THE FACT 6000回死んだ音が見た世界8話
THE FACT 6000回死んだ男が見た世界 8話
Episode8 ダクトの先
バンッ! ドタンッ!ガタンッ!
金属を金属で叩く音が辺りに鳴り響く。
その扉は傷一つ付けずにそびえ立っている。
「 駄目ね…… ここを通れないなら話にならないわ 」
クロエがアンドロイドの頭のパーツでブン殴り、必死に開けようとしていたのはずっと前のルイとオリビア(ジャックとハンナ)が球体のドローンに襲われた『未知の領域』であった。
「 メモによればここで球型のドローンに襲われたと書いてあるわ 」
「 あぁ、僕達はこの部屋の先のアンドロイドの製造工場を抜けて、このメモの記述が終わっている真相を探らなければならない 」
「 工場の抜けた先に一体何があって、何が起こったのか…… 『再接続』というやつが行われたのか、真相は不明だ。しかし、何かがあったことは確かだ。」
「 そうね…… だからこそこの部屋に入らなければならない 」
「 セキュリティだ 」
「 セキュリティ? どう言う事? 」
「 メモによればこの部屋に初めて入ったのは、数ページ前のジャックとハンナだ。そしてそれ以降の奴らはこの部屋に入った記録が無い 」
「 予想外だったんだ 」
「 予想外? 」
「 恐らく元々この部屋に誰かが入ると言うことは予想外だった。だが、ジャックとハンナはその部屋に踏み込んでしまった。その後にアンドロイドの工場までも。だから、何者かがこの扉にロックをかけたんだ 」
「 一体誰が? 」
「 分からない。だが、この場所にいる誰かだ。アンドロイドかもしれないし、俺たちみたいな半人間かもしれない 」
「 とりあえずここは諦めないといけないみたいね…… でもここ以外からエレベーターに向かう方法はあるのかしら…… 」
「 他の道を探すしかなさそうだ。あと調べていない部屋は…… 」
「 私達が目覚めた部屋の向かい側、私が目覚めた部屋の少し先の向かいに大きな扉があったわよね? 」
「 あぁ、でもあそこの扉も開かなかった 」
「 物は試しよ」
そう言うと、オリビアはアンドロイドの遺体にまたがると勢いよく頭をひねり上げた!
するとアンドロイドの頭はスポンッとひっこぬけた。しかし、抜けた頭からは芋づる式に機械のコードがむき出しになっていた。見るに耐えない見た目である。さらにこともあろうかオリビアはそのコードを手で掴むと勢いよく回し始めた。頭が回転の速度を加速させまるでカウボーイみたいに回している!もう一度言うがこれは頭である!
「 おいおい、野蛮にもほどがある! 特殊部隊の出身者はみんなこうなのか? 」
「 こいつがあればなんとかなりそうよ 」
やれやれと首を振るルイの後を追ってオリビアは自分たちが目覚めた部屋の向かい側にあった大きな扉の前に到着した。
「 やはり開かない。触っても無駄だ 」
「 少し離れていて 」
そう言うとオリビアは少し助走をつけて、扉にタックルした。しかし、扉はビクともしない。
「 君の怪力でダメなら無理に決まってる 」
ルイはため息をついて床に座り込んだ。
「 一番重要なことは、最後まで諦めないことよルイ 」
オリビアはついに兵器を手にした。そう、アンドロイドの頭である。オリビアはさっきの練習通りに頭を振り回す。オリビアの力の入れ具合を見れば、その頭がどのくらい重いかは想像がついた。恐らくボウリングの球くらいである。
(ブォンブォンブォンブォンッ! )
遠心力でみるみる頭は加速する。そしてついにオリビアはおもいっきりその頭を扉に叩きつけた。
「 ハァッ! 」
( マゴンッ!)
