男を悦ばせている女
あれからというもの、ファウルとの関係は元に戻った……ように思う。
オレたち自身、ヴォルガニック家関係のことは口には出さなかったし……ファウル自身も、あの時取り乱してしまったことがあってかばつが悪そうにしていたが、オレたちが気にしていないというのを悟ってからか、ぎこちなくでも応えてくれる。
やはり、ヴォルガニック家のことにさえ触れなければいつも通りだ……それでも、度々ファウルが教室を抜け出すのを、止められてはいない。
そして今日も、ファウルは教室を抜け出していた。行き先は、わかっている。ガラム・ヴォルガニックのところだ。これまでは、こちらで独自に調べながらも、あれ以来ファウルのあとをつけるようなことはしなかった。
だが、なぜか今日は……ファウルを、追いかけた。なにがあったわけでもない、だが……ファウルに気づかれないよう追いかけ、ガラム・ヴォルガニックとの密会現場を目撃していた。
自分でもなぜこんなことをしたのかわからないが……この日は妙な胸騒ぎを感じていた。だから追いかけたのかもしれない……それも、一人で。
「……いた、か」
例のごとく、一般的には見つかりにくい場所で、二人は密会していた。本当に、なにをしてるんだオレは。これじゃストーカーじゃないか。
それにしても……あの二人が、兄妹、か。それを踏まえてみると、初めてあの二人の密会を目撃したときとは、だいぶ印象が違う。
「……ー!」
やはり、なにを話しているかまでは聞こえないか。聞こえる距離まで近づけば、気づかれてしまうだろうし、もどかしい。
それでも、ガラム・ヴォルガニックがなにかしら吠えているのはわかる。いくら周りからわかりにくいっていったって、あんな叫んで誰かに見つかったらどうするんだ。
それとも……自身の声を周りに防音する魔法でも、あるのだろうか。
「相変わらず黙って聞くだけ、か」
会話の内容は聞こえないし、ファウルの後ろ姿しか見えないから彼女がなにか言ったとしてもそれはわからない。が、それはないように感じた。
ガラム・ヴォルガニックが怒鳴り散らし、それをファウルは黙って聞いている。
姓の違う兄妹……それも、わざわざ学園への所属時に名前を変えている徹底ぶりだ。事は複雑なんだろうが……それにしたって、ファウルがああも怒鳴られる理由なんて。
ここで出ていくことも考えたが、それだとまたややこしいことになりそうだしな。せっかくファウルとの関係が修復されてきたのに、ここでまた台無しにしたくはない。
しかしこれだと、オレはなんのためにこんなストーカーみたいな真似事をしているのか……そう思い始めた頃、一つの変化があった。二人に近づく複数の影が、あった。
「お、いたいたガラム~」
「! お前ら……」
あれは……Aクラスの、連中。以前ガラム・ヴォルガニックの居場所を聞きにAクラスに行った時にいた奴もいる。数は四人か……
それと同時に、あいつらの会話の内容がオレにも聞こえてくる。やはり、さっきのは魔法で周りに防音として聞こえないようにしてたんだな……
二人の密会が終わるタイミングか、途中で乱入してきたのかは知らないが……あまり、穏やかな空気とはいえない。
「へぇ、へへ……それが噂のファウルちゃんかぁ」
「……なにしに来た、お前ら」
四人のうちの一人……以前オレが顔面をつかみあげた男が、ニヤニヤしながらファウルを見つめていた。それが不快で、オレは今にも飛び出しそうになってしまう。
連中の目的は知らないが……それには、ガラム・ヴォルガニックが問いかける。ただ、その顔はすごく不機嫌に見えた。密会の現場を押さえられたのか、嫌だったのか?
