二人の兄
オレたちのクラスメートファウル……彼女は、『ファウル・レプリカ』という名前ではなくその正体は、『ファウル・ヴォルガニック』という名前だった。
その事実はオレとシャーベリア、エリザに衝撃を与えた……そして、三人だけの決め事として、このことはファウルには話さないことにした。少なくとも、来るべき時が来るまでは。
その、はすだったのだが……
「なぁなぁファーちゃん。ファーちゃんって、兄弟とかいんの?」
「……!?」
「なっ……」
次の登校日……いつもの四人組となるのが不思議でなくなったオレたちが話している最中に、突然のこの質問。
その声の主は、バカ……いやシャーベリアだ。ファウルに兄弟がいるかなど、内緒にしておけと約束したヴォルガニックのことに関わることをあっさりと聞くなんて……
どうしてこのバカはこうもバカなんだ。
「兄弟……?」
「そうそう、ファーちゃんのこともっと知りたぐえっ」
「ちょっと来いバカ」
たまにまともなことを言うと思っていたが……バカがバカであることに変わりはないってことか。襟首を引っ張り、ファウルから離れたところに連れていく。
「なになに、二人ともどうしぶへっ!」
「なにじゃねえよ。あれだけファウルには悟られんなって言ったのに、なにを聞き出そうとしてんだお前は!」
「そうですわ! 気づいてることに気づかれたらどうしますの!」
「いでで! わ、わかったから蹴らないで! ユーくん痛い、痛い! でもエリちゃんのはちょっと気持ちいいかも……」
「死ね!」
こいつの口縫っとくんだったか……口は災いの元とは言うが、まさにその通りだよ。これでファウルに気取られたらどうしてくれる。
ひとしきりシャーベリアをボコにしたあと、オレとエリザは何事もなかったかのようにファウルの所へ戻る。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもねえ。ちょっと虫がいたんで追い払ってたんだ」
「それ、シャーくんについてた虫って意味だよね? シャーくんが虫って意味じゃないよね?」
とりあえず、あのバカをボコしたインパクトに気をとられて、さっきの兄弟の話を忘れててくれればいいんだが……
「ところで……兄弟、の、話だっけ」
忘れてなかった! そりゃそうだよな、そんなポンポン忘れられるほど安い頭じゃないよな!
ファウルに兄弟の話を振ったことで、もしかしたらファウルの反感を買ってしまうかもしれない。内緒にしてきたであろう、ヴォルガニックの家のことを調べられたことで。
「兄弟…………兄が、二人、いる」
しかし……驚くほどあっさりと、ファウルは自身の兄弟の有無を暴露した。暴露したのだが……その顔は、「言ってしまった」と思っているという風にオレには見えた。
ヴォルガニック家の魔族であることは、秘密にしている……ならばそこに、クリウス・ヴォルガニックとガラム・ヴォルガニックの存在をほのめかすようなことがあってはならない。なのに、とっさに……考えてしまったのか、あの二人のことを。
「へ……いる、のか?」
「……? いるよ……? 兄二人、珍しい、かな」
いると言ってしまった以上、今さら否定するのは不自然。そう判断したのか、ファウルは会話を続ける。
答えたのに、思っていたのと違う反応が返ってきて困惑しているらしきファウル……そうか、彼女に兄弟の話を振っただけで、なにもヴォルガニックの家に繋がる可能性のあることにまで聞いたとは誰も思わない。
そう思うのは、ファウルとヴォルガニック家の関係を知ってる、オレとエリザだけ……ファウルにとって、単純に『一般の兄弟』について聞かれただけだ。
「ふ……オレっちの、質問……まずく、なかったっしょ……?」
なぜかシャーベリアが得意気なのが気になるが……オレたちをひやひやさせたことに違いはないので、許してはやらない。
「め、珍しくはないと思いますわ! ですがわたくしは、お兄様が一人しかいないものですから……」
不自然に会話が切れそうだったところへ、エリザがナイスフォローに入る。
「へー、お前兄貴いたのか」
「えぇ! というか、知らないんですの? わたくしのお兄様はあの、超有名な若き天才外科医……」
「オレは一人っ子だから兄弟とかわかんないなー」
「まさかのスルー!?」
こうなったら、もう不自然に思われないように、逆に兄弟話を広げていくしかない。とはいっても、オレは一人っ子だから広げる風呂敷もないんだがな。
魔王のたった一人の息子……それは、並みの精神力なら押し潰されてしまうような重圧なのだろう。オレは、そんなもの感じたことはないけど。
魔族だろうが魔王の息子だろうが、オレはオレ……かつては勇者と呼ばれた男、カイゼ・ヴァーミリアだ。今は魔族でありユークドレッド・ボンボールドという存在ではあるが、心まで魔族になったつもりはない。
魔族が感じる重圧とか、人間であるオレにとってはどうでもいいことだ。周りが勝手に期待してくるだけで、それに応えてやる義理はどこにもない。
「へぇ、ユーくん一人っ子なのか。オレっちは弟が一人いるけど、これがまた生意気な奴でさー。一人っ子ってのにも憧れが……」
「ファウルの兄は、どんななんだ?」
「オレっちもスルー!?」
この流れならば、ファウルの兄貴についての情報を聞き出すのも難しくはないだろう。問題は、その兄貴が、場を凌ぐためファウルが作り出した架空の存在でなければだが……
ファウルは一つため息を漏らし、何度かまばたきをする。
「私、の……一番上の、兄は……すごく、物知りで。冷静で、目的を達成するためなら、一番確率の、高い道を、進むような人。兄が言ったことは、間違いは、ない……家のことを、一番に、考えてる……厳しいけど、ホントは、優しい……かな」
ぽつりぽつりと語るファウルが言う、一番上の兄……もしそれが、クリウス・ヴォルガニックのことであるならば、その人物像はだいたい合っているようにも思う。合理性とか求めそうだもんな、あの男。
だが……優しいってのは、どうなんだ。もしかしてクリウス・ヴォルガニックをイメージしただけの別人か? そりゃオレは、あの男のことは実技試験の時しか見てない上に会話もしたことはないが……
「もう一人の、兄は……強い、ように見せてる。けど、本当は……臆病な、人。それで誤解を、与えることもあるけど……悪い人じゃ、ない」
これは……ガラム・ヴォルガニックのことか? ……やっぱり、イメージしただけの別人だな。だいぶ持ってる。
あのがさつな男が、ファウルに怒鳴り散らしていた男が……臆病? あり得ないな。
どうやらファウルは、オレたちがファウルとヴォルガニック家の関係に気づいたことは察してないにしても……素直にあの二人の人柄を話すつもりは、ないってことか。当然といえば当然の話だ。
もし、これが本当の話なら……ガラム・ヴォルガニックは、めんどくさい性格に輪をかけた、ずいぶんとめんどくさい性格の奴ってことになる。




