からRAの位置を確認する。

「『銃』が落ちているとすれば、奴がいる列の周り…… もう一度あの列に戻らならくては…… 」

 RAを倒すには銃が無ければ勝ち目はない。

オリビアはもう一度慎重にRAの位置を確認する。すると、さっきいたはずの場所に奴の姿が無かった。

「一体どこに行ったの……」

いきなり消えた。周りを見渡しても姿は無い。普通に考えて、奴がオリビアに見つからずに移動するのは不可能だ。移動すれば音が鳴るはずだ。オリビアは恐る恐る座席から頭だけを出し、ホールを見渡した。

「やっぱり何処にもいないわ……」

周りを見渡しても、もちろん上を見てもいない。いきなり起こった奇妙な現象にオリビアは動揺した。

「奴が居なくなった事は奇妙だけど、逆に言えば『今』銃を探すチャンスを得た……」

オリビアは身を潜めながら、BAの倒れている列まで移動した。RAが通路に伏せて待ち伏せしているのでは無いかと警戒していたが、やはり居なかった。オリビアはそのまま何処かに落っこちている銃を探す。座席の下に頭を下げ、物陰につっかえていないかも念入りに探す。

「駄目、どこにも見当たらない。でも確かにこの近くにあるはず」

オリビアはふとホールの最前列の大きなモニターを確認した。そこには11分32秒と表示されていた。

「もう3分半も経過している……」

そう考えていると、目の前に赤い物が光の様に現れた。オリビアの目の焦点は遠くのモニターにあったのだが、確かに近くに赤い物体が、まるで懐中電灯の光をつけたかの様に一瞬で現れた。一瞬の事だった。オリビアは焦点をその赤い物に戻した。RAだった。

「嘘でしょ……」

どこから現れたのか、本当に一瞬にして目の前に現れた。元々そこにいたのだろうか?いや、オリビアは確認したはずだった。RAがこっちに脚を蹴ったのが分かった。こうなった以上、逃げる選択肢は無かった。オリビアは最初のパンチに備えて、正面に腕をクロスする型で防衛の構えをとった。

「来るッ!」

RAは右手を振りかぶっていたが、オリビアがガードするのを推測すると、素早く胴体を左側に捻り、その反動を活かしてオリビアの右脇腹に左手でパンチを撃ち込んだ。

(ゴオッ)

「うぐっ……」

もろにパンチを喰らってしまった。オリビアは吹き飛ばされた。そのまま床に落ち、BA遺体の上に重なる形で倒れた。

「うッ……」

次の攻撃が来る!RAはそのまま歩いて向かってくる。オリビアは息ができない。たったの一発でこの有様だった。RAがオリビアの胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。そしてRAは無表情の顔をオリビアに近付けて話した。

「『キャプテン』の世話ヲ焼カスナ…… 規定ドオリ死ンデモラウ。規則ヲ破ッタノハオ前ダ」

オリビアはそらしていた目をRAへと向ける。

「くたばれ、クソ野郎が」

(ブッ!)

オリビアはRAの顔面に唾を吐き出した。その瞬間、RAはオリビアから手を離した。またオリビアはBAの上に重なる様に倒れた。流石に頭に来たのだろう。RAは仰向けのオリビアに思いっきりパンチをぶち込んだ!しかしオリビアはギリギリの所で右側に回避していた。訓練の一環で習った『柔術』が命を守ることになった。つまりRAがパンチを入れたのは遺体のBAだった。

(ドグシャア!)

その破壊力はいかなるものか。いくら下向きとはいえ、鉄の塊のBAの遺体を粉々に粉砕した。さっきのパンチをガード無しに喰らっていたら確実に死んでいただろう。しかし、パンチの威力が強すぎたのか、BAの遺体に突き刺さったRAの右腕は引き抜くまでに時間を要した。その隙にオリビアは通路の方に出た。壁を見る。

 RAは右腕を引き抜いた。すぐ様にオリビアを探す。

「こっちよクソ野郎!」

(ガコンッ!)