聞いたこともないような異質な音と共に頭は床へと落下した。
「 ん!? 」
驚いたルイが立ち上がる。
「 少しだけだが、中央に穴が空いたぞ! 」
その扉は左右に開く類の扉であったため、ちょうどそのつなぎ目に頭が命中し歪みを作ることに成功したのだ。
「 やったわ! 少しだけ開いた! 」
「 だがあれだけの力を持ってしてもこのくらいの傷しかつかないとはな…… 」
少しの歪みで穴は空いたのだが、開くまでには至らなかった。
「 どうしたものか…… 」
「 これはこれはルイ君、『天才』とか言うくらいなら何か解決策を考えなさいよ! 」
「 …… 」
「 棒があれば開けることが可能だ 」
「 だがあの穴に入るくらい細くなければならない 」
「 棒?…… 」
「 棒なら…… あるかもしれないわ。少し待ってて! 」
そう言うとオリビアは一人でどこかに行ってしまった。
するとものの数十秒で大きな音が聞こえてきた。
( ギギギギ…… )
何かを引きずるような音だ。歩いてきたオリビアをよく見ると、手には手があった。
「 ルイ! 棒持ってきたわよ! 」
オリビアは先程頭部を引き抜いたアンドロイドから、更に腕を引きちぎってきたらしい。アンドロイドの腕には骨の代わりに一本の金属の支柱型の骨組みが入っており、それを利用しようとしているのだ。
「 これが人間だったらと思うとゾッとするよ…… 」
ルイはオリビアのワイルドさにしばし引き気味だったが、アンドロイドの腕を手にして、これなら開けるかもしれないと、すかさず扉の穴にそれを挿すと、テコの原理で思いっきり力を加えた。
( ギィィィッ!)
初めは無理やり力を加えた為、金属が擦れる音が耳障りだったが、やがて扉は力を抜いたかのように自動的に開いた。
「 やったわ! 開いた! 」
中の様子は真っ暗だったが、二人が足を踏み入れると照明が点灯した。パッと明るくなった部屋は真っ白な部屋に何やら専門の機械、そして長い鉄製の机が置かれていた。壁側にある棚らしき物には規則正しく色々な物が陳列されている。部屋の奥には小さいベルトコンベアがあり、それは壁にぽっかり空いた穴に続いていた。
「 機械から推測すると、何かを作る部屋みたいだ 」
「 ルイ、これって…… 」
「 ん? 」
オリビアが手にしたのは、壁に陳列されていたものだった。しかし、その『物』というのはオリビアによって手慣れた手つきで手に握られていた。
「 銃よ 」
「 なんてことだ…… 撃てるのか? 」
オリビアは部屋の端に照準を合わせると、トリガーに指をかけて引いてみたが、弾はおろか、空砲さえも出ない。
「 装填の仕方とリロードの仕方がわからないわ…… 」
形こそ拳銃ではあるが、弾の装填口が見当たらない。
「 こっちのも銃か? 」
反対側の壁にかかってある物も確認する。
「 これは、軽機関銃…… 」
オリビアはそれを手にすると、手慣れたようにマガジンを外す。
「 これ、おかしいわ。マガジンのはずなのに弾を装填する所がない 」
「 俺たちには使えないのか…… いや、何か使う方法があるはずだ 」
「 メモにBA(黒色のアンドロイド)が銃を使うという記述があった。つまりこの部屋で武器が生産されていたんだろう。そしてそれをあのベルトコンベアで工場に流しているんだ。恐らく…… 」
「 でもこの小さな機械で自動的に銃を生産できるものなの?…… 」
「 いや、銃は『何者か』が生産していたみたいだ。机に溶接用のペンが置かれている。」
「 銃を生産するアンドロイドがいるって事? 」
「 そういう事だろうな…… もう少し詳しく調べれば何かわかりそうだ 」
「 分かったわ。じゃあその間私はさっき開かなかった扉を今と同じ方法で開けるか試してくる 」
「 分かった。気をつけろよ 」
「 気をつけるのはあなたの方でしょ 」
オリビアは扉の開閉を試みたが、やはり開かなかった。渋々、ルイのいる部屋に戻ることにした。
「 ルイ、ダメだったわ。あそこの扉はどうあがいても開きそうにない 」
「 …… 」
「 ルイ?…… 」
ルイは何やら溶接用のマスクを被りブツブツ言いながら拳銃を分解している。しばらくするとルイはマスクを外してオリビアに気が付いた。
「 うわッ!! びっくりさせるなよ! 」
「 さっきから話しかけてるんだけど 」
