THE FACT 6000回死んだ男が見た世界9話
THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 9話
Episode9 『PlanG』起動
オリビアはかつての自分が残したメモ帳を頼りに、ルイと協力しながらメモが途絶えているエレベーターに向かう事にした。しかし、そこに通づる扉にはセキュリティロックがかかっており、外側からは開閉が不可能だった。そこで生前特殊部隊であったオリビア(クロエ)は天井に張り巡っている『ダクト』から他の部屋へと移動し、セキュリティの解除に挑戦する。
足の痛みはまだ残っている。この痛みが仇となれば命取りとなる。五体だ。五体仕留めれば良い。オリビアはホールの二階に身を隠しながら戦略を考えた。
「 一番厄介なのはBA…… 先に殺るべきか、後に殺るべきか…… でも数には勝てない。先に倒しやすい白を倒せば、数はどうにかなるはず…… 」
まずオリビアは下を見回して使えるものがないか確認した。
モニター、イス、コード、キーボード、数百もの座席、暗闇。
「 この中で武器になりそうなのは…… コードくらいだわ…… でも奴らは『首』を完全にもぎ取らないと死なない。もしくは、胴体を切断して動けなくさせる。この場合、奴らが『仲間』を呼ぶかもしれない…… 」
オリビアの分析は終了し、下に伸びる梯子を降る。音を立ててはならない。しかしこの空間では時折、奴らがキーボードを叩くくらいでほとんど無音の世界である。奴らの動く音が鮮明に聞こえるくらいだ。まるで図書館にでもいる気分だった。つまり通常より音が響きやすいという事だ。オリビアは無事に梯子を下り切ると、素早く座席の影に身を隠しながら移動した。
「いるわ…… 白の方ね 」
オリビアのすぐ近くの通路に白色のアンドロイドが手にファイルを持ちながら歩いているのを確認した。何やら仕事をしているらしい。その白いのはやがて小さなモニターの付いた椅子に腰掛けた。手を伸ばしてキーボードを叩いている。その音だけがホールに響いている。
「 コイツだけ離れている…… いまなら『殺れる』わ 」
オリビアはそっと背後に忍び寄る。ステルス暗殺。オリビアが特殊部隊で習得した技術である。オリビアは椅子に腰掛けているアンドロイドの背後に立った。そいつはキーボードを叩くのに夢中である。
「 今しかない! 」
オリビアは左手でアンドロイドの口を覆うと、右手で後頭部を掴み、渾身の力で右側に力を加えた。
( ブチンッ )
アンドロイドの頭が反対側に来た。オリビアは腕の力で頭をへし折ったのだ。そのままグッタリ力を無くしたアンドロイドは椅子から滑り落ちる!
「 駄目ッ! 」
( ドサッ )
頭が反対になったアンドロイドはオリビアに抱きつくような形で椅子から滑り落ちた。オリビアが受け止めなかったら、大きな音がなっていたに違いなかった。
「 おっ…… 重い…… 」
ゆっくり、慎重に、オリビアは一体目のアンドロイドの遺体を見つからないように座席と座席の死角に隠した。
「 残りは4体…… 」
そっと座席の上から様子を伺う。
「 BAともう一体が一番前にいるわ…… 他の奴は…… ここからじゃ見えないわ 」
オリビアは今いる一番最後尾左側から、最後尾右側に身を隠しながら移動する。
「 クソッ…… あと二体がいないわ。消えた…… 」
オリビアはそのままモニターの方向に移動する。すると大きなテーブルが複数並んでいる所に来た。ここから先は座席がないので、テーブルを死角に移動するしかない。そのテーブルはスタンディングディスクなので、下側の空間は身を隠すのには最適だった。ゆっくり確認しながら進む。しゃがみながら…… と、
(!!!)
通路をゆっくりすすむオリビアの前に急に白色のアンドロイドが現れた。
「 …… 」
しかし、そのアンドロイドは静止したままだ。
( 気づかれていない…… このまま音を出さなければやり過ごせる )
前方100センチ前には奴がいる。周りを首を動かさず、目視で確認すると、その奥からもう一体の白いアンドロイドが歩いてきている。このままくればオリビアと目の前の奴がと鉢合わせになる。
( やばい…… なんとかしなくては…… もし仮にこっちに向かってきているもう一方の白アンドロイドを、前のこいつが避けようとすれば、私の方に寄ってくる、バレてしまう!)
