偽りの魔族
「ふぁあ……退屈じゃの」
いくつかの授業を経て、のんきに大きなあくびをするのは……オレの隣の席に座る、メルデュース・マ・ガランドーラだ。こいつ、転入初日からすげー態度だ。
こいつが人間じゃない、魔族だ……という以前の問題だ。魔族の生活に染まるつもりのないオレだって、こいつよりはいい態度だとは思うぞ。
「のぅ下僕、なにか一発芸でもいい。余を楽しませよ」
さらにこいつは、オレが世話係なのをいいことにこんなことを要求してくる。いや……世話係とかは、関係ないのかもしれないが。
「なぁ、今一応授業中なんだが?」
「だからなんじゃ? 余の退屈を晴らす以外に重要なことなどあるまい」
この教室に来て半日と経っていないのに、すでにこの暴君ぶりだ。こいつがDクラスに来たのは、実力じゃなくて単に性格の問題じゃないだろうな?
「いいから、黙って大人しくしろ……」
「言葉遣い」
「……してて、ください……」
「そこまで言うなら、仕方ないのー」
こいつ……いつか絶対に殴ってやる。
だいたい、いくら転入生だからって、こんな横暴が許されるのか。こいつが最古の魔族の末裔だから、というだけの理由ではなさそうだが。
「あ、あのユーク……」
「おい下僕。肩が凝った、揉め」
授業中もうるさいが、休憩の時間となってもこいつはオレを束縛する。その姿を見てか、転入生というのに誰も近くに寄ってこない。
こいつ転入早々、ぼっち道を極めるつもりか?
「ユーク……」
「なーにを突っ立って無愛想な顔をしておる。むしろ余の体に触れることが出来るのじゃ、ありがたく思い感涙する場面じゃろうが」
「お前……」
「ユーク!」
この女の傍若無人ぶりに参っていたところ、誰かがオレの名を呼ぶ。オレのことをユークと呼ぶのは、一人しかいない。
「ファウル、どうした? そんな声を張り上げて」
そこにいたのは、メルデュース・マ・ガランドーラとは反対側のオレの席に座る、ファウルだ。
「えっと……さっきから、呼んでも気づいてなかったから……」
「あ、そうか悪いな」
そういや、さっきから誰かが後ろでなんか言ってたな。オレのことを呼んでいたとは、メルデュース・マ・ガランドーラの方に意識を向け過ぎていたか。
「なんか用か?」
「うん、えっと……一緒に、お昼食べないかなって……」
「なんじゃ、貴様は」
そもそも話しかけてきた理由を問い、それに対してファウルが答えようとしていたところへ……割って入る声がある。
それは、誰なのか考えるまでもない。メルデュース・マ・ガランドーラで間違いはない。
「お前……急になんだよ」
「急に、とはむしろそっちの方じゃろう。この下僕には、余の肩もみをする役目があるじゃろう」
「承諾した覚えはねえよ」
まあ……会話に割って入ってきたのがファウルの方だというのは、悔しいが正論だ。
だが、彼女にも彼女なりの理由があったはずだろう。でなければ、他人の会話を遮ってまで入ってくるとは思えない。
「その……肩もみ、してたら……ユークがご飯食べる、時間、なくなる」
おぉ、まさかオレの食事情を心配してくれていたとは……やっぱりお前はいい魔族だな、ファウル。
それに対して、メルデュース・マ・ガランドーラはというと……
「ふん、そんなもの余の知ったところではない」
これだ。こいつには、他人への思いやりの気持ちはないらしい。
「それよりも……余の話を遮った、そのことの方が問題じゃ」
オレを挟む形で会話をしていたが、メルデュース・マ・ガランドーラは立ち上がり……ファウルへと、近づいていく。
「おい、荒事は……」
「安心せい。少しばかり立場を教えてやるだけ……ん?」
またさっきの自己紹介のときみたいに問題を起こされてはたまらん。そう思って声をかけるが、手で制されてしまう。全然安心できないんだけどな……
しかし、不意にメルデュース・マ・ガランドーラの動きが止まった。ファウルの目の前に立ち、そのまま腰を折ると、顔を近づけていく。
「な、なにっ? やっ、ちか……」
「貴様……名はなんという」
顔を近づけ、焦るファウルにメルデュース・マ・ガランドーラは容赦しない。この状況で、なんで名前なんて……
「ぇ……」
「応えよ」
「……ファウル……レプリカ……」
ここからじゃ、メルデュース・マ・ガランドーラがどんな表情を浮かべているのか見ることはできない。
「ほぅ……なぜ、名を偽る?」
「!?」
「それに……ほほぅ、なかなか面白いものを飼っておるな。貴様が名を、いや自分すらも偽っているのは、貴様の中に飼っているものが関係しているのか?」
「なっ……にを……」
「ま、飼っているのか飼われているのか、わからぬがな」
隣の席……だというのに、その会話の内容までは聞こえない。なにを、話しているのか。
ただ、俺には見えた……ファウルの瞳が、眼帯に覆われていない方の瞳が、見開かれるのを。それは、驚愕によるものか……メルデュース・マ・ガランドーラに、なにかを言われたのか?
「ふふ、退屈ばかりと思うていたが……なかなかどうして、余を興じさせる」
聞こえたのは、この一文だけ。メルデュース・マ・ガランドーラはファウルから顔を離し、なぜか笑みを浮かべたかと思えば、教室の出入り口に向かって歩き出す。
「おい、どこへ……」
「そやつに免じて、余は退散するとしよう。せいぜい、食事を楽しむといい」
いや、なんの心変わりだよ……またなにか、企んでいるんじゃ?
「が、ガランドーラさんも、良かったら一緒に……」
「下賤の者と食を共にするなど、ごめん被るのでな。食事が終わるころに、戻ってくるとしよう。ではな、下僕……それに、ファウルよ」
ファウルの誘いにも乗らず、メルデュース・マ・ガランドーラは教室から出ていく。まあ、あいつと一緒に飯を食いたくないのはオレも同じだが……
それよりも、だ。
「ファウル、あいつに変なことされなかったか?」
「えっ……う、うん、なにも、されてないよ……」
「そうか……」
ファウルの様子は、変と言えば変だし、変でないと言えば変でない。
それでも……あのメルデュース・マ・ガランドーラが、ファウルのことをファウルと名前で呼んだのが、どうも気がかりなんだが。