「 あー悪い悪い…… その顔からすると扉はダメだったか…… 」
「 えぇ、で、あなたの方は? 」
「 新たな事を発見したよ! これは物凄い発見だ! 」
「 銃の使い方が? 」
「 いや、推測になるんだ。ただ、この銃には弾が不要だということがわかったんだ 」
「 弾が不要? どういう事? それじゃ銃の意味をなさないわ! 」
「 そこなんだよ…… なんというか…… 僕も動揺しているんだけど、かなり高度なテクノロジーがこの銃には組み込まれている。」
「 なんだろうそうだな、簡単に言うと、このテクノロジーは人知を超えている…… 」
「 もう長ったらしい説明は嫌いなの、分かりやすく結論から話して!」
「 これは電気銃だ 」
「 電気銃? 銃から電気が発車されるの? スタンガンとはまた違うのかしら 」
「 なんと言えばいいか、その、電気を弾にして放射する銃ってことだよ。本来銃にあるはずのマガジンの所、この電撃銃はそのマガジンが代わりにバッテリーになってる 」
「 さっきの拳銃は? 弾を込めるところがなかったわ 」
「 分解してみたんだが、発電するモーターがついてあったんだ。小規模の銃はなんらかの方法で電気のチャージを行い、射撃するみたいだ 」
「 なるほど…… かなり複雑な銃ってわけね 」
「 で、その銃はどうやったら撃てるわけ? 」
「 そこがまだわからない。恐らく、使う人を識別している 」
「 一定の人がこの銃を使用できるってことだ 」
「 じゃああのBAとかってことね 」
「 奴らで撃てて、俺たちで撃てない。なぜだと思う? 」
「 そりゃ、そういうプログラムなんじゃない? ロックがかかっているって事だから、パスワードがいるとか、顔認証だとか、指紋だとか…… 」
「 『指紋』…… 」
「 そうだ!指紋! 手? いや、試してみよう 」
ルイは扉を開けるのに使ったアンドロイドの腕を持ってきた
「 そいつの指紋を?…… 」
「 物は試しだ 」
ルイはゆっくりとアンドロイドの手で拳銃を握らせる。まずはじめに人差し指をトリガーにかけてから、他の指でグリップを握らせた。最後の指が銃のグリップに触れた時、それは起こった。
( ギュジュインインイン…… )
それはまるで蝉のように、機械的な音を立て、やがて銃全体が青白く発光し始める。
ルイもオリビアも驚きのあまり、見入っている。そして最後に、ビーッと音がなったかと思うと、
( エラー )
確かにそう銃が話した。そう話し終えると発光は消え、銃は元の色に戻った。
「 エラーだ。つまり、このアンドロイドでは使えないと 」
「 やっぱり私達と、普通のアンドロイドは銃を使えないみたいね 」
ルイはアンドロイドの手を舐め回すように観察する。
「 手だ。手で識別している。恐らくだが…… 」
「 この銃を使うにはBAか他の適応するアンドロイドの『手』が必要って事だ 」
「 BAがその辺にいればぶっ倒すんだけど 」
「 いいや、手帳に書いていた通りBAは頭がいい。注意が必要だ 」
「 なにか『弱点』を見つける必要がある 」
「 そしてとうとういきずまったらしい 。他にはもう部屋がない…… どうする? 」
「 ねぇルイ、あのエレベーターに繋がる扉はどうしたら開くと思う? 」
「 むぅ…… 物理的な攻撃では開かないのは確かだ。 そうだな…… 例えば扉をロックしているなら、どこかでそれを解除することのできる『セキュリティルーム』みたいなものがあるはずなんだが…… あるいは…… 」
「 あるいは?…… 」
「 オリビアも手帳を読んだからわかると思うが、何回か前のルイとオリビアは、アンドロイドの『ハチ』と呼ばれるロボットと行動を共にしている。まぁ、最後に扉を開くのに自ら犠牲になったとは書かれているが、もし仮にコイツが生きているなら、手を貸してくれるんじゃないか? 生きていたらだ 」
「 しかし、それもこれも扉が開かないんじゃ、会えもしない 」
「 いいえ、扉はまだ一つだけ残されている 」
「 ? 」
「 冗談だろ? もう全ての部屋を確認済みだ。開かない扉しかないだろ 」
「 いいえ、天井があるわ 」
「 まさか…… 正気か?…… 」
「 もうそこしか道が残されていないもの 」
「 案内掲示板を右に曲がってまっすぐ行くと、開けない重厚な扉がある。その上の天井に小さい『ダクト』がある…… 」
