変なのに絡まれました
「今日からここで、魔王になるため楽しんでいきましょーってか。笑えねえ」
学園入学日、オレは学園へと足を踏み入れた。さすが学園というべきか、周りには見たこともない姿形をした魔族がうじゃうじゃいる。でっかいのからちっさいのまで……あんなでも、歳は俺と同じくらいなのだろう。
勇者になるために施設に通っていたオレにとって、学校というものは初めてだ。実はちょっとドキドキしている。ここが魔族の通う学校というのが気になるがな。
なんせ、勇者として人間時代を生きたカイゼ・ヴァーミリアはもうこの世にはいない。その代わりに、今のオレはユークドレッド・ボンボールドという魔族だ。しかも、魔王の子供だというのだから笑えない。
体は確かに魔族のものだが、ちゃんと勇者時代の……人間の時のものを覚えている。やはりこれは、生まれ変わりとかそういう類いなんだろうなぁ。なんだって勇者だった俺が、よりにもよって魔王の子供になってしまったんだ。
考えても仕方ないとはわかってるんだが、それでも考えてしまうのが悲しいところだよ。
「ま、いいか。確かこの後、クラス分けのための実技試験があるんだったな……そのあとに、実力で分けられたクラスに所属して式が始まると」
とりあえず、頭の中に入っているこの後の展開を確認。うん、これで間違っていないはずだ。リーズロットにも、耳にタコができるくらいに聞いたからな。
この学校には、ある程度の魔力がある者ならば誰でも通うことができる。らしい。そのある程度ってのが、とんでもなく高い基準らしいが。あとは、まあ筆記試験に落ちないだけの頭の持ち主。
つまり、ここにいる者はそれなりの……将来魔王となりうる力を持った魔族たち。少なくとも、筆記試験はクリアしたってことだろう。オレは、魔王の子供だからってパスだったけど。
どうせなら、筆記試験に落ちることで入学を阻止したかった。
で、筆記をクリアした連中……それを、さらに実力でクラス分けをしようというのか。ここにはS~Dクラスまでがあり、上にいくほど魔王候補としての力が高いことを意味する。逆に低ければ……それこそ最低点のDクラスになんてなれば、将来魔王どころか幹部クラスにもなれやしない。
無論、ここは学園なのだから低いクラスになったからって見放されることはないと思うが。
もちろん、人間であった俺がわざわざ魔王候補率が高い上のクラスに行くつもりはない。人間時代の記憶があるオレにとって、なにが悲しくて元同胞の人間と戦わなきゃならないのか。
だから別にDクラスでもいいのだが……わざとそうするか? まあ、そんときはそんときだ。
保護者枠で着いてきたリーズロットが門前で大泣きして手を振っているのをスルーし、学生に指定された場所……訓練所へと向かう。そこはかなり大きな建物で、しかも壁も分厚そうだ。
なるほど、魔力を見るためなのだから相応の場所で、ということか。それに、見ただけじゃわかんないが……この壁、相当な魔力で作られている。そう簡単には傷一つつかないぞ。
まあいいか。とにかく、中に入って……
「っつ……おい、今ぶつかったろ」
「え? あぁ、すまんすまん」
外とは違い、入り口の時点でも魔族の数が多い。そんなところに、突然誰かから肩を掴まれる。見るとそいつは、紫色の肌をした人型の魔族。だが腰にあたる部分からは左右に二本の腕が生えており、計四本の腕があった。しかも強靭な体……ふむ、こいつ相当鍛えてるな。
どうやら、オレがこいつにぶつかってしまったらしい。確かにぶつかったのは間違いないだろうが、だからってそんな目を見開いて視線で殺す勢いで見なくても。
「あまりに数が多くてな、ちゃんと周りを見れてなかった。ぶつかってしまったなら謝る」
とりあえずこういうのは、まず謝っておくに限る。まあぶつかったのはこっちなのだし、非はある。決して面倒だからさっさと済ませようとしているわけではない。
「謝る、だとぉ? おいお前、この俺様を誰だと思っているんだ?」
しかしオレの謝罪は受け入れられなかった。しかも、なにを間違えたのか火に油を注いでしまったようだ。え、オレ悪いことした? 謝ったよね。ぶつかったのは悪かったけど、謝ったよね。
あぁ、これめんどくさいやつだ……てか、こんな立派な体してるんだからちょっとぶつかったくらいでこんなキレなくてもよくない?