RAは振り返る前に、床に倒れ込んだ。

オリビアが消火器でRAをぶん殴ったのだ。

「馬鹿ナ真似ハヤメタホウガイイ……」

RAは顔を床に付けたまま話した。

「私はどうしても『真実』を知りたい。その為なら、なんだってするわ。そう言う覚悟よ」

オリビアはうつ伏せのRAに追い討ちをかけるように、何度も何度も消火器で頭をぶん殴った。

(ガコンッ!ガコンッ!ガコンッ!)

「ハァハァハァ…… 」

オリビアは息が上がった。RAを観察する。強い勢いで殴ったので、頭が変形しているかと思ったが、驚くことに傷一つ付かなかった。

「聞ケ……」

オリビアはびくりとした。何回も殴ってやったのに、普通に言葉を話したからだ。

「オ前ハ私ニハ勝テナイ。私ニハ痛ミガ無イ。」

そいつは命令されたプログラムを死ぬまで守りきる、血も涙もない冷血なロボットだった。オリビアはもう一度、消火器でRAをぶん殴った。

(ガコンッ!)

そしてもう一度殴ろうとした時、RAはいきなりひっくり返り、右腕で消化器を受け止めた。

(パチッ)

「6回殴ッタ、コチラモソウサシテモラオウ」

RAは消化器を思いっきり引っ張った。その引力はかなりのものだった、オリビアは前のめりになりこけそうになった。素早く消化器を手放した。しかし既に消化器を引っ張る力を利用してRAは起き上がっていた。

「はッ!」

はっとした時には既に、溝内に一発の重いパンチを喰らっていた。

「うッ!」

オリビアは溝内を抑えながら、後ずさる。息ができない。

(ガコンッ!)

「うがッ! 」

さらに顔面に右フックを喰らった。そのままの勢いで地面にぶっ飛んだ。

「う……がッ…… 」

息が出来ない。耳鳴りがする。視界がぼやける。

「コレデ2発ダナ、オリビア」

RAは歩いて近付いてくる。

(立たなきゃ殺される……)

オリビアはふらつきながら立ち上がった。10ラウンド目のボクサーみたいだ。

「くそッ…… 」

オリビアは迫りくるRAに身構えた。RAはオリビアに近づくと急に加速した。地面を蹴って、右手を引いた。

(考えるのよ……)

RAは右手でストレートパンチを打ってきた。オリビアはダッキングしてそれを交わす。しかし、その時既に左フックがオリビアに差し掛かっていた。しかしオリビアは迷い無く自分の右手を自分の頭部に覆い被せた。ガードである。RAの左フックはオリビアのガードに阻まれた。RAがそれに気づいた時、既にオリビアの左アッパーがRAの顎を打った。RAはよろめいて後ずさった。オリビアはさっきRAが右パンチをフェイントに左手で攻撃してきたことを覚えていた。いわゆる『癖』である。

「やれやれ、あんたの顎に打ち込むのがこんなにも快感だなんてね」

効いていた。RAは少しふらついていた。

「どう?所詮ロボットはロボットなのよ」

挑発。これは一見、危険に見えて場合によれば有利になる。相手に1発お見舞いした後に、挑発を行う。すると相手は攻撃を貰った屈辱に加えて、挑発という怒りに押しつぶされる。結果として取り乱す。その取り乱しが戦闘に現れ、敗因になる。オリビアはそうやって勝ってきた。策略の一つである。それがアンドロイドに通用するかは分からなかった。結果は、予想していた物とは違っていた。