「 危険すぎる 」
「 元々リスク無しにここの謎を解こうとはしていないわよ。違う? 」
「 あぁ、しかし 」
「 君がダクトの中を行くとして僕は、僕はどうするんだ? 僕の大きさじゃ入れないぞ 」
「 私を信じて。必ず扉のロックを解除する方法を探し出してくるわ。その間あなたはお得意の『頭脳』で他にできることをして待ってて 」
「 そうか…… 『覚悟』ができているんだな …… 」
「 よし分かった。もうそれしか道はないだろう 」
二人はメモしてあるフロアのマップを確認した。
「 いいか、このフロアにはあと複数の大きな部屋が無数に存在している。もちろん『危険』であることに変わりはない。だがダクトを使えば行ける範囲は増えるだろう。運が良ければ扉を開ける方法も発見できるはずだ。」
「 あと先に言っておきたいことがある…… 」
「 何よ 告白とかじゃないでしょうね 」
「 もしこの先君がここから『脱出』する方法を見つけ出して脱出できる状況になったなら…… 」
「 僕を置いて逃げても構わない 」
その言葉をルイが話した時、沈黙が訪れた。そしてオリビアが話した。
「 いいえ、私はそんなことはしないわ。私は逃げない。生前私の親友だった『エマ』は戦地で決して私を置いて逃げたりはしなかった。私の側に死ぬまで寄り添ってくれた…… 何故だか分かる? 」
「 私達は一心同体だったからよ 」
「 二人で一人。お互いがお互いを支え合い、命を預けれる存在。お互いの悪いところを他方が補う存在。」
「 日記を見たなら分かるはずよ。私達、『ルイ』と『オリビア』は何回も『協力』して『共闘』してきた。私達の目標はずっと昔から変わらない『 ここの謎を解く事 』。私達は二人で一人よ。片方は決して欠けてはならない。」
「 ルイ、私はあなたを『信頼』する。だから貴方も私を『信頼』してほしい。 」
オリビアはルイの手をとって見つめた。
ルイは思った。
( あぁ、僕は…… そうだ…… 思い返せば他人を信用したことがない。他人を見下してばかりだった。自分で理解している事を他人が理解できない事に腹が立っていた。でも違ったんだ。そういう人は僕にはない『暖かい心』を持っている。色々な人の良いところを僕は探そうとしなかった。僕は『天才』なんかではない。愚か者だ。)
エウロパは初めて、『暖かい何か』を感じたのだ。包まれるような、闇に浮かぶ光のような、涙が溢れるような。
「 あぁ、オリビア。君を『信頼』する。」
「 必ず二人でここの謎を解こう。 」
二人とも見つめあって、ニコッと微笑んだ。
これは『運命』なのだろうか、それとも『宿命』なのだろうか。きっと彼らは何度も何度も、何度も、繰り返しているに違いない。しかし、変化はやがて訪れる。過去という気の遠くなる些細な変化はやがて、何世代も後の未来を大きく変えるに違いないだろう。
何やら悲しげな空気が立ち込める。お互い察し合っていた。もちろんオリビアが生きて帰る保証はどこにもないからだ。むしろそっちの可能性の方が低いのではないかと。しかしお互いにそれは口にしない。どんな時であれ、状況を変えるには行動しなければならない。残念ながら考えるだけでは、状況を変えることはできない。二人は歩きながらダクトへ向かう。後はまっすぐ向かうだけだ。お互いの沈黙を破ったのはオリビアの方だった。
「 私の事なら心配しないで。なんたって元特殊部隊だから! 」
「 映画とかの設定であるでしょ?元 特殊部隊が主人公でめちゃ強いみたいな。特殊部隊は『次元』がちがうのよ!次元が! 」
沈黙の後に口から出た言葉がそれだったので、ルイはおかしくて笑ってしまった。ルイの方が深刻に考え過ぎていたらしい。
「 ははははは! こりゃ参ったな。そうだ確かに『次元』がちがうかもしれないな。僕でもアンドロイドの頭で扉をぶち破るなんて思いつきやしない 」
「 ちょっと、それって誉めてるようで、バカにしてない? 」
「 はは、そんなことないさ! ただ一つ真面目な話をすると、もし仮に『次元』が違うなら僕には君の姿は見えないよ『三次元』の僕が三次元以上の次元が違う君を目にすることはできないんだ。なんだって次元が違うから!」
「 言ったわね! 」
二人とも盛大に笑った。
