非常にまずい事態
メルデュース・マ・ガランドーラ。最古の魔族、ガランドーラ一族の末裔であり、オレが世話をすることになってしまった魔族だ。
いくら名誉ある家の魔族でも、魔力の適性が低ければクラスは下の方になってしまう。だが、ファウルの話では、彼女の魔力はかなり高い方らしい。
絡んでくる他クラスの連中を、ことごとく返り討ちにしていることからも明らかだ。だが、そればらなぜ、メルデュース・マ・ガランドーラはDクラスに来たのか。
「……」
わからないことだらけだ。それに、ファウルからも注意深く見ていてと言われた。それは、この世話係というのは実にもってこいだ。
こうして近くにいても、なにも不都合はない……
「なんじゃ最近、余のことを観察するように見よって。気持ち悪いぞ」
……はずだったんだがなぁ。
「な、なんのことだ?」
「とぼけるな。今までは、余のことを鬱陶しいものを見る目で見ておったくせに。そそれが、この数日は気色悪い視線を向けてきよって」
相変わらずの、毒舌ぶりだなこの野郎。まあ、それは今に始まった話じゃないからいいとして。
しかし、バレていたのか……どうしようか。まさか、お前のことを観察していた、なんて言えるわけもない。言った瞬間、汚物を見るような目を向けられるに違いない。
ならば、理由を話すか。ファウルからの依頼だと言えば、なんとなく許してくれそうな気もするが。……本人になにも言わずに明かるのも、なんだかな。
だから、結局……
「な、なにも、ないが?」
こんな下手な芝居を、打たなければいけないというわけだ。
「…………ほぉー?」
もちろん、こんな子芝居でごまかせるわけもない。その目は、確実にオレを疑っている。
とはいえ、オレも正直院答えるつもりはないわけで。なので、無理やりにでも話題を変えさせてもらう。
「ところで、今日はファウルは一緒じゃないのか?」
「わかりやすいすり替えじゃの。まあいいわ。……どうやら、用事があるらしくて」
「へぇ、つまりフラれたのか……いって!」
「ふん。別に余とて、ファウルを束縛したいわけではない。あやつにもあやつなりの付き合いもあるじゃろうしな」
踏まれた足を押さえながらも、オレは少しばかり驚いていた。こいつに、他人に対する気遣いがあったとは……
……いや、気遣いがあったらこんなことはしてないか。
「まったく、失礼なことを考えておるな。貴様こそ、余にべたべたしよって。友はおらんのか」
「誰かさんにお前の世話係を命じられたせいだよわかんだろ!」
「どうでもいい。貴様の足を踏んだせいで靴が汚れた、綺麗にしろ」
「理不尽すぎるだろ!」
なんでオレが魔族の、しかもこんな生意気な女の世話係をしなきゃならないんだ。自業自得ではあるが……
それにしたって、やっぱりこんな奴、見ている必要あるか? 絡まれるなら勝手にやってくれればいいものを……
だいたい、なんだってファウルの頼みだからって、律儀に聞いてやらないといけないのか……
「おい! ユーくんはいるか!」
バン、と大きな音を立てて扉が開く。何事か視線を向けると、そこにはシャーベリアがいた。
「なんだ、うるさいな」
「うるさいぞ死ね」
「厳し! 二人共……特に後半厳しい!」
オレとメルデュース・マ・ガランドーラの反応に、ショックを受けるシャーベリアだが……様子が、変だ。その表情は切羽詰まったように、青ざめている。
明らかに、いつものシャーベリアではない。
「どうした?」
おふざけも早々に、シャーベリアに問いかける。オレの態度の変化に気付いたか、シャーベリアも表情を引き締めて……
「ファーちゃんが、連れていかれた! 他のクラスの……確か、ダラン家の長女の! 何人もいて、ファーちゃんは一人で……!」
「!」
「お、落ち着けっての。連れていかれたなにを……って、おい!」
慌てているシャーベリアではあるが、なにを伝えたいかは理解できた。だが、連れていかれたとは、物騒な話だ。
しかも、それを聞いた瞬間にメルデュース・マ・ガランドーラは教室を飛び出していく。な、なんだんだ一体……
「おい貴様! 早う案内せい!」
「は、はいぃ!」
先行くメルデュース・マ・ガランドーラに怒鳴られ、遅れてシャーベリアも走り出す。なんだ、あいつのあの態度……ファウルが連れていかれたって聞いた瞬間に。
オレも二人を追いかけ、シャーベリアに追いつく。
「おい、どうしたんだあいつ!」
「知らないよ! もしかしたら、ファーちゃんのピンチを察知したのかも」
「ピンチ?」
ピンチ、とは穏やかじゃないな。連れていかれた、ってまさか、そういう意味でか!?
「た、たまたま、ファーちゃんを見かけたから、声をかけようと思ったんだ。けど、他にも誰かいて……人気のないとこまで行くのを着けてたら……」
「着けたのか」
「仕方ないだろ、妙な雰囲気だったんだから! で、物陰から見てたら……あいつらの一人が、ファーちゃんをいきなり殴って……」
「はぁ!? なにがどうしてそうなってんだよ! てか、見捨ててきたのか!?」
「いいから最後まで聞いてくれ!」
つまり……シャーベリアの言葉をまとめると、こうだ。
たまたまファウルを見かけたので、声をかけようと思ったら複数人と一緒だった。その中に、ダラン家って、魔族の女もいた。ダラン家ってあれだよな、メルデュース・マ・ガランドーラに絡んでいたうちの一人。
で、異様な雰囲気だったので後を着け、人気のない所へ。すると、いきなりファウルに対しての暴行が始まった。
シャーベリアは、止めるために飛び出そうとした。しかし、それよりも早く動いたのが……エリザだ。
え、どこからこの金髪ドリルが登場したかって? どうやら、シャーベリアとは別の所で、ファウルを見守っていたらしい。お前ら、ファウル大好きだな。
『なにをしていますの!』
友達のためか、はたまた単なる正義感からか。飛び出したエリザは果敢に立ち向かった。
その際、なぜかシャーベリアの存在には気づいていたらしく、『私が足止めしてるから応援を連れてきてくれ』的なアイコンタクトを受け取ったらしい。
「……お前ら、いつの間にアイコンタクトできるほど親密になってたんだ」
「そこはどうでもいいだろ!?」
どうでもよくはない、が……確かに、今は置いておくとしよう。
「女二人を残してくるとは……男の風上にもおけんのう」
「ぐっ」
……容赦ないな。
「じゃが、応援を呼びに来たのは正解。余を選んだのはさらに正解じゃ」
「いや、捜してたのはユーくんで……」
「黙ってろ。また心抉られるぞ」
まあ、現場を見てないからなんとも言えないが……女同士のいじめ現場に男がしゃしゃり出ると、さらにこじれそうな気はする。
その点、エリザが残ったのは正解だったのかもしれない。
「それにしても……ちと、まずいかもしれんのう」
「?」
なにかしらを呟くメルデュース・マ・ガランドーラ……だが、前を走る彼女がなにを言ったのか。それを聞き取ることは、出来なかった。




