12話 想い
ゼルクが初めてアリスに会ったのは、二人が子供の頃だった。
ゼルクは父である将軍に連れられて、アリスに会うことになったのだった。
当時のアリスは7才くらいだったが、顔は人形のように整っていて、可愛らしさだけでなく、美しさの片鱗があった。
ゼルクも幼くも美しいアリスに惹かれていた。
そんなアリスのもとには付き人として、ゼルクよりも年下のエマがいた。
出会ってからの三人は年が近いこともあり、時々会っては遊ぶことがあった。
でも、いつもアリスはエマにべったりで、ゼルクは内心エマのことを快く思っていなかった。
アリスは年月を経て大きくなるにつれて、ますます美しくなっていった。
そんな時にエマが事件を起こした。
なんと、アリスを城の外に連れ出し、盗賊に襲われかけたと言うのだった。
運良く泣いているアリスを教会の神父が見つけ、すぐに城に伝達したから、何も起こらなかったものの、
アリスに危ない目に合わせたエマをゼルクは許せなかった。
ゼルクは父にエマを国から追い出すべきだと伝えた。
しかし、ゼルクの父はアリスに状況を聞きに行った。
すると、アリスはエマは悪くなく、エマを追放しないでほしいと、と伝えたのだった。
父は国王にその話をすると、国王はエマを恩赦し、エマは城下町に住むことになったのだった。
ゼルクは父の仲裁も、国王もなぜエマを追い出さないのかと、怒り狂った。
怒りが冷めていき落ち着いた後にゼルクはエマのことを憎んでいることを自覚したのだった。
さらに時が過ぎていき、アリスは大人になり、立派な姫として益々美しさを持つようになっていた。
ゼルクは度々アリスの元を訪れては話すようにしていた。
アリスはエマがいた時よりも、時間をかけてゼルクに接してくれるようになり、それが嬉しかった。
それに、アリスがエマのことを話すことがなく、寂しそうな表情をすることもなくなり、まるでエマのことを忘れたかのように見えた。
ゼルクには小さい頃からの野望があった。それはアリスと結婚し、次期国王になるということだった。
そして、ゼルク自身も将軍の息子というだけでなく、能力を認められ騎士長につくことになった。
まだ20才を超えたばかりで大抜擢であったが、ゼルクの高い格闘力、統率力、戦略性など、非凡な優秀さが認められたからだった。
ゼルクは騎士団の中で若く、年上の団員に指示するのは苦労したが、段々と全体の統率を取れるようになっていった。
ゼルクが騎士長として慣れて落ち着いてきた頃に、新しい騎士見習いが配属されることになった。
それは、エマだった。
ゼルクの父である将軍が城下町で優秀な戦士を見つけたから、騎士隊に入れたいと聞いた時には、
どんなメンバーが来るのかと期待したが、それがエマでゼルクは心底苛立った。
ところが、エマが騎士隊に入ってからは考えが変わってきた。
エマは誰よりも真面目で、ゼルクの指揮に従い、成果を上げていったからだ。
そして、エマは普段から誰よりも厳しく自身を鍛えており、ゼルクには歯が立たなかったが、上位に位置する強さを持つようにもなっていた。
エマになぜそこまで厳しく訓練するのか聞くと、アリスが盗賊に襲われた時に何もできなかったことが悔しかったからということだった。
ゼルクはエマのことが気に食わなかったが、エマが優秀なのは間違いなかった。
さらに、エマは武器屋の娘らしく、武器道具の作成から扱いがアーラン国で一番といってもいいくらいの腕前があった。
エマの腕前を活かすことで、周りの兵士団に差をつけられると踏むと、さらにエマは重宝されるようになっていった。
このゼルクの戦略は正しく、エマが作成した武具や道具でゼルクの部隊は戦果を挙げることができるようになった。
ゼルクはその成果により、次期将軍は間違いないと称されるようになり、さらにはアリスの婚約者候補とまで言われるようになっていた。
そして、国王から戦果を上げたゼルクに対し、勲章が授けられるようになり、ゼルクは場内での評判を高めていき、勢力を増していた。
一方で、エマは過去の過失からアリスに近づけないままで、ただじっと遠目でアリスを見ているだけのように見えた。