「 やるしかない…… 」
オリビアは目の前に居る白アンドロイドの顔面をぶん殴った!
( ゴンッ!)
アンドロイドはよろめいた。その後に、オリビアを探知して反撃をしようと腕を引いたアンドロイドの足元を、オリビアは右足で払い落とした。
( ドッ )
アンドロイドはバランスを崩し、右側に倒れこむが、すかさずオリビアは右手で頭をキャッチし、そのまま自分の腕を巻き込んで、ヘッドロックし、力一杯そいつの頭をねじ曲げた!
( ブチンッ)
オリビアはまたもやアンドロイドの首をへし折った。特殊部隊の経験が最大限に生かされたのだ。しかし、歓喜している暇はなかった。今の一連の戦闘の音で下からきている白アンドロイドが反応する事は無かったが、確かにこちらに向かってきている。
「 まずい…… 遺体を隠さなければ 」
オリビアは遺体を担ぐと、できるだけゆっくり元来た道を引き返した。いや、そうしたかった。しかし、アンドロイドの遺体は重い。鉄の塊であるからだ。アンドロイドを持ち上げるが、身長差から遺体の脚は引きずるざるを得なかった。ゆっくりと歩き出すオリビアだったが、引きずっていた遺体の脚が、スタンディングディスクの端に引っかかってしまった。
「 クソったれ!…… 」
前方からアンドロイドが迫ってくる。
一旦遺体を下ろし、引っかかった脚を解く。そしてまた遺体を担ぎ、歩き出した時だった!
( バタンッ!!!)
なんと、机から脚を解いた時、今度はディスクの下のケーブルを脚に巻き込んでいた。それをひっぱったせいで、ディスクの上のパネルが落下してしまったのだ!
「 何ですってッ!! 」
身は既に遺体を手放し、元来た道を引き返していたが、走る最中、目を右にやると右下からBAともう一体のアンドロイドがこちらに気付き、駆けてきているが確認できた。
「 バレてしまった! 身を隠さなくては! 」
オリビアは最後列まで走り戻ると、姿勢を低くして、耳をすませた。
「 落ち着くのよ。最悪の状況でも、できる事はあるわ…… ピンチをチャンスに変えるのよ…… 」
するとオリビアの前に走ってきた白いアンドロイドが現れた。さっき遺体を運んでいた時、前方からやって来ていた奴だ。
「 待ってたわよ! 」
( ゴンッ! )
オリビアはそいつを吹き飛ばした。一撃だ。起き上がりもしない。即死。オリビアはさっきの遺体から、頭を引き抜いていた。それを追って来たアンドロイドにお見舞いしてやったのだ。
「 あと二体…… 」
しかし、今の音でより確実にオリビアの位置が特定されているに違いなかった。オリビアは耳を澄ませた。
(ギャンギャンギャンッ……)
こちらに向かってきている足音が聞こえた。
一方は横から。もう一方は一つ下の列から足音が聞こえてきた。どうやら残りのBAと白いアンドロイドは別々の方向からこちらに向かってきているらしかった。中でもBAは銃を扱えるため、一番厄介である。
「このままだとやられてしまうわ…… 」
「どうにかしてこの最後列の角の通路から逃げないと…… でも今動けば確実に蜂の巣にされる…… 」
オリビアは冷静に、周りを見渡した。
(ギャンギャンギャンッ)
BAは音が鳴った方向に走る。BAの視力はほとんどないが、さすがに近すぎると見つかってしまうだろう。また、BAの目には音の軌跡が見える。その音はプログラムされた以外のものであれば、敵とみなし、音の軌跡が赤色に変化する。その音の軌跡が大き方を優先し、攻撃する仕組みである。今まさにさっきオリビアが鳴らした音に反応し、その音の軌跡を追跡しているのである。BAは歩みを止め、音を聞いている。と、BAの目に音の軌跡が映る。その軌跡はとても小さいものであるが、BAは探知した。とても微弱な赤い音の軌跡。
