33話 魔女
エマは、館に近寄り、扉をノックする。
「入りな。」
中から、魔女の声がした。
エマは扉を開け、中を見た。
そこには、探していた魔女がいた。
魔女は椅子に座って、エマを見ていた。
以前見たときと同じ黒装束だったが、その日はフードを被っていなかった。
魔女は長い黒髪でキリッとした顔立ちをしていて、凛々しさがあった。
そして、魔女のそばには、同じく黒装束の魔女らしい女がいた。
エマは、もう片方のことは気にせず、魔女を睨みつけるよう見た。
「アリス姫を返せ。」
「ふん、そんな風に命令されて返すわけがあるか。」
魔女は花で笑うように言うと、エマは素早くポケットに手を入れ、銃を取り出す。
そして、銃先を魔女に向けた。
「従わないなら、どんなひどい目に合わすかわかったもんじゃないぞ。」
エマは激怒していた。
魔女はエマの雰囲気に飲まれ、怯んだような表情をした。
「待ってください。」
すると、魔女のそばにいた女が、魔女をかばうように前に出る。
そして、魔女に振り返る。
「マコもそんなことを荒立てるようなことは言わない。」
「シーナ、あいつの前に立つんじゃない。」
魔女はシーナと呼ぶ女を、エマの銃口の前にいさせたくないようだった。
エマは、状況が掴めず、銃を掲げたまま、様子を見る。
シーナと呼ばれる女は茶色の髪をしていて、魔女より歳は若いようで、
幼く見える顔つきをしていた。体つきも魔女よりも小さく細いようだった。
シーナはエマに向く。シーナはやさしさを感じる表情をしていた。
「あなたは、アリス姫の魂を取り返しに来られたんですね?」
「はい。」
「あなたのことは館から見ていました。あなたは毎日この付近を探されていましたね。
この館は結界に守られているので、結界を解除しない限りは見ることも触れることもできません。」
シーナの言葉にエマは、あったはずの場所から、魔女の館がなくなっていたように感じた理由がわかった。
「お前なんか、本当はほっとくつもりだった。でも、この子が助けたいと言ったから結界を解除したんだ。」
魔女はそう言うと、シーナの方を振り向く。
「あなたの真摯な想いが伝わり、無視することができなかったんです。」
エマは、魔女の優しさが少しわかったので、銃口を下ろす。
魔女はホッとしたような表情をして、ぼそりと言った。
「あとお前は以前の私と同じようにひどい顔をしていた。」
「アリス姫を返してくれるのですか?」
エマは魔女に尋ねる。
「ここには、あの女の魂はすでにない。」
「どういうことですか?」
エマは怒ったように聞き返した。
「私は冥界の魔王に魂を渡したのだ。」
魔女は責任を少しは感じているのか言いづらそうに言った。
シーナも罪悪感を感じているよう様子で、居心地悪そうにしていた。
「なぜそんなことを。」
「私には私の都合があるんだ。」
魔女はそう言うと、エマの目をじっと見る。
エマも見返し、二人は睨み合うかのように見つめ合う。
魔女は目をそらすと、語り始めた。
「魔女の秘宝は、魔女二人が真の愛を持ったときに初めて作ることができるものだ。
二人で作れる数は生涯で一つとされている。そして、私とシーナは何十年もかけて、魔女の秘宝を作り上げた。
しかし、秘宝を作ったすぐ後に、この子は悪魔との契約で油断し、冥界に囚われてしまった。」
魔女はその時のことを思い出しているようで、苦痛に歪んだ表情をした。
魔女の肩にシーナは手をやさしく乗せる。
「私はシーナを取り返すために、冥界まで何度も何度も向かったが、取り返すことはできなかった。
なぜなら、シーナの代わりになる対価を用意することができなかったのだ。
私はせっかく秘宝を得たのに、使えるチャンスはなく、この館にただ佇んでいることしかできなかった。
そして数十年の時が過ぎた。そんなところに魔女の秘宝が欲しいと言うものが現れた。」
魔女はそう言うと、エマを見る。
「お前は最初、子供が欲しいと私の元に来たな。本当は私はあの時、お前のことはすでに知っていた。
お前が二度も魔王を打ち倒し、そしてアーラン国のアリス姫と結婚していることを。
アリス姫の伴侶が来たんだ。これを利用しない手はない。
ただ、私が魂を奪い取れるのは、契約をしたものだけだ。
しかし、お前がいなくなれば、アリス姫が直接来るだろうと言うことは予測していた。」
「私を利用したわけなんですね。」
「シーナを取り戻すためには仕方がなかった。それに私達からしても、唯一の子孫を残せるチャンスをお前たちにやったんだ。」
「……。お前は自身の大切なものを得るために、人の大切にするものを奪ったんだ。許されるわけがない。」
「なら、逆の立場のときにお前ならどうする?」
魔女は挑発するかのようにエマに言った。
「……。」
エマは答えられなかった。
魔女の気持ちがわかる気がした。何より待つことのつらさを。
「一人の魔女と、美しい心を持つ姫の魂との交換なら、冥界の冥王様も納得されると思った。そして、それは当たっていた。」
「この人がその方なんですね。」
エマはシーナの方を見る。シーナは魔女を見ていた。
「ああ、私の最も大切にするシーナだ。」
魔女はシーナを見て、そう言った。
「なぜ、アリスが奪われるのに二年の猶予があったんですか?」
「それはアリス姫の希望だ。赤ん坊が生まれ、自身を呼ぶまでの猶予が欲しいと言ったのだ。」
「……。」
エマはその日、二人の子リンがアリスとエマのことをママと呼んだことを思い出した。
「私は、またこの子と会えるなら、数年くらいなど大したことはない。私は待ちわびたこの時がくることを。」
そういうと、魔女はシーナの手を握った。
シーナも魔女を見て、手を握り返した。
エマはその姿を見て、なんとも言えない気持ちになった。
しかし、腹いせに愛し合うこの二人を葬ったとしても、アリスが帰ってこないことは理解していた。
「……。冥界からアリス姫の魂は取り戻すことはできますか?」
「冥界の王と取引することだな。」
「……。わかりました。」
「純粋無垢な美しい姫の魂と釣り合うものはそうはないがな。」
魔女は目を伏せそう言った。
エマは拳を握りしめた。
「冥界に行くにはどうすればいいか教えてくれますか?」
「本来であれば取引したいところだが、お前さんに何されるかわからん。」
「マコ、そんなこと言わないで。教えてあげて。」
「わかってるよ。」
シーナにも言われ、魔女は手元にある地図をエマに渡す。
エマは地図を受け取ると、それは森一帯の地図だった。
「今いる場所が、エマ宅と書かれている黒い館があるところだ。」
エマは探すと地図の東側に館があることを見つけた。
「そこから北西に進むと、黒い門があるだろう。そこが冥界に通じる門だ。」
「……。ありがとうございます。」
エマは、地図をしまうと、魔女に感謝の言葉を言う。
魔女は罪悪感を感じているのか、顔を背けた。
冥界に続く門のある場所付近は、行けば生きて帰れるものはないと言われていた場所だった。
しかし、エマに冥界に行く以外の選択肢はなかった。