そこがさらにゼルクには自身が勝利者として思え、気分がよくなっていた。
成果をあげる騎士団の隊長であるゼルクのことを、国王は高く評価するようになり、
アリスが16才のときに、将軍と国王の間で話をし、アリスとゼルクの間で婚約関係が結ばれたのだった。
アリスは、婚約に対して快く思っていないように見えたが、婚約も18才になると結婚するということについても、了承したようだった。
ただ、その後も、アリスとゼルクは度々会うことがあっても、恋人としての行為はなく、姫と騎士の関係を守り続けた。
ゼルクはアリスの肌に直に触れたことすらなかった。手すらいつも手袋をつけたアリスの手に触れるくらいだつた。
アリスの17才の誕生日の少し後に事件が起こった。
突然に魔王が攻めて来たのだった。
城の城門が爆破され、その音で飛び起きて、門のところに向かうとそこには魔王がいた。
兵士たちは、弓や放ち、銃で打つも、魔王に跳ね返されるだけだった。
そして、魔王が波動を放つと、騎士団含め、兵士たちは誰も動くことはできなくなった。
ゼルクは、かろうじて防ぎ動くことができたが、魔王に飛びかかっていくことができなかった。
なぜなら、単身では実力的に敵わないことがはっきりと感じられたからだった。
魔王は兵士たちの動きを封じると、満足し、飛び上がるとアリスの隠れる部屋に向かった。
魔王の目的はアーラン国の姫であるアリスだった。
アリスを連れ去り、魔王城の跡継を育むつもりだったのだ。
魔王の後を追うように、ゼルクは震える足でアリスの元に向かっていた。
しかしその足取りは鈍かった。
歯が立たないことがわかっていて、殺されれるかもしれないと思うと、足が前に進まなかったのだ。
そして、内心は魔王にさっさとこの国から消えていってほしいと思っていた。
婚約者のアリスがどうなるかについては頭になかった。
ゼルクがアリスのところに向かったときにはそこに魔王がいた。
そこでは、エマが単身で魔王に立ち向かっていた。
エマは城下町にいたが、城の爆音に気づき、すぐさまアリスの元に向かったのだ。
そして、魔王からアリスを守るために単身向かっていったのだった。
しかし、エマの実力では魔王にまるで歯が立たなかった。
魔王が波動を飛ばして、エマの動きを封じようとするも、エマには効果がないようで、
エマは何度も魔王に飛びかかっていった。
アリスは無謀にも立ち向かうエマに、戦うことをやめるように言うが、エマは聞く耳を持たなかった。
エマは、自身の命が尽きようとも、魔王にアリスを渡すつもりはないようだった。
そして、魔王はエマにとどめをさすために、渾身の力で波動を出す。
エマは吹き飛ばされ、瓦礫の中に倒れこみ、それ以上は立ち上がれないようだった。
魔王は、誰も立ち向かうものがいないとわかると、エマが心配で泣き叫ぶアリスを連れて、魔王城に向かって飛んでいった。
その間、ゼルクはただ見ていることしかできなかった。
アリスが連れ去られ、しばらくすると、エマは起き上がっていた。
ボロボロの体だったが、立ち上がり、ゼルクを無視して、どこかに行こうとしていた。
ゼルクはエマがこれから何をしようとしていたか察し、止めようとした。
しかし、エマはゼルクの静止を振り切り、武器類を担ぎ、単身で馬に乗り魔王城へと向かっていった。
向かっていくエマを遠目で見送り、ゼルクはエマは道中で力つきるなと思っていた。
ゼルクは、国王の命令により、アリス奪還部隊を編成しようとしていた。
しかし、ゼルク自身も奪還部隊のメンバーも内心は魔王と戦っても敵わないのではと怯えていた。
ただ、国王の命令であるため、従い、魔王城に行くしかなかった。
実際何人かのメンバーは恐怖のあまり、仮病で病欠したり逃げたしたりしていた。
ゼルクも内心行きたくなかった。
時間をかけて準備して、可能な限り送らせて城を出発しようとしていた。
すると、門兵が喜びの声を上げて、準備していた奪還部隊の前に現れた。
「姫様が、帰還されました!」
城内は驚いた。一体どうして戻ってこれたのか?