(スー……スー…… )
それはオリビアの呼吸の音だった。勿論、オリビア自身、呼吸を探知されているなど知る由もない。恐らく。オリビアはBAが警戒を解くのを待っているのだろう。しかしBAは賢い。なんとBAはオリビアがいる方向の真逆の方向を向いた。オリビアに背を向けたのだ。
これは勿論罠である。BA自身、呼吸の軌跡からオリビアの大体の場所は掴んでおり、あえて背を向けたのだ。オリビアが背後から近づいてくるのを待っているのかもしれない。
「何…… アイツ、背を向けたわ…… 」
「私の存在を見失ったの?…… 」
幸いもう一方の白い方は的外れの場所に歩いていったため、近くにいるのはBAだけである。
「今なら……今ならやれる…… 背後を取れば、やっつけることが出来る…… 」
もう一度言うが、これはBAの罠である。
(ゴキュッ…… )
固唾を飲む。しかし、その固唾の音でBAは確信した。そこにオリビアが居るのだと。BAの作戦は変わった。受け身の構えを止めることにした。BAはそっと腰から銃を引き抜いた。どうやら確実に始末したいらしい。
「ん?今少し、BAが動いたわ…… 何をしているの?…… 」
オリビアの位置からはホールの座席が死角になり、BAの下半身から下は確認できない。
BAは次に指を銃のトリガーにそっと掛けた。今、BAの戦闘態勢は完璧に整ったのである。
「行くしかないわ…… 今しかない……でも不自然…… 」
「ずっと静止している…… バッテリー切れ?…… 」
「それとも……罠だと言うの?…… 」
「でも迷っている内に、動き出すかもしれない…… 」
「今やるしかないわ!」
オリビアは手首についてあるヘアゴム(目覚めた時に何故か手首に付いていた)を外した。覚悟を決める。そして、ダッシュする態勢を作る。どうやら彼女はここから走って、直接BAを叩くようだ。そして深呼吸をして、意を決した!BAもまたその深呼吸の音の軌跡を探知し、「そろそろ来る」と言わんばかりに銃の握りに力を込めた。やがてオリビアは目標を捉え、最初の一歩を踏み出した!
(タッタッタッタッタッ!!!)
オリビアにはこの6メートルぐらいの距離が9メートルに感じられた。
(タッ!)
スローモーションである。
(タッ!)
「いけるッ!」
(タッ!)
「今なら……」
(タッ!)
「やれ……」
この時、体全体に恐怖が走る。BAが振りむいたのだ!!しかも、その手には銃が握られている。
(タッ!)
「しまった…… 」
BAの銃口は向かってくるオリビアの脳天を捉えていた。間違いない、そこを撃たれれば即死である。
(タッ…)
「はめられた…… 」
引き金がゆっくりと引かれる。
「でも、はめられたのは貴方の方よ」
(プシュウウウウウウウウッ!!!)
物凄い大きな、風が吹き出るような音が聞こえてくる。
(ズドドドドッ!!)
BAは銃を乱射した。しかし、弾が撃たれた方向は音の軌跡が現れた空気の抜ける音がする方向だ。
(プシュウウウウウウウウッ!)
まだ音は鳴り止まない。音のする方向は真白に、煙が充満している。その煙はBAの方にまで押し寄せた。BAは錯乱している。音の軌跡が荒ぶっているからだ。どうしようか考えている。勿論、他の音を聴く余裕は無かった。だから気づか無かった。背後にオリビアが不敵な笑みを浮かべ、立っていたことに。
「私の方が一枚上手だったって事よ…… 」
(ガッ!)
(ズルッ!)
(バコンッ!)
(ゴギッ!!)
