戻ってこない彼女の行方
「……と……ょっと…………」
先ほどのファウルの態度……あれは、普段のファウルからは考えられないものだった。普段の、というほどに彼女のことを知っているわけではないが、それでもおかしいとわかる。
いつも、無表情であまりしゃべらない。そんな奴だ……それが、あの時だけは違った。それは十中八九、ガラム・ヴォルガニックの密会によるものだろう。
「ちょっ…………て……!?」
密会なんて穏やかな表現じゃないが、事実そう表す他にない。目立たない場所で二人だけで会い、話す……それも、ガラム・ヴォルガニックがわざわざDクラスの魔族と話だなんて。
あの時のファウルの表情は見えなかったが、その後の……二人の関係性について聞かれたときの、あの取り乱し方は……
「聞い…………すの!?」
くそ、あの時から……いや、二人がこそこそ話してたのを見てから、なんか胸がモヤモヤする。なんだこりゃ。くそっ……
「ちょっと! 聞いてますの!?」
「うるせぇ!」
「ぅひぃ!」
人が考え事をしているときに、誰ださっきからぺちゃくちゃと……
思わず条件反射で怒鳴り返してしまい、そのせいで声の主は怯えてしまったらしい。さっきから、執拗に話しかけてくると思ったら……
「なんだ、どうしたんだよ金髪ドリル」
「エリザ・カロストロンですわ!」
そこにいたのは、金髪ドリルことエリザ・カロストロンであった。さっきから、考え事をしていたオレに話しかけていたのはこいつだったらしい。
「で、なに」
「はっ……い、いやそのふ、ファーちゃんが、い、いないので……どこにいるか、知ら、ないかなと」
「……」
こいつ……なんでこんなにびくびくしてるんだ。まさか、さっきうるせぇって怒鳴っちゃったからか? あれ怯え続けちゃってるのか?
そういえば、クラス代表を決める勝負のとき……こいつは、オレの威圧感を真正面から間近で受けたんだよな。もしやその恐怖心がまだ残ってるのか。
「なぁ……」
「ひゃい!?」
……魔族に好かれようとは思わんが、ここまであからさまに怯えられるのもそれはそれで釈然としないものがある。
まあ、それについては後回しだ。今の問題はそう、エリザ・カロストロンが言ったように、教室にファウルが帰ってきていないことなのだ。
「っかしーよなぁ、てっきり先に教室に戻ってるものと思ってたのに」
シャーベリアの言うとおりだ。あの時、取り乱したファウルは廊下を走り、教室へ道を走っていたはずだ。
だがオレたちが帰ってきたら、教室にファウルはいなかった。それどころか、授業一つの時間が丸々過ぎても教室には現れなかった。
これは……
「思ったより、まずい状況かもしれないな」
「まずい、ってなにが?」
「なにとは言えんが……」
明確になにがまずいとはわからない。だが、なんだかまずい気がする。このままファウルを放っておいたら、なんだか取り返しのつかないことになりそうな……
「あの、話が見えないんですけど! それに質問にも答えてくださらないし!」
と、そこへバンッ、と机を叩きエリザ・カロストロンが会話に参加してくる。あぁ、こいつにはあの時の状況どころか、質問にも答えてなかったな。
けど、これはファウルの、おそらくプライベートに関わる話だし。いくらルームメートだからって、おいそれと話すわけにもいかないよなぁ……
それに……
「お前、オレに怯えてるわりには偉そうだよな?」
「だ、誰がお、怯えてままますの!?」
めちゃくちゃ噛んでる、震えてる。それのどこが怯えてないと? まあ、それでも強気な姿勢を崩さないところが、エリザ・カロストロンらしいけど。
悪い奴、じゃないんだろうな。ファウルのことを純粋に心配している……って、なに考えてんだオレは。魔族を前に、悪い奴じゃない、だと? 気でもふれたか。
忘れた訳じゃないだろう、こいつら魔族が、罪もない人を殺し、人里を襲い、多くの大切なものを奪ってきたのを。
「どしたー、ユーくん。急に黙りこくって」
「……なんでも、ねえ」
そうだ……なんだってオレは、魔族の心配なんかしてるんだ。ファウルが戻ってこなかろうが、ガラム・ヴォルガニックとよろしくやってようが、どうでもいいじゃねえか。
なのに……
「くそっ……おい金髪ドリル。さっき見たことを話すから、後で人気のないとこに来い。そんで、ファウルには気取られるなよ。話していいことかわかんねーんだから」
「だから金髪ドリルではなくわたくしはエリ……えっ? は、話してくれるんですか!?」
「いらないの?」
「いいえ、いいえ! ありがとうございます!」
結局、こいつも巻き込んでしまうことになるが……仕方ない。オレとシャーベリアだけではわからないものも、同性の視点からならわかるものもあるかもしれない。
……くそっ……魔族が、そんな笑顔浮かべるんじゃねえよ。まるで、年相応の人間みたいな、そんな笑顔を……
ガラッ
「あ、ファーちゃん!」
「「!」」
教室のドアが、開く音がする。その直後に、教室に入ってきた人物を確認したシャーベリアがその名を呼ぶと、オレもエリザ・カロストロンも、反応して教室の出入り口に視線を移す。
そこには確かに、ファウルがいた。教室に戻ってきていなかった彼女が、このタイミングで戻ってきたのだ。
「ファーちゃん、良かったぁ。教室にいなかったから、心配しましたのよ!」
ファウルの無事を確認したエリザ・カロストロンは、そそくさと彼女の所へと駆け寄っていく。その表情は、言葉の通り本当に心配していたのだということがうかがえた。
それに対して、その言葉を受けた、ファウルは……
「……うん、大丈夫。心配、かけて……ごめんね」
心配してくれていたクラスメートに、ルームメートに、応えてみせた。の、だが……
「……」
なんか、変だ。いつもの……ファウルじゃない。この際、いつもというほど付き合いが長くない、という指摘は置いておいて。
なにがと言われると困るのだが……その様子は、いつものファウルではない。なにかが、違う。
「オレっちたちも心配したぜー、なぁユーくん!」
「あ、あぁ……」
その後、何事もなかったように席につくファウルは……心配していたというシャーベリアの言葉に、薄く笑って応えた。
「心配、かけて……ごめんね」




