エリート一家ヴォルガニック
実技試験、か。ふむ……これはあれだな、魔力を使って自らの声を拡張させているのか。さすがは魔王育成学園、魔力を応用してこんなことができるとは。
ここにいる奴らが、S~Dクラスに分けられるってわけか。だがリーズロット曰くSクラスになるのは一握りの中の一握りで、その年Sクラスになる魔族はいないことも多々あるらしい。
いっそのこと全員Dクラスになって、雑魚魔王が誕生してしまえばいいのに。
『この実技試験により、貴様らのクラスが決まる。せいぜい精進することだ!』
アナウンスのようなその声に、連中の視線は右往左往。やがて、声の主を見つける……ふむ、生徒となる魔族たちを見下ろして一人高みの見物とはいい身分だな。
女の魔族だ。視線だけで他者を殺せそうなほどに鋭い瞳に、見ただけでも高圧的な態度が印象的。なにより尻の部分から太い尻尾のようなものが生えているのが目を引く。
紫と赤が混じった長髪を振り乱し、試験についての内容を告げる。
『試験内容は、貴様らの魔力を測定してクラスを選別する! そこのステージに立ち、渾身の魔力を爆発させるといい。魔力量、質、またコントロールできているかなど、様々な要因から判断させてもらう!』
なるほど……実技って言っても体を動かすわけじゃなく、ただ魔力を計るだけのもの。実力が伴っているかどうかは、そもそも入学の際に、最低魔力を評価されたからこそここにいる。
つまり、実技試験と堅苦しく言うが、要は単なるクラス分けってことだ。魔王育成学園って名前だったり、ここは大袈裟な名前をつけるのが決まりなのか?
『では順次、名前を呼ばれた者は前に出ろ! ガラム・ヴォルガニック!!』
ざわ……と、周囲がざわめく。先ほどまで、あの女の高圧的な態度に黙りこんでいた奴らが、たった一つの名前で動揺を露にした。
ま、動揺したのはオレも同じだ。なんせ、つい先ほど絡んできたばかりの男なのだから。
「っは! 俺様が一番手とは……後の奴ら、チビって戦意喪失しちまうぞ?」
戦意喪失って……ここは戦場じゃない、試験会場だ。あいつ、わかっているのか。
とはいえ、その自信のほどには興味がある。エリート一家の出だか知らないが、あいつの自信満々な俺様態度が口だけでないことを見せてもらおうか。
ガラム・ヴォルガニックはステージに上がり、それを見届け女は言う。
『では、始めろ。タイミングは任せるが……後がつかえている、緊張でうまく魔力を出せないと言うなら後に回すが?』
『っへ、そんな必要はねえよ』
『そうか。なら問題はない。好きなタイミングで始めろ。貴様はただ魔力を込めるだけ……判断はこちらが行う。正確には、魔力測定に特化した御方に判断してもらう、だがな』
「よろしっく」
そう言って出てきたのは、やけに背の低い……ガラム・ヴォルガニックの腰にも満たない魔族だ。全身が黒いのはそういう生き物なのか、それともそう見えているのかはわからないが……シルエットがまるでリスなのに赤く光る目はなんか怖い。
魔族っぽいと言えばそれまでだが。それに……あの女が、『御方』と言うのも気になる。あんな高圧的な女が、あんな小さな魔族に……
「なら、早速行かせてもらうぜ。……ふんっ!」
ゾワッ……
張り詰めていた空気が、変わる。緊張を、別の緊張が支配する……空気というやつは色が目に見えないが、もし今変わった空気を表現するなら……赤。どす黒い、赤。
ガラム・ヴォルガニックが魔力を出した瞬間、会場の空気も雰囲気も、なにもかもが一変した。ある者はその魔力の大きさに息を呑み、またある者は気絶する。
なるほど、これが……ヴォルガニック。いや、ガラム・ヴォルガニックか。正直、エリートである自身の家の名前をひけらかし悦に浸っているクズ野郎だと思ってたんだが……これは認識を改めないといけない。
その口に見合うだけの実力が、この男にはある。虚勢でなく、自分の力に自信を持っているからあんな態度をとれるのか。
「うんうん、いい魔力だ。荒々しくも研ぎ澄まされ、精度も錬度もある……これは相当努力してるねぇ」
それにしても……この魔力を至近距離で受け、気絶しないどころか涼しい顔で分析してるあの黒魔族だはいったい何者なんだよ。いや、黒いから涼しい顔してるかとかわかんないんだけどさ。
見たところ、あの高圧的な女は教員だ。その女が敬意を表し、そしてあの余裕な態度……この学園の中でも余程の実力者なのだろう、あの黒魔族。
やがてガラム・ヴォルガニックによる魔力の放出が終わり、一変していた空気は元に戻る。周りの連中はほとんどが顔面蒼白。それなのに……
「……」
銀髪の少女ファウルだけは、なにをも感じさせない無の表情を貫いていた。幼い頃からリーズロットにしごかれてきたオレはともかく、冷や汗一つもかいていない。
相当感情に疎いのか、それとも……いずれにしろ、よくわからん奴だ。
「おめでとう、ガラム・ヴォルガニックくん。キミはAクラスに決定したよ」
「っは、当然だ」
黒魔族の言葉により、ガラム・ヴォルガニックはAクラスへの配属が決定する。そんな、あっさりとした言葉で……だが、不思議なのはガラム・ヴォルガニックの態度だ。
あの傍若無人な奴のことだから「俺様がAクラス? どう考えてもSクラスだろうが!」くらい言いそうなのに。やけにあっさり受け入れたな。
それだけ、あの黒魔族は信用に値するほどの実力者ってことなのか? え、もしかして有名人?
「な、なあファウル、あの黒いのって……」
『次! リコルド・セリァノット!!』
ここでまたオレの世間知らずが発揮されてしまったのかと思い、ファウルに黒魔族を知ってるか聞こうとするが……残念ながら、それは女の声に遮られてしまった。
それに伴い、呼ばれた生徒と思わしい人物が出てくる。
「ふふん、わざわざ測定しなくても、ボクがSクラスに行くことは決定的さ。それよりも、大丈夫なのかぁい? こんなちんちくりんな野郎にボクの魔力を正確に判断できんのかぁい?」
うっわ、すげえ鼻につく奴が出てきた。魔族にもナルシストっているんだな。
だが、これであの黒魔族は有名人じゃないってことはわかった。他の連中も、ナルシストの言葉に同意するようにそうだそうだ、と声をあげている。
そこへ……
『黙れ……それ以上口を開けば貴様ら退学にするぞ』
高圧的な女の、冷たい声が響く。それは、この場を静めるには充分すぎるもの……ガラム・ヴォルガニックの魔力放出とは、また別次元のものだ。
すげー……人、いや魔族ってマジにキレたらあんな怖いんだな。
「す、すみません……」
泣きそうなナルシストの試験はひとまず再開され、結果はB判定。本人は不服そうだったが、女の冷たい声がトラウマになったのかなにも言わなかった。
その後も、生徒が呼ばれ魔力解放、呼ばれて解放が続いた。そして、だんだん数も少なくなってきた頃……
『次! クリウス・ヴォルガニック!!』
「はい」
エリート一家、ヴォルガニックの……ガラム・ヴォルガニックと同じ名字を持つ魔族の存在が、明かされた。