4ステップだった。背後から人を殺める特殊な格闘技。彼女は生前、部隊の格闘技のチャンピョンであった。右手で相手の左首を掴み、右脚で相手の脚を左に払う。そしてバランスを崩した力を利用し、右腹に一発。怯んだ隙に、両手で頭を反対方向に目一杯回す。そうすれば、首の骨を折ることが出来る。勿論、かなりの腕力を要する技だ。頭の取れたBAの亡骸が無残に床に横たわっていた。その亡骸の手には銃が握られていた。
「コイツの腕があれば銃を撃つことができる」
「でもまずアイツをやらなきゃ」
ソイツは未だに煙の音がする場所を彷徨っていた。オリビアは歩みを進めた。音は気にしなかった。白いやつなら倒せる自信があったからだ。
「何かに失敗したときや、窮地に立たされたとき、一番やってはいけないことは『諦める事』よ。どんな窮地であれ、数ミリの可能性はいつでも存在しているものよ…… 」
「そして、その数ミリの『可能性』を捨てなかった者にはやがて『幸福』が訪れる。」
「妙に運が悪い日ってあるものよね……犬のフンを踏んだあとに、遅刻するだとか、どうして私だけなのとか……でもそれは裏を返せば『チャンス』なのよ……あなただけに訪れた、それは『チャンス』なの。仕方のないものとかではない。その『チャンス』のおかげで自分は犬のフンに気を付けようと学ぶ。『運が悪かったと諦めては、幸運は掴めない』」
白いアンドロイドはオリビアの言葉に反応して走って向かってくる。
「さっき私は確かに『窮地』だったわ。だけど、諦めなかった。『ピンチはチャンス』よ。私はあの窮地で深呼吸した。そして落ち着いて周りを見た。そうしたら自分の背後の壁に『消火器』がある事に気がついたの。いくらハイテクの世界でも消火器は必需品みたいね……ピンチからチャンスが生まれたのよ」
そう、オリビアは消火器のハンドルに自分のヘアゴムを巻き付け、ピンを抜いてからBAに突撃したのだ。無論、賭けでもあった。しかし、策を考えないままBAに突撃していたら彼女は確実に死んでいただろう。オリビアが走り出して間もなく、BAが銃を構えて間もなく、消火器から煙が撒き散らされた。さらに、勢いのある噴射で消火器は暴れ周り、BAはオリビアの音を見失ったのであった。
白いアンドロイドはオリビアを捕捉し、殴ろうと拳を振りかざしたが、オリビアはそれを見事に交わし、下顎に強烈な一撃をお見舞いした。顎が砕け、床に崩れ落ちた。もう動くことは無かった。
「こうしてみると白い方は大したことはないわね」
オリビアはこのホールにいる全てのアンドロイドを制圧したのである。オリビアの目線は大きなモニターへと移された。
「アレで扉のロックを解除できるかもしれないわ…… 」
そのモニターはまるで、ロケット打ち上げを指示する制御室の如く、大量に配置されていた。中央にあるモニターがメインモニターらしかった。
「どうにかして情報を見つけなくては…… 」
キーボードの文字は謎だった。たまにローマ字もあるが、読めない言語の配列だ。
「押すだけ押すしかない…… 」
オリビアは自分がこのキーボードの専門家であるかのようにキーボードを叩いた。すると、オリビアがあるボタンを押した時、メインモニターが切り替わった。
「何……?ここ!ここのボタン!」
キーボードの中央から下に二番目のボタンを押すと、画面が切り変わるみたいだった。
「駄目…… 何が書いてあるかわからない…… 」
モニターには5つの選択肢が表示されていた。
「片っ端から開くしか無いわね…… 」
「あれ……?」
するとオリビアは何かに気が付いた。
「この文字…… 何処かで見たわ…… 」
選択肢の二番目の文字に見覚えがあった。
「どこで見たのかしら…… でも最近よ…… 」
「それに三番目の文字も見たことがある。この特長的な、星マークを半分に割ったようなこのマーク…… 印象的だから覚えてる…… 」
オリビアは考え込んだ。いつ見たのか。最近に違いなかった。
「私が文字を読むとしたら…… 」
そして思い出した。
「そうよ!案内掲示板!」
「私、この文字を案内掲示板でみたわ!フロア案内でみた…… そしてこの文字は……そう!『アンドロイドの製造工場』よ」
「案内掲示板の指し示す場所と、メモの情報から推測できたわ。間違いないこの文字は『アンドロイド製造工場』」
オリビアは『アンドロイドの製造工場』と書かれているらしき選択肢をクリックした。すると画面に訳の分からない二つの長方形のボックスが上下に並んで現れた。
「クソッ!」
オリビアは机を叩いた。恐らく、パスワードが必要なのであった。
「ここまで来たのに……入力するところが二つも……パスワードとあとは何よ…… 」
そう考えていると、
(タンッ!)