「アハハハハハハハハハハハハハハハ!」


RAは機械音と人間の声を混ぜたような独特な声で盛大に笑いだしたのだ。腹を抑えて。


「コノ『舟』何ゾ、『キャプテン』ガイナケレバ私ニハドウダッテイイ。」

「私ハオ前ノ都合ノ為二、『オ前ガ』作ッタノダゾ。アンタニハ『記憶』ガ無イカラナ…… 俺ハ決メタゾ……」

「な、何を言っているの…… 貴方を『私』が作ったですって!?」

RAは話した。

「命令ハ、『活かして確保』ダッタガ、只今ヨリ『お前ヲ殺ス』事二決メタ。」

「私ガ自分ノ意識デソレヲ実行スル事二決メタ。『ドクター・オリビア』、貴方ノ計画ハコレニテ終ワル。」

「何……何を言っているの?さっぱりわからない……」

何か分かりそうな気がした。手相ロックが解除できた事、メモ帳に記してあったパスワードとID、そしてRAの発言。

「そんな…… 」

動揺しているオリビアを前に、更に驚くべき出来事が起きた。

(シュウウッッ)

それはさっきオリビアが錯覚だと思い込んでいた、アレだった。RAの身体が足元から消えていく。胴体、頭、そして最終的に居なくなった。

「なッ…… 」

びっくりしすぎて声も出ない。間近でマジックショーを観たような感覚。唖然。信じられなかった。消えたのだ。

(さっきも確かに消えた。そして目の前に急に現れた……)

オリビアはハッとして駆け出した。

「殺られるッ!」

駆け出した。ホールの前方に。すると、進行方向にモヤが見えた。

(まさか……)

そのモヤは夏場によく見る影牢の様だ。そしてそのモヤから頭、胴体、脚が順番に現れ、やがて形が出来上がった。RAだ。オリビアは進路を後ろに戻そうとしたが、遅かった。RAの小さな丸太の様な脚がオリビアの左脇腹にクリティカルヒットした。

(メキャッ)

歪な音が体内で鳴り響いたのが分かった。

「うッ……」

「あぁあああ……!」

オリビアは叫んだ。脇腹に激痛が走る。鼓動が速くなる。恐らく体内が損傷した。骨折なのかもしれない。RAはそのままオリビアに馬乗りになった。不幸はまだ続いた。RAが馬乗りになった時、さっきBAに撃たれた傷口がパックリと開いた。

「あああああッ!」

恐らく今までに味わった事の無い痛みだった。上に乗り上げたRAが首を絞めようとするので、必死に抵抗する。RAがパンチを繰り出そうとのけぞった時、ホール前方のモニターが見えた。そこには(5:32)と表示されていた。

(嘘ッ…… あと5分しか無いわ……ガスは恐らくコイツには効かない……私だけが死ぬ……)

RAがパンチのラッシュを打ってきた。

(ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!)

オリビアは必死に丸まり、防御をするしか無い。まるで総合格闘技さながらである。

(ドッドッドッ!)

段々タイミングが読めて来た。オリビアはRAが3、4発パンチを打ち込んだ後に隙が出来る事に気が付いた。

(ドッドッドッ……)

(三発目……今しかない!)

オリビアはRAがパンチを三発打ち終わったところで、状態を仰向けからうつ伏せに変え、勢い良く上半身を仰け反った。

(ガンッ!)

オリビアの大きな頭がRAの顔面を直撃した。かなりの衝撃だった。RAはさっきのアッパーでダメージを負っていたからか、怯んでしばらく動かなかった。その隙にオリビアはホールの上部へと駆け出した。途中で消火器を拾い、座席の後ろに身を隠した。腰を下ろす。

