本当の名前、偽物の姿
それぞれの、個人名が書かれた名簿……そこには確かに『ファウル・ヴォルガニック』と、そう書かれてあった。見間違えでもなければ、夢でもない。これは現実。
ファウル・レプリカはこの世にいないという……エリザ・カロストロンの言葉が思い出される。それは、こういう意味だったのだと現実を叩きつけてきた。
が、これが現実だとして……
「いや……なに、これ。意味、わかんないん、だけど……」
シャーベリアが、震える口から絞り出すその言葉の通り……意味が、わからない。ここに書かれてあるのは、いったいどう意味を為すのか……
「わたくしも、目を疑いましたわ。これは、魔界に存在する魔族個人の名前がすべて書かれていますわ。ですから、ここに書いてあるものに間違いはない……それは、わたくしが保証します」
「保証ったって……」
そもそも、身辺調査がどうとか、この名簿に絶対的な自信を持ってたりとか……こいつもだいたい謎だぞ。
「実はカロストロン家は、代々医療に関する家ですの。それも、頂点にいると言っても過言でない。この名簿は、そういった由緒正しき家に保管されるもので……」
「だから要点をまとめてくれ」
「……つまり……魔界に新たな魔族が誕生した瞬間、その魔族の名前がここに記される、というわけですわ。それも、生まれた家の所に、きっちりと」
なるほどな……こいつが、こんなにもいろいろ調べることができたのは家が医療関係だから。そしてこの名簿は、医療関係の中でも頂点に位置する家に保管される。
そんでもって、原理は不明だが……魔族が誕生すると、名簿に名前が刻まれる。逆に、死ぬとその魔族の名前が消えるらしい。不思議な名簿だ。
だから、今回のように偽名であろうがなんだろうが、この名簿を見れば本名がわかるってことだ。便利なもんだな。
……待てよ。それなら……この名簿には、オレの名前はなんて記されてるんだ? 魔族である、ユークドレッド・ボンボールド? それとも、まさか人間時代の名前カイゼ・ヴァーミリアじゃないだろうな。
もし、そうなら……
「じゃ、じゃあさ。ファーちゃんは……ヴォルガニック家の人間って、こと?」
ふと、シャーベリアが疑問を投げ掛けることで思考は中断される。いかんいかん、今はファウルのことだ……集中しろ。
「えぇ。クリウス・ヴォルガニック、ガラム・ヴォルガニック……そして、ファウル・ヴォルガニック。ファーちゃんは、ヴォルガニック家の長女にして、あの二人の妹ということですわ」
……喉が、渇く。あまりに予想だにしなかった事実に、頭が追い付かない。ファウルがヴォルガニック家の人間で、あのクリウス・ヴォルガニック、ガラム・ヴォルガニックの妹だと?
別によその家の事情なんて知ったこっちゃない。ファウルがヴォルガニック家の人間でも、驚きはあったが理解はできる。人間……それも勇者だったオレが魔王の息子として生まれたことに比べれば、誰が誰の家の子など些細な問題だ。
だが、問題は……ファウルがなぜ、『レプリカ』なんてありもしない姓を名乗り、学園に通っているのか。それはファウルの意思なのか、それとも……
それに、レプリカ=偽物って意味でつけたんだとしたら……悪趣味が過ぎる。
「けど、さ。できんのそんなこと。姓を偽って入学とか、学園側に嘘つくことになるんじゃ……」
「……ヴォルガニック家は、歴代に多くの魔族を輩出しているエリート一家。その上、学園に多額の寄付をしていますわ」
「学園への圧力ってやつ?」
「……ファーちゃんがヴォルガニック家の魔族であることは徹底的に改竄されてます。圧力なんてものじゃないかもしれません」
姓を偽り、学園に入学できるのか……それは、どうやらヴォルガニック家の方で操作されているらしい。
だが、事はそう単純ではないらしい。ファウルがヴォルガニック家の魔族であること……その事実さえも徹底的に隠されている。