何かが落っこちる音がした。
「何!?」
オリビアは音のする方を見た。しかし誰もいない。
「何かが落っこちたのね…… 」
オリビアは目の前のパスワードの件が気になって、気にも留めなかった。
「何か思い当たるものは…… 」
適当に打ち込んでみた。駄目だった。
「どうして!…… そう……簡単にはいかないってわけ…… 」
オリビアは途方に暮れ、座り込んだ。そしてメモ帳を開いた。
「何か手がかりになる物は…… 」
初めから読み直した。今までの『オリビア・アデッソ』の苦労の記録が書き記されていた。何百年も前からの苦労である。だからこそ、オリビアは諦められなかった。
「駄目…… 誰も『数字』なんか残していないわ…… それらしき物すら無い…… 」
オリビアは一番端のページを開いて、目を通して閉じた。
(ん!?)
するとオリビアは何かに気が付いた。もう一度端のページを開いてみた。端のページには自分の『ナンバー』と呼ばれる物、そして『オリビア・アデッソ』の名前が記されている。そしてその一番下には読めない文字が3行書いてあり、それは見つかった。
「ちょっと…… まさか…… 」
その最後の2行に、数字が6桁二段で記入されていた。そして驚くべきことに、そのページはよく見ると印刷されているのであった。
「気づかなかった…… メモに気を取られていて、このページについては気にもとめていなかった……」
「どうしてこのページだけ『印刷』されているの…… まさかこの『メモ帳』…… 」
「意図的に造られて、渡された物…… 」
寒気が体に走った。
「でも今はそういう事じゃないわ…… この数字が一致するか見てみないと」
オリビアはメモ帳に書かれていた数字を入力した。決定ボタンを押せば、ログイン完了か否かが判断できる。恐らく、ここで駄目ならもう無理だろう。緊張を押し殺しながら、オリビアは決定ボタンを押した。
(カチャッ)
すると、画面には映像が映し出された。その映し出された場所は、見るだけで何処か判断することが出来た。そこは紛れもなく『工場』であった。
「やった…… やったわ!!この数字で合っていた!」
選択した文字が『アンドロイドの製造工場』で間違いないということも同時に証明された。
「でも私…… 『手相』も『パスワード』もここの場所の物を…… どうして…… 私は『被害者』じゃないの?…… 」
真相に近づくつもりが、遠ざかっていく気がした。
モニターに映し出されたのは恐らく、監視カメラの映像だった。
「ここが『アンドロイド製造工場』…… 」
そこにはアンドロイドは居なかった。当時のルイとオリビアがBAをコンテナで押し潰したからだ。おそらくその当時からなにも変わっていない。さらにオリビアは選択肢の画面までもどり、一番最初の選択肢を押してみた。するとそこに映ったのは、見慣れたあの場所だった。
「ここは!私たちが目を覚ました部屋の前の一本廊下!」
そう、そこはつい数時間前までいた場所であった。
「ルイ…… 無事かしら…… 」
オリビアはルイのことが気になった。監視カメラを切り替える。
「各部屋に監視カメラがあるというのなら…… ルイが居るはずの武器部屋のカメラもあるはずよ…… 」
片っ端から、監視カメラを確認する。そして遂に、『武器工場』と思われる監視カメラを見つけ出した。どうやら武器工場には二つのカメラが付いているらしい。まずは一つ目。
「間違いないわここは『武器』の部屋。ルイはどこ…… ?」
一つ目のカメラにはなにも映っていなかった。そして二つ目のカメラへ。しかし、そこにはとんでも無い光景が映っていた。二つ目のカメラに確かにルイは映っていた。しかし、何かが変なのだ。
「ルイ!良かった!……でもどうして?どうして作業台を背にしゃがんでいるの?…… 」
ルイは作業台の角に隠れるようにしゃがんでいた。
「ん?…… 何か変…… 」
するとルイはゆっくりと作業台を背に移動していく。そして作業台の死角に消えてしまった。カメラでは確認できない。
「ルイ……どうし…… 」
そう言いかけた矢先、下の死角から現れたのは白色のアンドロイドだった!
「ルイッ!!!」
ルイはアンドロイドから身を隠していたのだ!
