抱える深き闇
「……ほぅ」
ここでごまかすことは、難しくはない。確証もないだろうし、たとえ追及されても知らぬ存ぜぬで通せばいいだけだ。だが……
そうやってこちらから動き出さない限り、なにも真実を知ることはできない。別に魔族の家事情なんざ知ったこっちゃないが……乗り掛かった船だ。いつまでも傍観してばかりではなにも進まない。
悪いな、シャーベリア、エリザ。先走っちまった。
「てっきり誤魔化すと思っていたがな」
「悪いな、予想外しちまった」
「いや、いい……むしろ、下手な誤魔化しよりも真実を述べる貴様に、好感を持ったぞ」
なぁにが好感だ……ホントにそう思うなら、笑顔の一つでも見せやがれってんだ。あ、やっぱいいわ。こいつほど笑顔の似合わない奴もそうはいないだろう。
笑顔は見せないが、その表情は一転の曇りもなく晴れやかだ。その隣では、ファウルが青ざめた表情をオレに向けていた。
「知って、る……って……ぇ……あんた、ら……って……?」
いつもの無表情は消え、目を見開き顔は青ざめ、小さく震えている。まだ、『秘密』の内容を話していないというのに。
いや……あんたらと言った以上、ファウルとクリウス・ヴォルガニックに共通して関係したものであることに代わりはない。それがわかれば、秘密の内容に予想はつくか。
「悪いな、ファウル。最近のお前の様子が変だったから、調べさせてもらった。お前が本当の姓を名乗ってないことも、そこにいるクリウス・ヴォルガニックの兄妹だってことも、知ってる」
「ぁ……」
知られたくなかった事実を、知られてしまった……その事実は、あのファウルを動揺させるには充分だったようだ。
よろける体を、必死に自制して持ちこたえる。その間、隣のクリウス・ヴォルガニックは、倒れそうな妹を気にした様子もなく、ただ見ていた。
「……さっき、カロストロン家で、って言ってた。調べものを……って。……まさか、エリちゃんも……」
「……あぁ、知ってる。ついでにシャーベリアもな」
秘密を知ったことを打ち明けた以上、その秘密を誰が知ったかバレるのは時間の問題だ。ならば、隠しておく意味もない。
まあ、今カロストロン家と言われてしまったからエリザの関与は隠せないにしてもシャーベリアを庇うことはできたかもしれないが……別に、巻き込んでもいいかと思った。
「なるほどその三人、か」
「……?」
動揺するファウル……一方のクリウス・ヴォルガニックは落ち着き払っている。慌てることも、その秘密を隠してくれと言うこともない。世に隠しているのだ……てっきり、バレたら動揺すると思っていたんだが。
そもそもこいつがオレに出てくるよう言ったのは、秘密を知られたかどうか確かめるためじゃないのか? ただただ、沈黙がある。
「あ、あの……にい、さん……」
「私のことを兄と呼ぶのはやめろ……そう、言ったはずだが?」
「!」
沈黙に耐えきれなくなったファウルが、クリウス・ヴォルガニックに状況の打破を求める。もう兄妹ということはバレてしまったのだ、兄と呼ぶことを隠そうとはしなかった。
だが……それを受けたクリウス・ヴォルガニックが返したのは、冷たい、ただ冷たい言葉。それに伴い、離れていても身体中を走る悪寒。殺気、とはまた違う。
思わず心の底まで凍りついてしまいそうな、そんな感覚。ガラム・ヴォルガニックもファウルのことを妹扱いしていなかったが……この男は、それ以上だ。
「……さて、ボンボールド。私が貴様に言いたいことは一つだ……これを、口外するな」
頼み事……というにはあまりにも高圧的な態度。そんな頼まれ方をされて、はいわかりましたとうなずく奴なんかいるはずがない……のに。
なんだこの……重い、プレッシャーは。断れない雰囲気が、そこにある。
「……なら、秘密にする、理由くらい……教えて、もらわないと」
プレッシャーに、押し潰されそうだ……だが、ここでこいつの言いなりになるのも、癪だ。だから取引。黙っててやる代わりに秘密にする理由を話せと。
