えげつねぇよ
「お、おーい……どうしたんだ?」
これはまさかの計算違い……反撃のために寸止めしたはずなのに、まさかそれでエリザ・カロストロンの戦意を喪失させてしまうとは。あんな偉そうにしてたくせに、情けない。
そんなこんなで、勝負に勝ってしまったわけだが……勝負終了の声が響いたというのに、目の前で座り込んだエリザ・カロストロンはびくとも動かない。で、こっちから呼び掛けてみると……
「……」
「き、気絶してやがる……」
まさかの気絶中であった。この女……戦意喪失どころか、こともあろうに気絶だと? しかも、魔力もなにも込めたわけでもないのに。弱すぎないか、精神的に。
「お疲れユーくん、やったじゃん」
「あぁ、やっちまったな」
「?」
やったじゃん、というかお前に担がれてこんなことするはめになったんだけどな、シャーベリアよ。やったというかやっちまった感がやばいんだけどな。
だってこれでクラス代表をやるはめになったどころか、会って二日目のクラスメートを気絶させるとか……どんなだよ。
「あぁ、これで晴れてクラス代表に選ばれたということだ。誇れよボンボールド。で、誰かカロストロンを保健室まで運んでやれ」
「あ、私が……」
「それなら私たちがやります!」
「任せてください!」
改めてこの勝負の結果を伝えられ、個人的にすげーやる気が失われていたところへ……気絶したエリザ・カロストロンを運ぶよう、生徒に呼び掛ける。まあここに置いてはいけないもんな。
で、それに名乗りを挙げたのは二人の女子だ。彼女は二人で、エリザ・カロストロンを支えるようにして一足先に訓練所から出る。
「……」
そんな中で、手を上げかけていたファウルが、ゆっくりと手を下ろしていくのが目に映った。ファウルよ……確かにお前の小柄な体じゃエリザ・カロストロンを支えられないが、せめてもう少し声を張れよ。
その後、教室へと戻ることに。気のせいか知らないが、その際に見物連中の視線が変なものを見るようなものに感じられたんだが……今だって、距離をとられて態度がよそよそしい気がする。
それも含め……なんか、どっと疲れた。
「しっかしユーくんもえげつねぇよなぁ」
「えげつない?」
道中、先ほどの勝負を思い出しているのかケラケラ笑うシャーベリアは、オレのことをえげつないと言う。てか、オレすっかりユーくんなんだな……別にいいけど。
「そ。だって寸止めとはいえ、あんな威圧されたらびびっちまうって」
「……威圧?」
威圧と、シャーベリアは言うが……それに対して、オレはまったく心当たりがない。はて、魔力を込めたわけでもなければ、威圧したつもりも全然ないんだが。
首をかしげるオレに、シャーベリアも同じく首をかしげる。なんだ、こいつ。
「え……いや、もしかして無意識? 無意識なの?」
「だからなにが」
「ユーク……最後、拳放つとき……空気が、変わった。魔力とは、また違うもの……」
威圧した覚えはないんだが、その詳細をファウルが教えてくれる。空気が、変わったと……それはいったいどういう意味なのか。しかも、魔力ではないらしい。当然だ、魔力を使ったのは、エリザ・カロストロンの攻撃を防いだときだけだ。
「いやぁ、なんかこう、ビリビリって感じでさぁ。思わず震えちゃったよ。ユーくんの後ろにいたオレっちとファーちゃんがそうだったんだから、正面にいた連中……特に間近で感じたエリちゃんはやばかったんじゃね?」
オレには自覚がないが……オレが出した威圧感をもろに受けたせいで、エリザ・カロストロンは気絶したと。つまりそういうことか。
なるほど……だから、クラスの連中も勝負のあと、よそよそしかったわけだ。オレよりもエリザ・カロストロンを応援することにした結果、オレの正面に位置することになったわけで。それが原因ってことか。
「……威圧感、ねぇ」
正直、それを指摘されたところでぴんとこない。魔力でないというなら、なおさら……
「いや……」
そういえば、リーズロットが言ってたな。オレには、純粋な魔力とは別のなにかを感じると。もしや、その事と関係してたりして?
実技試験では力を本気で出したにも関わらず魔力認定されず、リーズロットからは魔力以外のものを感じると言われ、実際に魔力とは別の威圧感によりエリザ・カロストロンを気絶させた……
どうなってんだ、オレは。まさか本当に、勇者であったオレが生まれ変わったこの体に妙なことが起きてるんじゃないだろうな。やめてくれよ、魔族とはいえオレは、平穏に暮らしたいんだから。
「どしたユーくん、さっきからぶつぶつキモいぜ?」
「あぁ、ちょっと考え事を……キモいは余計じゃねえかな」
この男は……やれやれ呑気なもんだ。こっちはいろいろ考えることもあるっていうのに。
おまけにクラス代表になっちまったし。こうなった以上、辞退もできなければ他の立候補者の期待もできない。いるなら、とっくに誰かが立候補してるはずだからな。
ったく、面倒な話だ。なんでオレが、魔族の学園の、魔族のクラスの代表を務めることに。
「学校は行きたかったが……こんな感じなのか、学校って?」
「ん、なんか言ったか?」
「いんや」
まあ、いい。わざわざバカ真面目にやることもない、適当に流せばいいんだ。教室についた頃には、オレは心にそう誓っていた。
ちなみに、エリザ・カロストロンが戻ってきたのは、それから一時間後のことだった。
 