「どうして!?どこから現れたの…… 」
ルイは全く戦闘力がない。白いアンドロイドとはいえ、見つかればどうなるか分からない。
「何か、何か方法は…… 」
オリビアはルイを助ける方法を模索した。監視カメラだけでは何もできない。
「待ってて……ルイ……耐えて!」
オリビアは出来る限り、適当にボタンを押した。
「駄目…… ルイが…… 」
もう一度監視カメラの画面に戻すと、ルイは武器工場の1カメに写り込んでいた。角である。白いアンドロイドも音を探知しているようだった。ルイに逃げ場はもう無い。
「クソッ!…… 待って……そうよ!さっきこのモニターと横にもう一人、別のモニターを見ているアンドロイドがいたわ」
オリビアがこのホールの二階から様子を伺っていた時にそれを彼女は見ていた。
すかさず、真横の小さいモニターを見る。タッチ式であった。ログインして画面が表示される。起動すると、画面にはなんと、フロアマップと同じ地図が表示されていた。そしてその地図の所々に赤い線が引かれてある。オリビアはそれを直感で理解した。
「やったわ…… これ…… ロックされている扉を表している!」
ルイの様子を確認した。するとなんと、ルイの目の前にアンドロイドが迫ってきている。あと一歩歩けばバレてしまう距離であった。
「やばいッ…… 」
オリビアはタッチパネルのモニターで武器工場の扉を確認した。すると武器工場の扉は、画面上には緑色(恐らく非ロック)と表示されている。このままではルイが危なかった。オリビアは武器工場の扉をタップした。
すると、武器工場の扉が閉じた。
「使える!これしか方法はない…… ルイ……貴方なら『理解』出来るわよね……この状況」
時は数分前に遡る。ルイは廊下の歩く音に気が付き、身を隠した。それは案の定、アンドロイドだった。作業台の死角でやり過ごそうとしたが、運悪く物音を立ててしまった。これはまずいと踏んだルイは、部屋の角に身を隠した。
「まずい……かなりまずい…… 」
「今、奴は完全に僕の気配を感じ取っている…… これ以上動くことはできない…… 」
アンドロイドはみるみる内にルイの方へと近づいていく。そして、あと一歩の位置まで迫ってくる。
「くッ…… 」
そしてルイは固唾を飲んだ。
(ギュルッ!)
アンドロイドの首がルイの方に向けられた。
「バレてしまった!!」
そう思った矢先、
(プシュゥゥッ)
「何だ!?」
アンドロイドはその音の方向に反応して振り返った。ゆっくりと扉が閉まっていく。扉が閉まれば最悪だった。この部屋でずっとアンドロイドの二人きりという事になってしまう。しかし、ルイはその隙に身を動かした。
「扉が開閉した…… 」
ルイはアンドロイドから距離を取ると、その場で立ち止まった。そして考えた。すると、今度は扉が開いた。
(プシュゥゥ……)
「一体どうなっているんだ……あんなに開けるのに苦戦したというのに……」
そしてルイはハッとした。辺りを見渡した。
「監視カメラ…… 光っている…… 何者かが僕を『監視』している…… 遊ばれているのか?……いや、まてよ…… 」
「オリビア!!」
「オリビアが監視カメラで僕を見ているのか…… そして恐らく、あの扉を開閉しているのも彼女だ。僕を助けようとしているのか…… やったんだな…… ついに、ロックの解除方法を見つけたんだな…… 」
ルイは開きっぱなしの扉を見つめた。
「誘導してくれるのか…… 僕を安全な所へ。いや、正確には別の部屋か……」
「ここから一番近いドアロックがついた部屋は……『未知の領域』と書かれていた部屋だ……つまり、そこまで『走れば』、オリビアが扉を閉めて、奴とおさらばできるってことか……」
アンドロイドは不思議そうに突っ立っている。
「扉の開閉はせいぜい5秒程度というとこか…… 未知の領域までは恐らくこの部屋から500メートル程度だ。つまり……君に託すしかないわけか。君に扉の開閉のタイミングを……君を『信じる』しかないってわけだな…… 」
「今の最善の策はそれしかない…… 」
今アンドロイドの立っている位置は部屋の扉の真前だった。つまり、この部屋を抜けるにはアンドロイドの横をすり抜け、全力で走り、未知の領域に逃げ込むしか無いと言うことだ。問題は二つ。アンドロイドから約500メートル近くの距離を逃げ切らなければならないということ、そして、なによりオリビアが操作する扉の開閉よりも早く、中に逃げ込まないといけないということである。つまり、オリビア自身のタイミングも運命を左右するということだ。
「やるしか無い…… 」
ルイはゆっくり、音を立てないように深呼吸した。そして監視カメラを見た。監視カメラに向かって、指でカウントのジェスチャーをとった。
「頼むぞオリビア……君を『信用』する…… 」
カウントが始まる。
(5、4、3、2、1……)
するとついにルイは勢いよく地面を蹴り、アンドロイドの真横をすり抜けた!ここから数百メートルの一本廊下。後に左折であった。
「いけ!」
ルイは持て余す全ての活力を使い、猛ダッシュした。
(タッタッタッタッ!)