「駄目……意識がはっきりしないわ。身体の内部もすごく痛む……」

オリビアはかなり負傷していた。

「あいつはどう言うわけか姿を消すことができる……勝ち目はあるの?……」

消火器を振ってみる。残り少ないようだ。

「う……」

横腹が酷く痛む。それでもオリビアは身体をを起こして座席の間からRAの位置を確認する。先ほどの場所にRAは立ち尽くしていた。

するとRAはいきなりオリビアの方に勢い良く顔を向けた。

「はッ……」

オリビアは直ぐに身を隠した。

「やはりこの密室で奴を倒すのは不可能なのかもしれない……」

絶望の予感が頭によぎった。もう一度RAのいる場所を覗きこむ。しかし既に居なかった。

「あぁ……奴は消えたわ。次見つかってしまえば、絶対に命は無い……」

耳を済ませるが、警報の音で近くに近づかなければ分からなかった。

「こうしている間にも奴は私を探している……迫って来ている……」

オリビアは震えていた。怖かった。この怖さは味わったことがあった。生前、『クロエ』だった彼女は、目の前で両親を殺された。抵抗できなかった。その恐怖と同じ感覚だった。トラウマだった。色々な声が脳内で警報音と一緒に聞こえて来た。精神的にもダメージを受けていた。すると毎日泣き叫んでいた頃の自分が目の前に現れた。幻覚である。その少女の顔はただただ『後悔』の顔をしていた。瞳には光は無く、裸足であった。

「全て……私が悪かった……」

オリビアの視界が段々と暗くなっていく。力が抜けていく。オリビアは諦めた。生きる事を。いや、正確には生きる事に疲れたのだ。

「ルイ……許して……私、もう駄目みたい……」

「これで本当に『死ぬ』のね……」

身体の感覚も無くなって来た。警報の音が遠くなっていく。そしてまた何かが聞こえて来た。


「……ロエ…… 」


どこか懐かしい声だった。暖かかった。


「クロエ……」

「クロエってば!」

とても広い真っ白の世界だ。

「え?…… ここは?」

「クロエ!」

その声の正体はエマだった。

「あぁ……エマ……」

「私、死…… 」

そう言いかけたら、エマは鼻に手を当てた。そして満面の笑みでこう言った。


「クロエ、貴方は一人じゃ無い。」


エマの後ろにも人が立っていた。とても美しかった。見覚えがあった。父と母と妹、戦場で亡くした戦友もいた。オリビアは一人一人に目を配った。皆んな目が合うと優しく微笑んでくれた。オリビアの瞳から暖かい光が流れ落ちた。それは悲しみとかではなく、幸せの物だった。

 段々と意識が戻っていく。

「私……そうよ、私には今夢がある。自分が何者かを知りたい。自分の生きてきた人生が本当だったのかを知りたいの……」

RAは既に姿を消している。どの様に姿を消しているかはまったく検討も付かないが、普通ではない出来事の連続で、もはやそれが凄い物だと言う事すら感じなかった。勇気を振り絞った。

「私は一人ではないわ」

オリビアは最後列の一番端の通路まで伏せながら移動した。そして通路を覗き込む。

「奴はいない……」

通路の壁に取り付けてある警告灯が真っ赤に点滅している。暗くなり、やがて明るくなる。

オリビアは警告灯が通路を照らすタイミングで通路の遠方を確認した。すると途中で、ある事に気がついた。警告灯が通路を照らした時、前から3番目の列辺りに何やら黒い物が落ちているである。

「あれは……」

オリビアは警告灯が点滅する度に、よく観察した。黒いフォルムに持ち手が付いている。

「あれは銃だわ!」

確信は無かったが、恐らくそうであった。BAが倒れた時に、通路の方に飛んでいったのだろう。

「あの銃を拾えれば、勝てる……」

直線にして10メートル程だった。

「今、私の勝算はあれを手に入れるしか見込みがない……やるしかない」

オリビアは伏せながら通路を進んだ。いつRAが出てきてもおかしくはない。座席の列を移動する時、RAいるかいないかを慎重に確認して進む。あと三列までに差し掛かった。次の列を慎重に確認する。いない。続いてあと二列の所に差し掛かる。確認する。いない。そしてあと一列の所に差し掛かる。確認する。そしてその時だった。


(警告。ガス噴出までの残り3分)


