くそくらえだ
「ルルルァ!」
「おわっ」
唸り声をあげるファウルは、ただ暴れる本能のままに魔力をあちこちに放つ。もはや魔力は弾のような形すら持たず、その場から放たれるのみ。
それに直撃してしまわないよう、注意して避ける。おいおい、さっきよりもかなり凶暴化してないか……?
「ちっ」
放たれる魔力は、なにもオレたちにしか牙を剥かないわけじゃない。空へ、校舎へ、見境なく放たれる。
それを撃ち落としていくのは、クリウス・ヴォルガニック。奴の魔力なら、暴走したファウルの魔力にも対抗できる。さすがにこの学校の生徒会長サマだけあって、放ってはおけないらしい。
なら、好都合だ。あいつが手いっぱいなら、オレはファウルのほうに集中できる……
「ファウル……」
「死ね!」
なにかが、オレの横を通り抜けていく。それは、黒い、鞭のような……いや、以前見たことがある。あれは、触手だ!
この場にいる魔族の中で、そんなものを出せるのは……
「ガラム・ヴォルガニック……!」
「ははっ、締め上げて殺してやるよ!」
狂気に歪んだ笑み。そう表現するのが正しいと思える表情を浮かべ、奴は触手を伸ばす。奴の体からオーラのように溢れる魔力は、三本の触手となり標的へと向かう。
それは、ファウルの首元を狙って迫り……
ザクッ……!
「!?」
しかし、その瞬間……触手が、切れる。三本ともいっぺんにだ。
それをやったのは……
「……なんのつもりっすか、メルの姉御」
「ふむ、わからんか?」
メルデュース・マ・ガランドーラ。彼女が、あの触手を切ったのか。暴走したファウルには敵わなくても、やはりすさまじい魔力だ。
「あの子は、殺させん。たとえお主らと敵対になってもな」
「正気っすか」
ファウルを、殺させない。その気持ちは固いようだ。オレ一人ならともかく、こいつもいれば、この二人もなんとか相手にしている。
だが、そこに別の声が入る。
「くだらん真似はよせ、メル。なぜお前がアレに肩入れする。情でも湧いたか?」
「いいじゃろ、別になんでも」
情でも湧いたか、か……やはり、こいつら……!
「なんで、ファウルのことを物扱いしてるんだ、おかしいだろ! あいつはお前らの妹なんじゃ、家族なんじゃないのか!」
「……」
「それを、殺すなんて……お前らこそ正気か! なんでそんなこと……」
「それがアレの望みだ、と言ってもか?」
「……は?」
なんで、執拗に殺そうとするのか……その返事は、予想もしていないものだった。
望み? 殺されることが? ファウルの……?
「どういう……!」
「それを貴様に教える必要があるか? 所詮は部外者の分際で」
この野郎、肝心なことはなにも答えやがらねえな……!
だが、ファウルの性格から……おそらくこうだと、予想することは出来る。それは……
「あの子のことじゃ……もしも学校で暴れることになったら、殺してでも止めてくれ。おおかたこんなところではないか?」
「……」
オレの予想したことを、話すよりも先にメルデュース・マ・ガランドーラが話す。そうだ、ファウルならば自己犠牲くらい、やりそうだ。
それを、違うと答えないのは……図星ってことだろう。
「なら、あいつらは……ファウルの願いを聞き入れて……?」
と、自分の中で呟いて、その可能性を否定する。今までの言動を思い出せ……こいつらが、ファウルのために、ファウルの望みを叶えるために、というキャラか。
そんな美しい精神はこいつらにはない。あるのは……
「アレの望みなら、せめて最期くらいはこの世に生を受けたことを幸福に思えるだろう。これは慈悲だ……」
「んなわけねぇだろ!」
なにが、慈悲だ……こいつらはただ、無感情に、ファウルを殺そうとしているだけだ!
「なら……貴様は、アレの望みを聞き入れないと?」
「あぁそうだね、くそくらえだ」
自分でも、なぜこんなにも熱くなっているのかわからない。自ら死んでもいいと思っているファウルの考え方が、気にくわないのだろうか。
オレは勇者時代、生きたくても生きられない人たちをたくさん見てきた。だから、死んでもいい、殺してくれなんて考えは認められない。たとえ相手が、魔物であっても。たとえどんな理由があっても。
ファウルの望みであっても……オレは、その願いを聞き入れてやらない。死ぬことで物事を解決だなんて、そんなことはさせてやらない。
意地でも助けて、命を粗末にしたことを説教してやる!




