欲望の捌け口
やめろ……と、そう叫んだのは誰であろう、意外な人物ガラム・ヴォルガニック。奴のことだから、きっとファウルがなにをされようと無干渉でいるのかと思っていた。その場合、バレてもオレが止めに入るつもりだったが……
物陰から出かけていたオレは、すんでのところで位置を戻す。もう少し、観察する必要があるようだ。
「おいおいガラム、なにマジになってんだよ。別にヤりゃしねえよ、他ならぬお前の女だ。顔見せてくれりゃそれで我慢しとくってんだぜ……」
ファウルに触ろうとしたあの男……オレがAクラスに行った時には、いなかったやつだな。この距離からじゃよくわからんが、学生のくせにサングラスをかけている。グラサンと呼ぼう。
グラサンは、ガラム・ヴォルガニックを除けばあの中で一番実力があるように感じる。二人が見つめあっている間周囲がなにも言わないのが、その証拠ではないか。
周囲は、ファウルとガラム・ヴォルガニックの関係を知らない。隠れた兄妹という関係を。どうして隠しているのか、ファウルは姓を偽っているのか知らないが。
もしも希望的観測を言わせてもらうなら、ガラム・ヴォルガニックがグラサンを止めたのは……実の妹に、触れてほしくないから、とか。だが……
「そいつ……ソレに、触るんじゃねえよ」
ファウルのことを、あろうことか『ソレ』呼ばわりしたことにより……オレの抱いていた希望は打ち砕かれた。
あの男はやはり、ファウルのことは妹とも思っていない。それどころか、哀れなDクラスの負け組とでも思ってるのだろうか。
……なのになぜ、執拗にファウルと会う必要がある?
「おいおいおいらしくないぜガラム。お前、こんなDクラス程度のちっこい女にマジになる奴だったの? はは、取り入られてるはずが、こっちも夢中になっちゃいましたーか?」
グラサンは、ガラム・ヴォルガニックの行動を理解できないようだ。それは周りの奴らも同じで、次第にバカにしたような笑い声が聞こえる。
というか、女に入れ込むことに笑われるって……ガラム・ヴォルガニックはいったいどう見られてるんだ周りから。
「そんなんじゃねえって言ってんだろ、しつけーぞ」
その周りの態度に、ガラム・ヴォルガニックもだんだん不機嫌になる。自分のことを笑われるなんて、あの男には一番我慢できないだろうしな。
おいおい勘弁してくれ、なんで一触即発の状態になってるんだ。あんなとこにいたんじゃファウルも巻き込まれちまうし……ファウルも、どうしてあそこから逃げない。周りの圧力にビビってんのか?
「なんだよガラム、なにそんなムキになってんだ? なんか言いたいことでもあるのか? 男女の仲をからかうことなんて、俺らの中じゃよくあることだろ」
よくあるのかよ、子供か! いや、子供か……
しかし、グラサンの言うことにも一理ある。ファウルに触れようとしたのを止めたのは置いとくとしても、たったあれだけのことでこうまで不機嫌になる理由はなんだ?
ファウルを大切に思ってる訳じゃない、でもファウルに触れさせない……なんなんだこの矛盾した行動は。
「別にムキになってねえよ。言いたいことがあるとすりゃ、そんな奴放っといて、さっさと行こうってことだ」
……なぜ、周りの連中を、あからさまにファウルから遠ざける?
「……どうやら、そうとうこの女が大事らしいなぁ」
グラサンが、意味深に笑う。大事というのは語弊があるのかもしれないが、少なくともファウルのことを過剰に気にしているのは確かだ。
これは……嫌な流れだ。あのグラサン、もしくは周りの連中……下手したら無理やりファウルに襲いかかるぞ。いくらガラム・ヴォルガニックでも、同クラス複数人相手では押さえ込まれてしまうだろう。
そんなことになるくらいなら、いっそオレがファウルを連れ出すか。そのためには、一瞬でいい。なにか、隙が生まれてくれれば……
「お前ら、なにを……」
「貴様ら、ここでなにをしている?」
ぞわっ……!
