偽物の分際で
Aクラスに訪問し、そこでガラム・ヴォルガニックの居場所を聞いた直後……オレは、走り出していた。あの男たちをどうするかなんて、すでに頭にはなかった。
「お、おい待てよー!」
「は、速すぎですわ!」
後ろからシャーベリアとエリザ・カロストロンが追いかけてきているが、残念ながら待つような余裕はない。勝手に着いてきてくれればいい。
自分がどれほどの速さで走っているのかはわからないが、後ろの二人との距離はどんどん離れていく。それは同時に、目的地への距離が縮まっていることを意味している。
「あそこか……!」
Aクラスのあの男から聞いた、ガラム・ヴォルガニックがいるという場所が見えた。なるほど、昼間見たときと似た、建物の影に隠れた他から見えにくい場所だ。それだけ、やましいことをしてるってことか……?
ふと、先ほどの会話が思い出される。ファウルがガラム・ヴォルガニックに取り入るだの、ファウルの体つきが好みだの……思い出しても、吐き気を催す内容だ。
「ここを、曲がった先……!」
目的地に近づくにつれ、かすかに声が聞こえてくる。男の、怒鳴り声のようなものだ。誰かに、なにかを怒鳴り散らかしてるような、そんな声。
聞いたのは、あの時の実技試験きりだが……間違いない。これは、ガラム・ヴォルガニックの声だ。どうやら、居場所について嘘はなかったようだな。もし、嘘だったら……いや、それはいい。問題は、この怒鳴り声を浴びている人物だ。
もしも、それがファウルだったら……
「……! いた……」
角を曲がり、そこで目にしたのは……ガラム・ヴォルガニックの姿。そして、その正面に立つ……オレに背を向ける位置にいる、ファウルだった。
状況から見て、ファウルがガラム・ヴォルガニックに怒鳴られている。それが、どういった内容なのかわからないが……こんな人気のないところで、なにをしているんだ。
「ファウル!!」
「!?」
たまらずオレは、ファウルの名を呼んでいた。突然自分の名前を呼ばれたことに肩を跳ねさせ、振り向く彼女は……オレを見て、泣きそうな顔をしていた。ように見えた。
その瞬間……オレの中に、言い様のない感情が沸き上がってくる。
「ガラム・ヴォルガニック……お前、なにしてるんだ!」
「あん? なんだお前は」
これがどういう状況かはわからない。先ほどの会話が本当にせよ嘘にせよ、こうしてファウルとガラム・ヴォルガニックが二人きりでいるというのは事実だ。そこにどんな関係があろうが、オレには関係ない。
だが……それはそれだ。この男が、クラスメートになにかをしているのは、間違いない。
「ゆ、ユーク……」
「ユーク……あぁ、思い出したぜ。お前、ユークドレッド・ボンボールド……だっけか。魔王の息子でありながらDクラスになったヘタレ野郎だ」
オレの顔を見ても、ピンときていなかったようだが……ファウルが思わず呟いた愛称により、そこからオレの名前を思い出したようだ。こいつ、オレのことなんかすっかり忘れていやがったのか。
いや、そんなことはどうでもいいか。
「思い出してもらえてなによりだよ。こっちはお前を探して走り回ったってのによ」
「あぁ、俺様を?」
「そうだ。ファウルを返してもらう」
二人が合意の上で一緒にいるなら、オレから言えることはなにもない。だが、あの時の……そして今のファウルの様子は、とてもそんな風には見えない。
「返してもらう、か。なんだそりゃ、おいおい……まるで俺が悪者扱いだなぁ」
とぼけた口調で、わざとらしく笑みを浮かべている。悪者とか、そんな問題じゃない。ただ、ファウルにあんな顔をさせるお前が許せないだけだ。
いつの間にか追い付いたシャーベリアとエリザ・カロストロンは、後ろで黙ってこの場を見守っている。
「だいたい返すもなにも、こいつはお前のもんなのか? あぁ?」
「……そんなんじゃない。が、お前のものでもないだろ。クラスメートに変なことをするのは、やめてもらおう」
別にファウルを物扱いしてるとか、そんなことではない。たとえ魔族だとしても。
だが、仮にもクラスメートだし……ファウルは、お前らのような下品なだけの存在とは違う。初日に、ガラム・ヴォルガニックに絡まれてしまったせいで一人だったオレに声をかけてくれた、優しい奴だ。
その優しさにつけ込み、変なことをしているというのなら……許すわけにはいかない。
「……はぁー……?」
だが次の瞬間、不機嫌そうな表情になったガラム・ヴォルガニックの体から……魔力が溢れ出す。それは、実技試験の時のそれとは違う……完全なる、敵意。それが表れている。
なにかが気に障ったのか、こちらへの敵意を隠そうともしない。ぞくっ……と、鳥肌が立つ。
「ちっ、誰がこんなのを……俺様だって好きでやってるわけじゃねえんだよ」
「!」
「ぐぁ!」
「きゃっ!?」
オレたち……いや、オレへの明確なる敵意。オーラのように溢れる魔力は三本の触手となり、それぞれがこちらに攻撃するために伸ばされる。
オレは咄嗟に避けたが、シャーベリアとエリザ・カロストロンは反応が遅れ、魔力の触手で体を打たれてしまう。こいつ、オレたちに攻撃を……!
「へぇ、避けたのか……後ろの雑魚とは、ちぃとだけ違うみたいだな」
「お前……!」
オレがなにか言ってしまったなら、気にくわないが謝る……それが誠意というものだ。だが、それに対して報復され、関係ない二人を巻き込んだとなれば……もはや誠意を示す必要はない。
オレが悪ければ謝って済ませたが……そのつもりはないらしい。どのみち、このまま黙ってファウルを解放するつもりもないようだし……
「おい、やる気か? たかだかDクラスが」
オレの戦意を感じたのか、ガラム・ヴォルガニックは凶悪に笑う。自分が負ける、どころか傷一つつけられると思っていない顔だ。
オレだって、傷一つつけれればいいと思っている程度だ。悔しい話だが、こいつの力は本物だ……だが、せめてこいつに一泡吹かせるくらいの……
「ま、待って!」
これから始まるであろう魔力のぶつかり合いは、しかし第三者の乱入により中断する。両手を広げ、オレを庇うように立つファウルによって。
「お、願い……や、やめて、ください。こ、これ以上、ひどい、ことは……」
背を向けているのでファウルの表情は見えない。だが、確かな意思を持ってガラム・ヴォルガニックに向かっているというのは……わかった。
「あぁ? 俺様に意見とは……偉くなったな、偽物の分際で!」
「っ……」
魔力がいっそう、膨れ上がる。ガラム・ヴォルガニックの苛立ちが、肌に直接伝わってくるようだ。こいつはいったい。それに、ファウルのことを偽物だと?
「……ちっ、興がさめたな」
瞬間、膨れ上がっていた魔力が一瞬で消え去る。場を支配していた圧迫感も消え、心なしか呼吸が楽になる。
すでに背を向け、ガラム・ヴォルガニックは去っていく。これだけ場をかき乱しといて、のうのうと去っていく。
「おい、お前……!」
「ユーク!」
止めようとするオレの声は、ファウルにより遮られて。
「……お願い。あの人を、追わないで。怒らないで……許して。お願い」
消え入りそうなファウルの声は、なぜかガラム・ヴォルガニックの許しを乞うていた。
結局、ファウルとガラム・ヴォルガニックの関係を聞くどころか……残ったのは、新たな謎と、倒されたシャーベリアとエリザ・カロストロンだけだった。




