5話 奮闘
エマとアリスがお茶会をしたときから、時間はさかのぼり、
魔王がアリスをさらっていった日、エマは単身魔王城に向かっていた。
エマは普段から体を鍛えてはいたが、騎士長のゼルクなど一流の剣士達には歯が立たないレベルであり、
魔王と正面から正々堂々戦っても勝機はなかった。
一方で、エマには武器や道具を作る才能は誰よりもあった。
さらには、毒を含む薬品にも精通していた。
そして、アリスの部屋で、魔王に何度も飛びかかっていったのは、剣で斬りつけようとしたのではなかった。
魔王に眠り薬を突き刺すためだったのだ。
眠り薬は、数滴でどんな怪物でも眠らせてしまう強烈なものだった。
エマは魔王城に向かいながら信じていた。
最後に吹き飛ばされたときに突き刺した眠り薬が、しばらくすると効いてくるはずだと。
エマは魔王城に近づくも、城や城の周り静かだった。
エマは遠回りし、城の裏に馬を止める。
城壁は高く厚かった。
エマはカバンから鉤なわを取り出すと、静かに壁の上に放り投げ、引っ掛ける。
そして縄をつたり、見張りに見つからずに城内に侵入した。
エマの靴は音がしない特殊なクッション材でできていて着地する際にも音がしなかった。
さらにローブは細く黒いため、影に隠れるとよほど近付かなければ視認することはできなかった。
エマは城内に入ると、静かに城の中を歩き回る。
そして、奥の部屋に着いたときに付近から匂いがした。
それはアリスが普段つけている香水の香りだった。
匂いが強くなる地下の方に進んでいくと、綺麗な扉の部屋があった。
部屋は外から鍵がかかっていた。
エマはカバンからピッキング道具を取り出すと、錠前を解錠した。
そして、静かに扉を開けると、そこには怯えた顔のアリスがいた。
「……。エマ!?」
アリスは周りに聞こえそうな声を上げる。
「し、静かに姫様。」
エマはアリスに静かにと伝え、周りの気配を伺う。
部屋の中にも付近にも気配は何もないようだった。
ホッとして振り返ると、アリスはエマに抱きついていた。
「エマァ」
目に涙を浮かべるアリスの様子を見て、エマはホッとした。
エマの服装は汚れてもおらず、襲われたようではなかったからだ。
部屋の中を見ると、アリスの部屋と同じくらい、綺麗で広い部屋でアリスが丁重にもてなされていたことがみてとれた。
「姫様、まだ安心してはなりません。魔王の居場所はわかりますか?」
「魔王なら多分この部屋の上の階にいると思う。ここに送られた後に、急に疲れた様子で上に上がって、ガタンと音がしたから。」
「姫様、ここでしばし待っていてもらえますか?」
とエマは言うと、カバンの中にあるものを確認し、不安そうな表情のアリスを残し、上の階に向かった。
上の階も静かだった。夜遅くであり、見回りはいないようで、魔物達も眠りについているようだった。
階段を上った近くにある部屋の扉をそっと開けると、ベッドに辿りつけずに入り口近くで眠りに着いている魔王の姿がそこにあった。
魔王は眠り薬を刺され、ただただ眠るだけだった。
エマは、細心の注意を払い、魔王の付近を回りながら、カバンから取り出した丸い円筒状の物をいたるところにセットしていく。
特に魔王の周りには周到に何本も配置していった
そして、円筒状のものから出ている細い糸を持つと、部屋の外に出した。
同じように、他の部屋の周りにも円筒状の筒を見つからないように配置していった。
カバンの中にあるものを全て配置終えると、エマは地下室に戻る。
そして、アリスの手を取り、地下室を出る。
階段を昇り、一階の窓の外に誰もいないことを確認すると、姫様を窓から外に出す。
エマは細い糸に着火し、城の外に出た。
糸はじわじわと燃えていき、円筒状のものに火が進んでいった。
城壁に出ると、鍵なわをかけ、アリスを壁の上まで登らせる。
そして、エマ自身も昇り、アリスを降ろす。
アリスを降ろしきったちょうどそのタイミングで、魔王の部屋周辺で大爆発が起こった。
さらには、次々と爆発は広がっていき、最後には魔王城は火の手に包まれたのであった。
円筒状のものは、エマが作成した爆薬だったのだ。
「も、燃えてる。」
アリスは城の燃え方に驚き、目を大きく開けながら言った。
「はい、これで当分は魔王城からの追っ手はこないでしょう。」
「魔王は倒したの?」
「……。爆薬で爆死したと思います。
姫様、馬にお乗りください。アーラン国に帰りましょう。」
エマはアリスの手をとり、アリスを馬に乗せる。
アリスとエマは馬に乗ると、魔物たちに会わないように、
遠回りして、アーラン国まで走っていく。
馬を走らすエマに姫様はぎゅっと抱きつく。
エマは姫様の胸強くあたり、胸の鼓動が早くなった。
「助けてくれて本当にありがとう。エマ大好き。」
「……。」
エマは何も言えなかった。エマは感動と姫からの感謝の言葉だけで胸いっぱいだったのだ。
エマは、炎上する魔王城を背に、アリスを連れて馬を走らし、城へ戻る。
城へ戻ると一同は騒然すると同時に、アリスの生還を喜んだ。
そして、エマの奇跡の救出劇を讃えた。
アーラン国の国王も、ただただエマに感謝と、数年前に国から追放しようとしたことを陳謝した。
しかし、魔王を逃した騎士達の何名かはエマの行動が気に食わなかった。
特に騎士長のゼルクは魔王討伐用に隊を準備していただけに、エマに手柄を取られ恨んでいるかのような表情で、エマを見ていた。