眼帯
ファウルが、連れていかれた。それを聞かれたオレとメルデュース・マ・ガランドーラは、シャーベリアの案内の下、その場所へと向かっていた。
ファウルを連れていったのは、ダラン家という魔族の女を筆頭とした、数人の魔族。ダラン家の魔族というのは、メルデュース・マ・ガランドーラに絡んでいた、数いる魔族の一人だ。
そんな女が、どうしてファウルを狙ったのかわからないが……おそらくは……
「余と行動を共にしていた者、だったからじゃろうな」
……どうやらこいつも、オレと同じ考えらしい。
メルデュース・マ・ガランドーラに喧嘩を吹っ掛けたいが、直接吹っ掛ける勇気はない。ならば、よく行動を共にしているファウルにと、狙いが定められたわけだ。
世話係のオレでなかったのは、男だからだろうか。どちらもDクラスとはいえ、男と女なら、ファウルを狙うのは必然だろう。
「おい、まだか!」
「ひぃい、もう少しです!」
シャーベリア……完全に、メルデュース・マ・ガランドーラに対して弱腰になってやがる。
情けないなぁ……まあ、近づく度にとんでもない罵声浴びせられてたんだし無理もないか。近づくなって話だが。
……それにしても、メルデュース・マ・ガランドーラはなんでこんなに必死なんだ? こいつの性格から、友達ができた経験はほとんどないのだろう。
その友達が、危険な目にあっているから? ……それだけでは、ないような気がする。
「そこの角を、曲がったところに……」
言うよりも早く、メルデュース・マ・ガランドーラは駆ける。そして、曲がり角を曲がったところで……足を、止めた。
「その子を、離しなさい!」
「うるせーな、関係ねえだろ!」
オレも追いつき、そこに広がっていた光景を目にする。
……二人の女に阻まれるエリザと、三人の女に詰め寄られているファウルの姿があった。ファウルは、顔に殴られた痕があり、その場に座り込んでいる。
……こいつら、五人がかりで。エリザが止めようとしているのを阻んでいるから、三人だが……
「貴様ら、なにをしておる!」
その光景に、胸の奥からむかむぎ登ってきて……爆発しそうになったところへ、オレよりも先にメルデュース・マ・ガランドーラが叫ぶ。
すごい気迫だ……これはかなり、怒っている。
「! なんだ、ようやく来たんだ」
メルデュース・マ・ガランドーラのその気迫に、しかし女たちは……いや、正確には一人だけ、余裕そうな表情を見せている。
他の四人は、少し困惑しているようだ。
「うそ、なんで……」
「ねえ、やばくない?」
「しかも向こう三人いるんだけど……」
なにを話しているか、丸聞こえだ。予想以上にメルデュース・マ・ガランドーラがキレていたのと、まさか三人もこの場に現れると思っていなかったのだろう。
それに、そもそもここに誰か来ること自体、想定してなかったのかもしれない。エリザがシャーベリアに、オレたちをここに呼ぶよう合図したのは知らないはずだからだ。
それでも、ただ一人だけは、焦った様子もなく腕を組んでいる。
「意外に遅かったじゃない、ガランドーラ」
「……ダラン家の娘か」
……なるほど、この女が例の。メルデュース・マ・ガランドーラに敵対心を抱いている女か。
だが、こいつが狙ったのはメルデュース・マ・ガランドーラ本人ではなく、ファウル。本人には敵わないから、わざわざファウルを……こんなに……!
「お前ら、なにしてんだ!」
気づけばオレは、声を荒げていた。このまま黙っておくというのは、耐えられなかったようだ。
魔族がどうなろうと、オレには知ったことじゃない……そのはず、なのに。この気持ちは、なんなのか。
「なにって……その女に思い知らせてやろうと思っただけよ」
「ならば余を狙えばいいだろう!」
ダラン家の女は、悪気もなく言葉を吐く。それがかえって、オレの神経を逆撫でしていく。それは、シャーベリアも同じ気持ちのようだ。
そして、なにも悪くないとはいえ、自分のせいでファウルが狙われたというメルデュース・マ・ガランドーラ本人は……その気持ちをぶちまける。
「はっ。あんた本人よりも、お友達にしたほうが思い知らせられるでしょ?」
「ぐっ……」
「ファウル!」
その勝手な言い分を口にしながら……ダラン家の女は、ファウルの髪を掴み、顔を持ち上げる。座り込んでいたファウルは、無理やり立たされる形になり……痛みに表情を、歪めている。
その姿を見て、黙ってられるほどオレは……
「お前……!」
「あんたに用はないんだよ! 話があるのはその女だけなんだからね!」
この野郎……ファウルを人質にしてやがる。殴ってやりたいってのに、そういうわけにもいかない。
ファウルを盾にされ、オレもシャーベリアも、メルデュース・マ・ガランドーラすらもその場で動けないでいた。
……こいつ、友達相手にはちゃんと気を遣えるんじゃないか。あれがオレやシャーベリアなら、構わず突っ込んでくるだろう。
「……なにが望みじゃ」
「呑み込みが早いじゃない。なら、まずは土下座を……」
「ぅ……その、必要……ない……」
ダラン家の女の要求は、土下座……しかし、それを言い終える前に、そんなことをする必要はないと声が届く。
それは、弱々しくあるファウルのものだ。気を失いそうなほどであるが、それでも必死に声を絞り出している。
「うるさいんだよ、黙ってろ! だいたい、いつまでもその眼帯必死に守ってやがって……目障りなんだよ!」
ファウルを持ち上げたのとは、逆の手でファウルの左目にある眼帯を外そうと、している。その行為を、ファウルは必死に耐えている状態だ。
察するに、いくら乱暴されても眼帯だけは、守っていたのだろう。あれになにがあるのかはわからないが、ファウルが守っているならよほどのことなのだろう。できものでも、あるのか?
気にはなるが、嫌がる行為をただ見守ることはできない。どうにか状況を打開できないか考えると……そこへ、メルデュース・マ・ガランドーラの横顔が目に入る。
……今までに見たことのない、青ざめた顔をして。
「お、おい……?」
「馬鹿者! やめろ!」
「はっ、ようやくいい顔になってきて……」
……次の瞬間だ。ファウルの左目の眼帯が、乱暴に外される。その直後……
これまでに感じたことのない魔力が、その場で爆発した。