「おい聞いてるのか? 失礼な奴め」
失礼なのはどっちだよ。
「いや、悪い。誰だって言われても、確かあんたとは初対面のはずだし……」
つーかぶっちゃけ、これまで魔王城の敷地から外に出してもらえなかったし……身内以外とは会ったことがない。あれ、オレってもしかして箱入り的なあれか?
オレのそんな事情など知らない男は、一瞬呆気にとられた表情を浮かべた後……
「おいおいおい、マジか。まさかこんな世間知らずがいたとは……俺様はガラム・ヴォルガニックだ、覚えとけ」
男の言葉を聞き、周りの空気が一変する。それまで半信半疑だったのが、確信に変わった……そんな雰囲気。
「おいおい、ヴォルガニックってあの?」
「やっぱり、見たことあるなと思ったのよ」
「誰だあいつ、ヴォルガニック家の魔族を怒らせたぞ」
等々、おおよそひそひそとは思えない声があちこちから聞こえる。ふーん、ヴォルガニック家か……知らん! しかも怒らせたんじゃなく勝手に怒ってんだよ。
おおかた、どっかのお坊ちゃんとかそんな感じなんだろう。……あれ、オレもお坊ちゃんじゃね?
「おいどうした? 今さらビビったか?」
いや、ビビったんじゃなく、ヴォルガニックって姓も初めて聞いたんだけど……けどそれを正直に言ったら、また面倒なことになるのは間違いない。
なので……
「そ、ソウダッタノカー。し、シラナカッタナー。あ、アノヴォルガニックノー?」
精一杯しらを切る。これでなんとか場をしのげるだろう……ふふ、完璧だ。
「なんだお前、その棒読みは! ふざけてんのか!」
あ、あれ……?
「ふん、お前のような世間知らずが来るところではない。惨めな思いをする前に帰ってねんねしてな」
おかしいな、精一杯驚いたつもりだったんだが……なぜか、神経を逆撫でしてしまったらしい。わからん。
その後、鋭く一瞥をもらい……男、ガラム・ヴォルガニックは口を開く。
「知らないなら、覚えておくことだな。次期魔王となるこの俺様の名前とこの姿をな! はっはは! 帰らねえなら、少しでも上のクラスに行けるようにせいぜいあがくことだな!」
さっきまで火山の噴火直前のように顔を真っ赤にしていたガラム・ヴォルガニックだが、今度は余裕を持ったような態度でオレのことを笑い飛ばす。
周りの取り巻きが、なにか言ったのだろう。暴れだしそうなガラム・ヴォルガニックのブレーキ役ってところか。
そして、人混み……いや魔族混みを掻き分け、この場から去っていく。周りの奴らも、『あの』ヴォルガニックの魔族と問題を起こすようなオレの側にはいたくないようで、面白いくらいに周りからいなくなっていく。
ま、さっきまで数が多過ぎてうっとうしかったから、別にいいんだが……オレはその場に、ポツンと一人だけになってしまう。
「……あんたは行かなくていいのか?」
ただ一人を除いて。そいつは、小柄な女だ。ボブカットのさらさらな銀髪に、なにを考えているのかわからない無表情。眠いのか知らんがその目は半開きだ。
さらに……その左目には、眼帯が付けられている。目でも怪我しているんだろうか。
「入学早々絡まれて……災難」
女は、口を開く。視線は真正面を捉えているが、オレに話しかけているのだろう。
「あ、あぁ、そうだな。まああんなの、ところ構わず絡みたいだけの発情期みたいなもんだから、気にしてないけど」
「……?」
ここにきて、ようやく女の目がオレの姿を捉える。髪と同じく輝くような銀色の瞳……だが、その「お前なに言ってんの」的な視線はやめてほしい。
ただ和ませたかっただけなのに。
「ところで、お前は行かなくていいのか? 周りの奴ら、オレを警戒して離れちまったし」
「……数が多いの、嫌い」
「あぁ……」
わざわざ密集地に行きたくないってことか。その気持ちはわかる。
にしても……無表情なだけでなく、無口なのかこの女は。気まずいんだけど。