それに加え、ヴォルガニック家が学園とコネクションがあるなら……ファウルの素性を見て見ぬふりをしてるんじゃなく、そもそもファウルの素性を知るのは、学園の中でもほんの一握りなのかもしれない。
「えぇっと、つまり……ファーちゃんはレプリカって家の魔族だって、学園全体にも認識されてるってこと?」
「一部を除いて、な、多分」
そこまでして、どうしてファウルがヴォルガニック家の人間であることを隠す。いや、本当に隠したいなら、そもそも学園に通わせる必要なんてないはず……
「くっそ、頭がこんがらがってきた」
謎が溶けたと思ったら、また新たな謎が転がり込んできた。そもそもファウルとガラム・ヴォルガニックの密会の理由を調べていたはずなのに……いつの間に、ファウルの出生の話に。
まあこれで、密会の理由の触りは理解できた。多分。ファウルもガラム・ヴォルガニックも、同じ家のこと……つまり兄妹として、話をしていた可能性が高い。
人目を避けていたのは、ファウルの出生を周りに隠しているから。つまりガラム・ヴォルガニックもファウル自身も、ファウルがヴォルガニック家の魔族だと理解しての行動ってことだ。
その内容は、わからないが……ファウルの姓を偽っていること、ガラム・ヴォルガニックが怒鳴り声をあげていたらしきこと、そしてファウルのことを偽物と言ったこと……これらが、関係していそうだ。
「なぁ、このことファーちゃんには……」
「……黙っといた方がいいな。わかったのは、あいつがヴォルガニックの家の魔族だってことだけ。こっから先どう動けばいいかわからないし、あいつのことを勝手に探っていたことを知られたら本格的に距離が離れかねん」
「……同感ですわね。ファーちゃんが隠していることを突きつけても、それがあの子のためになるとは思えませんわ」
「そ、そっか」
あぁ、この事は話さない。……今はまだ、な。
ファウルがヴォルガニック家の魔族である事実を掴んだことには変わりない。このカードを使えば、他にもいろいろと探れるかもしれない。
例えば、ガラム・ヴォルガニックに対して、とかな。もちろんばか正直に「ファウルはお前の妹なのか」なんてことは聞かないが……かまをかける形で、なんらかの情報を聞き出せるかもしれない。
「わかったことと言えば、ひとまずはこれだけですわ。結局、ファーちゃんの悩みを解決するには至りませんでしたが……」
「いやいや、これだけでも充分すぎる情報だって! なぁユーくん!」
「あぁ、最初は金髪ドリルなんかに任せて大丈夫かと思ってたがな」
「なっ……!」
実際、これは充分過ぎる情報だ。なんせ、学園の入学手続きすらファウルの本当の情報は通っていない。これは、まさしく徹底した情報の改竄。おそらく、他のどこを探しても本当の情報を得られることはできなかっただろう。
だが、この出生名簿とやらだけは嘘をつけない。生まれた魔族の情報をどれだけ改竄しようと、生まれた直後に刻まれた、本物の名前だけは改竄しようもない。
言うなれば、この世でたった一つ……たった一つだけの、ファウルの本当の姿。それがおさめられているのが、この名簿だ。多分ファウルがどれだけ声高に自分の本当の姿を叫んでも、誰も耳を貸さないだろう。
ファウル自身でさえも、証明できない彼女の本当の姿。それが、彼女のルームメート、いや友達の実家にあるとは、なんとも奇妙な話だ。
「ま、また貴方は金髪ドリルと……あのですね、わたくしにはエリザ・カロストロンという立派な名前が……」
「あぁわかってるよ、エリザ」
「ある…………っ!?」
ファウルの本当の名前……それはほんの小さな手がかりかもしれない。しかし、オレたちにとってはとてつもなく大きな手がかり。
ファウルがなにに悩んで、ヴォルガニック家とどんな因縁があって今の姿『ファウル・レプリカ』になったのかは知らないが……もしそれが理不尽なもので、ファウルが助けを求めているというのなら、オレは……