オリビアは突然のアナウンスに身体をびくつかせた。そして顔をムッと引き締めた。

「やるしか無いのよ」

オリビアは這いながら近づき、それを拾い上げた。

「やったわ……銃よ!」

銃を拾うと素早く身を隠し、ベルトに挿してあったBAの掌を銃のグリップに巻き付けた。

「お願い……」

ルイの見解によればこれで銃が使えるはずだ。しかし、銃は作動すらしなかった。

「どうして…… 」

オリビアは冷静になり、BAの掌の上に自分の手を重ね、ギュッと力を入れた。そしてトリガーに人差し指を掛けた。

(キュンキュンキュン……)

何かが回る音がし、銃に青白い光の筋が広がった。

「やったわ!…… 銃が起動した!」

オリビアは銃にBAの掌をしっかりと固定した。BAの掌は針金の様に形状記憶して、ピタリと銃に接着した。そのごつくなった銃を、オリビアは自分のベルトに差し込んだ。

「後はぶちのめす……ただそれだけよ」

 次にRAが姿を現した時、それが最終決着になるだろう。時間的にも、体力的にも。オリビアは体勢を低く保ったまま移動した。しかしいくら見渡しても姿が見当たらない。

「まさか……引いたの?毒ガスの散布で私を殺せるから?……」

大いに可能性はあった。相手の目的はオリビアを倒す事だからだ。自ら自分が手を下さなくても、殺せさえすればいいのだ。時間が経過する。

「駄目……このままだと時間が来る。」

オリビアは深く息を吸い込んだ。そして覚悟を決めた顔でこう言った。

「もうこの手しか無いわ」

オリビアはホールの中央に立つと、事もあろうか大声で叫んだ。


「来なさいッ!!!」


ベルトから銃を引き抜く。右手に左手を添える。早撃ち。姿が見えたら撃つ、ただそれだけ。生温い空気が辺りを立ち込める。

「さぁ……来なさい。いるのは分かっているわ」

警報の音が聞こえなくなるほど、オリビアは集中していた。僅かな空気の乱れをも感じ取っていた。そしてその瞬間は訪れた。一回、大きな音が鳴り響いた。

(ギャンッ!)

「蹴ったッ!」

姿は見えないが、どこかで奴はジャンプした。

「来る!!」

方向は目視では分からない。だがオリビアは僅かな空気の歪みを感じた。その方向に銃を向ける!トリガーに指を掛ける!そしてギリギリまでRAが現れるのを待った。そして遂に姿を現した!奴は頭から姿を現した。時間がスローに感じ取れる。しかし、不運にもオリビアが銃を構えている方向のさらに左側に奴は姿を現したのだ。

「なんて事!」

既にRAのパンチはこちらに向かって飛んできていた。とっさに銃を持ちながらガードする。

(ガッ!)

オリビアはパンチを喰らい、床に尻もちを着いた。

「う……!」

そして続けてRAは右手を振りかぶった。絶体絶命。これを食らえば終わりである。

「サヨナラダ、オリビア・アデッソ」


(プシュゥゥッ!)


オリビアは持っていた消化器をRAの頭に噴射した。そしてRAが怯んだ隙に、銃を拾い走った。


「残念ダガ、オ遊ビハ終ワリナンダ」

RAは姿を消した。


(警告、ガス噴出まで残り1分)

アナウンスが鳴り響いた。

「ハァハァ……絶望の中の絶望って奴ね」

RAは今もオリビアに接近しているに違いない。本当のラストチャンスである。しかし、オリビアは力を抜いて、腕だけを上げ銃を構えた。


「でも感謝しておくわ。私はこの機会を通して強くなれた。夢かもしれないけれど両親にも会えたの。私の親は私を恨んでなんかいなかった。応援してくれていたの……皆んな一緒に。」

「そしてもう一度言わしてもらうけれど、やはり『機械は機械』だったようね。」

オリビアはトリガーに指を掛けた。


「ありがとう、楽しめたわ」


(ダンッ!ダンッ、ダンッ!)

