刹那の記憶、許せない存在
『よっしゃあ、これで全滅!』
旅の途中、魔物の群れに襲われたオレたちであったが、仲間の力を合わせてこれを全滅。辺りには血の臭いが充満しているが、そんなもの気にしていられない。
ひとまず去った危機に安堵する……間もなく、直後異変は訪れる。再び魔物が、現れたのだ。しかし今度は一体……先ほどの奴らと比べてでかいとはいえ、みんなで協力すれば難なく倒せる。そんな相手だ。
だが……
『ぐっ……』
『はぁっ……』
それはオレたちが万全ならの話。連戦に次ぐ連戦で、みんな体力を消耗していた。オレも、その一人だ。
そんな中で一人……みんなほど疲れを見せていない男は、立ち上がった。手に持つ槍を構え、陽気に笑った。
『しゃーねぇ、ここはオレ様に任せときな!』
『お、おい……一人じゃ……』
『んなぼろぼろでなに言ってんだよ。いいから、オレ様の活躍を見といてくれよ、勇者様!』
『おい!』
動けないオレたちに代わり、そいつは一人で立ち向かった。その勇ましい後ろ姿は、一生忘れることはない。
そいつは一人でも、充分に戦える力を持っていた。だが、その時に限っては違った……相手の魔物の強さももちろんだが、そいつにも連戦のダメージがあった。オレたちの中で一番動けても、殺し合いでは一瞬の隙が命取りになる。
『っつ!』
そいつが脇腹の痛みに気をとられた瞬間……魔物は、腰から生えた蛇の頭のような尻尾を器用に動かし、そいつの体に噛みついた。抵抗するそいつの四肢を、魔物はその四本の腕で動きを封じた。
四肢の動きを封じられれば、いくら抵抗しようと意味はない。オレは、いやオレたちは、そいつが蛇に食われる姿をただ見ているしかできなかった。仲間が食われていく光景を、黙って見るしか……
動け、動け、動け……いくら願っても、体は動かない。ダメージによる疲労が体を動かさないのか、それとも初めて感じる本物の恐怖にすくんでしまったのか。
そいつの断末魔は、今でも耳の奥にこびりついている。
『おい……やめろ……やめろー!!』
食われていく、仲間が。
そいつの目から光が失われる直前……そいつは、千切れそうな体を無理矢理動かし、最後の抵抗と言わんばかりに、槍を振るう。おそらく骨が折れ、皮膚が千切れていたことだろう。
槍は、魔物の……頭から生えた左側の角を、捉えた。岩よりも硬そうなそれは、しかし槍の一撃により折れる。
『ギャアアアア!!』
角を破壊された痛みからか、魔物はそいつを解放し、後ずさる。怒りのあまり暴れられる覚悟をしていたが、なぜだかそいつは、そのまま姿を消した。
とにかく、オレたちはそいつの元へと這い寄り……あまりの光景に、唖然とした。体の所々は食いちぎられ、無理矢理動かした右腕は変な方向に曲がっていたからだ。いくら治癒魔法をかけても、助からないと誰の目にもわかった。
『ぅ……カイ、ゼ……』
『お、おい喋るな! すぐに手当てを……』
『オレ様はもう……たす、からん。カイゼ……魔王を、倒して……世界を、す、くっ……』
もう時間の問題……そしてその時はあまりにも早く訪れ、運命は無情にもオレたちを切り裂いた。
痛々しいその姿は、しかしあまりにも安らかな顔を浮かべていて。
『おい、起きろよアーク! おい! 起きろ!!』
オレの仲間、アーク・プレイジントは……壮絶な戦士を遂げた。オレたちに代わり一人で戦い散ったその代償は、魔物の角一本というあまりにも不釣り合いなもので。
ーーーーーーーーー
刹那の記憶が、よみがえる。これはオレの……勇者カイゼ・ヴァーミリアの記憶。生まれ変わって、ユークドレッド・ボンボールドなんて魔族になっちまったが……間違いなく、オレの記憶だ。
悪いな、アーク……お前との約束、守れなかったよ。魔王を倒して世界を救う、どころか、今オレは魔王の息子として生を受けちまって、魔族の学園になんぞ通ってる。
なんでこんなことに、なったんだろうな!
ドゴォッ……!
拳が、硬い岩を殴り付けている。しかし、痛みはない……あるのは、痛みだけだ。
目の前の魔族の額をぶん殴り、地に叩き伏せる。その衝撃は空気を痺れさせ、巨体がぶっ倒れたことで近くにいた奴らは吹っ飛ばされる。しかしそんなこと、どうでもいい。
忘れもしない、あの姿……あの腕、あの尻尾、あの折れた角! あれは、アークが最後の抵抗に奴から奪ったものだ。忘れるものか、忘れられるものか!
「よぉ……会いたかったぜ」
地面に着地し、倒れたままの魔物を睨み付ける。まさか、こんなところで会えるとは思わなかった。
アークが死んで、オレも魔族なんかに生まれ変わって……何年経った? なんでこいつが学園なんかに? ……そんなことは、どうでもいい。
「くっ……おいボンボールド! なにをしている!」
外野からなにか聞こえるが、うるせーな……
「な、なにが……って、ちょっとあなた! 今はわたくしと彼との勝負中なのですよ!? そこに割って入るなどなんて無粋な真似を……」
「あぁ?」
「ひっ」
今自分がどんな顔をしてるのか知らないが……振り向いた先のエリザの怯えた表情を見るに、とんでねえ顔してるんだろうな。
そんなこと、今はどうでもいい。
「っつつ……ひどいないきなり。えっと……ボンボールド、だっけか、魔王の息子の」
ようやく立ち上がった魔物は、オレを見て言う。あんな姿になっても喋れるのか……オレをちゃんと認識してる。
なら、あの姿は知性があるってことだ。つまり……あの時アークを食ったのも、こいつの意思によるものってことだ。
「いてて……なんなんだいきなり。俺、お前になにかしたっけ?」
覚えてない……いや、オレの姿を見てもピンとこないのも無理はない。なんせ、勇者時代とはもう、なにもかもが違ってしまっているから。
「まったく困るね。お友達を助けたかったのかしらないけど、相手をしてほしいならちゃんと順番を……」
「黙ってろよ害虫」
お友達? 助ける? ……意味不明すぎて笑えてくるな。
「オレはただ、お前を殺したくてたまらないだけだ」
「……はぁ?」
「あいつの仇、とらせてもらうぞ」