「 あんた嫌われるタイプよ! 間違いないわ! 」
ルイはひざまずいて話した。
「 さぁ、僕の肩を踏み台にするんだ 」
場所は丁度ダクトの下だ。
「 えぇ、助かるわ 」
するとオリビアは急に着ていた真っ白いシルク生地の服を脱ぎ捨てた。すると真っ黒い下着があらわになった。腹筋はきっちりと割れていて、引き締まっている。不要な脂肪は無く、筋肉の塊である。ルイは一瞬、変な気持ちになったが、その後に、生前の体型がここでの自分と同じ体型であることに気がついた。しかし、そう考えているとオリビアが話した。
「 あのダクト、かなり小さそう。でもこれで動きやすくなったわ。 」
「 この服は大切に持ってて 」
そう言うとオリビアはルイから距離をおいて、深呼吸をすると、勢い良く走り出した。ルイの肩に足を掛け、勢い良くジャンプして、その勢いでバッと両手でダクトにしがみついた。しかし鉄棒にぶら下がっているような状態で、今にも落ちそうだ。
「 オリビア! 大丈夫か? 」
「 なめないで! 」
そう言うとオリビアは自分の上半身を軽々と持ち上げてダクトに頭に突っ込んだ。これができるのは相当な運動神経がいるに違いなかった。やがてすっぽりとダクトに入ったオリビアはダクトの中へと姿を消した。
「 行ってしまったか…… 」
ルイは床に落ちてあるオリビアの服を手に取った。そして、歩き始めたかと思うと、立ち止まった。
「 …… 」
(クンクン… )
ルイはオリビアの服の匂いを嗅いだ。それは柔軟剤でもシャンプーの香りでもないし、生前嗅いだことのない匂いだった。しかし、その香りはオリビアの香りだった。いい匂いだった。
暗闇を進んでいくと、途中でドンッと顔をぶつけた。ダクトは左に曲がっているらしい。オリビアはホフクの状態で身体を器用に曲げる。そしてまたゆっくりと進んでいく。しばらく進むと明かりが差し込んでいるのが見えた。確認してみるとどうやら、換気口らしき物だ。本一冊分くらいの大きさで、小さい穴がたくさん空いたものだ。オリビアはすかさずそこを覗き込んだ。廊下のようだった。相変わらず殺風景な重々しいメタリックな廊下だ。なにせ小さな穴なので、周りはほとんど見えなかった。さらに先に進もうと、換気口から目を離そうとした時だった。
( プシュゥゥウッ )
扉の開く音だ。そして数秒もしないうちに、奴が歩いてきた。ギャンッと音を響かせながら歩いてきたのは、全身真っ黒のロボット、そう、ブラックアンドロイドだった。
( ゴクリ…… )
オリビアは固唾を飲んだ。メモ帳に書いてあった通りの身なりだ。いざ本当に目の当たりにしてみると、背筋がゾワっとした。それと同時に、ドキリとした。視界が変化した。心拍数によるものか。例えるなら、鏡をみると幽霊が立っていた、そのような感覚だ。
オリビアはそのまま真っ直ぐ進んでいく。また途中で右に曲がっていたので道なりにいくといきなり出口がポッカリと現れた。腹をくくるしかない。さっき奴を見たばかりだというのに、ここを降りるのはさすがのオリビアも恐怖であった。
「 行くしかないわ。私はこれ以上に辛いことをたくさん経験した。だから大丈夫 」
不運な事に、このダクトの口の向こう側まで距離がかなりある。身体の向きを変えることもできないので、頭から数メートル下に落下する以外に、降りる方法は無かった。頭から落ちれば、物凄く大きな音が鳴り響くに違いない。しかし、方法はそれしかない。オリビアは音で誰もいないことを確認してずるりと頭から落っこちた!落っこちる最中に体勢を曲げ、前回りをしてから受け身をして床に落ちた。
( ドンッ!! )
「 うッ!!! 」
身体全体に衝撃が走る。受身がなければもっと酷かっただろう。しかし、痛いものは痛い。身体の中が痛い。
「 う…… 」
オリビアはしばらく立ち上がることができなかった。しかし、やっとの思いで立ち上がるとどうやら身体に異常はないみたいだ。
「 良かった…… 」
下向きだった顔を上げた。と、
「 え? 」
目の前に真っ赤な目のBAが棒立ちしていた。
( ゴッ! )
顔に物凄い衝撃。たまらず倒れ込む。殴られた!拳で殴られた!秒の出来事だ。心の準備が追いつかない。殴られた左の顔面は耳鳴りが鳴り止まない。
「 ああああ…… 」
なんのためらいもなく銃口が向けられる
( 殺される!!)