ルイは全力で走りながら考えた。きっと後ろには、音を探知したアンドロイドが無表情のまま追って来ているに違いない。その距離は数十メートルかそれとも数メートルなのか。
「よし!もう直ぐ左に左折だ!」
どうしても確認しておきたかった。どのくらいの距離まで奴が追ってきているのかを。ルイは全力で走りながら、ついに一瞬、ほんの一瞬だけ後ろを振り返ってみた。
「な…… 」
走りながら振り替えると、丁度迫り来る手が見えた。
(ギャッ!)
振り返った瞬間に首を絞められた。その衝撃でルイは後ろ向きにバランスを崩した。
(ドタンッ!)
アンドロイドがルイの上に馬乗状態になった。予想を遥かに超えるスピードだった。
「やめろ…… 離せッ!…… 」
力の加減と言うものはない。このままあと数十秒首を絞め続けられれば、命はないと断言できた。
「う…… 」
しかしルイは必死に抵抗した。
(ドガッ!)
アンドロイドは抵抗するルイの腹にパンチを入れた。
「う…… 」
苦しみをじっくり味わっている気分だった。オリビアなら簡単に倒すことのできる相手でも、ルイでは歯が立たない。
(何か……何か策を考えなくては…… )
そう考えているのも束の間、ルイは全身の力を失ってしまった。抵抗もしない。呼吸もしていなかった。やがて抵抗しなくなったルイを見てアンドロイドは首から手を離した。ルイはピクリとも動かない。首も据わっていなかった。しばらくアンドロイドはルイの様子を伺っていた。そして、本当に死んでいるのかを確認するためか、ルイの顔にグイッと自分の顔を寄せた。表情のない顔で、光っている目だけがルイを見つめている。ルイは動かない。そしてゆっくりとアンドロイドは顔をルイから遠ざけていく。
(どうやら上手くやれたらしい)
(ダンッ!!)
ルイの右の拳がアンドロイドの顎に直撃した。アンドロイドはパンチの衝撃でバランスを崩した。次の瞬間もうルイは居なかった。必死にアンドロイドが追いかける!しかし、アンドロイドがコーナーを左折したところでルイとの距離は数メートルもひらいていた。次捕まれば確実に、首を絞められる前に本当に殺されるだろう。未知の領域への扉は今まさに閉まろうとしている所だった。さっきの一悶着のせいでタイミングがずれてしまったのだ。恐らくオリビアはルイが襲われているのを監視カメラで見ていたに違いない。そしてルイが急に起き上がったものだから、開閉のボタンを押すタイミングが少し早すぎたのだ。さらに扉は、一回ボタンを押してしまえば閉まり切るか、開ききるかしなければ、次の操作を行えないのだ。つまり、これで入るしかない。ルイは必死に走る!、走る!走る!しかし、あまりに早く走りすぎて、バランスを崩してしまった。そしてそのまま前の方向に倒れた。
「ぬおッ!」
だが、それが良かった。ルイは扉が閉まりきる前に、バランスを崩したおかげと、着ている服のシルク生地が相まって、野球選手さながらのヘッドスライディングをぶちかまし、未知の領域へと滑り込む事に成功した。
ルイが扉に滑り込むのと同時に、扉は閉鎖した。だが、扉をよく見ると、アンドロイドの腕が挟まっていた。かなりギリギリだったらしい。
「はぁはぁはぁ……やった…… 」
恐らく、オリビアも同じ心境に違いない。
「助かった…… 良かった。とっさの判断だ
…… 」
ルイは昔のルイが、初めてアンドロイドに遭遇した時に、『死んだふり』を行ったことで命拾いした事をふと思い出したのだ。
「苦肉の策ってやつさ…… 」
だが、8割はオリビアのおかげであった。
オリビアはホッとして近くの椅子に腰を下ろした。
「やった……あとはルイと合流するだけね」
(ガシャンッ!!)