オリビアは何処かに狙いを定めて銃を撃ち込んだ。すると銃を向けていた方向にRAが姿を現した。ただし、顔面がグチャグチャであった。

「消化器よ。さっき貴方の顔に『マーキング』さしてもらったわ。いくら透明になれてもマーキングは消せなかったみたいね。そこが『機械』なのよ……」

(ガシャッ、バタンッ)

RAはその場に勢いよく倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。


 「でも、毒ガスは止める事は出来ないわ……」

(警告!毒ガスの散布を開始)

(プシュウッ!)

ホールの通路の隙間から黄緑色の、いかにも毒ガスらしき煙が噴出する。キーボードを叩いてみるが、もう反応しなかった。掴み掛けた金メダルを、横取りされたような気分だ。

毒ガスはみるみる内に充満していく。

「アフッ……息が……」

毒ガスはピリピリと身に染みる痛さを感じた。息を吸いこむとゼーゼー音がする。こじらせた風邪みたいに。

オリビアは辺りを見渡し、一番初めに自分が降ってきた梯子を思い出した。急いで 梯子を登る。どうやら上の方はまだ毒ガスが充満していないみたいだった。しかしここも時間の問題である。やってきた扉はもちろんロックされている。

「とうとう終わりね……でも、RAを倒したし扉のロックも解除出来たわ」

「ルイ、後は貴方に託すわね……」

とうとう毒ガスが梯子の上を上がってきた。

「私、クロエにできる事はここまでよ。ルイ、もう一度貴方に会いたかったわ……」

そしてオリビアの意識が遠のいていく。

身体中が麻痺していく。

聴覚が失われていく。

そしてオリビアはその場に倒れ込む。

「う……うう……」

苦しそうだ。

(カンッ、カンッ、カンッ)

何か音が聞こえる。この時すでにオリビアの視界はぼやけて霞んでいた。息絶えた金魚のように。そして音が止むと、オリビアは中に浮いた。その感覚すらも確かではないが。そして流れ行く梯子の風景が目に入る。かすかに。オリビアは息をしていない。ただ、粘り強く輝き続ける閃光花火のように、ほんのかすかな意識だけが、脳だけがそれを認識していた。毒ガスの中を進んでいく。そして何か聞こえる。

「オ……ビ……さん!しっかり……」

機械音。アンドロイド特有の。そして身に染みる毒ガスの感覚が消えた。暗闇。扉。明るい廊下。歩く音。本当に聞こえているのかも分からない。ただ脳だけがそれを認識する。まるで強い金縛りの状態。やがて、降ろされた。ひんやりした硬いところに。そして、ガラスが身体を包み込んだ。


 オリビアは目を覚ました。何故か身体の痛みは消えていた。そして今までの経験が夢だったのかと疑った。しかし、自分の首元に銃が置いてあった。BAの手が巻きつけてあった。

「私……生きてる……」

ゆっくりと体勢を起こす。手を開閉してみる。異常はない。

「私、誰かに抱き抱えられてここに連れてこられたんだわ……」


「えぇ、その通りです。オリビア様」


びくりとして声のする方を見た。なんとそこには初期型の白いアンドロイドが突っ立っていた。しかし、不思議と恐怖を感じなかった。それどころか懐かしささえ感じた。よく見てみるとそのアンドロイドの体は右半分がグチャグチャに押しつぶされていた。そのためか、右腕はぶらさがっているも同然だった。恐らく左手しか動かないのだろう。