右を見た。
「 助かった! 曲がり角ッ! 」
オリビアが倒れ込んだ右側にも廊下が続いていた。動きがとても遅い。
( この先に身を交わさなくては! )
トリガーが引かれる。
もう弾はこちらに飛んできている。オリビアは立ち上がる時間が無かった。なので、右腕で曲がり角を掴み、勢い良く押し上げた!オリビアの体はステンレスで出来た床とシルク生地のズボンが作り出した、少ない摩擦力で勢い良く滑り出す!しかし、腕が押し上げた方向は曲がり角の方ではなく、若干直線気味であった!角を曲がるまでに余計に真っ直ぐ滑ってしまった!身体が曲がりきるまでに時間がかかってしまった!
( ビチャッ!)
オリビアの左脚のスネの一部がミンチ肉のように飛び散った。
「 がああッ!!!!! 」
痛みに叫びながら最終的にオリビアは曲がり角に身を隠した。
( ギュンッ ギュンッ ギュンッ )
体全体に鼓動が駆け巡る。湯船で息を止めて潜っているみたいに心音が鮮明に聞こえる。
しかし、脚をかばっている暇などはない!今まさに目の前の角からBAが曲がってくるに違いない。この角に逃げれたのは良かったが、背水の陣に変わりはないのだ。
やがてBAは曲がり角を曲がると、そこにオリビアがいるのを推測して、狙いも定めず、無作為にフルオートの銃を乱射した。
( ズダダダダダダダダダダダダダダダ! )
やがて弾切れだろうか、BAは銃を止めた。オリビアは死んだ。廊下は一本道。逃げ場はないはずだ。音を立てなくても無意味だった。BAは銃撃の煙が消えるとその真っ黒い身体をあらわにした。しかし、その廊下にはBAしかいなかった。普通ならミンチ肉になったオリビアがいるはずだ。BAはただのプログラム。そこまでは考えないだろう。やがて何事も無かったかのように進み始めようとした時だった。
( ピトッ)
BAの頭に水滴が垂れた。
BAは頭上を見上げたが、しかし次の瞬間には宙を舞い、ぼとりと床に落ちた。BAの視界にはBA本体の身体が映っていた。頭が飛ばされたのだ!
「 機械は単純なのよ、そこが抜け目 」
なんとオリビアがBAの身体の上に座っているではないか!