「つれないこと言うなよ。お前が首ったけのDクラスの女を、この目で直接見たくてなぁ」
「あぁ?」
Aクラスの連中、ガラム・ヴォルガニックとファウルの関係は知らない……んだろうな。あいつらが深い仲ならともかく、単なるクラスメートに話す内容でもないし。
馴れ馴れしく肩に腕を回されたガラム・ヴォルガニックがうっとうしそうな顔をしているのが、その証拠だ。
「確かにかわいい顔してるが……近くで見るとますますガキだな」
「たっはは、こんなんが趣味なのかガラムちゃーん?」
「よせ、好みはそれぞれだろ」
「……そんなんじゃねえ。こいつとの話は済んだ。もう行くぞ」
なんだろう、Aクラスになるには、柄が悪くないといけないんだろうか。ならオレは一生Dクラスでいい。上に行く気はないけど。
ま、柄が悪いから上に……というよりは、上に行くほどの力を持ってしまったがゆえに慢心になった結果、ってとこだろうな。その点だと、ウチのDクラスの方が人間的にずっと信頼できる。魔族だけど。
四人を引き連れ、ファウルを置いてガラム・ヴォルガニック去ろうとする。しかし、先に歩きだしたガラム・ヴォルガニックをよそに、四人はその場から動かない。
その顔は、それぞれの思惑はあるだろうが……ファウルを見てニヤニヤしていることから、良からぬことを考えているのはすぐにわかった。
「おい、なにしてるお前ら。さっさと……」
「あぁ、先に戻ってなよガラム。あとの相手は俺たちがするし」
「……は?」
「ずりーじゃねえかよお前ばっかり。Dクラスとはいえ上玉だ……俺的にはもの足りねえ体型だが、楽しむには充分だろ?」
「なに言ってんだ、お前ら」
不本意だが、オレもガラム・ヴォルガニックに同意見だ。あいつらは、いったいなにを言っている?
……まさか、以前言っていたあれか。Dクラスの女が上に行くためにAクラスの男に取り入ってるだの、貸してくれないかだの言っていたあの、ふざけた台詞。
つまりこいつらは、ファウルが上に行くためにガラム・ヴォルガニックに取り入って、奴を悦ばせている……そう思っている。
だが、そんな事実はないだろう。あの時はオレも頭に血が上ってしまったが、冷静になって考えてみると、ガラム・ヴォルガニックによる『偽物』発言。それにあの二人が兄妹と言う事実がその考えを否定させる。。
もちろん、兄妹だからそういうのがない、とは一般的な常識だ。そんなの関係ない層もいるだろうし、魔族ならなおさらだ。だとしてもあの二人にはそういうのはないように思える。
今日だって、見張っていたがそんなことは起こらなかった。もしそんなことになったら、たとえファウルに嫌われることになっても止めに入っていただろう。
そもそも、そういうことをする間柄なら……あんな一方的に怒鳴り散らし、それによってファウルは心底怯えているというのも、おかしな話だ。そういうプレイと言ってしまえばそれまでだが、それだときりがない。
とにかく……あの連中は、ファウルとガラム・ヴォルガニックの仲を、男女の仲と認識している。そして今、ファウルにここで自分たちにも相手をさせようというのだ。
どこまで……腐った奴らだ! ガラム・ヴォルガニックのことだ、あいつらの行為をわざわざ止めることなんてするはずが……
「……やめとけ、さっさと帰るぞ」
ない……と、思っていた。しかし、返ってきたガラム・ヴォルガニックの台詞は、予想していないものであった。
それはクラスの連中も同じだったようで、みな呆気にとられた表情をしている。そのうち、一人がぷっと吹き出す。
「っはは、なんだよガラムぅ。そんなに一人で楽しみたいってか?」
「いや、だからちが……」
「けどケチくせぇなぁ。ならせめて、この子の顔くらい拝んでもいいだろ? この眼帯外した顔だよ、それで引いてやるって」
言って、そいつはファウルの顔へと手を伸ばす。おとなしく引く代わりに、眼帯で隠れた素顔を見せろと、言うのだ。
面倒事になるくらいなら、素顔を見せるくらい安いものだ。この場を穏やかにおさめるためにも、ファウルには悪いが少し暗い我慢してもらいたい。
オレたちですら見ていないファウルの素顔を、先に見られるというのは釈然としないが……こうなってしまっては、仕方がない。オレは黙って、男の手がファウルに伸びるのを見つめて……
「! おい、やめろ!!!」
…………その場に響いたのは、これまでに聞いたことのない声。もしかしたらこれまでも、これ程の大声でファウルになにか言っていたのかもしれないが……少なくとも、オレが聞いたガラム・ヴォルガニックの怒鳴り声はそれが初めてだった。
「……あぁ? おいおい、触れられたくもないってか? どんだけお熱だよお前、ちょっと引くわ」
ファウルに触れられるのを、止めた……のか? もしかしてこいつ、オレが思っていたよりも、妹思いなのかもしれない。そう、思った。一瞬だけ。
今しがた男の手に触れられそうになったファウルではなく、叫んだガラム・ヴォルガニックが青ざめた表情をしていなければ。