「オリビアさん……私の事は覚えていませんよね……」

オリビアは考えた。なぜこのアンドロイドが自分を知っているのか、そして何故自分を襲わないのか。そしてオリビアはハッとして一つの結論を導き出した。

「貴方は……もしかして……」


「アンドロイドの『ハチ』?」


「なんと!私の事を覚えていらしたのですか!」

なんとそのアンドロイドの正体はハチだったのだ。

「いいえ、実は覚えていないの……」

オリビアはそっと自分の寝ていたひんやりとした手術台らしき台から身を起こした。

「そうでしたか……」

「どうか落ち込まないで。貴方の事はメモ帳に書かれていたわ。だからきっと昔のオリビアは貴方の事を思っていたに違いない。そして中身は違うけれど、私もオリビアよ……」

「でもどうして私を助けにきてくれたの?」

ハチは変形した左腕を右腕で撫でながら話した。

「PlanGが作動したと聞いて、もしやと思ったのです。PlanGは危険人物を排除する為のプログラムで、それを起動させる人物は貴方しかいないと思ったからです」

「貴方は今まで何をしてたの?」

「えぇ。私が前に会ったオリビアはもう何十年も前の事です。それ以来もう一度貴方に会いたかった。私は普通のアンドロイドとして工場で労働を行いながら、貴方に再び会えるチャンスを待っていたのです」

「ですが……」

「どうかした?」

「それより先にお伝えしなければならない事があるのです。」

「えぇ、どうしたの?」


「『ルイ』さんが捕らえられてしましました……」


「なんですって!ルイが?」

「私が工場で労働していた時に、ルイさんが現れたのです。しかも向こうから私に話しかけて来て、こういったのです。『君はアンドロイドのハチだな?お願いがある』と。」

「彼は続けてこう言いました。『起動したPlanGというプログラムを止めたい。もしかしたらオリビアが危機なのかもしれない。君なら分かるだろ?オリビアだ』って」

「ルイは私の潰れた体を見て、私がハチであると確証を得たのでしょう。そして彼は恐らく、『オリビア様を助けるため』に私を探しに来たのだと思います。」

「ここまでなら良いのですが、話をしているところを工場にいたBAに目撃されてしまい、ルイ様が身代わりになって私を救ってくださったのです。そのあと彼は捕らえられて、連れてゆかれました……そして私も『裏切り者』として、見つかれば処刑されてしまうでしょう……」

「そんな……ルイはどこへ連れて行かれたか分かる?」

「貴方の再接続まであと数時間あります……それまでは恐らく、この『舟』の最下層部にある監獄『FMKフランク・モリスキラー監視区』に送られたと推測できるでしょう」

「ちょっと待って。今『舟』って言ったの?ここは施設じゃなくてやはり宇宙船か何かなの?」

「私には答えることができません……答えたくても答えれない。そうプログラムされているのです。だから言葉を選ばなくてはなりません」

「でもこれだけは言える……私は貴方の味方です」

「そう……分かったわ。やはり自分の目で確かめる必要があるようね」

「でも私の力だけじゃ不可能。現にルイのおかげで私は今死なずに済んだ。疑問は山ほどあるわ……でも今はそれを押し殺して、ルイの救出に向かう」

「ここにいるアンドロイド達は、私達を生かしておきたいのかしら。どうしても再接続させたい理由があるはずよ。私の指紋やパスコードがこの『舟』に保存されているのなら、私は何か『最も大切な物』を忘れているに違いないわ。あるいは『消された』か。」

「でも変わることのない目標はたった一つ、ルイを助け出して真実を知る事。」

「ハチ、FMK監視区はどこにあるの?」

「FMK監視区はアンドロイド製造工場を抜け、エレベータで下の階に降りる必要があります。ただ……」

「ただ?」

「ただ、FMK監視区は最高度のセキュリティを誇る場所なのです。」

「構わないわ……」

「残念ながら、戦闘でゴリ押すことは不可能。見つからずに進まなければなりません」

「望むところよ」

「ハチ、私に力を貸してくれる?」

「もちろんですオリビア様。私は貴方様のおかげで生まれてこれたのですから。それに私はもうここでの『裏切り者』です。」

「ありがとうハチ……」

オリビアはハチが治してくれた傷の縫い目を見て、顔を上げた。


「行きましょう。ルイを救いに」




            Episode11 に続く








 


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