「 確かに廊下、つまり平面には逃げ場はない、下にもない。だから上に逃げたのよ。 」
オリビアは角に滑りこむと、頭上に太いケーブルが張り巡らされていることに気がついた。しかし、負傷している脚の脚力では天井に届かない。そこでオリビアはズボンに巻いてあるベルトを外すと、丁度ベルトを止める金属の金具がついた方を勢いよく天井のケーブルに通すと、その帰ってきた方の金具と、ベルトの反対側を両手で握り、腕力だけで天井に登り上げたのだ!まるで体操選手さながらだった。しかしこれは並大抵のことではない。強靭な腕力を要する彼女だからできたのだ。この一瞬の冷静な判断は、当時彼女が特殊部隊であったという経験が活かされたのだ。
「 例えベルトでも、使い道によればロープにも武器にも、止血にも使える。ここでそれを実践するなんて皮肉なものよね 」
「 う…… 」
一難が去ると、思い出したかのように左脚の痛みがぶり返してきた。しかし、あまり出血はしてないようだったが、痛みは見た目以上のものだった。オリビアは壁に付いている、ネジの出っ張りに、自分のタンクトップを引っ掛け、破いた。その破いた部分を傷口に乗せると、ズボンのベルトでそれを巻いて固定した。今出来うる最善の応急処置である。
「 このまま進まないと…… 」
オリビアはBAが歩いてきた方向に戻るのは気が引けたので、先に進んでみることにした。
やはり歩くと脚が痛む。どうしてもぎこちない歩き方になってしまう。しばらく進むと、行き止まりに見えたが、近づいてみると、大きな左右びらきの扉があった。例えるなら、病院にある手術室の扉だ。オリビアはためらいもなく、扉に近づいたが、開かなかった。
「 ちょっと…… お願い 」
隙間に指を入れてみたり、蹴ってみたりするが、意味はない。もしこのままオリビアのいる通路の全ての扉が開かなければ、オリビアは足の負傷のため確実にルイのいる場所には戻れない。それが彼女を焦らせた。しかし、焦りは予期せぬ事故を招きうる事をオリビアは過去の訓練で心得ていた。こういう時は大体、座り込んで目を瞑り、深呼吸を行う。
「 ……スーッ…… 」
しばらくして目を開ける。
「 大丈夫。何か得策があるわ 」
そういってオリビアは周囲を見渡した。天井、壁、床、
「 ん! 」
オリビアはもっと身近な場所にあるものを発見した。
「 私どうして今まで気づかなかったのかしら? 」
必死に開けようとした扉だったが、よく見ると扉の丁度右側に、タッチパネルらしきものが存在していた。オリビア自身、BAの奇襲と自分の負傷により『精神』的に追い詰められていて、目の前にあるソレに気づきさえしなかった。人間、何かに追われている時、大切な何かを見失いがちである。
「 タッチパネル…… 」
そのタッチパネルには何も表示されていない。オリビアは試しに人差し指でタッチパネルを押してみた。するとタッチパネルは、
( ジーッ )
とブザーを鳴らした。どうやらエラーらしかった。
「 そんな…… 」
何回やってもエラーばかりだ。これ以上やると警報が鳴りそうだったので、またしばらく考え込む。BAの遺体を近づけてみても、扉は開かない。
「 どうしてよ!! 」
オリビアは取り乱して、タッチパネルを叩いた。取り乱すのはよくない事だ。しかし、今回は例外であった。なんと、タッチパネルは叩いたオリビアの手の跡を画面に表示させたのだ。
「 手相!! 」
そう、それは手相をスキャンするパネルだったのだ。オリビアは思った。ここのセキュリティは他の部屋とは違う。この部屋には何か、この場所に関する、ルイとオリビアに関する『真実』があるのでは?と。
だからこの部屋にどうしても入りたかった。
高まる期待を背に、オリビアは自分の手相ではないだろうと、BAの手をタッチパネルにかざしてみた。するとスキャンが始まった。この時点でオリビアは扉が開くと確信し、身構えて扉の開閉を待ったが、やがてエラーと表示された。
「 なんですって! 」
相当重要な部屋らしかった。
「 そんな…… 」
オリビアはダメ元で自分の手をスキャンしてみることにした。ルイとオリビアはこの場所に囚われの身である。何の目的でここにいるかは分からないが、そんな彼らの手相で容易に開閉するなら、こんなにも今まで苦労はしなかっただろう。そっと手を上に乗せる。
「 …… ダメね…… 」
半分諦めていた。別れた恋人ともう一度復縁するように。しかし、奇跡とは起きるものだ。なんと、扉は空気の抜ける音と共にゆっくりと開いたのだ!