瞬間、空気が凍りついた。いや、本当に凍りついたわけではないが……比喩表現として。
ガラム・ヴォルガニックが、連中がなにをしようとしてるか聞き出そうと……したその瞬間だ。心の底まで届くような、冷たい声が聞こえたのは。それは、一度だけ聞いたことのある声。
いつだったか……決まっている、実技試験の時だ。あいつは、あの実技試験の時以外に声を聞くどころか見かけてすらいないのだから。
この場にいないはずの……というか、本来こんな死角になるような場所にいるイメージのない男がなぜ、ここに?
「クリウス・ヴォルガニック……」
その男は間違いなく、そこにいた。実技試験の際、たった二人しかいなかったSクラスへの切符を手に入れた男……エリート一家の長男にして、ガラム・ヴォルガニックの兄である男。
そして……同時に、ファウルの兄でもあるということだ。
「あ、兄上……」
「く、クリウス・ヴォルガニック……さん? いやぁ、お会いできて光栄です。俺はガラムの友人の……」
「なにをしている、と聞いたんだが。二度も言わせるな、愚鈍」
……Sクラスの魔族、そしてガラム・ヴォルガニックの兄と見るや態度を豹変させたグラサンが、見事に粉砕された。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
まあ、自業自得だな。お前こそ、結局他人に取り入ろうとしてるじゃないか。
「あに、うえ……これは、その……」
「……私に三度、同じ事を言わせる気か?」
ざわっ……
直接睨まれたわけでもないのに……こっちまで、威圧感で押し潰されそうだ。周りの連中なんて、泡吹いて倒れてる奴もいる。
「っ! こ、これは! ただ、魔力パワーアップ、の、相談、を……」
あのガラム・ヴォルガニックが、なんて弱腰だ。ファウルの言っていた、実は臆病というのは本当かもしれない。
まあ単純に、クリウス・ヴォルガニックの威圧に気圧されているだけって可能性が高いが。
「……ほぅ、魔力の相談、か。お前が……コレに?」
「っ……」
おいおい……あいつまで、ファウルのことを物扱いかよ。ソレだのコレだの、好き放題言ってやがる。
……それにしても、なんだ今の台詞。どことなく、違和感があるような……
「……まあいい。お前がコレをどうしようと、関係ない。たとえ、憂さ晴らしのために、溜まった欲望の捌け口にしようと、な。殺しさえしなければ」
「!!」
なに、言ってやがるあいつ。欲望の捌け口? それって、あいつもAクラスの下衆どもと同じく、ファウルをそういう対象としか見てないってこと……
「……」
じゃ、ないな。クリウス・ヴォルガニックは、そういう意味で言っていない。この場面では、欲望ではなく欲望の方がしっくり来る。
つまり、ガラム・ヴォルガニックは、エリート一家ヴォルガニックの重圧によるストレスを、ファウルにぶつけることで晴らしてるのか? ただ感情のままに言葉をぶつけて。
これまで見てきた中で、ファウルを押し倒すことはもちろん、殴ったりと危害を加えることはしてこなかった。それは……妹だからストレスをぶつけ、妹だから腐っても手は上げないってことか?
くそ、意味がわからん……! 今の話、あいつら三人に関わるような内容だが……周りの連中に聞かれても、よかったのか?
「……」
「ひっ! あ、あの俺らはなにも聞いてな……」
「貴様ら愚図の口は、紙よりも軽い。聞いていないでは足りん、知らない……だ」
クリウス・ヴォルガニックは周りの連中を見回す。その際、目が赤く光っていた……加えて、実技試験の時見たように、額から角が生えていた。
そして、クリウス・ヴォルガニックに睨まれた連中は、次々倒れていく。
「あ、兄上!?」
「お前がコレと会っていることを含め、私と会った今に至るまでの記憶を消した」
「……つまり、こいつらがここに来てからの記憶は次目覚めたときには……」
「消えている。よもや、私がこの愚図どもを殺したと思ったか? 心配するな、お前の学友を傷つけはしないさ」
倒れた連中を見て、ガラム・ヴォルガニックはほっとしているようだ。記憶を消した、か……すんなり言ってくれるな。記憶を消すなんて、そんなとんでもねえもん魔王やリーズロットからも聞いたことないぞ。
それに、なにが傷つけはしないさ、だ……グラサンに馴れ馴れしくされてから今まで、殺気ビンッビンだったくせによ。