オレがプレッシャーに耐えたのが意外だったのか、それとも予想通りだったのか……クリウス・ヴォルガニックはうっすらと目を見開いている。
「ほぅ、耐えるか。やはり、面白いな貴様は」
「どーも。で、返答は?」
上から目線で、しかも魔族に、なんの見返りもなくあれを秘密にしろなんて、そんなこと受け入れられない。ここまで踏み込んだんだ、理由くらい教えてもらわないと。
「……理由、か。コレにヴォルガニックを名乗らせない理由か?」
「あと、お前らがファウルを妹……いや人、じゃなくて……一個人として扱わない理由もな」
やはり、ファウルのことはコレ扱いか。ガラム・ヴォルガニックといい、どうしてそんな扱いをするのか。その理由も、もしかしたらヴォルガニックを名乗らせない理由とイコールなのかもしれないが。
いずれにせよ、知りたいのはその二つ……最悪一つでもいいが、妥協はしない。もしも一つは勘弁してくれと頭を下げるなら考えてやるが、こちらから引くことはない。
一つがわかれば、もう一つを推測するのも容易いだろうからな。
「いいだろう。教えてやろう」
「お」
予想外に、あっさりしてるな。これだけのプレッシャーをかけてくるんだ、問い詰められたくらいで明らかにする内容じゃないと思ってたんだが……
まあいい、これでヴォルガニック家の秘密を……
「まずは、コレがどういった存在か話さねばならないだろう。いいか、よく聞け。コレは……」
「やめて!!!」
……聞けると、思っていた。悲痛な叫びに、かき消されるまでは。
ヴォルガニック家の秘密に踏み込むために知る、ファウルの存在……またも気になる言葉が出てきたところで、今までに聞いたことのないファウル自身の声が、台詞の続きを遮った。
「……ファウル?」
「どうした。話さねば、あの男は秘密を公言すると言っているんだぞ?」
「いや、そこまでは……」
別に、秘密を教えなきゃバラすぞ……とオレから言ったつもりはない。だが、今のファウルにとってはそう言ってようが言ってまいが大差ない。
だが、あの震えようはなんだ? ヴォルガニック家の魔族だという秘密を知られたとき以上に動揺してないか? いったい……?
やはり、ファウルがああなったのは、彼女の『存在』についての話が出てきたからだ。
「お、お願い……ユーク…………なにも、きか、聞かないで……家の、ことも……わたしの、ことも…………おね、がい……します……!」
「……ファウル……」
なんでこんな……泣きそうな、つらそうな声を出すんだ。その秘密に、どれだけ深いものを抱えてるっていうんだ。
「……ということだ。どうする? 私は話しても構わない……コレが壊れてもいいなら、続けるが?」
「お前……!」
なにが、話しても構わない、だ! ファウルがこうなるのがわかってて、話そうとしたんじゃないのか?
あんな状態になったファウルを見て、それでもなお話を聞き出そうとするほど非情になれない……それを見抜いて、オレに話を持ちかけた!
ファウルが壊れても、とは大袈裟かもしれないが……今のあいつの様子が、尋常でないのは確かだ。これ以上、ファウルを追い詰めるのは確実に良くない状況だ。
くっそ、魔族のことなんて、どうなってもいいだろうが! ……なのに、なぜこれ以上踏み込めない。なぜ聞くのも躊躇う必要がある。
「……わかった、なにも、聞かない。聞けない……」
「そうか。ならこの件、これで終わりとさせてもらおう」
くっそ……結局こいつは、秘密を知られても慌てることなく、それを利用して逆にオレを脅してきやがった。ファウルを壊したくないなら、黙っておけと。
これじゃあ、聞けない……聞けるはずもない、あんな顔をされたら。もしファウルのいないところで聞き出そうとしても、それすらもはぐらかされてしまうだろう。
ファウル、お前の抱えるものは……お前は、いったいなんなんだ?