「 嘘でしょ!! 」
あっけにとられた。嬉しさの反面、恐怖もあった。何故自分の手相で扉を開けることができたのか。それが意味することとは一体何なのか。頭が錯乱している中、扉は完全に開ききり、廊下は薄暗い奥へと続いていた。
「 どうして?…… どうして私の手で開くの?…… 」
寒気が走った。
「 何故私の手が登録されているの?…… 」
「 私、以前にここに来たことがあるの?…… 」
謎は深まるばかりであった。しかし、オリビアの進む先はこの先しか残されていない。
「 ふぅ…… 」
ゆっくり深呼吸し、歩みを進める。
扉へ入り、廊下を進もうとした時だ。
( プシュュ )
扉が閉まる。予想はついた。だが、扉が閉まるとやがて光も失われた。そこは闇で何も見えない。
「 何も見えないわ…… 」
一旦引き返したが、扉は開かない。もう戻れない。見えない暗闇をただひたすらに歩き続けるしかない。オリビアは廊下の壁に右手をつけると痛む足をかばいながら、壁に沿って歩いた。ひんやりしている。壁はステンレス加工なので氷のように冷たい。歩く、歩く。されで明かりも見えなければ、扉もない。本当に何も見えない。ただひたすらに歩く。
(ドンッ!)
「 痛ッ! 」
顔を壁にぶつけた。
右に手をつけながら歩いていた。どうやら、道は左に曲がっているらしい。そのまま右手を沿わせて歩き続ける。かなりの時間歩いた。すると、ずっと奥の方に緑色の明かりが見えた。それはまるで病院の『 手術中 』のあのランプにそっくりだ。近づいてみる。すると、何やら文字が書いてあるが、当然読めない。しかし、ずっと暗闇を歩いてきたオリビアはそれを見つけてホッとした。砂漠で遭難して、オアシスを見つけた気分。一時の安らぎだが、不安は消えなかった。その扉は自動ドアでもなんでもなく、ノブがついた押し扉だった。オリビアはそっと扉を開ける。
「 眩しい!! 」
恐らくその先も暗い空間なのだが、何やら光るものがたくさん存在した。そして数秒すると段々と目が慣れてきて、それが何かを理解することができた。そして、そこがどこかもある程度理解できた。とんでもないところに来てしまった。光るものの正体は、モニターだった。それも一つではなく、優に二十個はある。そのモニターには何かの図形が表示されていたり、場所を映し出している。監視カメラの映像らしきものもある。その場所はまるでクラシック曲のコンサートホールのように大きかった。オリビアが開けた扉は、そこのホールの二階だった。薄暗いホールの中央にある無数のモニターがピカピカ光って、まるで上映中の映画館みたいである。
「 ここに扉を開ける秘密があるはず…… 」
オリビアはそう確信した。厳重な認証ロック、そして何よりそう思える確信の根源がそこにはあった。それは『彼ら』がいる事だ。なんとそのホールには上から見えるだけで、五体ものアンドロイドが確認できた。つまりここはそのくらい重要な場所なのだ。
「 もし奴らを全員一掃できれば…… 扉のロックを解除できるかもしれないわ 」
「 いいえ、そうでないにしろ何かを発見できる…… 」
オリビアはアンドロイドを確認した。
「 白が四、黒が一…… 」
白はノーマルの音を探知するアンドロイドだ。一方黒色は、ノーマルよりも優れた知能と技術を持ち合わせるいわばエリートアンドロイドのブラックアンドロイドである。言わずとも厄介なのは後者である。
「 五体…… バレたら終わりね…… 」
そう、今回厄介なのは数であった。さすがのオリビアも数には敵わない。
「 暗殺するしかない 」
あのモニターの情報を確実に確認するには、このホールにいる奴らを全員一掃するしかない。しかし、後戻りはもうできない。
「 思い出して。私は兵士だった。 」
「 どんな辛いことにも打ち勝てる兵士だったわ 」
オリビアの今までの人生がフラッシュバックする。戦う事で失った。戦う事で償った。
「 『戦う事』は私の人生そのものよ 」
オリビアの目が変わる。その目の光は、生前、特殊部隊として活躍していた『クロエ』の目である。血潮が騒ぐ。オリビアの闘志が燃えたぎる。
「 ぶちのめしてやるわ 」
Episode9 へ続く




