バカ野郎
「うぐ、ぅ……!」
「いて、いててて!」
ただでさえ、ファウルの身体能力はバカみたいに跳ね上がっている……が、これはまた別の話だろう。噛みつきなんて、力の弱い奴でも大きな攻撃手段となる。
しかもそれを首筋にともなれば、余計に痛い。歯が食い込んでくる。
「こ、の……!」
このままじゃ。いくら魔族の硬い皮膚でも食い破られてしまう。いくら魔族とはいえ、女にこんなことはしたくないが……仕方ない。
拳に魔力を纏わせ、ファウルの腹部を思い切り叩く。
ドゴッ!
「がぅ!」
「いだっ!?」
思い切りボディーに決めたことが決め手となったのか、ファウルは口を離す。が、その直前に思い切り一噛みしていきやがった。
こりゃ完全に、歯形がついただろうな……
「くそ、暴れんな……!」
口を離しても、暴れることをやめるわけではない。それどころか、時間が経てばその分こちらの力が減っていくだけだ。
くそ、あの二人が協力とまではいかなくても、ファウルを元雄に戻すという共通の目的さえ持っていれば……! 楽にいけるだろうに。
しかしあの二人、特に兄の方は是が非でもファウルを殺したいみたいだしな。理由は知らんが、妹を殺そうとする理由なんて聞きたくもないか。
「う、おっ……!」
暴れるファウルは、力任せに俺を吹っ飛ばす。くそ、せっかく捕まえたってのに……
「避けろ!」
「え……」
声が、聞こえた……直後に、顔面に衝撃が走る。物凄い、衝撃だ……まるでなにかに、ぶん殴られたような。……いや、まるでではない。実際に殴られたのだ。
ファウルに吹っ飛ばされたオレは、体勢が崩れないようにと足元に一瞬、注意を払った。その一瞬がいけなかった……
まるでさっきの仕返しだとでも言わんばかりに、目の前にファウルの拳が迫り……腹部でなく、顔面を殴り飛ばされる。
「……!」
それはおよそ、拳なんて生ぬるいものではなかった。岩でも飛んできたんじゃないかと思えるほどの、衝撃。俺は、なにを言う暇もなくぶっ飛ばされた。
「ユーくん!」
「あのバカ……!」
「やれやれ……こうなる前に、アレを処理…………ったのだがな。誰かを手を…………る前に……」
……ぼんやりと、声が聞こえる。今ので、耳がやられたのか……声があまりよく聞こえない。
目も、やられたか……? 景色が、はっきりとしない。体も、痛い。どこか、打ち付けたか?
もうこのまま、眠ってしまおうか。
「ようやく邪魔…………が一人、消え……か」
「おいクリウス、待て!」
「くどい……メル。あれは、処分……る。所詮は失敗作……暴れ……ば消すの……だ」
あまりうまく、聞き取れない。でも、わかる。……いや、そうだ。ファウルがこのままじゃ、殺されてしまう。
オレにとって魔族なんて、どうでもいい。どうでもいいが……どうでもいいはずだが、なぜだか放っておけない。
「なにが失敗…………そっちの都合じゃ…うが……」
「……うだ……こっちの都合で生み…………、こっちの都合で消す。なにか問題でも……」
「大ありだバカ野郎!」
ぼんやりとしか聞こえない会話……だが、なにを言っているのかはわかる。そんなふざけたことは、させてなるものか。
ぶん殴られてあちこちが痛い。鼻血も出ている。いや、鼻血どころじゃないだろうな……それでも、立ち上がる。
「……なんだその、気配は。魔力……とは、違う……?」