後ろの方で確かに物音がした。
「何?…… 」
それはさっき、ものが落っこちる音がした方だった。
「待って…… 気のせいじゃなかった……やはり何かが……!」
オリビアは恐る恐る、音のする方向へと歩みを進めた。
(キィイッ……)
「そこの角に何かいる…… 」
そしてオリビアは思いっきり、その通路に躍り出た。そこにいたのは、アンドロイドだった。BAだった。だがしかし、さっきオリビアが首をひん曲げた奴だった。
「まだ生きていたの?…… 」
胴体はうつ伏せなのに、首は上を向いていた。必死の力で体を引きずりながら、1センチずつ移動していく。
「待ちなさい」
オリビアがそういうと、BAは動くのをやめた。
「あなた、なぜここにいるの…… 」
そのBAがいた場所は、オリビアが首をひん曲げ押し倒した場所からかなり移動していた。
「何を…… 」
オリビアは丁度自分が立っている所が、物の落下音が聞こえた場所だと気付いた。落下している物を探す。
「はっ…… 」
そしてオリビアは落ちていたものを見つけた。
「ハァハァ…… 」
心拍数が上がった。
そこに落ちていたのは、『キーボード』だった。すかさず、そのキーボードが置いてあった机の、モニターを確認した。どうやら、何かのプログラムを起動したらしい。画面には、アンドロイドの画像が表示されていた。そのアンドロイドは見たこともない、『赤色』のボディだった。形はBAと同じであった。
「あなた……仲間を呼んだの?…… 」
オリビアはムッとなり、死にかけのBAの頭を踏みながら叫んだ。
「答えなさいッ!仲間を呼んだのかッ!」
そうすると、BAが口を開いた。
「貴方は……来てはいけない所に……来た……貴方は『暴走』した。規定によって
『処刑』する…… 」
「これは『あのお方』が決めた事だ。」
(グシャッ)
オリビアは頭を粉砕した。
「あのお方…… 」
(ブーブーッ!ブーブーッ!)
急に部屋が赤色に点滅し、警報が流れた。
(警告。エリアの封鎖が開始されました。指定エリアβ、タイプ3展開開始。指定のエリアのガス射出まで15分『PlanG』を開始します。)
「何ですって…… ガスですって…… 」
オリビアはこれが先ほどのBAが起動したことは直感で理解した。かなりまずい事になった。オリビアはホールの奥にある扉へと走った。しかし、その扉に近づく寸前で、扉にシャッターが下された。
「しまった!!!」
このホールの出口はここと、オリビアがやってきた梯子の上の扉しかなかった。オリビアは梯子の上を見上げた。
「なっ…… 」
梯子の上には、目が緑色の赤い体を持つアンドロイドがつっ立っていた。
「な……何よあいつは…… 」
そいつの名前はタイプ3。通称『レッドアンドロイド』である。
オリビアが呆気にとられていると、ホールの全てのモニターにタイマーが表示された。
15分のカウントタイマーであった。そしてそのタイマーは今まさに、カウントが始まった。
「あれは……ガス放出までの制限時間?……」
ガスが噴射されるエリアはオリビアのいるホールであった。
「そんな…… 」
密閉空間、カウントダウン、未知のアンドロイド。三つの恐怖が同時に押し寄せる。赤いアンドロイドはオリビアから目を離さなかった。オリビアが試しに少し動いてみると、目で追ってきた。
「み……見えている……あのアンドロイドには……『視力』があるッ!」
なんとレッドアンドロイドには視力があった。
「ここを脱出するには『アイツ』を倒さなければならない…… 」
絶体絶命の危機、オリビアは生き残る事ができるのだろうか。
10話へ続く




