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元勇者の魔王候補生生活  作者: 白い彗星
勇者の記憶
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降参なんてしない



「どうしましょー!!」



 エリザとヤードラ・サイフェンの勝負が決まったわけだが、放課後エリザはオレたちに泣きついてきた、どうしよーはこっちの台詞なんだが。


 勝手に勝負事にしやがって。しかも、オレとエリザの時はクラス代表を決めるものだったからまだみんなに関係あるものだったものの……今回のは完全に私的理由じゃねえか。



「どうするって、頑張るしかないだろ」


「ユーくんとやったときはもっと凛としてなかったっけ?」


「あ、あの時はあの時ですわ! けど、まさかこんな大事になるとは……」



 こんなことなった後悔は、一応しているようだが……こいつ、挑発に乗りやすい上に発現が大きいからな。本人が思う以上に、大事になってしまうのだろう。


 今回の件は完全に私的理由なので、勝負は放課後に執り行われることになり……現在、その勝負直前というわけだ。



「まあ仕方ないだろ、今度はせいぜい漏らすんじゃないぞ」


「だからあの時も漏らしてませんてば!」


「せめてかっこよく負けようぜ!」


「負けるの前提!?」



 そんなこんなで緊張がほぐれたらしいエリザは、ぷんぷん怒りながら勝負場へと向かっていく。今回も、以前オレとエリザが勝負したのと同じところだ。


 あんなことは言ったが、エリザならまず間違いなく勝てるだろう。オレには効かなかったが、エリザの魔力はおそらくこのクラスじゃトップクラスのものだ。


 とはいえ、馴れ合いを好まないというヤードラ・サイフェンの意見にはオレも賛同したいところ。さて、どちらを応援すべきかな。



「じゃあ、適当に勝負始めてくれ」


「適当!?」



 エリザとヤードラ・サイフェンの二人が向かい合ったところで、立会人のアリス・ニーファが開始の宣言をするが……それは宣言というか、やる気のない発言そのものだ。


 当然だ……何度も言うが、これは私的理由の勝負。正直当事者以外、どうでもいいと思ってるだろう。


 オレもどうでもいいが、一応エリザとはよく行動を共にするよしみで、勝負前にシャーベリアと来たわけだが……一番仲がいいはずの、ファウルの姿がない。


 来てないのか、それとも気づかないところから見てるのか。あの時あの場にいたのはオレだけだからオレと気まずくなるのはわかるけど……そこまで、オレに会いたくないのか。それとも、ヴォルガニックの秘密を知った三人ともか。


 ルームメートで友達……あの二人なら、それこそ毎日顔を会わせて生活を共にしているというのに。



「ぐ、きゃああ!」



 いないファウルを探す中、辺りにエリザの悲鳴が響き渡る。確認すると、どうやらエリザが押されているらしい。おいおい、ちょっと目を離した隙にこれとか……どんだけだよ。


 これじゃエリザの奴、ただの噛ませ犬ポジションを獲得してしまうぞ。



「くっ……なかなか、やりますわね」


「そっちはなかなかもやらないねぇ」



 いっぱいいっぱいのエリザに対し、ヤードラ・サイフェンは余裕顔そのもの。見ている方も、すでに決着は見えているとわかるほどにだ。



「どう? 今降参するなら、これ以上醜態は晒さずにすむけど」


「誰、が!」



 ヤードラ・サイフェンの挑発……いや、慈悲とも取れる発言を、しかしエリザは受け入れない。自身に流れる魔力をエネルギー弾にして、連続で放っていく。


 避けなければ、並みの奴なら吹っ飛んでしまう威力。しかしそれをヤードラ・サイフェンは避けることなく……エネルギー弾が、当たる。しかし、吹っ飛ぶどころか涼しい顔をしてそこに立っている。



「なあ、今どうなってんだ?」


「え、もしかして見てなかったのユーくん。……エリちゃんの攻撃が、全然当たらない……いや、当たってはいるんだ。でも、効いてない。それに、あいつが腕を振っただけで……」



 ぶんっ……



 空を切る音が、耳を掠める。それはシャーベリアが今言おうとしたことの実現で、目を疑う光景。ヤードラ・サイフェンが腕を振っただけで、なにもない空間から風の刃が生まれエリザへ襲いかかる。


 それを、防御しつつも完全には防げない。幾つもの風の刃は、エリザの体を確実に切りつける。


 ……魔力は、使っていない。



「もうやめとけよ。どうせお前じゃ勝てない……いや、攻撃を当てることもできねえよ」



 見た目はただの痩せ男なのに、その雰囲気は不気味そのもの。それでも、エリザにかける言葉には一種の慈悲が見て取れる。


 それでも……



「誰が……降参なんて、しませんわ!」



 エリザは、エリザ・カロストロンは降参なんてしない、そんな女だ。しかし、勝てない相手になんの勝算もなしに立ち向かうなんて、バカのやることだ。勇気と無謀は違う。


 そう、勇気と無謀は違う……あいつら、勇者の時に一緒に戦ってた仲間だって、そこをはき違えなければ死なずにいた奴はいたんだ。勇気と無謀は、違うんだ。



「そうか。なら仕方ないな……とりあえず意識を刈り取れば敗けを認めるだろ。悪く思うなよ」



 降参を認めないエリザに対し、ヤードラ・サイフェンの魔力が一気に膨れ上がる。どうやら、ここで勝算を決めるらしいな。


 まあ単なる私的理由の勝負事。命のやり取りとかそんな物騒なものではないだろう。本当にまずくなったらアリス・ニーファが止めるだろうし、ここはヤードラ・サイフェンの実力を見せてもらっ……



「……な、これが、あなたの本当の姿……?」



 エリザは、オレは、目を疑った。ただの痩せ男だったヤードラ・サイフェンの体が、変化していく。体は大きく膨らみ、それによって服はちぎれる。


 木の枝のような細い腕は丸太のようにごつくなり、口からは凶悪な牙が生える。白いくらいの肌は紫色に変色し、頭からは鬼のような角が伸び……その左側は、なぜだか折れていた。


 人間のような大きさは、すでに何倍に膨れ上がった。同時に、魔力も。なぜ、実技試験の時にこれをやらなかったのか……今の魔力ならCクラス、いやBクラス級の力はあるはずだ。



「……ぁ……なんで……」



 いや……そんなことは、どうでもいい。オレが驚愕したのは、(ヤードラ)の体が変化したからではない。魔族なんだ、変化くらいできても不思議ではない。


 問題は……(ヤードラ)のその、姿だ。紫色の巨体、丸太のように太い腕、尻尾から生えた蛇頭のような尻尾、普通の腕に加えて脇腹から生えた二本の腕……なにより、片方が折れた鬼のような角。



「……ユーくん?」



 あの姿には、見覚えがある。いや、見覚えなんてものじゃない。あいつは、あの魔族の姿は……!



「ちょっ、ユーくん!?」



 気づけばオレは、その場からヤードラ・サイフェンに飛びかかっていた。沸き上がる感情を、抑えることもなく。エリザとヤードラ・サイフェンの勝負だと、知ったことではない。


 オレは右拳を握りしめ、ヤードラ・サイフェンの目の前に。そこまで迫ってようやくオレに気づいたようだが、もう遅い。オレは、呆けた表情のヤードラ・サイフェンの額を、思い切りぶん殴る。



「っっっらぁああああ!!!」


「ぶっ!?」


「死ね……仲間を殺した悪魔ぁ!!」



 勇者時代……仲間の一人を殺した魔族に瓜二つの魔族に、怒りの感情を乗せて。

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