「エマです。エマが魔王を討ち倒り、姫様を奪還したんです。」
周りは騒然とした後に、歓声を挙げる。
ただ一人、ゼルクだけは、とても大きな成果が奪われた気分になり、
ただただ、目を大きく開け、苦痛に歪んだ表情をしていた。
そこから、状況が大きく変わった。
エマは城への入城が許されるようになった。
そして頻繁にエマはアリスに会うようになった。
ゼルクは、庭園の中にいるアリスとエマを見かけることがあったが、二人が互いに好意を持っていることは明らかだった。
一方でゼルクがアリスに会いに行くと、アリスは嫌そうな感じを出し、段々とゼルクのことを避けるようになっていると感じるようになった。
さらには、アリスがゼルクとの結婚をしたくないことが嫌でも伝わってきた。
ゼルクはエマを憎んだ。ただただ憎んだ。
時間が経ち、アリスの18才になる誕生日が近づいていた。
まだ、かろうじて、ゼルクはアリスの婚約者という扱いではあったが、国王や臣下からはゼルクの評価は以前より高くないことに気づいていた。
代わりにゼルク騎士隊の構成員にすぎないはずのエマの存在が大きくなっていた。
ゼルクは認めたくなかったが、エマが以前からゼルク騎士隊の中で成果を挙げていたことは、結果を見ると明らかだった。
そして、魔王からアリスを奪還した貢献が決定打だった。
ゼルクは、エマがこのときに女で良かったと本当に思った。
なぜなら、それなら跡継の欲しい国王からして、エマとアリスが結ばれることはないからだ。
アリスの誕生日前に、エマが、ゼルクに取って最も憎しむべき行動をしているのを知った。
アリスとゼルクとの婚約解消について話しをしていたようだったのだ。
そして、ゼルクに対してもエマはその話をしにきたのだった。
ゼルクはエマを許さなかった。
将軍など上の立場になったら、エマを確実にどこか遠く、いや何らかの手段で消すしかないと思った。
その後、ゼルクはエマにしてやられたことを知った。
エマはゼルクの父である将軍に対して、婚約解消を提言したのだ。
そして、あろうことか父は、解消までは至ってはいないが、結婚の延期を決めたのだった。
延期時期は未定で、まるで事実上では婚約は破棄で、アリスを別の人を結びつけるためとしか思えなかった。
結婚延期の話を父である将軍から伝えられ、ゼルクは納得した表情をした。
部屋に戻るときには決心していた。
邪魔ものであるエマを抹殺すると。
そんな中、アリスの誕生日前にバーン国の兵士たちが攻めてきた可能性があるという情報が入った。
ゼルクも情報に驚いたが、吉報とも取れる気がした。
敵兵のところにエマを送り込んで、亡き者にできるかもしれなかったからだ。
ところが、国王の命令に従い、ゼルク騎士隊のメンバーで見回りに向かい、一人森深くを確認しても敵兵の姿はなかった。
付近一帯までは調べてなかったが、情報は誤りだったに違いないと判断し、ゼルクは自身の手でエマに裁きを下すことを決めた。
敵軍がいたと騎士隊に伝え、撤退させ、しんがりとしてゼルクはエマを残した。
そして、最後にもう一度状況を確認するといい、二人で偵察を進めた。
崖があるところまでエマを進めさせ、そこで、ゼルクはエマを亡き者にした。
アーラン国に帰る途中、ゼルクは森の中で歓喜の咆哮を上げた。
これで、ゼルクの恋路を邪魔するものはいなくなったのだ。
アリスは俺のもの、ゼルクは思った。
ゼルクは、城に着いた時に怪しまれないように、体には自身で傷をつけ、
トボトボと悲観した表情で城に入り、必死に戦ったが、エマが亡き者になったと伝えた。
アリスはショックを受け、倒れ込んだ。
ゼルクは手を差し伸べる。
しかし、アリスは手を取らなかった。
ゼルクなど目に入らないように、城に戻っていった。
周りからの視線とアリスの冷たい扱いに、ゼルクの中に黒い炎がまた燃え上がった。
ゼルクの思い通りにならないアリスすらも、ゼルクの憎しみの対象になりつつあった。